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精霊捜査線/鷲頭・豚頭の従者達は夜に啼く  作者: Ann Noraaile
第2章 スラップスティックな上昇と墜落
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ファビュラス・ハデス 14: 知性の種 スピリットは尖った星の光のように

    14: 知性の種 スピリットは尖った星の光のように


「どうしたんだね。酷く複雑な顔をしているじゃないか?」

 既に、こざっぱりした部屋着に着替え終えたドク・マッコィが上機嫌で言った。

 ここは無限軌道エレベーターが間近に見える巨大高層ビルの一室だった。

 軌道エレベーターの巨大なシャフトは、夜の闇にとけ込んでおり、その表面に設置してある様々な用途に用いられる無数の光源だけが、点滅しながら夜空に浮かび上がっている。

 それはまるで、光の網で作られた長大な瀑布のようにも見えた。

 今、漆黒は、『天国の根っこ』と呼ばれる都市にいるのだった。


「くつろいでくれればいい。ここは精霊計画の本部の一室であると共に私の家でもある。いや本当の家は別にあるんだが、往復する時間が無駄だと、責任者に頼み込んだのさ。」

 今の所の彼は、『歌うマッコィ』だ。

 こんな状態のマッコィは、此方がツボさえ外さなければ、かなりの突っ込んだ疑問に答えてくれる筈だった。

「・・なんだか居心地が悪くて、こういう豪華というか、権力の臭いが染みついた場所は苦手なんですよ。それにメモリやスピリットの容態が気になる。」

「メモリもスピリットも私に任したのだから心配する必要はない。君の居心地の悪さは、解決してやれないがね。実をいうと、私もはじめは、そうだったからな。」

 ドク・マッコィは肩をすくめてみせると、壁の全面が総て透明ガラスになっている方向に歩いていった。

 漆黒の方からその様子をみると、まるでドク・マッコィの身体は、細かな無数の明かりが瞬く闇に浮かんでいるように見えた。

 夜だからまだましだが、昼間その壁際には高所恐怖症でなくても、決して近づきたいとは思わないだろう。


「ここからはヘブンへの階段がよく見える。私の第二の人生は、あの階段を上がった事から始まった。」

 マッコィは、歌うように言った。

「ヘブンに上がった者は、みな、力を得るんですか?」

 漆黒は、眼下の都市の照明の星くずに埋もれてしまいそうなドク・マッコィの背中に問いかけた。

「力?それはいったい何の事だね?」

「まずこんな所に、寝泊まりしていること。『ヘブンの傘の下』の地価が、どんなものかご存知ないのですか?それにあのヘリ。おそらく軍の中でも最新機種の筈だ。」

「両方とも私の持ち物ではない。ただ、必要な時に使えるというだけのものだ。」

「それは、大統領になっても国民は彼の持ち物ではないという理屈の変形みたいな話ですよ。、、、センチュリアンズ計画というのは、それほど貴方に、権力を与えてくれるものなのですか?」

 漆黒に振り返ったドク・マッコィの瞳が、奇妙に煌めいた。

 その煌めきの中には、『どうしてお前のような屑が、センチュリアンズ計画を知っている』?

 ・・・そんな毒も見え隠れしていた。


「今夜はどんな夕食にしようか?から自分の息子の将来のために金を貯めるまで、これらはある意味で、全てプロジェクトだ。だが全ての人間が人類全体の未来の計画を立てる訳ではないし、その実行のために必要な力は当然違ってくる。そうじゃないかね?今この星では、もっとも偉大な計画は、ヘブンから下りてくる仕組みになっている。」

「俺が聞きたいのはセンチュリアンズ計画の内容です。精霊計画は、センチュリアンズ計画の一部だとある男から聞きました。精霊計画が、単純な警察機構の再建策だというなら、警察のお偉方の貴方に対する接し方は異常すぎる。まるで何かに脅えているようだ。」

 漆黒は、普段抱えている疑問をマッコィにぶつけてみた。

 勿論、レオンとの会話がなければ、このような投げかけは決して出来なかっただろうが、、。


「精霊計画の中で一番重要な部分は、なんだと思うね?それが答えられたら私が知っているセンチュリアンズ計画について教えて上げよう。」

「センチュリアンズ計画は、極秘事項じゃなんいんですか?」

「君がその名を知っていて『極秘』と言うことはあるまい?さあ、答えを聞かせてくれたまえ。」

 この男は楽しんでいる。

 彼は、今までのどのマッコィとも違う。

 あえて言うなら「権力のマッコィ」だ。

 だからこそ、つけ込む隙もある、と漆黒は思った。

 それにこの男は、あの金属男つまり『宇宙の脱走兵』の何かを知っている筈だと、漆黒は考えていた。

 レオンは、スピリットと『脱走兵』の直接の関係を否定していたが、漆黒はそうは考えていなかった。

 マッコィが、異常に漆黒の事件に関心を示すのはなぜだ?

 今夜など、自らヘリに搭乗して鷲男を救出したのだ。

 いくら自称『スピリットの父』であるからと言って、科学者自らがそんな事をやる必要はないはずだった。

 それが彼の精霊達に対する偏愛だというなら、度が過ぎるというものだった。


「要はスピリットたちの学習能力でしょう?いや、俺の見るところあれは『知性の種』と言った方がいいかも知れない。水を与えてやれば伸びるが、放っておけば知性にも何にもならない。今、世の中では『人工知性』は、色々な分野で騒がれてはいるが本物は一つもない。しかしスピリットたちの知性は、どうやら本命の様だ。しかも彼らの知性の伸びていく手応えは人間とは別の種類のものだ。こんな表現が的を得ているとは思えないが、俺の鷲男の知性は『気高い』とさえ言える。」

 漆黒は窓の向こうの夜空に、軌道エレベーターのシャフト電飾に劣らぬ、刺すような一つの星の光を見つけた。

「、、まるでスピリットの知性は、夜空の尖った星の光のようだ。」

 ドク・マッコィは、ある日突然良い成績を取った出来の悪い生徒を見るように、不審と喜びが入り交じった目で漆黒を見た。


「『知性の種』とは素晴らしい表現だね。君たち警察官はその優れた直感力でよく真実を見分けるが、今のが正にそうだな。種は必要に応じて、保存しておく事も可能だ。また、成長した種は、木となり新たな実を結ぶ。」

 ドク・マッコィは、謎かけの様に言葉を楽しんだ。

 漆黒はこのタイミングで、人員補強のために警察に送られたスピリットの数が、圧倒的に少ない事を思い出して慄然とした。

 人数の少ない亜人類なぞ、見せ物以外の何の利用価値もない。

 ドク・マッコィは、とんでもない方法で、その解決方法を既に用意してあるのだろう。

 鷲男や豚男の様な多種多様のオリジナルを作って、その後、それを成体クローンコピーしてしまうのだろうか?

 ドク・マッコイは、漆黒の表情を読んでから、話を次のステージに進めた。


「どうやら仕掛けに気がついたみたいだね。今までの技術だと亜人類の生体コピーによる第2世代は、どうしてもその精神の輪郭がぼやけてくる弱さがあった。第3世代をコピーで生成するなど、もっての他だ。ねずみ算の様にはいかないということだね。しかしスピリットの学習コアは画期的なシステムを採用している。そのお陰で、生体コピーによる劣化率も極端に低くなる。スピリットの本質は、この学習コアにある。それは君たちの目には、スピリットの心の神秘性として映っているはずだ。母胎になる個体数の心配はない。鷲男のようなオリジナルを、適切な環境で育て上げてくれる『揺りかご』に、不足はないからね。その一つが警察だ。警察ほど人間を深く計画的に学べる場所はないよ。その意味では、私は君たちに本当に感謝している。」

 ドク・マッコィは窓から離れ、漆黒がいる方向の壁際に据え付けてあるコンソールに向かった。

 そしてコンソールに向かって、幾つかの操作をした後、備え付けのゆったりとした回転椅子に座った。


「今の社会の中で、、、第一の問題は人口だ。圧倒的に子供たちの数が少ない。なのに、どの街を歩いても老人がいないのは何故だ?政府は医療行為も含めてバイオアップ処置を公認するべきではなかったと、私は今でも思っている。私たちの国の人々の実際の平均年齢は、いくつだかわかるかね?実は街を歩けば若者の仮面を付けた老人ばかりなんだ。不老不死を手に入れたと思いこんだ人間に、どうして子孫を残そうとする情熱が生まれる。この国はそう遠くない将来、やがて滅びる。現にあらゆる生産部門で業績が下降している。経済も文化もだ。これは政策レベルの問題ではない。そんな事で、なんとかなる問題ではないのだ。私は幾つかのシュミレーションプログラムを走らせてみた。それぞれの結果の相違は、『破滅』の時期の誤差だけだ。それもたった数年のだ。人類には、今直ぐにでも、彼らを破滅から守る『センチュリアン』が必要なのだ。しかも弱り切った人類の保護者には、邪悪の全く入り込まない精霊のようなスピリットが必要とされる。人間と彼らとの共存は全く問題ない。それが人間種の模倣でしかない並の人口知性体と、精霊たちの大きな違いだ。」

 建前上、弱体化した警察を人的に復興させるために精霊計画はある。

 確かにスピリットたちが、このまま順調な成長をみせ、捜査活動やあらゆる警察の任務に参加しだしたら、警察は再建され、やがて民間を凌ぐかも知れない。

 漆黒は初め、その事に懐疑的だったが、今は鷲男とのつきあいの中で、その可能性を認めている。

 何よりスピリットたちには、人間の警官たちのように腐敗していく原因になる「心の陰」がない。

 だがその復興した後の警察に、人間達が再び警官として戻って来ることはあり得るのだろうか?

 同じ事は、センチュリアンズ計画にも、言えるのではないのか?

 精霊は人間の良き協力者になれても、人間の子供たちの代わりにはなれないのだ。


「しかし、それだけでは子供たちが生まれない問題の解決には、、、。」

 漆黒が食い下がろうとした時、ドク・マッコィの背後のディスプレィが『緊急』というタイトルを瞬かせ、一人の男の顔を浮かび上がらせた。

「ドク!警備部門から緊急の連絡がありました!ドクが第二統括ブロックに派遣された『羊』の精霊が何者かに殺害されました。現在、現地の捜査権は、警察ではなく、李警備保障が握っています。機密漏洩のおそれがあります。プロジェクトの警備部門はBレベルを全部門に指示したいと、ドクの承諾を待っております。」

 ドク・マッコィの目が虚ろになった。

 漆黒が何度か見たことがある心神喪失の一歩手前の状態になりつつある。

 おそらくマッコィの精神が飛びそうになった原因は、機密漏洩や非常事態の勃発にあるのではないだろう。

 それは彼のスピリット達に対する多大な愛情に、起因している筈だ。

 『羊』と呼ばれたスピリット殺害の知らせが、マッコィの精神を直撃し揺さぶったのだ。

 そして、その原因の一端は漆黒にもある。

 『羊』の第二統括ブロックでの任務とは、教主らを撮影したメモリの確保だったからだ。


「当然だ!それより『羊』の死体回収を急いでやってくれたまえ。それに、現場は跡形もなく浄化するんだ。そうしなければ、精霊が悪霊になる。」

 壊れかけたドク・マッコィが、そう指示できたのは上出来といえた。

 悪霊や浄化など、聞き慣れない言葉がマッコィの口から流れ出たが、それは漆黒があずかり知らぬ作戦指令上のコードネームのようなものなのだろう。


「待って!死体の回収は構わないが、俺が行くまで車の方は、誰にも触らせない様に指示して下さい!相手が李警備保障でも、あんた方の力が、あればそう出来るはずだ。」

「出来るが、、、完全に凍結するのは無理だ。私たちの存在が、全面に出過ぎる。それはまだ早い。よくて四時間。で、君は一体何をしたいんだ?」

 ドク・マッコィが、熱に魘された様に言う。

 その目は漆黒を突き抜けて、どこか遠くを見ていた。


「『羊』とかいうスピリットを襲った奴の狙いはメモリだった筈だ。奴らは、メモリを取りに行った。そこでスピリットと鉢合わせをし慌てて彼を殺した。そんな所の筈だ。だったらメモリは既に持ち去られている。でも車の中に、もしかしたらまだメモリのバックアップが残っているかも知れない。四時間もあれば、充分です。あのジェットヘリなら充分間に合う。ドク!俺を行かせて下さい!これ以上、ヘマを重ねる訳にはいかない。」

 ドク・マッコィは力なく頷いてディスプレィに向かって『この男の思うとおりにしてやれ』と言った。

 ディスプレィの中の男は、不服そうな顔をして返事を返さなかった。

 センチュリアンか精霊なのか、どちらのプロジェクトかは判らないが、彼らはその計画遂行の為に、相当大きな組織体を形成している様だった。

 ただし彼らは、闘いや捜査の目的に特化された警察や軍隊のような専門組織ではなく、科学者等を中心に据えた強大ではあるが、極めて薄い連携で繋ぎ止められた継ぎ接ぎだらけの組織なのだろう。

 『一介の落ちぶれた刑事に処理を任さなくても』と、ディスプレィの男の顔には、そう書いてあった。

「さっきはドクに指示を仰いだんだろう?あんたらのボスは飾り物なのか?ええ!言うとおりにしろ!」

 漆黒は、そう吼えた。



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