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精霊捜査線/鷲頭・豚頭の従者達は夜に啼く  作者: Ann Noraaile
第2章 スラップスティックな上昇と墜落
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ファビュラス・ハデス 17: 送り先の番号

    17: 送り先の番号


 漆黒は自分の肩を掴んで来た黒服の男の手を振りほどくと、すぐさま男に正対し、逆にその胸ぐらを掴んで男を吊し上げた。

 そして周囲を囲み始めた他のジッパー捜査官達に、黒服男の身体を突き飛ばした。

 黒服の身体は、尋常ではない漆黒の腕力によって、ボールのようにジッパー捜査官の一人にぶつかり二人は地面へもんどり打つように倒れた。

 他の捜査官が素早く懐から拳銃を取り出して、その銃口を漆黒に向ける。

 この一悶着を利用して漆黒は、『データがないかどうかを調べていたらそれを邪魔されキレれた』となんのと、暫くは転送の事実を誤魔化せる筈だった。

「止めなさい!漆黒刑事の挑発に乗らないで!それより直ぐに車を調べるのよ!」

 パーマー捜査官の指示は的を得ていた。

 だがこの時既に、ブードゥー教団の人間達の姿を納めたバックアップデータは転送を終えていたのだ。



 漆黒は、利兆という男を見くびっていたようだった。

 しがない売春組織の親玉が、政府機関ジッパーの電子戦部隊の追跡調査を振り切って、電子メールを隠し通せる筈がないのだ。

 しかし、この利兆という老人は、それをやってのけていた。

「こうやって、儂を頼って来たんだ。どうやら儂の申し入れを受け入れる気になったようだな。」

 利兆は好々爺然とした笑顔を見せて漆黒に話しかけた。

 馬面が笑うと可愛らしい。

「冗談だろう、、。」

 漆黒は、利兆の屋敷内の豪奢な応接間のソファに身を沈めるように腰を下ろしていた。

 あのゴム詰め死体と出会ってから、慢性的な疲労が蓄積している。

「そうかね?君はジッパーに追いつめられた時、電話番号がある電子パッドさえも出せなかった筈だ。つまりだ。君が、その時、咄嗟にかけられたのは自分の頭の中にしっかりたたき込まれた番号しかなかったってわけだ。だが君が儂のところに電話をよこしたのは、あのメールを送った時が初めてだった。これは何を意味しているのかね?つまり君は普段から何度も何度も儂が教えた電話番号に発信しようとしていたって事じゃないのかね?」

 図星だった。

 漆黒の頭は事件を追っていない時は常に、以前、利兆が提示した条件について考え込んでいたのだ。

 最悪なことに、利兆が別れ際に差し出した連絡先に、発信しょうとしたのは二度や三度ではない。

 勿論、どの場合も思い止まってはいるが、、。


 それほど利兆が提示した情報アイデンディティの供与は、漆黒にとって魅力的なものだったのだ。

 漆黒があの時、咄嗟に、利兆の電話番号を思い出せた理由はそういった背景があった。

 加えて利兆を選んだ理由には、現役の刑事が売春組織の親玉に内密の連絡をさせる為に教えた連絡先であるからには、そこに何らかの仕掛がある、と思ったからだ。

 例えば、機密漏洩への対策機能の装備であるとかだ。


「刑事が、今追っている事件の重要参考人の連絡先を覚えていたからと言って何が不思議なんだ?」

 漆黒は内面の動揺を、おくびにも出さず、冷静に答えた。

「それより、俺が送ったファィルを何故隠す?今度はそれを俺を釣るための餌にするつもりなのか?だとしたら本末転倒という奴だぜ。あれがないと俺はあんたのラバードールをやった奴を、追いつめられない。」

 利兆は葉巻の口を切っている。

 おそらくその葉巻は合成モノではないはずだ。

 とんでもなく豪華な嗜好品。

「実を言うと、儂は今、あまりあせってはおらんのだ。儂がブルーノの動きを封じる為に。この世界に回状を回したのは知っておるだろう?白状するが、儂は回状自体の効き目を疑っておった。あれは儂のこの世界に対する影響力のバロメーターだからな。だが、実際はどうだ。儂に逆らった奴は誰もおらん。」

「だからラバードール殺しごときを放置して置いても、天下の利兆の権威は揺らがないというわけか、、。」

「そうは、言っておらん。現に儂のところに逃げ込んでくる人間の数が減っている。この傾向をくい止めるには、ジェシカ・ラビィを殺した人間への報復しかないだろう。ただ、それほど焦る必要はないという事だ。」

「ますます訳が分からないな。焦っていないなら、あのメモリー内容を差し止めて俺を苛つかせる事に何の意味がある。俺はあんたの甥っ子にならなくても、犯人は挙げるつもりだぜ。」

「・・信じられんだろうが、あんたを甥っ子にするというのは、今や儂の純粋な願望になって来ている。つまりあのデータを君に渡さないのは、純粋に君を心配しての事だ。」

 葉巻の紫の煙の向こうで、利兆の顔がかすんでいる。


 漆黒は調査の過程で、利兆には親類縁者が一人もいない事を知っていた。

 それに高齢だ。

 跡継ぎを捜し出そうとし始めても不思議ではないのだが、しかし、それが漆黒である必要は何処にもないはずだった。

「もちろん信じられないね。第一、俺の何を心配してくれているんだ?」

「映像ファイルには何人かの人物の顔が映っていた。だが、彼らが何処の誰であるか。あんたはどうやって調べるつもりでいるのかね?写真を作って一人一人、実物の顔と見比べていくのか?そんな事は物理的にもジッパー対策上でも出来はしまい。かといって警察のコンピュータを含めてサーチエンジンの使用などもっての他だ。そんな事をすれば、ジッパーは検索中のあんたを泳がせて置いて、あんたが必要なデータを手にした途端そのデータを横取りするだろうな。、、儂自身、あんたを匿ってから、触法の恐れのある仕事関係では、そういったコンピュータの使い方を一切しておらんのだ。」

 電子メールで転送したのは、映像データになる前の暗号化したもので、それは警察にしかないプログラムで動画データに変換される筈だったが、、、。

 その中身を、利兆は既に確認している事になる。

 それに利兆は、レオンの相棒の豚男が、最近捜査中にレオンを庇って負傷し、調整層に入った事を知っていて、それを漆黒に世間話風に喋っていた、、警察内に内通者でもいるのか?

 利兆の言うことは、その真意も含めて判らないことだらけだった。


「あんたは、あれの中身を既に見た?冗談だろう、、。」

 漆黒は利兆から視線をそらせた。

 ジッパーが自分を監視しているのは、判っている。

 従って自分がいる場所からの全ての情報通信は、厳しいチェックを受けているはずだ。

 漆黒が利兆のもとに居ることは、既に判っているだろう。

 利兆は売春組織の親玉だ。

 ジッパーがその気になれば、利兆が触れられたくない情報を素に、いくらでも彼に脅しをかけることが出来るはずだ。

 しかし利兆は、自分を追い出そうとはしていない。

 しかも漆黒を匿い続ける為に、自ら外部への情報接触を封鎖しているのだという。

 コンピュータの世話にならずに、成立する企業などあり得ないこの時代にだ。

 、、、いやまて。

 利兆は、そんな玉じゃない。

 だがジッパーの情報戦と互角に戦える犯罪者などがいるわけがない。

 だとしたら、、、。

 そんな漆黒の内省を見透かしたように、利兆が笑った。

 枯れた笑いだった。

「訳が判らんか?それとも、儂のような犯罪者のする事に、情けを感じようとしているのか?とんだ刑事だな。、、だがそんなところが、儂がお前さんを気に入った理由でもあるんだがな。」

 利兆が葉巻を灰皿でもみ消して話を続けた。

「長寿族の話は、聞いた事があるじゃろう?」

「長寿族。まさか、あんたがそうなのか?」

「今更、何を驚いている?」



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