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精霊捜査線/鷲頭・豚頭の従者達は夜に啼く  作者: Ann Noraaile
第3章 永き命、短き命
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ファビュラス・ハデス 19: パーマー捜査官のサジェスチョン

    19: パーマー捜査官のサジェスチョン


 その音色で漆黒が契約している保護回線である事が判った。

 漆黒の個人持ちの回線、今は二人の相棒にしか伝えていない。

 鷲男とミスター・ファット。

 鷲男はまだ携帯電話をかけて来るほどには洗練されていないし、ドク・マッコイの元で2度目の治療を受けているはずだった。

 となると発信者はミスター・ファットという事になる。

 彼は、自分が常に厳しい監視下に置かれている状況を充分に把握している筈だった。

 その彼がよこした電話を無視するわけにはいかなかった。

 漆黒は利兆から視線を外さず電話に応答した。

 相手はやはり、レオン・シュミットだった。

 レオンは、ジッパーのパーマー捜査官が漆黒達に直接会いたいという旨を伝える為に電話をよこしたのだ。

 のみならずレオンは、なんとこのパーマー捜査官が、「事件」から外されてしまった事実を漆黒に伝えて来た。

「急な野暮用が出来た。とにかくあんたには世話になった。それだけは、言っとく。」

「やれやれ、ついさっきまで噛みつきそうな顔をしておったのに忙しい男だの、、。」

 利兆はそう言って、ソファから腰を上げかけた漆黒を追い払うように、手を上下にヒラヒラと振って見せた。



 漆黒は「鉄の女」であるパーマー捜査官が、彼らの前で愚痴を述べる姿を見たくなかった。

 確かに少し前ならパーマー捜査官の鼻をあかしてやろうという気持ちはあったが、その彼女が事件から外されたとあっては彼女になんの恨みもない。

 むしろ漆黒はパーマー捜査官の怜悧さを高く評価していたのだ。

 だがそんな心配は、漆黒の杞憂に終わった。

 パーマー捜査官は、人造海岸のコンクリートの表面へロウヒールを突き刺すように歩いた。

 背筋はいつものように伸びすぎるほど伸びている。

 彼女の背丈は漆黒の頭一つ分低いのだが、歩調は漆黒と同じだった。


「ここが一番盗聴の危険性が低いのです。」

 ジッパーの人間が言っているのだ、間違いはないだろうと漆黒は思った。

 そしてレオンの姿を目で探した。

『お前には別の話があるそうだ。お呼びがかかるまで、俺は暫くこの周辺を散歩してるよ。』

 そう言ってレオンは別行動を取っていた。

 レオンは波打ち際のすぐ側の防波ラインにそって、彼らの少し後方を歩いている。

 パーマー捜査官の大方の話は、既に聞いているのかも知れなかった。

 彼が連絡を取ってきたのだから、その可能性はあった。

「彼にはある程度の事は既に話してあります。お二人に話をしなくてはならない時が来たら、この先で腰を下ろして時間を取りましょう。でも今はこのままで。」

 パーマー捜査官は、漆黒の視線の移動と雰囲気だけでそこまでを把握した。

 やはり頭のいい女性なのだ。

 こんな有能な捜査官が事件から外されるヘマをやらかすものだろうか?


「ブゥードゥ教会の教主の名前は、アレクサンダリオ・カトーです。」

 フランケンシュタイン・ジュニアは昔の名前を捨てず、しかも母方のカトーの姓を名乗っている!

 何故か漆黒は、パーマー捜査官のその言葉に軽い衝撃を受けた。

「彼は三週間前。つまり貴男が彼らを追跡した日、マッカンダル神父とチエコ・サリンジャーという助教授を伴ってヘブンに登りました。私が担当事件の転換を命ぜられたのはそれから四日目の事です。異例の出来事です。私は、仕事仲間が幾つかのミスを犯しその結果しかるべき処置を受けた事例を沢山知っています。ですが四日の内に事態が急変するような事はありませんでした。」

『つい最近、センチュリアンズ計画を塗り替えた男がいる。』

 利兆はそう言わなかったか?

 利兆は、フランケンシュタインジュニアと俺の撮影した画像で再対面してから、彼なりの調査を行っていたのだ。

 その結果を俺に教えてくれた。

 教主がヘブンに昇った直後に、状況が大きく変化したのだ。


「貴女は、それをどう判断しておられるのですか?」

「私は、自分が今回の調査でミスを犯したと思ってはいません。ブゥードー教会の件では、貴男に先を越されましたが、それも私は私の権限の中で、警察に警察の独自の捜査方法を認めていたのですから問題はないはずです。」

「要するに猟犬の引き綱を解いたのは貴女で、我々がくわえてきた獲物は貴女のものだと、、。」

「そういう事です。」

 パーマー捜査官はなんの躊躇いもなくぴしゃりと言った。

 海岸線の遠くに海流エネルギー転換センターのずんぐりした施設が見えるようになって来ている。

 人造海岸の距離は思ったより短いのか、あるいは彼らの歩くスピードが異常に速いのかそのどちらかだった。


「俺が奴らを撮影したビデオデータを隠してしまったのがいけなかった?」

 漆黒は正直に言った。

 漆黒は、始めパーマー捜査官との会見は、罠の可能性もあると考えていた。

 要するに『事件から外された捜査官』には、口が軽くなるだろうという目論見。

 しかし、当の捜査官から、教主の名前があっさり出た時からその可能性はなくなっていた。

 漆黒が利兆から聞かされたフランケンシュタイン・ジュニアの生い立ちは、ジッパーが長寿族とどこかで繋がっているのなら、パーマー捜査官はそれ既に知っているはずだし、知らないのなら、それはジッパーの権限の及ばない種類のものなのだろう。

「それも関係ありません。貴男はスピリットが画像記録の生体機能を持っている事を知らされていなかったのですか?」

 今度は漆黒が驚かされた。

 その驚きは、小さな怒りを伴っていた。

 漆黒はその場で立ち止まる。

 漆黒の小さな怒りは、どんどん膨れ上がっていく。

 鷲男はビデオカメラじゃない。俺の相棒だ。

 パーマー捜査官が、漆黒を振り返る形になった。

「スピリットが機能回復の為のリハビリを受けている間に、私はスピリットから画像を吸い上げる事に成功しました。」

 パーマー捜査官は事もなげに言った。

 それが彼女の『普通』だからだ。

 彼女は、漆黒達のように精霊を擬人化したりはしない。

「、、、やるもんですね。そんな貴女がなぜ?」

 『クビになったんです?』の言葉は飲み込んで、漆黒はかろうじてそこまでを言った。


「私は、力関係が変わったのだと思います。政治の世界では昨日まで敵だった者が今日は味方になり、またその逆が起こる。そういった事は珍しいことではありませんから。」

「殺人の容疑者が突然、警察官に入れ替わる?」

「ここからは、レオンさんともお話をしましょう。」

 パーマー捜査官が堤の階段に腰を下ろし掛けたので、漆黒は慌ててハンカチを彼女の下の地面に広げた。

 もう一人の漆黒がいたなら、何を気取ってやがると冷やかす所だろうが、漆黒は捜査官にはその値打ちがあると認めていた。

 レオンの方は、予め打ち合わせをしてあったように、二人の元に近づいて来て、彼らと同じように海を見る形で腰を下ろした。

「てっきり鷲男の件で喧嘩をしてると思ったが、、我慢強いな、、」

 いかにも、そういう場面は見たくなかったから離れていたという風に、レオンは漆黒に告げ、後は沈黙を守った。


 三人の視線の先には、打ち寄せるどす黒い波と、何か得体の知れないものがその波に洗われてはゆっくり揺れ動いているのが見える。

 波打ち際に打ち上げられた死体。

 奇形の大きな魚なのだろうか?

 その胸鰭が見ようによっては、漆黒達三人においでおいでをしている様にも見えた。


「私は始め、長寿族はスピリット計画から判るように極めて国家と親和性の高い存在だと思っていました。」

 漆黒は少し驚いた。

 この女性は既に、長寿族の事を知っており、さらには漆黒もその事を知っている事を、見通しているのだ。

 レオンは何も言わないで、ただ波打ち際の奇妙なものを見つめている。

「でも違ったのですね。国家と長寿族、そのそれぞれに力関係と派閥があるのです。少し前ならアレクサンダリオ・カトーを追いつめる事が、国家にとっても長寿族にとっても一致した利益だった。それが力のベクトルが変化して、今は、、、、そういう事です。」

 パーマー捜査官は、珍しく言葉に詰まった。

「貴方は、今まで鉄の意志でそういった変節を飲み込んでこられ、又、他人にも強いてきたんだ。今更、貴方が愚痴をこぼすわけにはいきませんわな。」

 レオンが、ぼそりと言った。

 言ったが、非難している訳でもなかった。

「そう。仕事ですからね。」

 おそらくそれは、彼女が自らを諦めさせる為に、何度も呟いてきた言葉だろう。

 だが、今回は違う意味合いが込められていたようだ。


「私があなた達に話しておきたいのは、その『仕事』の延長上の事です。あなた方が任務を終了しない限り、私には、あなた方を援助する義務がありますから。」

「あなたが降板されたのに、私たちの捜査が続行できるとでも?」

 漆黒が訝しげに聞いた。

「ええ。おそらく、あなた方のレベルなら、この件についての捜査妨害は出てこないでしょう。」

「何時でも潰せる。つまり俺達はまったく相手にされていないという事だよ。」とレオン。

「それもありますが、先ほど国家と長寿族は同じではないと言ったでしょう?国家はこの件について、少しばかりの保険を掛けておきたいんじゃないかしら。失礼ながら使い捨てのね。こういう私も、配置変えをされただけで職権が剥奪されたのではないのですよ。」

「この件について、あなたの言う『国家』の何処かの誰かは、いざとなれば全てをもう一度仕切直すつもりがあると?」

「ええ。彼らにとっては使い捨ての保険であっても、それは私たちには反撃の為のチャンスです。」

 レオンはパーマー捜査官の『私たち』という言葉に、あえて突っかからなかった。

「チエコ・サリンジャーを調べて見る事です。彼女は今、大学に戻っている筈です。そこから突破口が開けます。」

 漆黒は、あの夜、教主達の乗り込んだ車の同乗者の一人がアジア系であった事を思い出した。



「すげえぇ、女だな、、。」

 『送ります』との申し出を断り立ち去ったパーマー捜査官の後ろ姿を見つめながら漆黒は言った。

「それ程でも、ねえょ。」

 その言葉に何故か拗ねたように返すレオン、悪友に自分の母親を褒められて対応に困った悪ガキのようにも見える。

「ところでお前。お前が回収し損ねたビデオを取りに行った羊男を殺した奴の正体を知っているか?」

 『回収し損ねたつもりはない、』と言いかけて、漆黒は止めた。

 漆黒が正規のメモリをちゃんと取り出すのを忘れなければ、それを回収に向かった羊男が殺される事はなかったのだ。

 どちらかと言うと、「回収し損ねた」事より、「忘れた」事の方が罪が大きい。

「正体ってなんだよ?どの道、ブゥードー教会が差し向けた奴だろうが。」

「そっちの正体じゃない。身体の中身の方だ。」

「身体の中身?又、亜人類だなんだとか、言いたいのか?」

「そうじゃなさそうだから、困ってる。」

「、、その正体、お前が調べたのか?」

「今までの状態を思い出してみろよ、さすがの俺でも無理だ。パーマー捜査官から聞いたんだよ。」

「、、、。」

 漆黒は、自分がのけ者にされた様な気分になっていた。

 不思議な感情だった。

 それに、このレオンに対する気持ちも、まるで兄弟に感じる気持ちに近かったのかも知れない。

 忙しくて子どもの面倒を余り見られない母親の愛情を兄弟二人が奪い合っている。

 この男と、始めて港の倉庫街で出会った時の頃に感じた感情と比べると、隔世の感があった。


「聞き出したんだ。別に彼女がお前と俺とで差を付けてるわけじゃない。と言うか、彼女にしてみりゃ、俺達は二人とも等しくクズだ。」

「、、まあ、いい。それで羊男をやった奴の正体ってのは何だ?」

「ジッパーじゃ犯人は、人間とナノマシンのハイブリットじゃないかとあたりを付けてるらしい。」

「ナノマシンとのハイブリッド、、。そんなモノが出来るのか?」

 漆黒が心底驚いたように言った。

「羊男をやった奴は、まだ不完全で証拠を羊男の体内にタップリ残していったらしい。が、一体がちゃんと動き回って、その能力を発揮してるんだ。って事は、完成したのが存在してる可能性は、あるだろうな、、。」

「そいつが、利兆の言ってた天敵ってやつなのか、、、。」

 細胞の無限増殖機能を備えるナノマシンで出来た「人間」。 

 漆黒はその後、深くため息をついた。






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