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ファビュラス・ハデス 36: 漆黒

    36: 漆黒


 シェルターのドアが開いていた。

 中を見るまでもなかった。

 あの坊やが引き起こしたトラブルなら、シェルターの中に二人が残っているはずがなかった。

 首筋に風の流れを感じた。

 窓を開け放した状態で、風をここまで運んでこれる部屋は一つしかない。

 私のドレッシングルームだ。

 電灯の消されたドレッシングルームに飛び込んだ途端、私は濡れた床に脚を滑らせ尻餅をついた。

 床から私の全身を包む金臭い匂いが立ちのぼっている。

 私は吐き気を催すほどの予感に震えながら、部屋の電灯をつけた。

 姿見の前で、私の娼婦姿用の下着を付けた老婆が、下半身を真っ赤に染めて死んでいた。

 血だまりの中に萎びた細長い肉塊が浮かんでいる。

 かって幼い私の夢の中に何度も何度も登場した肉塊。

 嫌悪・憎悪・愛着のシンボル。

 唯一の違いは、今それがアルフレッドという本体から切り離されているという事だ。

 でもあれをどうやって切り取ったんだろう。

 噛み千切った?

 それにしてはいやに断面が綺麗だった。

 私は束の間、月明かりが差し込むこの部屋の中で坊やがアルフレッドをフェラチオしながら、そっと鋭利な何かでアルフレッドのペニスを切り取る場面を想像する。

 私は跪き、老いてなにもかもが軽くなったアルフレッドの頭を膝の上に載せてやった。


 暫く私の頭は凍り付いていた。

 どれぐらい経ったろう?

 何時、私の心が平常に戻ったのか、そしてそのきっかけ、、そんなもの分かりはしない。

 不思議なことにあれほど固執していた少年の消失についての痛手は、何一つと感じなかった。

 欲しければ、又、買えばいい。

 突然、自分の置かれた状況が見えてきた。

 何とかしなくては、今度はだれも手伝ってくれないのだ。

 「スキャンダル」は死だ。

 父を失いアルフレッドを失い、私はもうこれ以上、何一つも失う訳にはいけない。

 クレンジングクリームを化粧台から取って来て、アルフレッドの顔からファウンデーションをぬぐい取ってやる。

 仮面から仮面を剥がしているような気がした。

 死の仮面の下には死の素顔があるだけだ。

 その時だった。

 後頭部に冷たく堅いものが押しつけられてきた。


「それ以上は止めて置くことだ。今ならお前さんの罪から証拠隠滅の分は差し引いてやるよ。サービスだ。警察は民間みたいに、がめつくはないんでな。」

 振り返って見上げる。

 初めて見る男だった。

 多分、私を嗅ぎ回っていた刑事だ。

 しぶとく生き残ったというわけだ。

 何もかもが真っ黒の男。

 黒い服に黒い髪。

 少しウェーブのかかった男の髪は、先ほどまで激しい運動を続けていた運動選手のように濡れて形の良い頭蓋骨に張り付いていた。

 よく見れば身体中に何か得たいの知れない不吉なものが飛び散っている。

 だが何より印象的なのはその男の漆黒の瞳だった。

 私は、しばらくその男の黒い瞳に見惚れていた。

 虚無だ。

 それは虚無の黒だった。

 だがその虚無の色は美しい。

 私の虚無はどうだろうか、、。

 開け放たれた窓から、遠くで響く運河祭用の花火がだす音が聞こえてくる。

 そうだスピーチに行かなくては、、、、。



「つまらねえ、、。」

 漆黒はインテレビのスィッチを切った。

 いくら待ってもディモス・メルクーリのニュースが流れて来ないからだ。

 警察が威信回復をする為には、第二のドクランド事件の犯人はディモス・メルクーリでは不都合だったようだ。

 例えばアンダーワールドの住人のような人間が良かったのだろう。

 ・・・まだ、でっち上げがなかっただけマシか。

 ディモス・メルクーリの元から逃げ出した被害者は、執事のアルフレッド・アイアンズを殺害して加害者となり、それをあの衆寒極市の女刑事が逮捕した、、。

 こんな事は、良くあると割り切っているつもりの漆黒だが、今回の捜査で漆黒は正当防衛の成り行きとはいえ、人を二人殺している。

 ・・・そして、ある罪を犯して裁かれるべき人間が、その罪によって裁かれない。

 権力者達の辻褄あわせの為に、俺は刑事をやっているのか?

 刑事をやる事で己の人間としての存在意義を確かめたかったのではないのか。

 こんな事なら元の野良クローンに戻って、利兆の甥っ子として面白可笑しく生きれば良いのではないか?

 焼け付くようなスリルだけなら、利兆の元でも充分味わえる。

 そしてそういう生き方が、薄々感じ始めている漆黒賢治が俺に掛けた呪縛から解き放たれる事に通じはしないか?

 そう、漆黒は考え始めていた。


 そんな時、机の上に置いてあった携帯が鳴った。

 発信者はレオン・シュミットだった。

「よう漆黒、、」

「どうしたデブ野郎、久しぶりじゃねえか、」

「聞いたか?」

「何をだ?」

「精霊計画が再開される。」

「、、、、、。」

「俺のも、新しいのが帰って来るそうだ。」

「、、、そうか。良かったな、、。」

「お前、まだやれるか?」

「、、、ああ、多分な。」

 本当に多分だった。



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