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精霊捜査線/鷲頭・豚頭の従者達は夜に啼く  作者: Ann Noraaile
第1章 ラバードールの死
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ファビュラス・ハデス 07: やって来た男達

    07: やって来た男達


「そんな必要はないね。」

 その声と共に、突然、ブルーノらがいる室内が明るくなった。

 ブルーノの瞳孔が急速に縮まり、彼は目を細める。

 彼が恐れていた最悪の緊急事態だった。

 部屋の中には見知らぬ二人組の男が侵入しており、その内の一人が降ろしてあったブラインドを引き上げたのだ。

 もう朝とは言えぬ昼前の明るい日差しが、部屋中に充満する。

 ペネロペは、窓際の男の顔を見て小さな悲鳴を上げた。

 背の高いモデルのようなスタイルをした男の頭には、猛禽類とおぼしい鳥の頭がのっかっていたからだ。

 ブルーノは、反射的にズボンに挟んであったオートマチックを引き抜いて、まだまともな人間に見える男に狙いをつけた。

 逆光にも慣れ相手の顔が認識できた。


 ブルーノとその男との間合いは、鷲頭の怪物よりも遙かに近い。

 東洋系のニュアンスを微かに止めたその顔は、どことなく笑っているように見えた。

 綺麗な顔をしている。よく手入れをしてやれば娼館ローズマリーで雇い入れてもかなりの金を稼ぎ出すだろう。

「なれない事は止めておくんだ。第一、お宅は俺を撃てない。」

 その男はブルーノが拳銃を向けているにも関わらず、実際に笑っていた。

 その美貌で最初はよく判らなかったが、その笑いは「嘲り」だった。

 男の侮った言いぐさを聞いて、ブルーノは逆上した。

 普段のブルーノなら、こういった強面タイプの相手には、おとなしく言うことを聞いたふりをしながら、裏をかく方策を考える所なのだが、、。

 しかし付き合い始めた女が側にいる時は、ブルーノは普段とは別の行動理論をとる。

 ブルーノは、なんの躊躇いもなく銃口の先を男の胸板に定め、引き金をゆっくりと引き絞った。

 しかしどういう訳か、引き金はびくとも動かない。

 ブルーノは拳銃を男に投げつけると、相手の虚をついて、そのまま相手に掴みかかっていった。

 上背はブルーノの方が上だったし、ブルーノの筋肉は見事に均整がとれている。

 もっともそれは日常的な戦闘で鍛えられたものではない単なる装飾筋肉だが、それでも東洋の小男相手には充分の様な気がした。

 そして何より、女の前で格好をつてけ見せる必要があった。

 ブルーノの計画では、窓際にいる奇怪な人物に向けて、この男を投げ飛ばすつもりだった。

 ブルーノは自分の体の動きの優雅さを追求するために、多少だが武術トレーニングを積んでいた。

 その技を駆使すれば、体重が軽そうな東洋男くらいは充分に投げ飛ばせる。


 確かにブルーノは男の胸ぐらを掴むことに成功し、自分の腰を使って相手を巻き込むように、回転させた様な気がした。

 だが一瞬、体が浮き上がるような気がした後、床に叩き付けられていたのは自分の方だった。

 数秒後、ブルーノは男の取り出した手錠によって、スチール製のベッドの枠組みに後ろ手に括りつけられていた。

 頭の中では何度も抵抗を試みるのだが、男の熟練した動きの方が圧倒的に早かった。

 ペネロペは鳥の頭をした男に、バスルームへ連れ込まれている。

「ペネロペをどうするつもりだ!」

 ブルーノの虚勢は、まだ剥がれていない。

 男は嬉しそうにブルーノに答えた。

「鷲男の事は心配しなくていい。やつは俺の知っている限り人間の女には興味を示さない筈だ。おおかた彼女に目隠しやら猿ぐつわをはめてやっているんだろう。余計なことを知ってしまうと、又、厄介ごとに巻き込まれる可能性があるからな。今の俺達には、事件に巻き込まれた一般人女性を保護してやるだけの余裕がないんだ。これは俺達のできる範囲の配慮の内の一つだと思ってくれ。」

 実際は、ペネロペが自分の惚れたブルーノの危機を救おうと、何をしでかすか予測がつかなかったので、鷲男に命じて彼女を隔離させていた。


「あんた、何者だ?ジェットなのか?」

 男は床に転がったブルーノのオートマチックを拾うと、拳銃の安全装置を人さし指でコツコツとやった後、拳銃をテーブルの上にそっと置いた。

「拳銃所持許可書も持っていないんだろう。それに操作の仕方も知らない。そんなんでよくローズマリーの支配人がやれたもんだな。ああ、俺の名だったな、漆黒だ。漆黒猟児という。」

「それじゃやっぱり、あんたがジェットなんだな、、、。利兆の甥っ子がとうとう来たんだ、、。」

 部屋に戻ってきた鷲男に苦笑を浮かべながら、漆黒はブルーノに向き直った。

「いいか。どんな噂話がお宅に届いているのか知らんが、俺は刑事で、お宅に事情聴取をしに来ただけだ。危害を加えるつもりはない。用が済めば、ここから立ち去る、後はお宅の好きにすればいいんだ。あの女には、俺が刑事じゃなくて、ジェットとやらの方が都合がいいのなら、そうしておいても構わないんだぜ。」

 漆黒は、ブルーノに手を下すつもりはまったくなかった。

 それでは利兆の申し出を丸呑みした事になるし、刑事としても今の段階では、ブルーノは単なる参考人にしか過ぎない。

 ブルーノの顔に疑惑の色が浮かんだ。

 漆黒は水の中に黒いインクを一滴垂らした場面を思い出した。

 まさにそんな感じだった。

 この男はまだ、自分が相手をしている人物が一番最初に娼館ローズマリーを訪れ、ジェシカ・ラビィ殺しの聞き込みをしに来た刑事そのものだという事が判っていないようだった。

 つまり娼館ローズマリーへ正式に実地調査すると脅しを掛けてきた刑事、ブルーノの窮状の発端を作った男が漆黒なのだ。


「遠回りはしたくない。お宅の遁走で只でさえ捜査が遅れがちなのが輪をかけちまった。いいか、俺が聞きたいのはジェシカ・ラビィが殺された夜、誰がジェシカのもとに訪ねて来たかって事だけだ。」

「客のプライバシーに関する事は言えないね。」

 ブルーノはいかにも「引き締まった顔」でそう言った。

 言うときには言うべき事を言う、そんな男ぶりを演出したつもりかも知れない。

 漆黒は腹を両腕で抱え込んで、床に屈み込んだ。

 肩が細かく震えていた。

 そしてブルーノを見上げる。

 その目にはうっすらと涙がたまっていた。

 漆黒は、発作的に出てきた笑いを堪えていたのだ。

 何年ぶりかの「大笑い」は、笑いというより精神の変調のように爆発しかけていた。

 下手をすると漆黒は本当に「大笑い」をして、そのまま正常な世界に戻ってこれなくなっていたかも知れない。

「利兆の爺さんが、なんであんたに深い不信感を抱いているのか不思議だったんで、ちょいと調べさせてもらった。あんた、客の何人かに性癖をばらすと言って脅しをかけているらしいじゃないか。あんたが爺さんからもらっている月々の給金は俺の年収の三倍以上だぜ。その上、常に複数の女からの貢ぎ物。その脅しってのは、単に金目当ての為じゃないんだろう?社会では、名士と呼ばれている人間達が自分の指図で下僕のようにあれこれする様を楽しんでいたんだろ?客をいたぶるのは、それが目的だろ?ゲス野郎。えっ?!そのお前が、客のプライバシーは、話せないだって!?」

「いや。、、金だけが、目当てだ。嘘じゃない。俺は、そういう悪党だ。」

 ブルーノは、真っ赤な顔をした。

 『そういう悪党ってなんだよ?こいつ思ったより馬鹿だ。』

 驚いた事に、この男にも恥の概念があるようだった。

 もし、金を取って脅す事のほうが、単純に子どもの遊びの様に大の大人をいたぶるよりましというならだが、、。


「嘘をつけ。おまえの目的は、ローズマリーにやって来る社会的に重要な位置にいる人間達をいたぶる事なんだろう。お前の生い立ちを見ると、なんとなく判るよ。第一、金だって相手がポケットマネーで何とかできる額しか要求しないじゃないか。それに締め付けるばかりじゃなくて時々は奴らに、客以上の便宜だって計ってやっている。撒き餌ってやつだな。奴らの関心を買いながら、自分が優位に立つ上手いやり方だ。相手は実力者だから余り追いつめると牙をむく。上客と懇ろになっておくと何かと便利だしな。そんなせこいお前のお楽しみを、利兆は薄々気づき初めていたっていう事さ。だが反面その狡賢さを、お前は利兆にかわれていたという事を自覚してたかい?それを自覚して、ちゃんと利兆のいう通りにしてりゃ、こんな事にはならなかったということさ。例えば、店に刑事がやってきたら、誰かに相手をさせずに、自分自身が対応にでるとかな。」

 ブルーノは、漆黒の矢継ぎ早の暴露に項垂れ始めた。

 もちろんブルーノが反省などをしている訳がない。

 彼の頭の中では、猛然と次の対処策が練られているのだ。

「あの晩のジェシカ・ラビィの客は誰だ?お前が、相手の名前や素性を知らん訳がなかろう。」

 ブルーノは、下を向いたままだ。

 黙っていれば、その内、漆黒から答えを引き出すための交換条件が出ると踏んでいるようだ。

 逆に漆黒は、ブルーノにどんな対抗策もないことを思い知らせる必要があった。


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