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精霊捜査線/鷲頭・豚頭の従者達は夜に啼く  作者: Ann Noraaile
第3章 永き命、短き命
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ファビュラス・ハデス 26: 侵入経路の発見

    26: 侵入経路の発見


「今の警察にも、こんな便利なものがあるのね。」

 サリンジャーは言葉の内容とは裏腹に、あまり感心したようでもない口調で呟きながら、その小さなディスプレィを眺めていた。

 もう疲れ切っているのだろう。

 車の後部座席では、鷲男がサリンジャーの見ているディスプレィをリモート末端で遠隔操作している。

 こんな形でサリンジャーを自分の隣の助手席に座らせ、鷲男と離したのは漆黒なりの配慮だった。

 鷲男は大丈夫だが、サリンジャーは鷲男の側にいると使い物にならない、漆黒はそう考えている。

 サリンジャーが知らないことがもう一つあった。

 彼らが乗り込んでいる車が、警察のものではなく利兆の所有物だという事だ。

 いくら一般車仕様の警察の車を使っても、それでは「天国の傘の下」で張り込みをするには不向きと言えた。

 この場所では、利兆の所から借り出した高級車でさえも、くすんで見えるのだ。

 現に漆黒達は、彼らが目標とする建物が監視できる駐車場に車を置いているのだが、周囲の車で利兆の車を購入価格で下回るものは見あたらない。

 それに、今の漆黒には、捜査用情報機器を満載したハイグレードな警察車を借り出す許可がおりそうにもなかった。

 結果、利兆が接待営業用として所持していた高級車を使わざるを得なかったのである。


「ゲームみたいね。飽きないわ、、。」

 飽きないだと?

 嫌みか。

 俺だって、こんな車の中で缶詰になっているより病院に直接出向いて、奴らに揺さぶりをかけてやりたいさ。

 漆黒の口の中は、疲労の為に粘ついている。

 もう三時間は、この車の中で同じ姿勢をとっている事になる。

「愛染総合病院の設計図をバーチャルで立体化してあるんだ。くわえて各種のリアルタイムデータがそこにレイヤーされている。あなたが見てるのは、ほぼもう一つの愛染総合病院と言って良い。あなたの記憶が鮮明なら我々は、これで例の男が収容されている部屋へ進入する為の最も効率の良いルートが調べられる。」

 漆黒は、サリンジャーに、真田の逮捕を、監禁からの救出と言い換えて説明してある。

 逮捕と説明すれば、サリンジャーはこのような捜査方法をとる漆黒を疑い、到底、彼女の協力は取り付けられなかったはずだ。

「でも辿り着けないわ。どの入り口から入っても駄目みたい。」

 辿り着けないだけではない。

 彼女は戸惑っている。

 『もしかしたら全然見当はずれの場所を、この刑事達は私に見せているのかも知れない。』

 そうも感じているはずだ。

 しかし「愛染総合病院」を、真田が捕らわれている場所として直接名指しした当の本人である彼女が、それを漆黒達に言い出せるはずがなかった。

 だが漆黒はそういった矛盾を、サリンジャーに当てこすって彼女を追求する事を避けた。

 彼女が真田の最終の目撃者である事実は動かないからだ。

 彼女には今回のチャンスを逃したとしても、今後も協力をしてもらわねばならない。

「先ほどから同じ事を、3回は繰り返している。」

 漆黒は非難の色が出ないように、出来るだけ優しい口調で言った。


「私が嘘をついていると言いたい訳?」

 苛立った口調で、サリンジャーは答えた。

 彼女は彼女なりに、瀕死の真田を見たという体験もあって、自分の行動に少なからずの責任を感じ始めていたのだ。

 彼女は、真田の悲惨な姿から、彼にあまり時間が残されていないように考えていた。

 一度は、自分から切り離して忘れ去ろうとした人物だったし、ましてや自分には縁もゆかりもない人間だったが、こうやって救ってやれる機会が巡ってきた限りは、全力で救ってやりたい。

 であれば、一刻も早く自分が彼ら警官を真田のもとに導いてやる必要があるのだ。

 と、そう思っていた。

「そうは言っていない。だが、あなたが愛染総合病院に入院したのは随分昔の事だ。どこか他の病院と記憶が混同している可能性はないのか?俺が下調べをした範囲では、あなたが退院した後から愛染は大規模改修を一度行っている。」

「、、、、、!」

 サリンジャーは絶句した。

 本当の事を言えば、あの時、サリンジャーは車の中だけではなく、病院に入るまで目隠しをされていたのだ。

 目隠しは見覚えのある病棟に、つまり愛染総合病院の病棟内に入ってから神父の手によって外されたのだ。

 その愛染総合病院が、大改装している。

 幼心にも愛染総合病院は、随分古典的な建築様式で建てられたものである事が印象づけられていた。

 だからこそ、サリンジャーは目隠しを外された時に、その場所が愛染総合病院である事に思い当たったのだが、。

「いえ。大改修と言っても、愛染には旧館の一部をそのまま保存している場所もあるんです。そこの用途は医療ではなく待合室や簡単なギャラリー、まあいわば、記念館ですけれどね。」

 鷲男の声に救われたように、サリンジャーはディスプレィから顔を上げた。


「だったらなぜ、その場所が、こいつに表示されないんだ。」

 漆黒は横に身を乗り出すようにしてサリンジャーの膝元のディスプレィを、鷲男に指さした。

 後部座席にいる鷲男の目に、漆黒の傷ついた左耳が見えた。

 最近かなり、肉のボリュームが戻ってきているものの、皮膚の色が青黒い。

 真田信仁の過去を調べる為、本庁に出向いた時に、受けた傷だと鷲男は知らされている。

「記念館ですからね。意識してこちらが吸い上げないと、病院としてのデータだけではバーチャルでは上がってきません。記念館の建物自体は、新しい病院の方が旧館の一部の壁面を残して包み込むように背中合わせの状態で繋がっているんです。」

「あれか、、。」

 漆黒は自分たちの車が置かれてある位置からギリギリ見える、愛染病院の西側を見た。

 漆黒は、始めそこにある建物を総合病院の横にある小さな教会だと思っていたのだ。


「あっ!?」

 同時にサリンジャーが小さな悲鳴を上げた。

「、、今まで気がつかなかったけど、あれは、昔、病院の裏口だった所よ。雰囲気がどことなしに、教会の裏庭みたいだったから、よく覚えているわ。」

「わかった。もう一度アクセスしなおして、バーチャル画像を作り直そう。」

「もう、完了しました。今度は記念館から、入ってみて下さい。」 

 サリンジャーが食い入るようにディスプレィを見つめる。

 その表情は期待に輝いていたが、すぐに曇った。

「少し雰囲気が変わっているけど、これは確かに昔の病院の二つめの待合室だわ、、。良く覚えている。でも、ここからは、どこにも行けそうにない。」

 漆黒は、頭の中で素早く推理してみる。

 愛染は大規模改修の際に古い建物を残している。

 しかも、それは鷲男の言によるとヤドカリのような形でだ。

 もしこの改修行為が、なにかを隠匿しようとするものなら、このようなバーチャル解析を使った所で、その「隠し扉」が、簡単に判明するわけがない。

 実際に踏み込んで、秘匿された内部に入るしかないだろう。

 だが、現場で隠し扉を探すのに、手間取っていては、ブゥードー側に対応策をとられてしまう。

 この逮捕は、奇襲だからこそ意味があるのだ。

 サリンジャーの証言に確実性があるなら、記念館の壁をぶち破って、真田が監禁されている場所に急襲をかけても構わない。

 利兆の所から借り出したニードルガンは音も立てずに、1発で半径1メートルの穴を記念館の壁に穿つことが出来るはずだ。

 が万が一、サリンジャーの記憶が見当はずれなものなら、漆黒は捜査を続ける所か職を捨てるはめになるだろう。

 いや、何の関係もない一般の総合病院の壁を、ご禁制の重火器を使用して破壊したら懲戒免職では済まないだろう。


 漆黒が、その蛮勇を決意する為には、あとほんの少しばかりの証拠が必要だった。

 漆黒はジャケットの内ポケットから警察手帳を引き抜き、あるページを開きながら身体をねじるようにして、それを後部座席にいる鷲男に見せた。

「使いたくはなかったが、、。利兆が秘密に使ってるマザーの産業エリアへのアクセスコードだ。何かの時は、鷲男に見せてやれと、爺さんに言われている。」

 滅多に驚きの感情を表さない鷲男が、そのページを見て、喉元を少しばかり上下させながらクゥと鳴いた。

「大したものだ。これが使えるなら、ビッグマザーが持っている産業部門情報の最深部まで潜れる。で、そのコードを使って、何を調べるんですか?」

 手帳には、漆黒が書き留めるのに数秒かかった多大な数の数字と記号の羅列があった筈だが、鷲男は一瞬にしてそれを読みとったようだ。


「俺が調べられたのは、過去の病院経営者陣の大幅な入れ替えに伴って、大規模改修があったという事だけだなんだが、、、この時期が、ちょうどブゥードーが急速に勢力を伸ばし始めた頃に重なっているんだ。それに歴史的な古い建物を改装したり、記念館として転用する場合は、建築工事の際のチェックが甘くなるんだよ。設計図などをチックする行政の所轄が変わるんだ。サリンジャーさんのいう事を信じるなら、彼女が連れて行かれた場所は、改修の際に旧館から転用された隠し棟である可能性が高い。そのあたりの裏図面を引っぱり出せれば、何とかなるんじゃないか?」

「わかりました。やってみましょう。しかし今度のバーチャルは不鮮明かもしれませんよ。隠匿された建築物から正確なサンプリングは出来ませんからね。一応、記念館のマテリアルを流用はしますが。」

「ああ、やってくれ。それもこれも俺の推理が正しく、爺さんの侵入コードが役立つという前提の上だがな。」

 漆黒は最後の台詞をサリンジャーに言って聞かすように言った。


「ここよ!間違いないわ。」

「プレイを続けて!カミソリ男がいた所まで、歩いて行ってくれないか?」

 漆黒は自分用のディスプレィをスライドさせ、隣でサリンジャーがプレィしているバーチャルの表示モードを変えた。

 いわば設計図モードだ。

 サリンジャーが仮想的に移動しているのが、光点となって現れる。

 俯瞰で見ると、その光点は異常なほど直線の重なった部分を移動している。

 試しに水平方向からの視点に切り替えてみる。

 横から見ると、直線が重なって見える原因が分かった。

 今まで見つめていた愛染総合病院の地下棟の更に下に、L字型に重なるような地下棟が出現していたのだ。

 サリンジャーの光点は、その新しい方の地下棟を移動している。

「なるほど、旨くやったもんだ。それに記念館と、この隠し棟の間は1メートルに満たない。一発でぶち抜ける。」

 漆黒の顔が緩んだ。

 一度捨てかけた真田逮捕のチャンスが、再び復活した。


「賞賛に値するのは利兆氏です。今、お二人が見ている愛染病院の旧館地下棟の設計図はシステム上から一旦隠匿されていて表面上は存在しない事になっているものです。警察の上層部のアクセス権でも、これは探せなかったでしょう。それに現在の愛染病院の経営陣に、ブゥードー教がトンネル会社などを使いながら巧みに食い込んでいる事まで判りました。これらの情報が、どんな仕組みで、マザーのデータベースから抽出出来るか、想像がつきますか?」

 鷲男の白目のない瞳が輝く。

 『この情報ハックオタクが、以前のクールで寡黙な鷲男が懐かしいぜ。』と、漆黒は嬉しいような残念なような不思議な感覚に陥った。

「考えたくもないね。この件が終わったら、爺の甥として嫌というほどつき合わされる世界だ。それより鷲、お前の獲物はなんだ?人を殺めるわけには、いかんのだろう?」

 漆黒は既に臨戦モードに入っている。

 脇の下に吊したニードルガンを抜き出してみて、安全装置がかかっているのを確認する。

 もし暴発したら、自分と自分の側にいる人間は即死だ。

 ふと官給品の豆鉄砲が懐かしくなる。

 一方、この瞬間こそが自分自身が求めていたものなのだとも、気付いていたが。


「マッコィから、催眠薬とその射出器を貸与されました。警察に配備されたスピリットの中で、初めてのケースだそうです。名誉に感じています。」

 思わず漆黒は胸を詰まらせた。

 何もしゃべれなかった木偶のスピリットが、いつの間にか、いっぱしの警官になっていた。

 まだ青いが、、。

 だがこんな清廉な警官こそ、今の時代には、必要な筈だった。

 しかし俺なら、精霊には催眠弾拳銃など渡さずに、マシンガンでもバズーカでも渡してやるが、、。


「行ける。行けると思うわ。私、案内出来る。」

 サリンジャーがようやくディスプレィから視線を剥がして、二人の刑事達を交互に眺めた。

「ようし、出発だ。お嬢さんは俺の側にいてくれ、道案内だからな。」

 サリンジャーは漆黒の命令の反応として、漆黒ではなく、後ろにいる鷲男へ軽く頷いて見せた。

「鷲は後方支援だ。五分だ。五分で記念館からのまともな進入経路を見つけられない時は、ニードルガンで穴を開けて強行突破する。もし記念館に他の客がいたら、鷲、お前が待避させろ。きっとお前の声掛けは、抜群の効き目があるぜ。」

 鷲男は、漆黒の顔を見つめてから、少しだけサリンジャーの顔を見つめた。





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