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ファビュラス・ハデス 33: ゲット・ア・ボウナー

    33: ゲット・ア・ボウナー


 襲撃されている。

 この俺が。

 民間警察ならいざ知らず、荒事と言えば、良くて格好をつけたがるチンピラをさばく程度が関の山の刑事が、「銃撃」を受けているのだ。

 一度目の彼らの銃撃から、漆黒が辛うじて逃れる事が出来たのは、全くの偶然だった。

 衆寒極市のアキュバン特殊建築設計施工事務所からの帰り、地下駐車所に開いたエレベーターのドアから脚を一歩踏み出した瞬間だった。

 足下に激しくのたうち回る黒い肉塊があった。

 それは下半身を3分の1程、食いちぎられた野良猫だった。

 エレベーターは、地下駐車場の奥まった部分にある。

 何ものかに襲われた猫が、己の片足と太股の一部を捨てて、この場所に逃げ込んで来たのだ。

 汚染物を喰って怪物化した鼠に逆襲されたか?

 一匹いるなら相当数ここら当たりに潜んでいる事になる。

 億劫でも衛生局に知らせてやらねば、こんな場所に猫が逃げ込むのだ、乳幼児が危ない。

 藻掻いているものを見定めようとして身を屈めた瞬間、エレベーターの金属製の壁が、2度、ボスンという音を立てた。

 漆黒は、猫が目指して行き着けなかった、身を潜める為の暗がりが沢山ある方向に、走り出した。

 さすがの超人的な俊足を誇る漆黒でも、銃弾の飛来スピードを上回れはしない、けれど標準を付けているのが普通の人間の視力なら、狙撃からは逃げ切れる。


 アドレナリンが、体内で沸騰している。

 恐怖ではなかった、純粋に興奮していた。

 この感覚は刑事を勤めてから数回、味わった事がある。

 いつもの様に、、、その興奮に酩酊しそうになった。

 身を隠す場所を見つけた。

 脇の下に吊した自前の無骨な大型自動拳銃を抜き出して、壁に自分の身体を押しつける。

 自分が狩るべき相手が明確になった時から、豆鉄砲はブロック署のロッカーに仕舞ったままだ。

 ごつい自動拳銃の銃把の感触に安堵を覚える。

 この感じは、おっ立ったアレを握っているのと同じだと思った途端、目の前の壁が炸裂してその破片が顔面を刺した。

 息を大きく吸い込んで止める。

 プールに飛び込むのと同じだ。

 一端、足が地面を離れたら、水面に激突するまで、後戻りは出来ない。

 漆黒は、頭の中で意味のないカウントダウンを3から始めて、遮蔽物になっていた壁から身を乗り出した。


 アキュバン特殊建築設計施工事務とは、早い話が、個人用シェルターの施工を請け負う会社だ。

 スラムの住人が、自分のねぐらにシェルターを設置するだろうか?

 戦争を煽って利益を得、自分だけはその戦渦から逃れられる人間どもだけが、豪勢な個人シェルターを用意するのだ。

 漆黒がそのアキュバンの周辺をつつきはじめた途端に、この反応。

 こんな世の中でも、刑事に殺し屋を差し向けられる人間はそれほど多くはいまい。

 そうか、ディモス・メルクーリよ。

 駆け出しのお前には、事が露見してしまってから、それを揉み消すだけの政治力がまだないと言うことか。

 だから、事が大事にならない内に、今、始末をつけようってか。

 墓穴を掘ったな。、、いや掘られたのは俺の方か。

 弾はもう予備の弾倉一つしか残っていない。

 射撃練習を、さぼったつもりはなかったが、威嚇ではない本当の近距離の銃撃戦は初めてだった。

 しかも手に持っているのは、豆鉄砲ではなく殺しに使うための本物の拳銃だった。

 『相手はナノマシン細胞で出来たような怪物じゃない、人間だぞ。』

 それでも、銃を人に向けて撃つ快感を制御できない。

 『相手が撃ってくるからだ。これは生と死の、等分な、やりとりだ。』

 死に直面した恐怖の裏返しの快感、それが問題だった。

 『冷静になれ。』

 照星を的に合わせる、そして引き金を確実に引き絞る。

 出来れば、頭部と心臓は外してやれ。

 それだけの事だ。

 俺ならやれる。



    ・・・・・・・・・


「で、どうしたんだ、坊主。何か私に言いたい事があるんだろう?」

 お兄さんが、優雅に長い脚を組み替えながら言った。

 僕は外に出れない寂しさを補う為に沢山の映画を見ていたが、お兄さんはどの男優にも負けないぐらいハンサムだ。

「外の世界は、滅びたって本当?それに僕の身体は、どうなっているの?もうあんなのを着るのはいやなんだ。、、僕は、僕は、お姉さんが、嫌いなんだ。」

 身をカチンカチンに固めてしまいそうな革の服や、ゴムの服、大きな偽物のおちんちん。

 口を開いたままにさせる口輪。

 僕は、僕が泣いているのが判った。

 僕の中の感情が、今の僕に追いついてきたんだ。

「男は泣かないもんだぞ。」

「嘘だよ。僕が見てる映画に出てくる人たちは、みんな、泣きたい時は、泣いていいって言うよ。」

「それは映画だからさ。現実では、男は泣いちゃいけないんだ。」

「だって、現実って言っても、この世界で生き残っているのは、お兄さんとお姉さんと、アイアンズさんだけなんでしょう。それなら泣いたっていいじゃない。」

 僕は拗ねたように、上目遣いで言ってみた。

 こんな風な表情を造ると、お兄さんは途端に甘くなる。

「お前に泣いちゃいけないと言ったのは、お前に強くなって欲しいからだよ。それよりどうして、世界が滅びていないんじゃないかと考え始めたんだ。あれほど何度も説明してやったじゃないか。」

「アイアンズさんも、お兄さんも見るたびに、服が替わるじゃないか。」

「おいおい、まってくれよ。お前、私たちがどれぐらい服を持っているのか、知っているのかい。お前は、このシェルターの中の隔離病室から出れないから、ここの大きさが想像も付かないだろうけれど、ここは何千人という人が何年も何年も生活出来る規模なんだよ。そこに私たちはたった4人で暮らしているんだ。服だって食べ物だって、ここに蓄えられているものなら山のように使えるんだよ。」

「そうじゃないんだよ。僕の言ってるのは、なんて言ったらいいのかな。そうだ、流行。流行なんだよ。僕と随分長い時間一緒にいるアイアンズさんの服とかに、流行を感じるなんて、おかしいよ。」



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