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精霊捜査線/鷲頭・豚頭の従者達は夜に啼く  作者: Ann Noraaile
第3章 永き命、短き命
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ファビュラス・ハデス 21: WUW

     21: WUW


 その夜、漆黒は鷲男を伴って、ウエストアンダーワールドの外苑にある彼の旧知のバー・カミュに向かった。

 アンダーワールドの深部に向かうほど、知り合いの数は増え、又、彼らとの因縁も深くなったが、漆黒が野良クローン人間を捨てた今、かえってそれが里帰りの障壁になっていた。

 簡単に言えば、漆黒は彼らを「裏切った」という事になる。

 裏切ったつもりのない漆黒には、だから何がどうと言うこともないのだが、知人に会う度に、自分が刑事になった気持ちを説明してまわるつもりにもなれず、漆黒は結局、アンダーワールドの友人達の中で、一番関係がこじれていないカミュ兄妹が経営するこのバーに心の慰安を求める事になっていた。


「ストローあるかな?」

「ストローくらいあるよ」

 キアラが馬鹿にするなという顔で漆黒を睨む。

 彼女には、自分がこの店を手伝いだしてから、バー・カミュは安酒しか置いていない店じゃなくなったのだ、という自負がある。

「いや、ストローっても、途中で蛇腹みたいのが付いてて曲がるやつだよ。」

 漆黒はそんなキアラに恐縮したように言った。

 つい最近まで自分は、血の繋がらない二人目の兄貴として慕われていた筈なのにと思ったが、考えて見ればこの店を訪れるのは一年ぶりだった。

 通常の年齢変化を見せる野良クローンであるキアラは、少女から成人女性へと急激に変化しつつあった。


「あるある。キアラ、あそこの棚を見てみな。しかし、どうしてそんなのがいる?」

 兄のアベルが笑いながら言った。

 双子の兄妹の原体を持つ、双子のクローン人間は珍しい存在だった。

 双子は、原体が一人いれば、性別も含めて思うように作れるからだ。

 この二人は、周囲の人間達の余程強い思い入れがあって、作り出されたに違いない。

 しかしそんなクローンが、正規の登録もして貰えず「野良」になるのだ。

 世の中には、色々な事情があるという事だった。

「こいつのグラスに、そのストローを入れてやってくれ」

 アベルが慣れた手つきでウィスキーを二つのグラスに注ぎ終える。

 キアラが棚から取り出したストローをグラスに入れ鷲男の前に置き、アベルが素のグラスを漆黒の前に押し出した。


「いや、ストローなしでも飲めることは飲めるんだがな、、。こいつが、グラスに嘴を突っ込む所を、見せたくないんだ。」

「そんな事を気にする俺達だと思ってたのか?第一、ここはWUWだぜ。」

「違うよ。お前達の事じゃない。俺の事だ。俺はこいつに俺の知り合いの前で、そういう無様な真似をさせたくないんだ。」

 彼らの会話を、どう思って聞いているのか、鷲男は器用にストローを使ってグラスのウィスキーを一口分、飲んだ。

 嘴の横にストローを軽く銜え、中の舌を上手く使って吸うのだろう。

 タバコを斜めに銜えるあの感じだ。

 それがなんの滑稽みもなく、映画のワンシーンのように渋く決まるから不思議だった。

 キアラがほれぼれとその様子を見ている。


「彼、喋るの?」

「ああ、必要な時にはな。最初はアレだったが、今は吃驚する程、饒舌に流ちょうに喋れる。でも基本は無口だ。俺はそれも気に入っている。」

「ふーん、そうなんだぁ。」

 キアラの目がキラキラと輝き始めている。

 昔も今もキアラの憧れと言えば、漆黒の筈だったが、時代は変化するものだった。

「警察の同僚さんかい?」

「うーん、まあ相棒見習いってとこかな。」

「ここにつれて来るって事は、そうとう信頼を置いているんだな。」

「そういう事になるな。見ての通り人間じゃない。警察は鷲の頭を乗っけるバイオアップは雇わないしな。」

「人間じゃないって、私達みたいなクローンなの?」

「おい!」

 アベルの顔が青ざめる。

 その言い方では、自分たちがクローン人間で有ることが知れるのはともかく、なにより漆黒がクローン人間であるように聞こえる。

「そっちは心配すんなって、俺はこいつを信頼してる。その根拠は、、うーん、何もない。」

 漆黒は、鷲男をここに誘った時点で、自分がクローン人間であることを鷲男に伝えるつもりでいた。

 何故か、鷲男はその事実を知っても、その事を胸にしまっておくだろうという気がしたからだ。

 又、例えその事が鷲男の口から外へ漏れても、鷲男のやる事であれば、それはそれで良いのではないかという覚悟もあった。

 生死の分かれ目の時には、自分の背中を預け合う中なのだ。

 スピリットだのクローンだのと言っていられなかった。


「こいつは精霊なんだよ」と漆黒は、興味津々のキアラに言ってやった。

「精霊?」

「そうさ、精霊、スピリット。酒でも同じだな、蒸留酒なんだよ。心を蒸留してあるんだ。」

 この説明に、アベルの方は、『もう諦めた、どうでも良い』というようにニヤリと笑った。

 カミュ兄妹は小学生程度の幼い頃に、これも少年だった漆黒に命を助けられている。

 漆黒は、荒くれた大人3人を相手に大立ち回りをやってのけ兄妹を救い出したのだ。

 今は超人に近い身体能力を持つ漆黒だが、さすがに少年の身体では大人3人相手では死にものぐるいだったに違いない。

 何故助けてくれたの?とアベルが訊ねた時、漆黒はただ単純に「友達だから」と答えた。

 その「友達だから」の言葉が、ずっとアベルの記憶に残っていて、今、「蒸留酒」という言葉に結び付いたのだ。


「で猟、警察の方はどうなんだ?」

「まあまあだな、それなりにやってるよ。」

「そうか、猟からそんな話を聞くと、俺も警察に申請して野良を止めようかなって気になるな、」

「止めときな。お前じゃ、申請しても採用されない。結局、身元がばれて監察タグを付けられて一巻の終わりだ。前科があれば下手をすると解体されちまう。」

「なんでだよ?それならなんで、猟はいけたんだ?」

「身体能力値が高かったからだ。警察は安く手に入って絶対言うことを聞く有能な人材を野良クローンプールから回収してるって事だ。普通の人間でそんなに高いスペックのある奴は、絶対、警察になんか行かないからな。しかもそれで、未管理のクローン体が一人減るってことだよ。一石二鳥。たがアベル、お前じゃ無理だ。きわめて普通だからな。クローンにしては人間過ぎるんだよ。」

 原体からクローンを生成する際に、その身体に様々な加工が可能だった。

 身体能力の増強がその一つだ、ただし、行き過ぎた改変はクローンの正規登録上の除外行為に該当する。

 そしてクローンを必要とした多くの人間達は、「身近な人間」を求めたのであって、スーパーマンが欲しかったわけではないのだ。

 異常なのは漆黒の方だった。


「、、、、。」

「どうしてもてんなら警察以外にもこの制度はあるんだぜ。まあ一応、形上の身分は役所勤めで、仮IDも発行される。その申請には特に飛び抜けた身体能力も要求されない。仕事は重労働で低賃金、やってる内容は、、まあゴミみたいなもんだ。野良からは解放されるが、次になれるのは奴隷の似非人間ってわけだ。」

「ちっ!」

 アベルは本気で怒ったが、もちろん、漆黒に対してではない。

 あいも変わらぬ人間のやり口にだ。

「政府が、俺達、野良クローン狩りのスピードを落とした理由がわかるかい。最初の狩りで、人間の世界に飛び散っていた大方のクローンがこのウエストやイーストみたいな場所に逃げ込んだ。そして出てこない。それで良かったのさ。刑事になって判ったんだが、クローンを人間と完全に峻別して何処かに隔離するとか、完璧な管理下に置くなんて事は絶対に不可能なんだ。いやクローンだけじゃないな、早い話がバイオアップ人間だってそうだろ?この相棒だってそうなんだよ。要は、そこそこ世界が回っていればそれで良いって事だ。、、だから本当の問題は、一体誰の為に、世界が回っているかって事だけなんだよ。」

「ああ、、よくわかんねえ!猟、お前の話はいつもそうだ。でも一つだけ判ったよ。やっぱり俺は、野良のままでいい。」

「ああ、そうしろ。言っちゃなんだが、俺の目には、お前達が幸せに見える。それで良いんじゃないか。全ての知的生命体に平等を、、なんていう上から目線に惑わされるな。最後に物事の価値を決めるのは、結局自分だからな。要は何処で手を打つかってことだけだ。」

 キアラが不服そうに自分を見ているのが判ったが、漆黒は、この話をこれ以上続けるつもりはなかった。


 その時、バーに次の客が入ってきた。

 派手なギャングファッションに身を包んだ大男だった。

 アベルの顔が、これはまずいという表情になった。

「おーっ、今日はなんだか、この店の方からくせぇ匂いがすると思ってたが、その正体が判ったぜ。」

 バーに入って来た男は、カウンター席の一番奥に座ったが、その身体を見せつけるように開いて漆黒達へ向けている。

 この男、本来、アンダーワールドの最深部で鮫のように動き回っている人間だが、キアラ目当てにバー・カミュにやって来るのだ。

 そしてこの男、司馬は、十年程前にアンダーワールドに突如表れた漆黒少年の生み出した数々の伝説の一コマを彩った男でもあった。


「久しぶりだな、、司馬。」

「うん?何か言ったか?裏切り者のくさい犬が、いま何か喋ったか?」

「やめとけよ、、」と仲裁に入ろうとするアベル。

「黙ってろ、仲間面すんな。今、俺は客としてやって来てるんだ。」

「俺、帰るわ、又、来るし。」

 漆黒はそう言って立ち上がろうとしたが、司馬から又、声が掛かった。

「なんだよ、もう帰るのか。そうかい、判ったぜ。その鷲頭のケツの穴を今から掘りにいくんだな?」

 スツールから降り掛けた漆黒の身体が止まった。

「いい加減にしろよ、、コイツは関係ねえだろ。今日はコイツと旨い酒を飲みたくて此処に来たんだぜ。」

「ほう、そうかい、そのお陰でこっちの旨い酒が台無しだ。」

「、、表に出ろ。良い機会だ。外で決着をつけてやる。お前、俺が此処を出てから、漆黒は自分がナンバーツーなのがばれるのが嫌で外に出たんだとか、ふかしているらしいな。いい年して、いつまでチンピラ気分でいやがるんだ。そんなだから俺達クローンが人間に舐められるんだよ。」

 司馬が気色ばんで立ち上がった。

 司馬も身体能力が増強されている。

「ここじゃ、迷惑だ。表に出ろと言ってんだろうが、、」

「やかましい!」


 二人は激突した。

 お互いが渾身の力を込めた右ストレートパンチを打ち込み合う。

 二人の左肘がそのパンチを受ける。

 二人は同じ事を、お互いを確かめるようにもう一度繰り返す。

 司馬がニヤリと獰猛に笑うと、そこに宝石が嵌め込まれた犬歯が見えた。

 漆黒の表情は能面の様に静かだ。

 傍から見ているだけでも、これがただの喧嘩ではないことが分かる。

 一発一発のパンチの威力が物凄いのだ。

 ブンッという風切り音が聞こえる。

 二人が右へ旋回する。

 相手を崩すためのジャブが同じように出る。

 崩せないと分かると、二人は、大きく間合いを踏み込んで司馬は右フックを、漆黒は左でガードしながら時差をつけたアッパーカットを相手に送り込む。


『殺っちまえ!猟!』

 アベルは心の中で叫んだ。

 そいつが死んだら、妹が苦しまなくて済む。

 二人のパンチは、それぞれ相手を掠め、二人は、よろけながら再び間合いを取る。

「なんなの?この二人、馬鹿じゃないの!」

 キアラには、この二人が死をかけた力比べをしているように見えたのだ。

 鷲男は、二人の闘いを黙ってずっと見つめている。


 漆黒のスピードが少しずつ落ちてきた。

 同等の打ち合いを続けると、体重があるぶん、司馬の打撃の方が相手へのダメージが大きいのだ。

 壁際に追い詰められた漆黒の顔面めがけて司馬のパンチが飛び、漆黒がそれを避けたあとの壁がボコッと凹む。

 これを数回やられて、たまらなくなった漆黒が、司馬のパンチを抑えようと相手に組み付いた。

 打ち合いから組み合いに流れを変えた司馬が、とうとう漆黒の腕を絡めっ取ったと思った瞬間、本当の勝負が付いた。

 身体能力は互角でも、実践で身につけた逮捕術を持つ漆黒が、自分の腕を掴んて来た司馬の手を支点として、空中で司馬を一回させ、その身体を床に叩きつけていたのだ。

 漆黒は倒れ込んだ司馬のコメカミに自分の踵を蹴り落として、最後のケリを付けた。

 バー・カミュに、司馬の頭が床にぶつかるゴン!という音が響いた。

 これでも司馬は数分すれば回復し、立ち上がるだろう。

 漆黒は、今のうちに退散するしかなかった。


「勘定を頼む。店の修理費も入れといてくれ。もっと上手くあしらえると思ってたが、こいつも意外と手強くなってた。スマン。」

「馬鹿を言うな。勘定はいらねぇよ。俺の奢りだ。それに修繕費は司馬から貰うさ。店を無茶苦茶にしたのはこいつだからな。」

 アベルは一瞬でも、漆黒に司馬を殺して欲しいと願った自分を恥じた。

 妹を守るべきは、自分なのだ。

 戦う力がないなら、司馬のグラスに毒をもってやればいい。

 要は覚悟の問題だった。

 漆黒は野良である事を止めた。度胸と覚悟があるのだ。

 野良クローンを、裏切ったわけじゃない。

 野良は、このアンダーワールドで燻っている限りには安全だったのだ。

 司馬も本当はそれを知っている。


「、、、そうか。じゃゴチになる。行くぞ、鷲!」

 漆黒はアベルに背を向けた。

 鷲男もその後に続く。

「鳥さん!猟ちゃんをお願い!」

 漆黒の背後から、そんなキアラの声が掛かった。

 あろうことか、鷲男がそれに答えて、クゥと小さく鳴いた。


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