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精霊捜査線/鷲頭・豚頭の従者達は夜に啼く  作者: Ann Noraaile
第3章 永き命、短き命
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ファビュラス・ハデス 25: 木曜日の男「判別課」

    25: 木曜日の男「判別課」


 現在の警察にも大昔で言えば「本庁」、つまり警察庁に該当する「特別の機関」がある。

 全ての国家保安部門が7つに分割運営されている現在でも、階級的にはそれらの上とされている「本庁」だが、指令系統を除いてはその働きに、特に際だった役所はない。

 言わば、前世紀の「遺構」のようなものだ。

 ただし、人間に酷似した知的生命体と人間を峻別判定する設備と権限があるのは、この本庁と最高裁判所だけだ。

 最高裁判所の判別機構は最後の切り札のようなもので、実際にそれが使われた事例がないので、実質的には人間を偽ったクローン人間等を判別するのは、この「本庁」の役目という事になる。

 多くの野良クローン人間が、WUWやEUWに追い込まれる前までは、この本庁の「判別課」がフル回転していたらしい。

 「判別課」とは、いかにも単純な名前だが、その職務内容の説明としては最も判りやすい。

 そして野良クローンには、最も恐れられた名前だった。

 今では、この課を存続させるためだけに、警察の完全民営化が行われなかったのではないかと言われている程、国家権力いや人間権力と強く結び付いたセクションが「判別課」であった。


 今、漆黒はその「判別課」に、向かおうとしていた。

 カミソリ男こと、真田信仁とその弟・信道の過去を洗い出すためだ。

 現時点では、真田兄弟がクローン人間である可能性は限りなく低い。

 人間の素体をナノマシン細胞に入れ替えるメリットはあっても、元から様々な細工が可能なクローン人間をわざわざナノマシン製にする必要がないからだ。

 しかし真田兄弟は、そのIDを完全末梢されている。

 ID抹消と付加は、クローン人間について回る情報であり、それらは常に「判別課」に集約されていく。

 そして人間のID情報も「判別」の際の資料として、その全てが「判別課」に「資料」として集約されるのだ。

 勿論、それらの情報は、通常のデータベースでは引き出せない階層のものばかりだった。

 「判別課」に直接出向けば、裏のレアな情報が手に入る。

 漆黒は、その事を知っていた。

 なぜなら、漆黒は過去に、自分のID情報を何度も書き換えようと試み、その方法を探ってきた過去があるからだ。


 弾丸列車を降り、中央改札口出口から見える首都のビル群を眺めながら漆黒は途方に暮れていた。

 半端のない首都の交通量と渋滞、遠くから眺めているだけでもそれが判った。

 ビーコン導入の自動運転制度を利用していての、この渋滞は異常だった。

 実質的にこの国の権力の中枢は、ヘブンに移行してしまったのにも関わらず、地上はこの姿だった。

 いや「首都」は、自分が2番目に陥れられたのを逆恨みして、自ら「渋滞」を引き起こしているのではないかと思える程だった。

 『仕方ない、、本庁まで地下鉄で行くか、、。』と漆黒は諦め、地下鉄への接続通路に向かった。

 「首都の地下鉄は、昼間でも危ない」これは一般常識だった。

 もちろんこの地下鉄が、こんな状況になったのは、警察の弱体化とヘブンの登場以降の事だ。

 民間警察に地下鉄の警備を任せれば良かったのだが、当時の行政が下手なプライドを発揮して、その事に二の足を踏んだのが、事態を現在のように悪化させていた。

 ただそれでも、真っ昼間から銃撃戦が四六時中展開されるという程ではない。

 どうしても急ぎの商用があるというビジネスマンは、今でもこの地下鉄を利用するし、地上の高額な交通機関に金を払えないという人間は地下鉄を利用する。

 漆黒は、地下鉄の危険性に怯えている訳ではない。

 ただトラブルに巻き込まれてしまうと、半日で済ませてしまえる捜査が、そうはならない。

 第七統括区から首都まで弾丸列車で丸一日かかる。

 残して来た鷲男には、単独捜査を命じてあるが、鷲男がそれをどうこなしているかも気になる所だった。

 そして漆黒は、自分にはトラブルを吸い寄せる特殊能力がある事を自覚していた。


「何も起こりませんように」、、、そんな漆黒の願いが通じているのか、本庁前への路線に乗り換える為に地下鉄車両を降り、新たな地下鉄通路に足を踏み入れたまでは、何も起こらなかった。

 それどころか、「眼福」まで向こうからやって来たのだ。

 地下鉄の長いプラットホームを、漆黒のいる方向に向けて、一人の素晴らしいプロポーションを持った美女が歩いて来る。

 長く豊かな髪の色は黒、瞳は青。

 ただファッションが少し変わっていた。

 娼婦ファッションというのか、上は豊満な胸だけを隠した黒いタンクトップ、下はこれも同じような黒いホットパンツに黒いレザーのロングブーツ姿。

 首から胸にかけては太い金のネックレスが巻かれている。

 丁度、胸の谷間に乗っかっているネックレスの先端には、黄金のカメレオンの干からびた像が繋がっている。

 『、、干からびたカメレオン?ブードゥー教の占い、魔術儀式などに使われるアイテムの一つだ』

 漆黒の脳内に、危険を知らせる点滅灯が付いた。

 羊男をやった相手は、女性だ。

 普通なら精霊の視覚記憶で、相手の顔を復元できる筈だが、羊男は頭部をスポンジ状にされていて、何も判らない。

 ただ橋の等間隔に据え付けてあった監視カメラが、彼らの闘いの様子を遠くから辛うじて記録していた。

 記録は後に誰かの手によって綺麗に削除されていたのだが、ジッパーが執念でそれを復元していた。

 それで羊男の相手が、教団関係者の大柄の女である事までは判明している。


 その女が漆黒に、どんどん近づいて来ていた。

 周りの数少ない通行人達が、そんな二人を横目でちらちらと盗み見している。

 もちろん、通行人達の注目は、この場違いな格好をした美しい女が中心だ。

 その彼女が東洋系の黒い髪をした男に近づいて行く、そこでこれから先どんなドラマが展開されるのか?

 しかしそのドラマは、甘い「恋愛モノ」ではなかった。

 女は漆黒を通せんぼをするように、彼の目の前で立ち止まった。

 仁王立ちだった。

 通行人達は、ついに歩くのを止めて、彼らの成り行きを見守った。

 多分、これから派手な痴話喧嘩が始まる。

 よく見れば東洋男も結構な美男子だ。

 ひょっとすると、これはもしかしたら何かのドラマの一シーンの撮影なのかも知れない。

 何処かに撮影カメラがあるのかも、、と皆が思った瞬間、女が何かを言い放って、その右手を振り上げた。

 「おいおい、男の言い訳も聞かずに、いきなり平手打ちか?」と見物人達が考える前に、男は見事にそれを避けた。


 女は、漆黒を睨み付けて「鼠男を返せ!」と言った。

 警官が「待て」と言って止まる逃走犯はいないが、それでも声が出るのは警官の意思表示だ。

 女の言葉は、それと同じだろう。

 漆黒も「待て」を、時々口にする。

 漆黒の場合、「待て!」の次に来る隠れた意志は「ぶっ殺す」だ。

 この女の場合も同じようなものだろう。

 しかし問題なのは、漆黒は「鼠男」の見当がまったくつかない事だった。

 だが、それでも相手の意志は充分に伝わった。


 美女の方は、その言葉では怒りが収まらないのか、もの凄い勢いで、男に向かって両腕を振り回し続けている。

 男は、必死になってそれを避けている。

 まるで、女からビンタ一発を喰らったら即死するという具合だった。

 それどころか、男は懐から大きな銀色に光る拳銃を取り出してきた。

 「おい!や止めろ!」と通行人達が声を上げる前に、男は拳銃を発射した。

 どうやら銃弾は、女をかすめただけで狙いを外し、地下鉄構内の壁に当たったようだ。

 だがその壁が、一瞬のウチに、大きく丸く、ボコッとへこんでしまった。

 普通の拳銃ではないことは、素人にも判った。

 この時点で見物人達は、ようやく自分たちの見ている光景が、単純な男女の痴話喧嘩ではないことを理解し始めたのだった。


 漆黒は一刻も早く、自分が相手をしている人間を仕留めたかった。

 ただし相手の身体に触れてはならない。振れさせてもならない。

 それは即死を意味する。

 それは最初の空振りに終わった女の平手打ちだけで、十分に判った。

 空を切ったはずの女の平手が通過した辺りの漆黒の左耳や頬が妙な痛みでピリピリする。

 この女を仕留めるのには、ナノニードルガンを頭部にぶちこむしかない。

 だが、その為の間合いが、どうしても取れなかった。

 銃を使うのには、至近距離過ぎるのだ。

 そして女の攻撃スピードも、漆黒のそれに負けていなかった。

 それは筋肉の伸縮を使わない不思議な動きだった。

 霧の塊が素早く移動する、そんな感じだった。

 二人はまるで寸止め空手の組み手演舞を演じているような状況になっていた。

 時々、漆黒の腕が女の腕をはじき返す時があったが、その時、漆黒がダメージを負わずに済むのは、女の攻撃スィッチのタイミングが、うまく決まらなかったせいに過ぎない。

 女の場合、その身体ベースが普通の人間ようで、必殺のタイミングが超人まがいの漆黒相手だと、どうしてもずれるのだろう。

 それでも、この女が自分の能力を常時全開してきたら自分は殺される、と漆黒が思った瞬間だった。

 漆黒の拳銃の銃口が女の肩口に当たった。

 ここで撃ったら自分もニードルの余波を喰らうかも知れないと思える至近距離だったが、それでも漆黒は、二度目の引き金をひいた。

 漆黒の目の前で、女の丸っこいすべすべした肩の先端が蒸発した。

 だが利兆が言った半径1メートルには、ほど遠い。

 女の持つ能力が、ニードルガンの威力を瞬時に相殺したのだろう。

 逆に言えばそのお陰で、漆黒も巻き添えを食わなくてすんでいる。

 女は飛び退いた。

 撤退する意志があるようだった。

 『助かった。こいつは獰猛だがこの道のプロじゃないようだ。』


 女は、二人の様子を呆然と見つめいる通行人達の方に走り出した。

 漆黒はその背中に銃口を合わせたが、撃つのを諦めた。

 通行人達を巻き添えにして、ニードルガンで蒸発させる訳には行かない。

 それに女の後ろ姿は、その後、文字通り霧のように消えてしまったのだ。

 漆黒は、ナノニードルガンをスーツの裏のホルスターに納めながら、自分の身体の震えが収まるのを、待った。

 『こいつを持ち出してきて正解だった。ブードゥーの奴らはカミソリ男の正体を俺が嗅ぎ回るのを嫌がってる。奴らはジッパーほど俺をずっと監視し続ける手駒は持っていない筈だ。つまり奴らも、本庁から真田兄弟の事がばれるって思ってる訳だ。ビンゴって事だな、、、あまり気が進まなかったが、判別課に目を付けたのは正解だったってわけだ。でも、鼠男って何だ?』



 漆黒が初めて、WUWに一つしかないと言われている「ライト」を、自分の身体に照射された時の体験は、衝撃的だった。

 WUWの顔役達の前に全裸で引き出され「ライト」で炙られた。

 すると漆黒の全身に、余す所なく、それこそ歯にも眼球にも爪にも、よく見れば頭髪にさえ「入れ墨模様」がびっしりと浮かび上がったのだ。

 「ライトの照射」、それがクローン人間と人間を見分けるもっと確実で最終的な手段だった。

 この事実を知っている人間は限られているが、彼らの多くも勘違いしている事がある。

 この入れ墨模様は、人間とクローンを判別する為にクローンに意図して仕込まれたものではなく、安定したクローン人間生成技術が確立された時、クローンの身体に必然的に生まれた現象なのだ。

 従って、クローンにはこの入れ墨模様を消す手だてはないし、この検査を行う人間も非常に特殊な設備を用意しなければ、これを行う事は出来なかった。

 この設備の事を、人々は「ライト」と呼んでいる。

 クローン人間が人間社会へ無秩序に混入し始めた時代、この「ライト」は大いに活躍した。

 それが正式に設置されたのは、本庁の「判別課」だった。

 WUWにあるライトは、それとはまったく逆の目的で設置されていた。

 つまり「野良クローン」の中に混じり込んだ「人間」を、識別判定する最終手段だったのだ。

 WUWは純然たる野良クローン社会ではない。

 いわば社会から排除された人間達の形成する世界だったが、その中心勢力は野良クローンであり、WUWの運営は、彼らの手にゆだねられていた。

 このWUW社会を動かす重要なファクターとなる人間は、ある局面で、己のアイデンティティーを周囲に示す必要があった。

 それがWUWで、ライトが使われる主なケースだ。

 もちろん時には、WUWに潜り込んだ人間のスパイを狩り出す目的もあった。

 いずれにしてもクローン人間にとって、他人から「ライト」を照射される事は、最大の精神的苦痛だったのだ。



 本庁の「判別課」の刑事達は、ライトの設置場所をホワイトルームと呼んでいた。

「真田信仁と弟・信道のIDが抹消されたその経緯が知りたい。ここに来れば、他では掴めない情報も教えてくれると聞いた。」

 漆黒は、彼の対応に当たった「木曜日の男」と呼ばれる刑事に、そう単刀直入に切り出していた。

 本庁の判別課に所属する刑事達の氏名は、一般には公表されていない。

 野良クローン狩りが激しく行われていた頃には、人間に対する彼らの報復行為も多少はあったから、そこから彼らを守る為の措置が、未だに残っているのだ。

 「判別課」は、多数持ち込まれる判別事案を、日割り7ローテーション、つまり曜日で管理していた為、その担当者を「何曜日」と呼んでいる。

 漆黒が訪れたのは、木曜日だった。


「ホワイトルームの中に案内するわけにはいかないが、その前の尋問ブースで話をしよう。あそこは落ち着くんだよ。」

 木曜日の男は、漆黒の内面の動揺を知ってか知らずか、楽しげにそう言った。

 本人にしてみれば本庁に訪れたお上り地方刑事への悪ふざけのつもりなのだろう。

 腕利きの「判別課」の刑事は、ホワイトルームでクローンを照合にかける前に、尋問ブースでその正体を突き止めるという、その場所で漆黒と話をしようと言うのだ。

「それで、情報の見返りは何だ?」

「・・・捜査協力をしてくれと言っているんだ。あんたと俺は同じ警官だろ?何故、見返りが必要なんだ。」

「こいつは驚いたな。ここに来て、そんな台詞を吐いた奴は初めてだ。」

 木曜日の男は本当に驚いているようだった。

「ひょっとしてお前、クローンか?」

 本庁の「判別課」は、漆黒の正体が最もばれやすい場所の一つだった。

 漆黒は動揺するが、刑事家業で鍛えたポーカーフェイスは揺るがない。

 第一、ばれた所で、漆黒は「番犬」として警察に正式登録した身だ、法律上はなんの問題もない。

「ここに来るクローンはな。みんな、自分は人間だ、これは自分を陥れる為の冤罪だとか、喚くんだよ。それが真に迫っていて、ついこっちもコイツは人間なんじゃないかと思っちまうのさ。それと同じなんだよ。あんたは。」

「、、、。」

「つまりだ。あんたにつられて俺も警官だったのか?って錯覚をおこしちまう。」

 男はそう言い終わると、ヒステリックな馬鹿笑いを始めた。


「落ち着いたか?もう一度言う、捜査協力をしてくれと言ってるんだ。」

「いいか、邪魔くさいが説明してやるよ。ここは判別課だ。ここでやっているのは刑事事件上に浮かんだある人物が、クローンなのか、人間なのかをハッキリさせておく事が重要になった時、その白黒を判定し、お墨付きを与える事だ。それ以外の事はしてない。つまり人間の事件は関係ないんだよ。真田兄弟なんて名前は、他の曜日からも聞いてない。そいつらは、人間の領域ってことだ。」

「だが、正規登録のクローンの判定は非常に難しい。今のご時世、もし間違って純粋な人間をライトで照合したら大問題になる。だから警察は、ライトにかける前に、その人間の判定率を99.9パーセントの確率まで引きあげようとする。その為に普通の警察業務では扱えないような諸々の深いレベルの情報が、ここに集まる。、、あんたら「判別課」の裏家業は情報屋だ。それで、しこたま稼いでいるんだろう、違うか?そんなあんたらに、俺はあえて同じ警官として、調査協力をしてくれと頼んでいるんだ。」

 木曜日の男が少し考え込んだ。

「、、、少し、サービスしてやってもいい。どうもあんたは他の客と比べると、手持ちが少なそうだしな。何か、ないのか、、?」

『ゲス野郎が、、』という言葉を飲み込んで、漆黒は言った。


「恩に着る。俺の叔父貴は売春シンジケートの利兆だ。利兆の事はあんたも知ってるだろ?利兆に口を効いてやるよ。ロハで女を、いや男でもなんでいいいが、遊ばせてやる。特殊な遊びだ。始めるのには相当な金がいるし奥が深い。のめり込むぜ、きっと、でもそうなるともっと金がかかる。それでもロハだ。どうだ?」

 漆黒は、この相手のレベルなら交換条件に出来るネタを幾つか持っていたが、あえてそれは置いておいた。

 こいつは、利兆の所で、快楽地獄に沈めて破滅させてやると、決めたからだ。

「、、、それでいいだろう。だが下手な真似はするなよ。あんたがこの取引を不履行に終わらせたら、あんたはあんたの人生で最高の痛手を被ることになるぜ。例えば、あんたの正体が人間社会に紛れ込んだ野良クーロンだって俺が判定して上に上げりゃ、あんたは泣こうが喚こうが、野良クローンとして解体されるんだ。その他、俺達には色々な手がある。それを忘れるなよ。」

「ああ、もちろんだ。そこんところは、良ーく心得てるつもりだよ。」

 再び「このゲス野郎が」と内心で呟く漆黒の目の前で、木曜日の男は、二人の間のディスクに埋め込まれた末端を引き出し、なにやら検索し始めた。

 数分が経った。

 木曜日の男にしても、咀嚼するのに時間がかかるデータなのだろう。


「真田兄弟の罪状は親殺しだ。しかもその親はクローン人間だ。」

「クローンに育てられた幼い兄弟が、そのクローンを殺したって?クローンに、親権はないはずだぞ!」

「クローンに人間の子どもを育てる親権がないと言うのは間違いだな。条件が揃えば、特例的に認められるケースがある。例えば三世代家族で、爺さんが息子を亡くして、息子代わりのクローンを生成、孫は死んだ息子が妻に膿ませた純粋な人間、、そんな感じだ。だが大抵こういうのは、後々こじれて事件になり俺達の所に持ち込まれる、、、。まあ大方は、自分の余命が判っている親が、自分の子どものために自分のクローンを生成するってのが基本だ、そういうケースでは、認可がおりるケースが多いんだよ。だが真田の場合は、それらのケースから比べても、ちょっと特殊だ。」

「どういう事だ?」

「児童虐待って知ってるだろ。このクローンは、真田兄弟に手ひどい虐待をやってた。だがある日、弟の方がそれに耐えきれず反撃しボロボロにされた所を、兄が加勢して、とうとうそのクローンを殺しちまった。」

「親代わりのクローンが、虐待をするなんてあり得ない!クローンを生成したのは、その子ども達を育てる為だろうが、、。クローンは、人間みたいな壊れ方はしないぞ!」

「そういう事だな。だが、そのクローンが、子どもを虐待し続ける為に、意図的に生成されたとしたら、どうだ?」

「、、、、。」

 漆黒は絶句した。

 彼の思考の範疇を超えていたからだ。

 どこの親が、自分が死んだ後も、自分の子どもを虐待し続けたいからと言って、わざわざ自分のクローンを生成する!?

「あんたにゃ、判らんだろうが、世の中には実に色々なケースがあるんだよ。結果だけみりゃ信じられん事でも、その経過を丹念に調べていくと、多少はこっちの腑に落ちる事もある。こういう仕事を専門にやってると、いやという程それが判ってくる。、、それでもこの真田兄弟のケースは異常だがな。だから上層部も処理に困ったんだろう。単純な親殺しなら状況を配慮しても、これはそれなりの事件だ。しかし殺した相手がクローンとなると、話は違ってくる。殺人じゃないからな。そしてこのケースを、もっと厄介なものにしてるのが、このクローンの原体に当たる人間の社会的地位だ。こいつの悪行がばれると、それが与える社会的影響が大きい。こういう裏情報を金に換えてる俺でも、こいつとは関わりたくないって思わせる人間なんだよ、原体は。」

「その野郎の為にも、事件そのものを無かった事にしたのか、、。厳密に言えば『殺人』はなかった訳だからな。クローン殺しは、殺人罪では問われない、単なる器物破損だ。でも事件は起こった。それでもいつかどこかで、この事件、この処置が露見する恐れがある。その時、司法は言い逃れが出来るように、真田兄弟のIDを剥奪する一方で、彼らには、実刑を処さなかった。そんな感じなのか、、。」

「まあ大体が、そんな所だ。実際には随分色々な紆余曲折があったみたいだがな。その辺りは、このデータで判る。ダウンロード出来るぞ持って帰るか?同じ警察官のよしみだ。サービスしてやるぜ。」

 木曜日の男が、嫌みたらしく笑った。



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