奇妙な来客
基本的に土日は雄大にとっては家でゆっくりする時間である。最近では奈々枝がどちらかに訪れることはあるが、逆に言えば一度土曜日に訪れた場合日曜日に来ることはない。なのでそういう時の日曜日は本当にゆっくりできる時間となっている。逆に土曜日に来なかった場合、日曜日に必ず来るのでそういう時は心からゆっくりできなかったと残念に思う所である。まあ基本的に彼女が来るのは日曜日の方が多かったりするのだが。
そんな久しぶりの日曜日のゆっくりできる時間を雄大は満喫している。無趣味に近い人間とは言っても彼も彼なりに休日を満喫するような人間性はある。そんなゆっくりとできる時間に、珍しくチャイムが鳴る。
「…………? 誰だ?」
何かを通販などのもので注文していればチャイムが鳴ることも理解できるし、奈々枝が来る可能性があるのならば彼女だと思っただろう。もっとも奈々枝が来るのはなぜか昼頃なので今の昼食後の時間に来ることはない。つまり、本当の意味でこのチャイムは来客を示しているのである。
雄大は人が来たのに居留守を使うような人間ではない。なので相手がだれであってもきちんと応対する。新聞の勧誘や宗教の誘いであっても。
「はい」
「デュフフフフフフ! 雨切氏久しぶりで御座るよ!」
「…………」
思わずばたんと扉を閉める雄大。もしその時の様子を見ていた人間がいれば、誰もそれを責めることはしないだろう。
「雨切氏! 雨切氏!? 閉めないでほしいで御座るよ!?」
ばんばんと扉をたたく音。下手をすれば別の住人やその様子を見ている誰かがいれば通報されかねないくらいの行為である。その行為に思う所はあるし迷惑ではあるのだが、だからと言って人の家に訪れた知り合い……いや、かつての友人を見捨てるのもどうだろうと思い、改めて扉を開ける。
「おお、雨切氏!」
「とりあえず一度止まれ、新上」
新上達也。中学生時代の雨切の数少ない友人の一人。高校や大学は別であり、そこまで縁のある人間ではないが一応友人として認めることのできる人間である。しかし今まで相手の家に訪れるような仲であったわけでもない。それがなぜ突然訪れたのか。
「何か用か?」
「久しぶりに会った友人にその言葉は辛辣ではないで御座るか?」
「むしろ通報しないでいてくれるのをありがたく思え」
「酷いで御座るよっ!?」
新上が言うことも確かにそうなのだが……それ以上に、新上の格好や喋り方があれである。彼の格好は極々普通の……いや、普通とはかけ離れた俗にいうオタクルックス、恥ずかしい格好のキャラクターの絵が描かれたシャツに現在の流行には似つかわしくないベスト、頭に鉢巻を巻きリュックサックを背負い、そのリュックサックからはポスターがでている。さらには紙袋も持っていて、それもシャツと同じようなキャラクターの絵……それもシャツよりもよっぽど過激な絵が描かれている。
悪い意味で、オタクという存在のイメージをかき集めたような典型的なルックスだ。むしろ普通は絶対こんな格好をしておらず、一種のコスプレではないかと思うくらいの典型的なオタクルックスである。そしてその格好の中にある絵は公共良俗に違反するようなものであるため、雄大のいう通り通報されてもおかしくない可能性がある。
「……随分趣味がひどくなったんじゃないか?」
「そうで御座るか? 昔から拙者の趣味はこの手のものだったと思うので御座るが」
「あまりに形が整いすぎだ。それに昔は言葉使いがそこまでひどくはなかっただろ」
一応過去の新上もそれなりにオタク趣味をしていたが、ここまでひどくはない。それがこの格好にこの言葉使いである。
「……まあいいで御座ろう? 人の趣味はそれぞれで御座る。拙者がどんな格好をしようが拙者の自由で御座ろう」
「一般の人に迷惑をかけなければな」
「ははは、別に迷惑はかけていないで御座ろう。それよりも雨切氏。部屋に入れてくれないで御座るか? 流石に外は人目につくで御座るよ」
「理解してるんじゃないか」
新上も自分の格好が下手をすれば通報されると言うことは理解している。なので早く部屋に入れてほしいと雄大に訴えかける。目の前の人物を追い返したいと思う所ではあるが、一応中学校時代の友人だし自分に何か用があって訪れたのではないか、ということはわかるのでひとまず雄大は部屋に入れることを決める。
「……しかたない」
「デュフフフ。雨切氏は優しいで御座るなあ。では失礼するで御座るよ」
そうして元友人……じゃなく、中学時代の友人である新上を雄大は部屋に入れた。
「…………………………」
「どうした?」
「いや、何でもないで御座るよ」
入った時に新上は一瞬無表情になる。それに雄大が気づき何かあったかと聞くが、新上は特に何もないと答える。それを疑問に思いつつも、雄大は気にせずに新上をいつも奈々枝と一緒に過ごしているいつもの場所に案内する。仮にも新上は客であり、一応のもてなしを行う。
「おお、お茶を出してくれるで御座るか! これは素晴らしい!」
「……そうか?」
「他の友人に会いに行ったで御座るが家に入れてくれたこと自体中って御座るからな」
「………………」
雄大は心の中では当然だろうと思っている。流石にあの新上の訪問時の格好は怪しすぎる。
「何でそんな喋り方を? せめて喋り方ぐらい普通ならまだ……」
本心ではない。むしろ格好の方をどうにかしたほうがいいのではないかと思う所だろう。もっともどちらも直さなければ入れてくれることはないかもしれない。
「この喋り方で御座るか? いやあ……拙者の務めている所ではこれくらいインパクトのあるキャラじゃないとだめなんで御座るよ。印象に残るようなキャラクターしてないとやっていけないで御座る」
「確かに印象には残るかもしれないが……どんな職場だよ」
「デュフフフ。それは秘密で御座るよ」
そんなことを言いつつ、新上は雄大の部屋を見回す。
「それにしても殺風景で御座るなあ」
「……そうか?」
「そうで御座る。小物とかくらい置いてみたらどうで御座るか?」
「あまり趣味じゃないものはおかない性質でな」
「まあ、雨切氏は昔からそういう所があったで御座るからなあ……」
新上の趣味と雄大の趣味は明らかに一致しない。完全にオタク趣味な新上と基本無趣味に近い雄大ではどうして友達になるかが疑問である。それには基本的に来るもの拒まずで受け入れるタイプの雄大が他人に自分の趣味や興味のあることについて話す新上が話しかけ、そのまま話を聞いているうちになんとなく友人になったと言うのが彼らの友人関係の始まりである。とはいっても、積極的にお互い相手に深入りするわけではないので親友にもならず、単なる友人という形に収まったのだが。
さて、そんな友人関係をしていた二人である。何故社会人となったところに新上が雄大のところに友人関係を盾にして訪れたのか。
「ところで何で来たんだ?」
「いきなり本題に入ってくるとは流石雨切氏……」
「そんな変な驚きはいいから、本題に入ってくれ」
「そうで御座るな。雨切氏は遊びがないで御座るからなあ……」
そう言って新上は本題に入る。
「雨切氏の家に訪ねたのは……まあ、ちょっとした理由があるで御座る」
「その理由を聞きたいんだが?」
「これから言うで御座るよ。そこまで深い理由はないで御座る。ただの勧誘で御座るよ」
「宗教はうちは仏教だからな」
「そういうのではないで御座る……」
「じゃあマルチ商法か何かか?」
「それも違うで御座る!」
では一体何だろうと雄大は思う。茶々を入れられては叶わないと新上はさっさと結論を言う。
「雨切氏、悪の組織に入らないで御座るか?」