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落とし者を拾った日

「はあ…………今日も疲れたな」


 男性がいつもの帰り道を歩いている。雨切雄大、二十六歳、一般社会人。ごく普通のサラリーマンとして働く男性である。彼の務めている会社はそこそこホワイトな会社であり、定時帰宅は少し無理にしても七時台には会社から帰宅でき休日などもきちんともらえる。多くの人間が夜遅くに帰ったり休日返上で仕事をしたりする中ではかなり良心的といえる環境だろう。

 良心的と言えども、苦労はする。疲れもするし、仕事だって簡単なわけではない。どんな仕事でも朝から夜までみっちりとやれば誰だって疲れるものである。まあやはりそれでも彼が身を置いている環境は良い物だと言えるだろう。


「………………」


 特に何を言うでもなく、道を歩く。電車に乗ったり、バスに乗ったり、通勤手段は色々とあるが最終的に取れる手段は歩き。彼の住むアパートはバス停から遠い。それでも家賃が安く済みやすいので良い所ではある。少々不安があるとすれば、周辺の治安が微妙な所と暗い所が多いこと。たまに遅く帰ってきたときに酔っ払いが倒れている時もあるくらいだ。

 昨今のこの国の治安は微妙な所である。前々から治安がいい国家ではあったがそれでも徐々に治安の悪化は存在している。それでも一定水準以上は保てていたのだが、ある時から一気に治安状況は一変した。それでも彼のいるところは治安がいいというかなり良い所ではあるのだが、それでも色々と不安な治安ではある。


「あ」


 そういった治安の場所に、彼のいつもの帰宅時間では珍しく人が倒れている。薄暗い道のさらに影になるところに倒れており、彼が見つけたのは先ほどまで考えていたことにより少し周囲に目を向けていた偶然によるものだ。ただ、それで見つけたものは奇妙ともいえる存在だった。

 まず、それが女性……いや、少女であることは変なことではない。恐らくは高校生であると思われるくらいの年齢の少女が斃れていると言うのは少々変な話ではあるが、それ自体はあり得ないと言えるものではないだろう。何が変なのかというと、彼女の服装、格好である。彼女の着ている者は服ではない。彼女は機械を着ているのだ。

 俗にいうパワードスーツ、もしくはアーマードスーツと呼ばれるようなものの一種なのかもしれない。全部が全部機械というわけではなく、脚部、ふとももから足の先までや、肩と腕の関節部や手全域、わき腹や背中の一部に頭部にカバーのように機械部分が存在していたりするが、それ以外の部分は布であったり、一部は布も存在せず肌が露出している。


「……うわ」


 果たして趣味か何かか、とも思ったが、それも違うだろう。恐らくは……と幾らでも推測できる当てはある。特に現在、現代、今の世の中であれば。

 気になるのは倒れている理由だ。別に彼女のような存在が倒れていると言うことはありえるのだが、この何もない、何も起きていない一般的な路上に倒れているのは珍しい。今日の臨時ニュースなんかで流れていた場所とここはまったく違う。距離的には少し近い所はあるので恐らくはそこからここまで流れてきたのだろうと言う予想は出来るものの、それならなぜまだここに倒れているのかという疑問もある。

 そして少女が倒れているのにいまだ誰も助けていないのかという点も気になるところだ。果たして助けられていないのか、助けることができないでいるのか。もしくはすでに死んでいる可能性だってあり得る。


「……おい、大丈夫か?」


 返事はない。流石に不安になって少女に近づいてみる。触れられるくらいの距離まで近づき、少女の様子を見る。息をしていることは確認できた。そのことにほっと小さく安堵の息を漏らす。そして今まで助けられていないのはたまたま見つからなかったからか、関わることを拒んだからか、それとも他人がどうなってもいいという現在の感覚のせいか。


「まあ、そうだよな。助ける必要も……ないしな」


 助ける必要はない。少女を見つけた人間にそんな義務は課せられていない。そもそも少女のような立場の人間ならば既に誰かが来て連れて帰っていてもおかしくない。そうでないということはここに少女が来たのはそこまで時間が舞えと言うわけではないのだろう。そう推測できる。


「じゃあ、誰か来るのを待つんだな」


 聞いてはいないだろう少女に向けてそう呟き、彼はその場を去る。


「………………」


 助ける必要はない。現在の世の中では少女のような人間を助けるほうが訴えられて罪になりやすい。助けるメリットがない。助けて特がない。助けても意味がない。全く助ける意味がないのに、大丈夫かわからないから助けると言うことをする必要性はないだろう。

 ない、ないはずである。ないのである。彼が、そうする、必要性が、ない。












「……意外と軽いな」


 少女を背負い、自宅まで連れてきた。結局彼は自分の中の善人気質を裏切れなかった。たとえ後で何を言われるかわからないにしても、倒れてだれからの助けを貰っていない少女を助けることを選んだのである。


「鍵……ああ、片手じゃ取りにくい」


 少女を背負って支えているためか、彼の家の鍵を取りにくい。


「見つかったらなんて言われるか……っと、よし」


 ようやく自室の鍵を開け、彼は少女を連れて家の中に入る。もし彼を見かけた人間がいたらもしかしたら警察を呼ばれたかもしれないが、幸か不幸か少女を連れている彼を見つけた人間はいない。もっともそのあたりに存在する監視カメラの類は見ていたかもしれないが。


「ただいま」


 誰が応えてくれるわけでもない。彼は一人暮らしだ。一人暮らしであるところに少女を連れ込むのはいかがなものか、と彼自身自分で思いながらも別に少女に手を出すほど飢えてはいない。背中に当たる感触も理解しているが、だからといって性欲を爆発させるほど狼ではない。どちらかというと枯れているのではと思われるほどに女性に対する興味は薄いくらいである。


「とりあえず……どこかに寝かせるか?」


 自分のベッドに寝かせる……というのは少々言い訳が効かないので危ない。寝かせるのであればそのあたりのソファか、適当に毛布でも敷いてそこに寝かせるかだろう。椅子でもあればそこに座らせておくのもいいかもしれないが、そんなものはない。少なくとも背もたれとひじ掛けがあるような安心して寝かせられるような椅子は。

 一人暮らしのわりに無駄に二人掛けのソファが存在しているのでそこに少女を寝かせておくことに決める。


「さて……俺は夕食でも作るかな」


 少女を寝かせれば、後は起きるのを待つだけだ。何にしても少女が寝ている間はどうしようもない。起きたら話を聞いて……いや、そもそも彼が少女を助けたのは路上で寝かせているのが不安だったからだ。起きたのであればもう問題はないので彼女を家に帰させるだけだ。

 そんなことを考えつつ、彼は自分の夕食を作っている。一人暮らしでレトルトや総菜などが主ではあるものの多少は料理を作る機会はある。男の料理とは言え度それなりにうまい。そうして料理を作っている時、彼はある答えにたどり着く。


「……しまった、普通に救急に電話しておけばよかったんじゃなかったか?」


 別に連れて帰る必要はなかった。倒れている人間がいるならば救急車を呼ぶなりしておけばよかったかもしれないと家に少女を連れて帰ってから気付く。つまり彼は本来必要ないことをやってリスクを抱え込んだに等しい。


「……まあいいか」


 小さくため息をつきつつも、自分が善行をしたことには変わりはない。それならそれでいいと納得するしかなかった。

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