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ファビュラス・ハデス 32: 「頭脳探偵」と女刑事

    32: 「頭脳探偵」と女刑事


 漆黒は貯まっていた日報と、ちょっとした調べ物をする為に、衆寒極市の分署へ出向いていた。

 特別任務という事で、日報の縛りは緩められていたし、検索レベルも捜査期間中は引き上げられているという事らしいから、それなりの待遇だとは言えるのだが、それでも署に足を踏み入れる時は、憂鬱にならざるを得ない。

 自分が野良クローンから飼い犬クローンになった存在に過ぎないことを、否が応でも思い出させるのが、この施設、この瞬間だからだ。


 それでも今回は、ちょっとした嬉しいサプライズがあった。

 分署の奥から、タイトなパンツとショートジャケットに身を包んだ女性刑事が現れたからだ。

 警官に女性は殆どいない。

 男女差別というより、むしろ、警官は女性にとって最も割の合わない職業だったからだ。

 漆黒の目の前に現れたのは、すこぶる付きの美人だった。

「ハィ!漆黒。仕事の方はどう?順調?」

 小振りな頭部に大きな眼、ショートカットヘア、、多分可愛らしい声が出てくると期待したが、彼女から飛び出したのはガラガラ声だった。

 というよりも人を威嚇しなれた声と、いった方が正しいのか。


「何処かで、会ったかな?仕事の方は、まあまあってところだが。」

「あんたは私のこと、知らないでしょうね。私は街であんたを何回も見てるけど。特にクルージングストリートとかでね、ベィビー。あの時のあんた、結構、可愛かったよ。」

「、、俺は、あんたの縄張りを、荒らしてたってわけだ。」

「そういう事になるわね。まあ今回は、特別任務らしいから仕方がないけど。出来るなら、さっさと仕事を済ませて、元の自分のねぐらに帰ってちょうだい。そこでマスかくのは、あんたの自由だから。」

 喋っている内容は、いかにもすれた刑事そのものだが、それをこの容姿のオンナが口にすると、妙にチャーミングだった。

「ああ、そう努力するよ。でも俺なら、あんたが特別任務でウエストに来た時は歓迎するな。その時は、いつでも連絡してくれ。」

「そうさせてもらうわ、じゃぁね。」

 オンナ刑事は自分の名前も名乗らず、そのまま行ってしまったが、漆黒は暫くその場所に立ち止まって、彼女が残した残り香を楽しんでいた。

 それはどこか血の入り混じった香水の匂いだった。



 検索レベルが引き上げられた警察データベースの結果を見つめながら、漆黒は軽い興奮状態に陥っていた。

 先ほどの女刑事との出会いといい、今日の俺はちょっとついていると思った程だ。

 特に漆黒が目星を付けていたディモス・メルクーリ国会議員と、政治家一家と言われるメルクーリ家に使える執事アルフレッド・アイアンズの裏の顔が、ある程度判明したのが驚きだった。

 ゼペットの顧客データにあった「ディモス・メルクーリ国会議員の秘書の知人」など、下っ端のさらにその下っ端に過ぎない。

 そこをこの検索結果は、見事に突破して、メルクーリの実態にまで、辿り着いているのだ。

 どう考えても、警察の職員数や捜査権で、これだけの捜査情報を積み上げられるわけがない。

 だが逆に、こんな事実が何処かで調べられて、しかもデータ化出来るのなら、警察機構など必要ないのではないかとも思った。

 刑事達の都市伝説では、国のメインコンピュータには「頭脳探偵」と呼ばれるプログラムが構築されつつあって、そのプログラムが人間のはき出すありとあらゆる情報を蓄積収集分析した上で、犯罪を防止し解決に導く、、その準備が今整いつつある、そういう話がまことしやかに囁かれていた。

 人間の刑事や探偵は、自分の目と耳と足で事件を解決するが、「頭脳探偵」は、人々が常にはき出す電子情報のログを掻き集め、その正確無比な推理推論力だけで、事をすますのだという。

 それが実用化されないのは「実存的証拠」、あるいは「頭脳探偵」への信頼性の問題だけなのだという。

 ひょっとして、精霊計画はこの頭脳探偵を「実存的証拠」という側面で補完するものなのか?

 そんな事を思った漆黒は、慌てて首を振った。

 無理にでも忘れかけようとしていた鷲男の事を又、思い出しかけたからだ。


 このデータベースは、漆黒の目の前に、執事アルフレッド・アイアンズが、衆寒極市の犯罪シンジケートボスの養父であり、このシンジケートの資金力と威力でメルクーリ家に何度も便宜を図って来たことや、同様にメルクーリ家もみかえりとして、シンジケートに政治的な恩恵を与えてきたという、いわば癒着の関係も明確に提示した。

 これだけでも一大問題だし、彼らを検挙に踏み切ろうと思えば、いくらでも出来る筈だ。

 それをしないで、只、これらが「データ」として寝かされているのは何故か?

 そしてそれを今、漆黒が垣間見る事が何故、出来るのか?

 単に特別任務に付いた刑事の特権事項というような事では、あるまい。

 考えられる事は、いくつもあったが、漆黒は敢えて、それらを考える事を放棄した。

 ラバードール事件で、垣間見たヘブンの世界と、地上との力関係を思い出したからだ。

 自分は操られている只の駒に過ぎないという自覚が、猟犬に必要か?

 いや猟犬は、本能に突き動かされて獲物を狩るのだ。それで良い。



 「頭脳探偵」の推論スピードには、当然叶わなかっただろうが、被害者の監禁場所を絞り込んでいく時間は、漆黒の足でも、それ程、多くを必要としなかった。

 衆寒極市で、一人の人間を数年にわたって監禁できる場所、そしてあの五人の容疑者達とその背後に存在する者達が関われる地域。

 漆黒が目星を付けたブロックは、二つの「ゴミ溜め」を抱えていた。

 クエンクという名の人造運河を挟んで、政治家や資産家が住む高級住宅街と、昼と夜の二つの顔を持つ歓楽街を中心としたスラムだ。

 スラムでは厳密な意味で、人々のプライバシーは保障されない。

 非干渉と無関心とは違う。

 漆黒が当たりを付けたブロックのスラムの住人は、常にお互いを監視し合っていた。

 そうでなければ、色々な意味で、その場所で生き延びることが出来ないからだ。

 一人の人間を長期間、監禁しそれを秘密に保つことは、スラム外の人間に対しては可能だが、スラム内では絶対に不可能だ。

 スラムの人間には、独自の嗅覚がある。

 WUWで育った漆黒には、その嗅覚があった。

 犬同士は、お互いの匂いを嗅ぎ合って親密な情報を共有する。

 目星を付けたスラムでは、漆黒のアンテナに、「営利誘拐」「人身売買」の事例は多く引っかかったが、長期に渡る純粋な「監禁」の存在は引っかかってこなかった。

 当然、捜査対象は、もう一つの「川向こう」にある、綺麗な「ゴミ溜め」に絞られていった。




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