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精霊捜査線/鷲頭・豚頭の従者達は夜に啼く  作者: Ann Noraaile
第2章 スラップスティックな上昇と墜落
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ファビュラス・ハデス 13: 橋の上の盗撮

    13: 橋の上の盗撮


 鷲男が追跡する黒塗りの大型セダンは、第二統合ブロックを南北に二分するグワダガンガ河の巨大架橋にさしかかり始めた。

 中央分離帯を挟んで、お互いに5車線ある。

 だがその規模の割には、照明灯は申し訳程度の数しかなく、眼下の闇に横たわる大河の上で架橋自体が何か不思議な存在のように見えた。

「容疑者達の撮影チャンスだ。マッカンダル以外にも、教主が同乗していると思われる。」

 そう言った鷲男は、車線が増えたのを利用して、それとはなくセダンと併走するつもりらしい。

 黒塗りのセダンの窓はすべてシールドされており、中にいる人物は誰一人として視認できなかった。

 しかし鷲男の目には、なんらかの識別方法があるのかも知れない。


「ちっ。おうた子に教えられとはこの事だな。」

 漆黒は足下の道具箱から、ごそごそとやって、一台の多機能ビデオカメラを引っぱり出してきた。

 寸を詰めたショットガンのようにも見える。

 漆黒はビデオカメラのパットプレート部分を肩に当て、レンズがあるらしいマズルをセダンに向ける。

 途端に、本体の背中から透明液晶ファィンダーがパチンと立ち上がった。

 このカメラは、赤外線センサー等、その他ありとあらゆる機能が搭載されており、今、正に漆黒が出くわしている状況下において、決定的な映像を撮るために開発された機械だ。

 片手でとは言えないまでも、比較的小さなサイズに収まっているのは、このカメラに飛躍的な透視性を与えるデバイス群を刑事用公用車に積み込まれた他の情報収集機能から流用しているからだ。

 つまり車体から持ち出しての単独使用では、それほどには役に立たない。

 目下の警察のライバルである警備会社ユニオンの装備は、単機能の軽量な装備を、種類とその数多さでカバーしている。

 それは国家権力の象徴である警察よりも格下だったという、彼らの出自の名残だろう。

 装備備品に限っては、どちらが優れているとは言い難いが、本体の現状は警備会社ユニオンが圧倒的な社会的支持を得ているのは皮肉だった。


「鷲、今、あの車に乗っているのが教主だと、どうして判る?ああいった宗教団体は、組織体として、代表者一人をリストに乗せておけば、各個人のIDを、宗教法人データベースに記載する必要はないんだ。こっちに来る前に調べたじゃないか。顔・名前・肩書きを公表しているのは、数人のガラクタばかりだった。俺達には、教主なんて顔どころか性別も判らないんだぞ。」

「顔を隠していたが、車に乗る前にマッカンダルが、彼のためにドアを開けた。」

「たった、それだけか?マッカンダルが敬老精神を発揮して、仲間の高齢の神父の為にドアを開けてやっただけかもしれんのだぞ。」

「感じる。人間にしては異様な周波だ。」

「人間にしては異様なバイブレーションだと?そいつがか?」

 そういった会話を続けながら漆黒は、助手席から隣の位置に見え始めたセダンの後部座席をカメラで狙った。

 そしてカメラに、囁きかける。

「頼むからまともに動いてくれよ。お前さんたちは、一時我らが警察の切り札だった時もあるんだ。」

 警察が、民間の警備会社やバイオアップ変容者との諸々の関係で弱体化し始めた時、まず始めに採られた再建策はハイテク機材導入による警察官の少数精鋭化だった。

 例えば動く科捜研マシン「オルフェウス」等がそうだ。

 それは慢性的に悪化していた警察内部の人的腐敗を、強制退職排除によって粛正するという側面も持っていたのだが、、、。

 結果は、総てが裏目に出ていた。

 ただその時代に導入されたデバイスやシステムだけは、未だにあるべき所に納まり続け、自らが再び使われるのを待っていたという訳だ。

 それらは四半世紀たった今でも、十分、捜査上通用するものばかりだった。

 問題は、それらをメンテナンスするだけの人員がもう警察には残っていないという事だった。


 カメラのビューファインダーが、熱源を辿って人影のコントラストを映し出し始める。

 実際には車載コンピュータが、もっときれいな画像を解析しているはずだ。

 人物の形は、次に色を持ち始めた。

 ゆったりとした後部座席の中央にいるのは、フードを被った白人のようだ。

 教主か?

 その両脇を固めるように座っているのが、手前がアジア系女性、奥が黒人だった。

 マッカンダルは、その特徴的な銀髪があるから、後ろからの撮影でも助手席に座っているのがすぐに判った。

 運転手は大柄だが白人女性の様だ。

 胸が異様に大きい。


 突然、後部座席の中央に座っていた白人が此方を向いた。

 こちらの追跡を認識している様子だった。

 恐ろしい程の勘だ。

 漆黒の皮膚に鳥肌が立った。

 続いて他の人間達も自分たちが監視されているのを気づきだしたようだ。

 大型セダンが漆黒の車に幅寄せを始める。

 銃か何かを持ち出したい所だろうが、それを発射するためには、窓を下げなくてはいけない。

 彼らはそれを避けているのだろう。

 要するに、彼らはまだ自分たちが撮影されているとは思っていないのだ。

「ハ・ヤ・ク・シ・ロ。」

 鷲男が奇妙な口調で短く鋭く言った。

 この時、漆黒はファインダーから目を離し、スピリットの様子の変化を確認するべきだったのだ。


「後、もうちょっとで画像が鮮明になる。心配するな。俺達のは警察の隠密車なんだ。これぐらいの攻撃でなんとかなる事はない。」

 そう言いながら漆黒はファインダーの中から・いや相手の車から、強烈な何かが照射されてくるのを感じた。

 そして此方を見つめている後部座席の中央の白人の両目が、その力の源であることに気付いた。

 『おいおい、目から光線なんてのは止めてくれよ!』

 その目はファインダーの中で、黄色に鈍く光り始めていた。

 その光が強く増したと思った瞬間、漆黒の身体は反対側のシートに遠心力で投げ出された。

 彼は世界が激しく回転したと感じた。

 実際には、彼らの車は、架橋の真ん中で激しくスピンを起こし、数百メートル下に広がる夜の河にフェンスを突き破って落下してゆくところだったのだ。


 漆黒は、見てくれよりも実質を選んだこの架橋の設計者に感謝すべきだったろう。

 車の左前方部分をグシャグシャにしながらも、橋のフェンスは車の河への落下を抱き留めたのだった。

 漆黒は、遠ざかっていく大型セダンのテールランプと、鷲男の閉じられた目にかかった薄膜を交互に見つめた。

 鷲男の危険性を教える肉体的な変化は何処にもなかったが、『というよりもそれが鳥類の頭部では漆黒に発見できる確率は極めて低い』、鷲男がそういった醜態を見せること自体が、非常事態である事を漆黒は知っていた。

 漆黒は傾いた車の中、コンソールから飛び出してブラブラしている車載電話をひっつかむと、手近な統合署ではなく、ドク・マッコィに教えられていた緊急用番号を打ち込んだ。

 ドク・マッコィは奇跡的に一度のコールで応答し、『緊急処置の仕方を教えろ』という漆黒に対し、『私が迎えに行くから待っていろ』と答えた。

「いいか、何もしなくていい。ただ側にいてやってくれればいいんだ。三十分だ。三十分でそこにいく。他への連絡を含めて、何もするな。いいね!」

 漆黒は、ドク・マッコィの住所さえ知らない自分に気付いた。

 彼が打ち込んだ電話番号は個人用の移動電話番号だった。

 直ぐに繋がったのは、そのせいだ。

 それは判る。

 しかしドク・マッコィが、『たまたまの偶然で』彼らの近くにいる事自体が信じられなかった。

 三十分でこちらに到着出来る。ドク・マッコイは近距離にいる。

 だが三十分という時間は、鷲男にとって長すぎるかも知れない。


『三十分だと?やはり地元の警察に応援を呼ぶべきか。それとも今からでも、なんとか車を動かしてどこか手近の病院に鷲をかつぎ込むか?』

 鷲男は意識を失った今でも、強くハンドルを握りしめたままだった。

 きっと最後まで危険を回避しようと思ったに違いない。

 それからの数分間、漆黒は救援を渇望しいてもたってもいられないで、斜めにフェンスにめり込んだ車から這い出しては、架橋をこちらへ向かってくる車に回転灯がついていないかを確認し、再び鷲男の顔を観察しに戻るという繰り返しをした。

 その間、架橋を通る一般車で、彼らの側に車を寄せたものは一台もなかった。

 例えあったとしても車の中で意識を失っている鷲男を見れば、逆に余計なトラブルを引き起こすのは目に見えていたが、それでも漆黒は世間の無関心さに腹を立て始めていた。

『そういう姿勢が、結局は自分たちの首を絞めていることに気付かないのか?』

 何台目かの無慈悲な車が、彼の側をものすごいスピードで通過したとき、それに負けない強風が彼の頭上から叩き付けてきた。

 それほどドク・マッコィの乗るヘリは、静かに漆黒の元にやってきたのである。


 ヘリはフェンスに激突して辛うじて橋の上に止まっている車と同じ高さの空間に、信じられないほどの精密さで静止した。

 つまり橋の外側、河の上の空間である。

 ヘリは次にスポットライトを漆黒の車に照射した後、自らの横腹を上下に開け、中から水平方向にのびる幾つかの金属製の梯子をせり出させた。

 金属製の梯子の先端には緊急用のストレッチャーと、二人の男が梯子から垂直に立ったバーの様なものにしがみついているのが見えた。

 そのうちの一人には、見覚えがあった。

 ドク・マッコイ、その人だった。

 漆黒は腕時計を見た。

 随分時間が経過したようだが、実際にはドク・マッコィの約束した三十分が、きっかり経過していただけだった。


 ジェットヘリは素晴らしいスピードで夜空を滑っていった。

 眼下には、都市の明かりが宝石を散りばめたように見える。

 月並みな表現だが、そうとしか言えなかった。

 この光景には、いつも人間の何かを引きつけるものがある。

「君のスピリットは、驚くべき成長を示しているよ。」

 漆黒が押し込められているヘリの空間へ、ドク・マッコィが、そこらじゅうの出っぱりから頭を庇いながらやってきた。

「どういうことです?」

「彼は自分で、自分の意識を遮断したんだ。この前、自分を襲ってきた『共鳴を原因とする暴走』をくい止めるためにね。その結果、車は運転手を失いスピンした。おそらくスピリットは、大事故にならないように計算したブレーキングも咄嗟に使ったはずだ。君は、彼の出したサインに気付かなかったのかね?彼はそんな事を同乗者がいる中で、単独で行ったりはしない筈だ。」

 漆黒はそこまで言われて深く羞じた。

 やはり、あの時だ。

 鷲男が自分に対して命令口調で、ハヤクシロと言ったではないか。

 あの時、カメラから目を離して鷲男の様子を確認していれば、おそらく、あのモーテルと同じ様な前兆を鷲男に確認できていたはずだ。


「しかし、一体、何に共鳴し始めたんだろうね。彼の側には、君しかいなかった筈だが。」

 漆黒は、ふいに教主がこちらを向いた事を思い出した。

 その後、鷲男の様子がおかしくなり、やがて教主の目が黄色く光って、車がスピンした。

 漆黒はその下りを、詳しくドク・マッコィに話した。

 一部始終を聞き終えたドク・マッコィは、悩ましげな表情を見せる。

 歌うようなマッコィ・黒く沈んだマッコィ・切れるようなマッコィ、色々な感情の波を『それも激流による波』持つマッコィだったが、このような表情を漆黒に見せたのは、初めてだった。

「大変、興味深い話だね。この事は、精霊計画の中での最大の課題になるかも知れない。ところで漆黒君、その映像のメモリは、確保してあるんだろうな?私も是非その教主とやらの顔を見たいものだ。」

 再び漆黒は、恥じなければならなかった。

 漆黒は、メモリを車に置き去りにして来たのだ。

 鷲男のせいで気が動転していたことは、言い訳にはならない。

 第一、鷲男がこうなったのは、教主の映像を撮影したことに原因があるのだ。


「今すぐ、取りに帰ります。彼らが念の為にと思って引き返してくる可能性だってあるんです。その前に回収する必要があります。きっと見つかってはいけない誰かがあの車に乗っていたんだ。」

「うむ。だがここまで来て、あの橋に引き返すのは不可能だ。スピリットは応急処置を施したのに過ぎない。もう時間的な余裕もない。、、、メモリを回収する作業は私が手助けをしてあげよう。おそらくあの地域なら私でも何とかなるだろう。」

 ドク・マッコィは、そう言い残すと操縦室の方に移動していった。

 ヘリの丸窓から、宝石をぶちまけた様なより一層光の密度の高い地域から、真っ黒な天空に向かって赤いルビーの滴が連なって天空に伸び上がっているのが見えた。

 それが、巨大静止衛星ヘブンへの階段だった。




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