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精霊捜査線/鷲頭・豚頭の従者達は夜に啼く  作者: Ann Noraaile
第1章 ラバードールの死
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ファビュラス・ハデス 08: ブードゥー秘術と精霊の共振

     08: ブードゥー秘術と精霊の共振


 鷲男の気配がした。

 屈み込んでいた漆黒は、何事もなかったようにブルーノの前から立ち上がりバスルームから戻って来た鷲男を振り返った。

 鷲男の存在は、精霊を始めて見る人間にはかなりの驚異として映るはずだ。

「鷲。お前には、そろそろ刑事の裏技を勉強してもらおうかと考えているんだ。既に気づいていると思うが、この仕事は綺麗事ではすまない側面が沢山ある。例えば社会正義を守るためには、刑事といえど犯罪的行為を自ら犯さざるを得ないといった矛盾した側面だな。だがな、それは決して俺たちのせいじゃない。俺たちは理と誠意をつくして相手にあたる。相手がどんな人物でもだ。だが何時までも、そうしている訳ではない。相手を見てこちらの行動を変えないとな。世の中には、相手の痛みにはとてつもなく鈍感なくせに、自分の痛みは小さな棘がささったぐらいで泣きわめく奴がいるもんだ。また、残念な事に、そういう輩は俺たちが相手をしなければいけない人間に特に多いんだよ。」

 漆黒はブルーノにも聞こえるように、ゆっくり大きな声で鷲男に語りかける。

 鷲男のガラス玉の様な表情のない目は、じっと漆黒の挙動を見つめ続けている。

 それを確認してから、漆黒は自分の手を目の位置に掲げると、左手で右手の指を一本一本握っては逆に海老反らせた。

「これはとても初歩的な拷問だ。名台詞だから、お前も聞いた事があるだろう?『言うことを聞かないんならお前の指を一本一本へし折ってやるぜ』ってな。お前は精霊と呼ばれる存在だから、こんな惨たらしい事を、お前に教え込むのは俺だっていやなんだ。だがこれも勉強だ。勿論、お前が心底いやだったら止めてもいいんだぜ。」

 その言葉を聞いて、鷲男はゆっくりとブルーノの方に歩き出した。

 ブルーノは『これは初歩的な脅しだ』という心の声に従って、喚きだしたくなるのを堪えていた。

 しかし間近で見る鷲男の瞳に宿る虚無は、ブルーノの推測の範疇外にあった。

 自分が今、相手をしているのは人間ではない。

 鷲男はベッドの脇にくると、歩を止めてシーツをはぎ取り、それを大きな短冊状にいとも簡単に裂いて見せた。

 それだけ見ても鷲男の指先の力が尋常でないことが判る。


「ブルーノ。今、奴が何をしたか?判るかい。」

 漆黒は心底嬉しそうに言った。

 漆黒は実際の所、演技ではなく、誰を相手にしてでも鷲男の事を自慢したい気分になっていたのだ。

 『こいつは、打てば響くってやつだ。』

「あんたの指をへし折る。するとあんたは、絶叫を上げるに決まっている。それはこのモーテル中に響きわたるだろう。どこかで通報ベルがなる。その先が警察なら問題ないが、おそらく民間の警備会社だろうな。それでまた俺と警備会社の間ですったもんだが起こる。鷲男はそこまで読んだんだ。その危険回避の為にあんた用の猿ぐつわをシーツで用意した!これを聞いたら、ドクは死ぬほど喜ぶぜ。」

 鷲男は漆黒の解説など聞こえていない風に、その猿ぐつわを使用すべくブルーノの後頭部を空いた手でムンズと掴んだ。

 それは恐ろしい程の力だった。

 ブルーノはその瞬間、思わず瞼を堅く閉じた。

「頼む!こいつを、この化け物を、俺から遠ざけてくれ!」

 それからのブルーノの声は悲鳴に近かった。

 漆黒はベッド際に手近な椅子を引き寄せて、どっかと腰を落ち着けた。

 だが鷲男をベッドサイドのぎりぎりの位置からは、下がらせなかった。


「手間取らせたな。ジェシカ・ラビィの最後の客は誰なんだ?」

「名前は、知らない。」

 鷲男の首が、鳥がそうする仕草でクリッと微かに傾げられた。

 それと同時にブルーノの体におびえが走る。

「本当だ。嘘じゃない。第一、俺は奴とは直接喋った事がないんだ。俺が喋ったのは、奴を連れてきた奴の世話人なんだ。その世話人も暫くしたら姿を見せなくなった。ローズマーリーは、そうしようと思えば、一言も喋らずに、したいことを出きる仕組みになっているんだよ。」

「で?あんたの事だ、そんな状況でも、いろんな情報を掴んでいるんだろう?」

「、、ああ。正確とは言えないが、世話人はその男の事を『宇宙軍の脱走兵』みたいな呼び方をしていた。ある時には『白銀の神』とか、、。場面によっていろんな呼び方があるようだ。どれが本当かは判らないが、少なくとも奴がこの地上での生活に馴染みが少ない人間だって事だけは確かだ。」

 漆黒の頭の中で、あの夜に出会った肥満男が漏らした情報が思い出され、今のブルーノの証言と繋がろうとしていた。

 『ブードゥー』の存在の次は、匿うだけで罪を問われる重要人物、、。

「その男は、どんな男なんだ。姿は見たんだろう?」

「どう言ったらいいのか判らない。いつも砂漠の住民が着るようなマントで身をくるんでいたしな。だがどういう訳か、その下は服を着ていないようだった。だから胸や、すねや、二の腕が、時々はだけて見えた。、、、奴は全身金属の固まりだった。」

「ロボットか、サイボーグか?」

「そうじゃない。そういうもんじゃないんだ。あのガラクタ共なら歩き方で判る。奴は、金属で出来た人間といったらいいのか、機械の固まりに魂があるといっていいのか、、。それに毎回、微妙に姿形が変わっていた。 」

 漆黒は、ローズマリーで最後に話をした娼婦の言った言葉を思い出した。

 彼らがまぐわった部屋には、金属とゴムのにおいが残っていたと。

 そして娼婦がとっさに描いた剃刀の刃のイメージと、あのゴム人形の遺体の傷口。

 ゴム人形の肌を切り裂いていたのは、非常に切れ味のよい刃物だとまではわかったが、その刃物の正体は未だに何も分かっていない。

 恐ろしく薄い刃、それは皮膚と肉を切り裂いて骨まで届く。

 ゴム人形は殺害される寸前、動いている。

 だがその動きは抵抗したのか、悶えたのか、祈ったのか?それさえも特定できない。

 しかしこれだけは言える。

 非常に薄い刃が、もしも大腿骨まで潜りこむ事が可能だとして、しかもその相手の体が激しく動いて刃こぼれしないですむという事が可能だろうか。

 極微の目を持つスキャナーは、ジェシカ・ラビィの身体の中に、その刃こぼれの破片さえ見つけられなかった。

 あのスキャナーで見つけられない事自体が不思議なのだ。

 又、正に頭頂から足の裏までをナイフで執拗に斬りつける変質者は、いるのだろうか?

 切り刻む行為自体へのフェチ?

 確かにこんな時代だ。それはあり得ないない訳ではない。

 だが、それは「違う」と漆黒の直感は訴えていた。


「その男の体には、刃物がついていなかったか?」

「ついていたなんてもんじゃない。皮膚そのものさ。魚や蛇の鱗を思い出せばいい。あの一枚一枚が、かみそりの刃みたいなもんだ。だから俺はラビィに奴とつきあうのを止めろと言ったんだ。」

 『始めに男は全身をマントでくるんでいたと言ったわりには、よく観察してるじゃないか?』と突っ込みを入れたいところだったが、漆黒の目的は、この男をいたぶる事でも逮捕する事でもない。

「ちょっと待て。それならジェシカ・ラビィは、毎回生傷が絶えなかった事になるぞ。周りの人間がそれに気づかない訳がないだろう?」

「女を抱かなくても、男がいく方法はいくらでもある。特にローズマリーはそんな客が多いんだ。」

 漆黒はブルーノの言ったことの内容を吟味してみた。

 この手の人間は、実に見事に嘘をつく。

 それに騙されるのは、聞く方が物事を自分が聞きたいように聞く傾向があるからだ。

 しかしブルーノの話は、あの大昔の女優似の娼婦の証言と多くが一致している。

 もし、この二人が連絡を取り合うなり、示し合わせをしていたらどうなんだ?

 だが何のために、そんな事をする必要がある。

 ブルーノは、利兆に追われる身だ。

 あの娼婦がブルーノに協力する謂われはない。

 ・・・真偽を定めるのは、後でいい。

 今はできるだけブルーノから情報を引き出すことだ。


「その金属男を連れてきた、世話人とやらの男の方の正体は調べたのか?」

「いや奴は、極端に自分の身元が割れるのを恐れていたみたいだ。俺はそういう奴の正体には、出来るだけ触れないようにしている。藪蛇だからな。そいつの秘密を守るだけの為に、口封じされてはかなわない。俺には、社会的地位が高いくせにどこかに破滅願望がある人間や、完全にやばい世界にいる人間の匂いが判るんだ。俺が利用出来るのは、中途半端に格好だけ破滅したがってる奴だけだ。やばい奴は、どこまでいってもやばい。でも奴は、きっと宗教関係者だと思うぜ。雰囲気でわかる。」


 その時、漆黒の耳にバスルームからガラスドアが激しく叩き割られる音が届いた。

 それはまるでバスルームの奥の方で何かが爆発して、その風圧がガラスドアを吹き飛ばしたようにも感じられた。

 そして次の瞬間、漆黒とブルーノ、そして鷲男は、ガラスの破片で全身血だらけになったペネロペが両腕をアンテナの様に前に突き出して進んで来る様を見ることになった。

 ペネロペの目は完全に反転しており、そこにあるべき瞳はなく不気味な血走った白があるだけだった。

「ブードゥー、、。」

 漆黒はその単語を口の中で転がした。

 この事件の背後にいる存在は、口封じを含めて諸々の対処を「断行する」つもりになったんだ。

 漆黒は、生者とは思えぬペネロペの姿を見て、恐怖と共に強い興奮を覚えた。

 こいつは今までの「寝ぼけた仕事」とは違う。

 彼女の手首からは鷲男が急ごしらえで作ったと思われる戒めの為のロープがだらりとぶら下がっている。

 ロープも手首も血だらけだったが、それはどうやら先ほどのガラスの破片のせいではないようだった。

 それはペネロペが、鷲男のきつい戒めを自ら引きちぎった跡に違いなかった。

 痛みを感じないのだろう。

 あるいは痛み以上の「何か」に支配されているのか。

 ブルーノはベッドに後手で繋がれている事も忘れて、ペネロペのもとに近づこうとした。

『さすが、天才ジゴロだな。変わり果てた姿になっても、自分の女の心配をしているのか。』

 頭の片隅で彼を見直しながら、漆黒はそれでもブルーノの動きを制した。


 ペネロペの様子は尋常ではなかた。

 肥満体と出会った翌日に調べたブードゥー施術のデータがよみがえる。

 ブードゥー施術は、死者を黄泉がえらせるのではなく、生者を動く死体に変えるのだ。

 強烈なマインドコントロールが、ブードゥー呪術の基本なのだとすると、現在目の前で展開している光景には納得できる点が多かった。

 そしてそれは非常に厄介な状況だった。

 漆黒たちは利兆の連絡を受けて、このブロックで食料の買い出しに出かけてきたペネロペ・アルマンサを尾行しブルーノを発見した。

 いわば漆黒たちにしてみれば、ペネロペ・アルマンサはブルーノ発見のための媒介だった。

 同じように、もしブルーノの口封じを望む存在があるなら、ペネロペ・アルマンサは、ブルーノを仕留める絶好の道具になり得るのだ。

 そしてペネロペ自体には、なんの罪もない。


 ペネロペが足を引きずるようにして漆黒達に更に一歩近づこうとした時、鷲男の化鳥の叫びが聞こえた。

 耳を覆いたくなる様な異質な叫び声だった。

 見ると鷲男の頭部の羽毛がすべて逆立っていた。

 異様な反応を見せたのは、ペネロペも同じだった。

 ペネロペは鷲男の威嚇行為を目の前にして数歩後ずさったのだ。

 が、それもつかの間、ペネロペは口から白い泡をまき散らしながら再び前進し始めた。

 今度は狂犬のように歯をむき出しにしている。

 鷲男の化鳥の鳴き声は、より甲高くなり、漆黒たちのパニックをより深くあおり立てた。

 漆黒の頭の中に、幻の非常灯が回転し始めた。

 しきりと何かが、漆黒に訴えかけて来る。


 初めてスピリットを貸し与えられた時、同時にスピリットと付き合って行く上での基本的なマニュアルも手渡され、レクチャーを受けた。

 その時、漆黒はポーズ上、斜に構えたふりをしてその内容を聞き流していた様に見せていたが、マニュアルは帰宅してから空で呟けるほど、何度も読み込んでいた。

 マニュアルの特大太文字のゴシックで書いてあった部分が、今、頭の中で浮かび上がる。

 いくつかの禁止事項の中で、もっとも重要な事柄。

「スピリットを暴走させるべからず。もし暴走の兆候が見受けられれば、全てに優先しその暴走を回避せよ。」

 後日、漆黒はドク・マッコイにその続きを聞いた事がある。

「スピリットが暴走するとは、具体的はどういう状態になることなんですか?」

「そうだな。軍の特殊部隊は、選び抜かれた戦士たちを更にバイオアップしてチューニングした存在であるのは知っているね。」

「ええ、一説では、彼らは法律で定めた基準など遙かにオーバーしているという話もありますね。」

「そのバイオアップ戦士が、街のギャングどもが戦いの前に服用するという、バーサーとかいう麻薬を大量に服用したら?」

「正に暴走する死神ですね。おそらく彼らは、あまりの破壊衝動の強さの為に、自分がそうしたくても正気を保てないでしょうしね。」

「そういう状態だよ。まあ概ねという話だが、、。」

「暴走した後、なんとかスピリットを元に戻せたら、どうなんです。」

「いったん本当に暴走したらスピリットは元には戻らない。抽象的な言い方で申し訳ないが、精霊は悪霊に変わってしまうとしか言いようがないな。これがあるから、このプロジェクトは長い間、実現されなかた、、。」

「でも、それが克服されたから、我々警察が先陣をきって精霊たちを預かっているんでしょう?」

「ああ克服したさ。今じゃ、スピリットたちが暴走する確率は、人間が発狂する確率よりもっと低い。」

 その暴走をあろう事か、漆黒の鷲男は起こしかけているのだ。

 取るべき道は、ただ一つだ。

 漆黒は先ほどブルーノから取り上げテーブルの上に置き晒しにしてあるオートマッチクに目を走らせた。

 次の瞬間、ブルーノの悲鳴が聞こえたかと思うと、拳銃の発射音が聞こえた。




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