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精霊捜査線/鷲頭・豚頭の従者達は夜に啼く  作者: Ann Noraaile
第3章 永き命、短き命
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ファビュラス・ハデス 22: ミスター・ファットの憂鬱

    22: ミスター・ファットの憂鬱


 この男は、きっと病気だ。

 原因は過労と不摂生、そして薬袋もないピュア主義の肥満しきった身体。

 だがそれらのどれを取っても、本人が自ら望んだものだ。

 男の前にあるコーヒーカップの側に散らかった砂糖のように、漆黒の忠告など、その男にとってなんの役にも立つまい。

 彼にはカウンターの上の皿に残った食べ残しのドーナッツの方が、まだ値打ちがあるだろう。

「何だって?カミソリで出来た男だって?」

「そうだ、サリンジャーはそういった。」

 漆黒の話の相手はレオンだ。

 丸く膨らんだ顔に疲労の油が浮いている。

 レオンの顔は太ってはいるが、基の骨格は鋭く細面の筈だ。

 皺が酷く深い。

 それらが相まって、コーヒースタンドのカウンターに俯いた彼の容貌は陰惨に見えた。

 それに、口数が少ない。

 レオンとの出会いの頃と比較するなら信じられない程の変貌だった。

 彼の相棒である豚男が傷ついて、調整層に入っているのも相当響いている筈だ。

 最近ようやく、鷲男に心を許し始めた自分であっても、相棒が傷つくとこたえるのだ。

 ましてレオンと豚男の繋がりは端から見ていても尋常ではない。


「カミソリだよ。科研の奴らは、未だに凶器を特定できずにいるが、俺はこれでラバードール殺しと容疑者は凶器で繋がったと考えている。あんたは単純すぎだと笑うかも知れないがな。」

 レオンは、返事のかわりに冷めかけたコーヒーを啜る。

 漆黒にもっと話せと、言っているのだ。

 大抵の場合、漆黒が集めた情報よりも、レオンの集めた情報のほうが密度が高い。

 レオンは漆黒に全てを話させてから、自分の番が来た時に、漆黒の努力を水の泡にしてしまうのが好きなのだ。

 しかし今度ばかりは、漆黒にはレオンを脅かす自信があった。


「その男は、自分の身体を数万枚のカミソリのような薄い金属片に分解したかと思うと、再び元の身体に再構成しなおしたらしい。昔、空間のイリュージュンを弄るのが好きな画家のに、そんな絵があったな。男の顔が、薄い皮膜のようになっていてミイラの包帯のようにめくれかかっているんだ。その中には真っ暗な宇宙が覗いている。」

 漆黒は、空になった自分のカップをみる。

 二杯目を頼もうか。

 自分自身が興奮しているのが判ったが、意志の力では冷静になれそうもなかった。

「ところがだ。その変身を、サリンジャーの前で何度かやっている内に、男の身体の様子がおかしくなってきたらしい。サリンジャーは彼女を連れてきた神父に、変身を止めさせるように願い出たらしいんだが、神父の方は、あなたの神話の着想がわくまで止めさせる訳には行かないと答えた。その上、神父は、この男は既に自らの内に芽生えた邪心によって、神の姿をした悪魔に変わりつつあるのだと吹いたらしい。」

「最後は、どうなったんだ?」

「そのカミソリ男が、完全にぶっ倒れて、それを見た感受性豊かなサリンジャー先生がヒステリーを起こし、、、まあ、後はお定まりだ。」

「やっぱり、その時点で、既に奴は壊れてたんだな、、。」

 『今度』も、レオンはつまらなさそうに言った。

「やっぱりだと?その時点ってのは、お前の言う『既に』から数えて、何番目のどの時点なんだ?」

 思わず漆黒の声が硬くなる。


「俺達への締め付けやパーマー捜査官への処遇がやけに甘いのが気になっていたんだ。パーマー捜査官は、ああは言ったが、俺達を泳がしていても誰にとってもメリットはないだろ?あるとすればパーマー捜査官の個人的な意地ぐらいのもんだ。上は、やろうと思えば、一気に俺達を潰せた筈だ。だがブゥードーの起こした件を、急にもみ消したくなるような状況や、他の勢力が存在するのなら話は別だ。俺はその発想で、今度の調査をやり直してみた。ビンゴだったよ。」

「確かにブードゥーの奴らは一度ヘブンに上がっている。奴らが作った『人類の天敵』を、仙人の皆の衆にお披露目するためにな。しかしそれは旨くいかなかったようだ。サンプルが酷く不安定だったらしい。だがその発想自体は仙人衆にはいたく気に入られたらしくて、様子見とあいなったわけだ。教主は、そのままヘブンに客分として残り、教主の付き人数人とサンプルは、コンデション調整の為に一旦下界に戻ることになった。天国は一般市民が長く滞在できるほど広くはないからな、、。この情報とサリンジャーの話を総合すると、我らが『人類の天敵』君は、教団がヘブンにかました大ハッタリ的存在だったてのが判るな。しかし仙人衆は、間抜けじゃない。そこんとろこも見抜いた上で、物事が自分たちの思惑に旨く沿うよう画策してるって寸法だ。俺達が泳がされているのは、いざとなったら教団を排除する為に残しておいた、掛け捨ての安価な保険というわけだ。、、、まあ、そんな所だ。」

「随分見てきたような事を言ってくれるじゃないか。『ヘブンの出来事』があんたに調べられるのか?」

 『あんたなんかに』と言わなかったのが、漆黒の遠慮だった。

 レオンの小さくて丸い目が底光りして漆黒を見つめた。

「ヘブンに流れるこれだけの噂を、俺がどうやって手に入れたと思う?」

 そう言われて、漆黒は言葉に詰まった。

 俺ならドク・マッコィの線しかないだろう。

 しかしマッコィは、ここまで喋ってはくれまい。

 俺達にはヘブンに対してまったく力がない。

 今、使えるのは、レオンの得意な「策略・謀略・詐欺まがい」の駆け引きだけだ。

 しかもそれらの元手には、自分の身体と存在をかけるしかない。

 今の俺達には警察権力はあてに出来ないからだ。

 いや、あてに出来たとして、ヘブン相手に何が出来ようか?


 漆黒はレオンが、これだけの事を調べ上げるのに払った代償を考えて暗澹たる思いになった。

 俺達、刑事はいざという時の為の「切り札」を、幾つか隠し持っている。

 その「切り札」は、脅しに使ったり、交換条件として使う。

 例えば、俺で言うなら例の飛蝗人間の正体だ。

 あれについて、俺は秘密にしたままだ。誰にも喋っていない。

 その秘密は、俺が窮地に陥ってイザという時の取引に使うつもりだった。

 勿論、それは諸刃の刃で、危機回避の為にそれを使った時点で、自分もやばくなるのだろう。

 だが、何もないよりはマシだ。

 レオンは公安だ。

 彼の切り札は、もっと闇が深くて、威力のあるものだろう。

 同時にその取り扱い危険度は高くなる。

 もしかしてレオンはそんな切り札を、今度の捜査の為に。切り売りしているのかも知れなかった。

 あるいは、もっと他の、、。

「済まない、、。俺が悪かった。」

「いいさ。それよりお前、これからどうするつもりだ。」

 レオンは静かに言った。

 怒りを堪えている様子でもなかった。


「あんたこそ」と言いかけて、漆黒は言葉を呑んだ。

 教主が長寿族のお膝元に登った今、レオンのやれる事は一つだけだ。

 つまり、この件については、もう諦めて深追いをしないことだ。

 そして、誰かが、教主が天国に登るために使った梯子を、外すのを待つしかない。

 逆説的だが、ヘブンがヘブンで居られるのは「地上」があるからだ。

 それが本物の神話との違いだった。

 梯子が外れれば、ヴードゥー教団などその日の内に壊滅するだろう。

 しかしヴードゥー教団の解体など、全ての背景を知った今のレオンにとっては、何の意味も持たない筈だ。

 一方、漆黒にはドール殺しの犯人逮捕という動かない目標がある。

 それが刑事課と公安課の大きな違いだった。

 レオンの漆黒への問いは、その違いを踏まえたものだった。

「カミソリ男を、ドール殺しの容疑者として逮捕する。」

「お笑いだな。」

 レオンが苦く笑う。

「お笑いさ。」

 漆黒がレオンに相づちをうった。



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