ファビュラス・ハデス 09: 中央情報局 jp.CIAジッパーの介入
09: 中央情報局jp.CIA ジッパーの介入
「よく考えついたな。機転の勝利って奴だ。俺ならブルーノって野郎から取り上げた拳銃を選ぶ。それで女は、細切れのミンチ肉になっていたろう。」
しかし漆黒は、全ての警官に標準として貸し与えられている『彼らが仲間内で豆鉄砲と呼んでいる、とてつもなく非力な拳銃』で、ペネロペの太股を二回撃ち抜いていた。
漆黒の話相手が感心しているのは、漆黒がこのような緊急の場面で、豆鉄砲の存在を思い出した事自体だった。
現場で生き残る警官達が、共通してまずはじめに覚える事は豆鉄砲の存在を忘れる事だという。
そうでないと命は幾つあっても足りはしない。
更に付け加えて言えば、漆黒は殺人課の所属だった。
皮肉屋レオンは、そういう理由で珍しく相手を誉めたのだ。
ここは、第三統合署だ。
広域任務に当たる公安課は、どの統合署に所属するという決まりはないのだが、それでは宿無しになってしまうので、彼らの身柄は規模の大きな統合署に所属別枠として預けられる。
レオン・シュミットの場合、それが第三統合署だった。
漆黒とレオン・シュミットは署長室の応接セットで向かい合って座っていた。
彼らはこれで二度目の出会いを果たした事になる。
人手薄の刑事、さらに、彼らが異なる部署所属であることを考えると、これは異例の出来事だった。
一度目の出会いは、ラバードールの殺害現場だった。
皮肉屋レオンは、漆黒が「肥満体」と名付けた男だ。
「まったくだ。漆黒君の機転がなければ、精霊プロジェクト自体が頓挫していたかもしれん。」
二人の話に、そう口を挟んできたのは第三ブロック統合署長の田岡である。
だがその言葉の裏には、たぶんに棘が含まれていた。
田岡自身は、おそらく今回の事件を、自分の権限が及ばない他所の管轄の「イカレタ」刑事が持ち込んだ厄介事としか捉えていないはずだ。
実際もし、漆黒の取った今回の処置が、レオンの追っている事件と関係していなければ、あるいはドク・マッコィへの連絡が少しでも遅れていれば、彼はその事で即刻、懲戒免職になっていただろう。
そうなれば、漆黒は元の野良クローンに戻ってしまう。
野良クローンは、闇の世界に逃げ込んでそこで一生を送るか、処置場に送られて解体されるかだ。
漆黒は、いくら相手の精神状態が不安定だったとはいえ民間人に向かって発砲している。
これを「危ない橋」と呼ばないでなんと表現するのか。
あるいは、彼がクビにならなかった本当の理由は、この部屋で落ち合う事になっている政府捜査官の影響力かも知れなかった。
「ところで、あんたのピギィは、どうしたんだ?」
レオンの陰のように、いつも彼に寄り添っているはずの豚男の姿が、ずっと見えなかった。
漆黒は思った以上に、スピリットの存在に影響され始めている自分に嫌気を感じながらレオンに聞いた。
「奴は、俺との任務で、頭のさっきちょからゾンビどもに食われちまった。」
漆黒は、被弾しても暫く動き続けていたペネロペの形相を思い出して、思わず言葉を失ってしまう。
鷲男に至っては、ゾンビのバイブレーションに触れただけで精神的な暴走を始めたのだ。
ゾンビとスピリットは最悪の相性を持っているのかも知れない。
「おいおい、冗談だよ。ピギィは今、調整漕でプカプカ浮かんでリハビリ中さ。原因はどっかの馬鹿野郎が、ピギィがこの俺のご機嫌伺いばかりをしてるとドク・マッコィに告げ口しやがったからだ。」
『あんたをサシたのは、この俺さ。』と思わず漆黒は口を滑らせそうになったが、黙っていることにした。
この男は、そういった冗談の通じる相手ではない。
それに、レオンと漆黒の間に入っているのがマッコィなら、いや『正常な時のマッコィなら』、ピギィについての情報提供者を、こいつにばらすような事は決してしない筈だ。
ましてや事件の展開を考えれれば考えるほど今後、レオンとは仲違いをすべきでないと思われたからだ。
「お前さんのスピリットの方はどうなんだ?」
レオンは腹の出っぱりをものともせず、そのまん丸の顔を、下から突き上げるようにして漆黒に向けた。
『いったん暴走しかけたスピリットが、ドクに回収されたらどうなるか?』
スピリットを預けられた人間が、そういった点に興味が湧かないわけがない。
おまけにレオンは、ピギィに首ったけだ。
「完全に復調したそうだ。しかもおまけつきでな。漆黒君のスピリットは訓練不足で喋る事が出来なかったそうだが、あの後、簡単な単語なら発声出来る様になったらしい。」
田岡が再び話に割り込んでくる。
重要な情報は全て自分が知っているんだと言わんばかりだ。
政府直属の捜査官をこの部屋に入れる前に、会話の流れのリーダーシップを取りたかったのかも知れない。
漆黒は、田岡の口を殴りつけたくなる衝動に駆られた。
特に田岡の言いぐさでは、鷲男をしゃべれなくしていたのは自分の責任の様に取れる。
「ひょう!そいつはすげぇな。人間で言うと、いわゆるショック療法って奴だな。今回のトラブルで俺たちはスピリットについて、これで三つの重大な発見をした事になる。」
そんな田岡を無視してレオンはあくまでも自分のペースで話を進める。
「一つめは、彼らの暴走は、『非常に精神的なテンションの高い状態にある人間』と共鳴して起こるって事だ。」
「えっ?暴走はスピリットの過剰な防衛反応が引き金になるんじゃないのか?」
田岡が素っ頓狂な声を上げた。
この分だと、田岡は報告書を読んだ時点で、勝手に『スピリット暴走過剰防衛反応説』を自分の頭の中で作り上げていたのかも知れない。
「署長さん困るな。いくら署の番号が違うからって、部下が上げた報告書は詳細に目を通さないと。あの場面では、スピリットの方が圧倒的に有利な筈なんだ。ペネロペ・アルマンサの姿を見て、パニックを起こすのは人間だけで、スピリットがゾンビに恐怖を感じる謂われはどこにもない。署長さんは、スピリットの戦闘能力の高さがどれぐらいあるかまだ判っていないんじゃないかな?とにかくだ。スピリットたちは、人間の側にいるだけで急速に精神が発達する学習機能が組み込まれているんだ。そいつが、学習ターゲットとして組み込まれていない対象であっても、人間に似た何者かが、超ハイテンションの精神活動や、異常な精神パターンで活動していたらどうなるか、、。今回のはその証明みたいなもんじゃないか?」
田岡に対しても管轄が違う分だけ、レオンの物言いには、遠慮がまったくない。
それどころか、所轄に縛られないで広域捜査が出来る特権を、何かレオンは、階級的に田岡より上のように思っている節さえ感じられた。
「二つめは、なんなんだ。」
『こいつは、なんでこんなにスピリットに詳しいんだ?』
漆黒は、次第に不機嫌になっていく自分の心を感じながら、レオンに訪ねた。
「さっき言ったろうが、ショック療法が有効だという事は、スピリットたちの精神構造がやっぱり人間のそれに近いということさ。ドク・マッコィたちは、しきりとそれを否定して、なにかスピリットたちを神秘的なものに仕立て上げたがっているが、奴らはやっぱり亜人類なのさ。」
亜人類。
その発言の後、室内にしばらくの沈黙が訪れた。
誰かが、レオンの発言を回収しなければならない。
亜人類は、公用の場では禁句中の禁句だ。
「レオン君。今のは、まずいんじゃないかな。今後、そんな言葉が、君の口から出てくるようなら、この部屋を君の『管轄違いの上司』が来るまでの待合室として提供できなくなるが、それでもいいかね。」
漆黒も、それだけは田岡と同意見だった。
確かにレオンは調子に乗りすぎている。
『亜人類』
今のは、この場では絶対に禁句だ。
レオンにもその雰囲気が伝わったのか、彼は、彼のほとんどない首をすくめた。
「それなら急いで三つめだ。スピリットの成長は、やっぱり飼い主の能力に左右されるという事さ。」
漆黒が、自分に対するレオンの当てこすりが再び延々と続くのだろうと覚悟を決めた時、彼ら三人が待ち続けていたjp.CIA 中央情報局所属の捜査官が登場した。
漆黒は、長官室に入ってきた捜査官の外見を見て当惑した。
相手が、中年女性である事は、この捜査官と何度かの面識のあるレオンから教えてもらっていた。
漆黒の当惑の原因は、性別や年齢ではない。
その強烈に自己主張する容姿にあった。
痩せている、徹底的に痩せている。
そして眩いような銀髪。レオンの肥満の対極だ。
彼女もピュア主義者なのだろうか。
形通り、お互いの自己紹介が行われている間中、レオンは漆黒の表情を盗み見てにやにやしている。
『どうだ。ピュア主義者は優秀だろう?』
『ふざけるな、お前達は、二人とも栄養の取り方を知らないだけさ。』
漆黒はそういった視線を返してみたが、レオンにそれが理解できるとは思えない。
捜査官がみんなに着席するよう指示した。
田岡もそれに従う。
彼にしてみてもこの場に置いて誰がボスなのかは十分理解していたようだ。
捜査官は正確に表現すれば警察機構の人間ではない。
政府直轄の中央情報局の人間であり、彼らには場合によって警察機構に上位的にリンクする権限があたえられている。
警察が切られたトカゲの尻尾なら、彼らは決して切られる事のないトカゲの頭だった。
口の悪い連中は、国が開けてしまった暗部を処理して回る事も多いjp.CIA中央情報局を、語呂合わせも兼ねて、ジッパーと呼んでいる。
「パーマー捜査官。打ち合わせに入る前に、質問をお許し願えますか?」
レオンが漆黒たちに見せたことのない丁重さで、質問をパーマー捜査官に請うた。
「どうぞ。」
「漆黒刑事に撃たれたペネロペ・アルマンサの容態はどうなんでしょう?」
捜査官の細い眉毛の端が吊り上がった。
その動きからは彼女がその質問を、彼女の中でどう価値づけたのか伺いようもない。
「二つの側面で答えなければいけませんね。精神的な面と肉体的な面。肉体的な面ではまったく問題ありません。バイオアップがこれほど発達した時代において、あの程度の肉体破損はなんの問題もありません。引っかかる点があるとすれば賠償問題でしょう。これは私たちのチームが引き受けます。今後もこういったケースは多発するでしょうから、、。次に精神的な面、これも漆黒刑事の判断が正しかったのでしょう。一度目の被弾を受けて彼女のマインドコントールが半分取り払われたようです。本人に言わせると頭の片隅に追いやられた彼女がいて、その彼女が拳銃を向けられ発砲された事に酷く驚かされたと言っています。それがきっかけになって頭の中で、本来の自分がどんどん大きくなっていったとも証言しています。それでも彼女の体は非常に大きな破壊衝動に突き動かされて前進する訳ですが、そこで二回目の被弾になります。今度は、彼女は痛みを感じたといっています。それで意識を失った。言い換えれば正常に戻ったという事です。」
捜査官はここで少し話を切って、何か質問は?という目つきをした。
非常に効率的なしゃべり方をする女性だった。
「俺も二つ、あります。」
漆黒は小さく手を挙げながらいった。
まるで自分の事を小学生のようだと思いながら、それでも質問せざるを得なかった。
何と言っても生身の民間人を射撃したという負い目は、容易にぬぐい去れるものではなかったからだ。
「自分のとったあの時の対応が、これからの生きゾンビ対策に有効なんでしょうか?あ。つまり、緊急時において、罪のない民間人を生きゾンビ状態から助け出す方法としてはという意味です。二つ目は、彼女に後遺症が残らなければいいがという事なんですが。それは自分の責任問題になります。」
漆黒は、生きゾンビと言ってしまってから、今のは失言だった事に気づいた。
彼自身、報告書には、ペネロペ・アルマンサの見せたゾンビのような動きを『深い催眠状態』と書いてきた。
それは、ラバードール殺しの背景に存在する宗教団体への彼自身の推測を、上層部に対して意識的に隠蔽す為の工作でもあった。
今の所、漆黒は、自分がラバードール殺しとブードゥー教団との関係に気づいていない事にしておきたかったのだ。
「漆黒刑事。私は医者ではないので、あなたに有効な回答を差し上げることは出来ません。ですからこれからいう事は一捜査官としての感想だと思って下さい。『命を奪わない程度の物理的攻撃を加えてマインドコントロールを解く。』これは常套手段には、なり得ないでしょう。正直に言って彼らの使用するマインドコントロールの仕組みが、私たちにはつかみ切れていないんです。私たちの中では『あれは本物の呪術だ』といった冗談があるぐらいですから。ペネロペ・アルマンサの場合は教団レベルで考えるとマインドコントロールが非常に浅かった。これは彼女がブルーノとコンタクトした時期から逆算してわかる事です。彼らが施術するマインドコントロールは準備にか、あるいは施術そのものに時間がかかる。それによってコントロールの強度や複雑さが違う。これは既に判っています。貴方の二つ目の課題、責任問題ですね。要は誰が彼女を本当に傷つけたか?これから先、彼女は何度も悪夢に魘されるでしょうね。その場面はおそらく拳銃で撃たれるシーン。でもそれは悪夢を見る引き金や、象徴に過ぎない。彼女が本当に悩まされるのは、自らの内にわき起こったどす黒い破壊衝動の存在や、いつか又、自分自身がゾンビ化してしまうのではないかという不安感でしょうね。おわかりですか。いろいろな角度から見ても貴方には、負うべき責任が何もないと、私は判断しています。」
説明の間中、捜査官は漆黒の瞳を直視したままだった。
そしてふいに自分の腕時計に視線を落とした。
その様子は、話題を変えたいというジェスチャーというより、まさに、自分が自由に使える時間を確認している様に見えた。
この女性には、はったりも策略も必要ないのだ。
漆黒は、彼女の貴重な時間を奪ってしまったような気になって自分の愚かさを恥じた。
「シュミット君達と政府捜査官としての正式な打ち合わせが始まるのでしたら、この私は退席しましようか?」
田岡が殊勝な事を言った。
田岡も捜査官の雰囲気に飲まれているのかも知れなかった。
又、田岡の腹の中の予想では、この事件の管轄は政府レベルに移ってしまうと読んでいたのだ。
もしそうなら自分が下手に鼻を突っ込むとろくな事がないはずだった。
「いいえ。その必要はありません。私たちとしては、あなた方の本来の職務を優先させたいのです。この事件は、私たちとあなた方、両方が、平行して取り扱います。私が伝えたいのはその事だけです。」
漆黒は、レオンの雰囲気が堅くなったのを感じた。
「ペネロペ・アルマンサに、マインドコントロールをかけるために接触したのは誰か。そしてその場所。そこまでは地元の警察に協力を仰いではというのが私たちの方針です。ただし、この件についての連絡は、今後全て私を通してもらいます。」
田岡は力強く頷いたが、レオンはそうはいかなかった。
「私は、どうすればいいんです?」
レオンは、冷たい声で訪ねた。
相手の懐具合が判ったなら、客商売の我が身とすればもう必要以上に相手をもてなす必要はないと言いたげだった。
「先ほど『私たちは・あなた方・の職務を妨げない』と言ったはずです。」
捜査官は、露骨なレオンの態度の変化にたじろぎもせず答えた。
「『あなた方の職務を妨げない。その代わり連絡はしろ。』いつもの方便ですな。私はこのまま一人で、ブードゥーを追い続ける。私が何週間もかけて、汗まみれになって発見した一つの事実も、あなた方にとってみれば、それは取るに足りないちっぽけで既に知りすぎて手垢のついた事実の一つにすぎない。機動力と行使できる権力の差って訳だ。でも、偶々、今回の漆黒刑事のように瓢箪から駒のクリーンヒットを飛ばした時だけ、あなた方はやってきて、その成果だけを浚っていってしまう。」
レオンは、そこまでの辛辣な内容を、この鉄の女捜査官の視線を外さずに言ってのけた。
おそらくレオンの中の根深い怒りが、そうさせているのだろう。
その怒りの鉾先や源泉はなんであるのかは判らなかったが、同じような感情を持つ漆黒には、その怒りだけは、良く理解できた。
「お前は、どうなんだ漆黒?これからどうするつもりなんだ。」
目の前にパーマー捜査官がいるのに、レオンはそう聞いてきた。
共感は出来るものの、漆黒には、レオンの怒りの意味の中身が判らない。
政府のジッパー機関の捜査官が打ち合わせに来ると知らさせていたので、頭の中ではラバードール殺人事件の合同捜査が始まるのだと勝手に思いこんでいたのだ。
「よく判らないな。パーマー捜査官は、俺たちに今追っている事件から手を引けといってる訳ではないように思うが。俺はこのまま犯人を挙げるまで、頑張るつもりだ。それに色々な部門との連携が取れれば、それに越した事はない。」
「お目出度い野郎だな、、。俺たちが毎日足で稼いだ事実・真実は全てデータとなって蓄積されていく、上部の方々はそれをいつでも好きな時に閲覧する事が出来る。ところがだ、俺たちの方は、『万事休す、後一歩の詰めがあれば』という時に必要な、お上のデータは、全てブロックされているんだ。これから先は、警察だけの事案じゃなくなるんだぞ。」
そんな話を聞かされても、漆黒はたいして怒りを感じなかった。
漆黒にすれば、それは当たり前な世の中の法則に思えたからだ。
第一、警察官同士であれば、全ての情報が引き出せるはずの警察のデータベースでさえ、個々の担当官が情報の入力レベルを操作しているから、実際には高度なテクニックを使わないと、額面通りの共有効果は得られないのだ。
それは、相も変わらず「縄張り意識」や「特権意識」が、未だにそこかしこに残存しているという事の証だった。
それはレオンも知っている筈だった。
そのレオンが彼らに怒りを感じるのは、彼の中に、政府のジッパー機関も、警官と同じ仲間であり同じ目的を持っているという錯覚が基本にあるからだと漆黒は思っていた。
『甘いのは、お前の方だ。』
それとも、レオンと漆黒では煮え湯の「飲まされ方」が、違うのかも知れなかった。
とにかく漆黒は、今までやってきた事をこれからも続けるつもりだった。
漆黒にとって『捜査』とは、誰かが先にゴールするのが目に見えて来たからと言って、途中で放棄できるものではなかったのだ。
ただ、一つだけ気がかりなのは、一つの事件に対して、いくつかの組織がそれぞれの思惑を抱いて独自に動くとなると、どこかで衝突が起こらないかという事だけだった。
そんな邪魔くさいものに、時間を割くのは御免だった。
猟犬は、ただ獲物の匂いを嗅いで、獲物を追いかけ続けたいのだ。
その疾走感や獲物に辿り着いた時の充足感を得るために、漆黒は野良クローンの立場を捨て警察の犬になったのだ。
野良クローンは闇の中で自由に生きられるが、闇の外に一旦外に出たら狩りなど絶対出来ない。
狩られるのは自分自身だからだ。
「捜査官。貴方は我々に『この件から手をひけ』とは仰らなかった。その点には感謝しています。俺が気がかりなのは、ただ一つです。現場において、それぞれの捜査方針が一致しない矛盾が噴出し、捜査が滞らないかという事です。」
そう言った漆黒を、レオンは紅潮した顔で眺めた。
『見損なったぞ、この根性なしが、権力に尻尾をふりやがって』とその顔には書いてあった。
「そうならない事を祈るばかりですわ。でも私の予測では、それは『あり得ない』事です。」
パーマー捜査官はその後、いくつかの事務処理と打ち合わせを行って署長室を出たが、その内容は彼女のはじめの通告に比べればどれもこれも些末な事だった。
そして暫くして今度は田岡が、捜査官から依頼された内容を彼の陣頭指揮の元に解決せんといそいそと署長室を出ていった。
「犬め。」
そんな田岡を見てレオンは、投げやりにつぶやいた。
「それほど、軽蔑することか?」
漆黒は、もうこれ以上、レオンの相手をしたくなかったが、鷲男がこの部屋に連れられてくる事になっていたので時間を持て余していた。
「お前は、はじめてだからな。俺は追いかけている相手のせいで奴らと何度も顔を合わせているんだ。今回が初めてじゃない。あの女の最後の台詞を覚えているか?」
「『私の予想ではありえない事です。』か?」
「お前は、それぞれの方針が違えばトラブルが起こると言いたかったんだろうが、、。奴らには、そのトラブルが起こる前に、自分たちで事件を誰よりも早く片づける自信があるって事なんだぜ。それも鳶に油揚げ方式のド汚いやりかたでな。」
「そんな経験があるのか?」
「ああ何度もな。傷ついた足を引きずって、やっとの思いで頂上にたどり着いたら、そこにはロープウェイの駅があって小さな子が遊んでたって訳だ。」
そのせいでお前さんの性格が歪んでしまったんだなと考えたが、実際には違う内容を、漆黒は口にしていた。
「恐ろしく非能率的だな。政府も、彼らにとってもそんなに必要性のない警察なら、民間に完全移行させればいいんじゃないか?」
漆黒は人ごとの様に言った。
地球が爆発する時には、個人的な死を恐れても仕方がないという心境だった。
それにジッパーの狙いは、あくまでレオン・シュミットが抱えている事案で、漆黒の事案はあくまで付属物だ。
「こうなった今でも、お前は本気で事件を追いかけるつもりか?」
レオンは、煮詰まった声を出した。
「当たり前だろう。どちらが先に犯人をあげるのかは判らんが、試合放棄をするつもりはない。」
「お前は一人なんだぞ。絶対、奴らに、かないっこない。」
「いいや。あんたがいるし、スピリットどもをあわせりゃ全部で四人だ。今まで俺たちがやって来たことを考えると、えらく豪華じゃないか?」
そう言って漆黒は、レオンににやりと笑って見せた。