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精霊捜査線/鷲頭・豚頭の従者達は夜に啼く  作者: Ann Noraaile
第3章 永き命、短き命
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ファビュラス・ハデス 27: 豚男の死

    27: 豚男の死


 記念ホールの中は、展示物等の物で溢れ返っていた。

 疑いの目で見れば隠し扉に通ずるスイッチや扉は、この空間のいたる所にあると言えた。

 漆黒とサリンジャーは、先ほどからホールを見学するふりをして、隠しドアを探っていたが、埒があかなかった。

 今こうしている間にも、鴻巣かマッカンダル神父が彼らを監視カメラで観察しているかも知れなかった。

 鷲男は先客の老夫婦二組を、記念館の外に追い出したばかりだ。

 漆黒は、ちらりと腕時計に視線を走らせた。

 決めておいた時刻までに、もう二十秒も残っていない。

 サリンジャーの肘を引いて、ホールの壁から下がるように指示をする。

 サリンジャーが頷く。

 時間だった。

 漆黒がニードルガンを抜き撃ちしたのと、記念館の壁が音も立てずに球形にくりぬかれたのが同時だった。

 早速、サリンジャーが出現したその穴に飛び込もうとするのを、漆黒が制した。

 記念館の壁を消滅させたナノシャワーが、「自己解体するのは、破壊した対象が消滅するのと同時だ」と利兆から説明は受けてはいたが、もしもの事がある。

 サリンジャーに、蒸発されてはたまらなかった。

 それに危険な場所に赴くのは民間人ではなく、「勇敢な」刑事と相場は決まっている。


 それでも、隠し地下棟の中ではサリンジャーが先に走った。

 勇敢な女性だった。

 漆黒がその後を追う形になる。

 走る速度で漆黒が人間の女性に負ける筈がない、彼女の気迫に押されたのだ。

 人気はなかった。彼らの靴音だけが高く反響する。

 薄暗い廊下は、病院に特有の匂いに加えて、かび臭い匂いがした。

 確かにヴゥードー教団が、秘密に使用するには、ぴったりの雰囲気だった。

 『ヴゥードーの奴ら、このプロジェクトにはあまり人手を割りさいていないのかも知れない。』

 漆黒は廊下を注意深く観察しながら、ちらっとそんな事を考えた。

 不完全とはいえ、「天敵」自体が一種の生体兵器である限りには、その防備の為の人数をこの地下棟に配備する必要はないわけだし、第一、天界に登った彼らに誰が逆らうというのだ。

 ジッパーのパーマー捜査官ですら、この事件から下ろされている。


 急に空気の匂いが、いや質が変わった。

 空気が電磁を帯びているのが判る。

 サリンジャーの進行方向から左に折れる薄暗い廊下の奥が、時々、蛍火のような燐光を点滅させていた。

「あそこよ。あの人が、閉じこめられていたのは、あの奥!」

 サリンジャーが息を弾ませて言った。

 その口調からは、安堵感が感じられた。

「判った。もう、後ろに回ってくれ。」

 だが漆黒のその言葉の最後は、激しい銃声によってかき消された。

 少なくとも2種類の銃声が廊下に激しく、連続的に反響していた。

 サリンジャーが息を呑む。

 漆黒はホルスターからニードルガンを引き抜き、廊下の角を曲がった。

 漆黒は一瞬、彼が趣味で集めている古典映像ライブラリィの「鳥」を思い浮かべた。

 ヒチコックの「鳥」だ。

 無数の鳥が人間を攻撃している。

 ただし、幅広い廊下を埋め尽くしている鳥達は、自ら発光していた。

 先ほどからの銃声は、その鳥たちに襲われている二人の人間のものだった。

 点滅する蛍火と銃火のフラッシュの中で浮かびあがる彼らの姿に、漆黒は見覚えがあった。


「レオン!」

 その声にレオンが、漆黒の方を振り向く。

 しきりに手を振っている。

 こちらに来るなという合図だった。

 その間も、豚男はウージィを鳥たちが乱舞する空間に向かって連射している。

 しかし、漆黒はレオンの制止を無視して彼らに近づいた。

 近づいて見ると「鳥」達の姿は、鳥よりも、自ら羽ばたく「紙飛行機」に近い印象が強くなって来た。

 紙と言っても、発光する鋭いカミソリで作られた紙飛行機だ。

 又、それらは角度を変えてみると一本の長大なカミソリ製のリボンがのたくっているようにも見える。

 漆黒はニードルガンを構えて、「それら」に向かって発射した。

 だが「それら」は、ニードルガンに被弾する前に、一瞬の内に消え去った。


「消え失せちまいやがった、、、。」

 豚男の野卑な声が、鳴りやんだ銃声の後の静寂に響く。

「いや、まだ気配が残っている。それにどういうわけかあの鳥みたいなのは、お前の銃に怯えているようだ。」

 レオンが漆黒の持っているニードルガンに視線を落とす。

「所でここに、どうやって入り込んだ?」

「なあレオン、調査方法は一つだけじゃないんだぜ。」

 漆黒はそうこたえながら、自分たちの侵入へのガードが甘い理由に、ようやく今気付いた。

 彼らより一足先に、レオン達が、この場所に到達していたのだ。

 ヴゥードー教団は、レオンの方に対応していたのだ。


「そっちの精霊は大丈夫なの?酷いけがをしてるみたい。」

 サリンジャーが怯えた声をだした。

 そう言われて気付いたが、豚男のスーツは無数の「切り裂き」の跡があった。

 そしてその下から血がにじみ出ている。

 おそらく、豚男は先ほどの「鳥」の攻撃から、自分の身体を盾にしながらレオンを庇うような戦い方をし続けていたに違いなかった。


「我々、精霊にとっては名誉な事です。」

 彼らの背後から涼しげな声が聞こえた。

 遅れてきた鷲男だった。

 豚男は鷲男にちらりと視線を走らせてから、そっぽを向いた。

 彼らは、初めて出会った夜から、精霊は精霊同士、お互い違った成長を果たしたようだった。

「どうする。進むのか?奴はまた来る。」

 レオンが挑むように漆黒に問う。

「ああ。真田を逮捕する為に、俺はここに来たんだ。」

 漆黒の口調には微塵の迷いもなかった。

「先ほどまで戦っていた相手が、その真田自身だと言ったら、驚くか?それにあれは伝染するかも知れない。」

 レオンが心配げな視線を、数メートル離れて彼らを護衛するような形でウージィを構えている豚男に送った。

 ナノのようなものが接触感染するなら、豚男が危ない。

「いいや。これで奴がナノマシンを身体に繁殖させたハイブリッドだってことがはっきりした。それに正に天敵の名にふさわしい異形ぶりだった。身体を分解して、違う形に再構成して攻撃に使っているんだろ。だがあの使い方をするなら、ナノの他への影響はない筈だし、こいつが有効になる。」

 漆黒は、大振りのニードルガンを、少しばかり掲げて見せた。

 漆黒は、真田が地下鉄で闘った女と同じタイプの人間だと理解した。

 ただ女は、今、見たような身体の大きな変化を見せたりはしなかったが。


「ちょっと待って、あなた達、何の話をしてるの?」

 サリンジャーが彼らの話に割って入ってこようとした時、再び、彼らがいる廊下がほの明るく照らし出された。

 豚男がウージィを構え直す。

 廊下の奥から、人の2倍はある光るミイラ男が身体を揺らし引きずるような足取りで漆黒達に接近して来た。

 ミイラ男の身体が左右に傾く度に、光るカミソリの包帯のすき間から、極微の三日月のような光る刃がザラザラとこぼれ落ちては、再び、自ら意志をもつようにミイラ男の体内に戻っていく。

「つくづくユニークな化けモンだな、、。毎回、形が変わりやがる。」

 レオンが呟く。

 手に握られた拳銃が再び持ち上げられた。

 その途端、ミイラ男は爆発した。

 爆発して、それは数体の光る竜となって噴き上がった。

 竜達は牙がびっしりと埋め込まれた口を開けて、廊下を畝繰り回りながら、漆黒達に向かって襲いかかってきた。

 豚男が一匹の竜に頭部を噛みつかれ、一瞬の内に首をもぎ取られた。

 それでも豚男のウージィは、失われた頭部の命令を守って闇雲に連射を続けている。

 レオンの女のような悲鳴が上がった。

 漆黒は無我夢中で、竜へ、そして廊下の天井に向かって、ニードルガンを乱射した。

 この銃で、この状況では、ねらいなど定めようがなかった。

 破壊が巻き起こす塵芥で、竜への遮断幕を作る、それも狙いだったが引き時が分からなかった。

 ナノニードル弾を詰めた弾倉は、あと一本しか残っていない。

「猟児!竜はもういない!止めるんだ!それ以上撃ったら天井が落ちてくる。」

 漆黒を激しい口調で止めたのは鷲男だった。

 ウージィの連射音も止んでいた。


「奴はどこにいった?」

 地下道に充満していた土埃がよくやく収まりつつあった。

 夢から覚めたように漆黒が鷲男に尋ねた。

 自分の身体の震えが、鷲男にばれていなければいいがと漆黒は思った。

「今度はあなたの攻撃から逃げ遅れたようですね。彼はナノシャワーを少し浴びたようです。」

 鷲男の声は、冷静に戻っている。

 だが豚男が殺されたあとだ。

 彼らは同族の死を悼まないのだろうか?

 鷲男が廊下に点々と続く、光る血痕を指さした。

 血痕は見る間に輝きをなくし、その存在自身を蒸発させて行く。

 生身の身体を強力な生体兵器に変えてしまうナノをたっぷり含んだ「血」だった。

 血痕が指し示す方向を追う漆黒の視線に、豚男を抱きかかえているレオンが目に入った。

 肥満体の二人は、再び薄闇が訪れた廊下の中で、奇怪な肉の小山のように見えた。

「、、行こう。彼らはそっとしておいてやれ。」

 漆黒は誰とはなしに、その言葉を吐いた。

 それは自分自身への確認でもあったかも知れない。


 漆黒はレオンの側を横切る時、そっと彼の肩に手をおいた。

 いつものレオンならその手をきっと振り払っただろう。が、彼はそうしなかった。

 レオンの肩は、小刻みに震えているだけだった。

 漆黒の頭に、スピリットを配備されている警官仲間の中で囁かれているレオンと豚男の醜聞が一瞬かすめ飛んだ。

『おい、聞いたかよ。奴らはやってるらしいぜ。獣姦にホモだぜ。世も末だ。』

『どっちが手を出したかって、、。そりゃ、、』

 ・・そんな事、どうでもいいではないか。

 人はなんにだって、惚れるんだ、、。

 そして「悲しみ」から逃れられる人間も誰一人としていないのだ。

 そう人は、いずれ自分の大切にしているものから別れを告げられるのだ。





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