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精霊捜査線/鷲頭・豚頭の従者達は夜に啼く  作者: Ann Noraaile
第2章 スラップスティックな上昇と墜落
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ファビュラス・ハデス 12: 天空都市とセンチュリアンズ計画

    12: 天空都市とセンチュリアンズ計画


 黒いブードゥー教会は、荘厳な夕焼けの中で、羽を畳んだ巨大な鳥のシルエットのように見えた。

 いや鳥と言うより、その尖塔のせいで、ある時は頭に角のある翼竜の様にも見える。

 もちろんそれは漆黒のイリュージョンだ。

 鷲男の目には、幻視などの入り込む余地のないもっと現実的なものが、例えば『教会への怪しい人物の出入り』などが見えているはずだった。

 漆黒は、マッカンダルとの面談を終えた後、「車をブードゥー教会への出入りが監視できる場所へ隠せ」と鷲男に指示してあった。

 『鳥目』という言葉は、夜に視力が落ちる代名詞のように使われるが、鷲男の場合はどうなのだろう?

 一瞬、漆黒はそのことを一心不乱にブードゥー教会を監視している鷲男に尋ねてみようかと思ったが結局はやめにした。

 最近の鷲男は、彼自身が完遂出来ない事柄については、『首を横に振る』意志表示を示せるようになっていた。

 あるいは、「グゥ。」と強く喉の奥から音をだす。

 そして鷲男に対して出された要求は、彼自身が否定しない限り完璧に実行に移されていた。

 鷲男は、漆黒とのつき合いの中で自らをそうチューニングして来たようだった。

 そして鷲男は、漆黒がブードゥー教会の監視を命令した時、それを受け入れた。

 つまり鷲男は、それを完璧にやりこなすはずだった。

 『鳥目』などという質問は、とんだお笑いぐさになる。

 漆黒は、刑事としての人間の相棒を持った事がないが、おそらく「やり遂げる」という事に関しては、鷲男は最高の相棒なのだろうと思った。


 漆黒は、鷲男へのくだらない質問の代わりに、レオンへの連絡を取るべく車載電話に手を掛けた。

 手持ちの携帯を使わないのは、盗聴の可能性があるからだ。

 その点、車載電話は万全だった。

 連絡のタイミングとしては、お互いが打ち合わせておいた定時連絡の時間より少し早いが、マッカンダルの話をするなら会話自体にかなりの時間が必要だろうと考えたからだ。

 レオンは予想どおり、初めは定刻よりも早く連絡を入れてきた漆黒に不服そうだったが、話が鴻巣神父に及ぶと、その興奮を隠しきれないようになっていた。

「人口衛星都市か、、。」

「眉唾か?俺は、マッカンダルに、いいように扱われただけなのか?」

 漆黒の頭の中で、静止衛星都市は警察権力がもっとも及ばない、最大の治外法権の場所として認識されている。

「いいや、まんざらでもない。鴻巣は真っ黒けだぞ、、もし鴻巣を逃亡させるにしてもコネがあるなら静止衛星都市は逃亡先として最適じゃないか。ヘブンに上がれるという事は『自由を含めて総てを手に入れた事』と同じだからな。ところが、何もない俺たちは、死んでもヘブン、『天国』には行けない。」

 電話口でニヤついているレオンの顔が見えるようだった。

「つまらないジョークだな。お前さんのはジョークじゃなくて現状への当てこすりだ。それでもピギィは隣で笑っているんだろうがな。」

 本当に、受話器の向こう側で、レオン以外の声が、その甲高さを押し殺しながら、クスクス笑っているのが聞こえた。

 おそらく当のピギィだろう。

 夜中には聞きたくない声だ。


「それになその話。ブルーノが言ってた『宇宙軍の脱走兵』そいつにやっと話が繋がってくるんじゃないか?今の世の中、ヘブン以外に、そんな場所はないだろう?」

「人ごとみたいに言うな。あんた、『匿うだけでやばい重要人物』のあたりが、ついたんじゃなかったのか?そっちの方は、どうなってる?」

 レオンと漆黒は、お互いに役割分担をしていた。

 漆黒は当然「荒事」専門だ。

 漆黒は、今日のマッカンダルとの駆け引きの様な、「レオン向きの仕事」に出くわして、レオンの任務の難しさを理解しレオンを評価してやろうと思い始めたところだった。

 しかし、先ほどからの会話ではレオンが漆黒側からの成果を引き出すばかりで、自分の得た情報を喋ろうとせず、せっかくのその気持ちが萎え始めていた。


「目星がついたとも、そうでないとも言えるな。第一、俺は今までこの男の事を、ブードゥー教団潰しの切り札という見方でしか追いかけてこなかったからな。俺の目的は、あくまでブードゥー潰しにあったんだ。その感覚を、急には切り替えられんよ。」

 レオンの話の運びは、先ほどまでの性急さがなくなり、急に持って回ったものになった。

「俺を、いつもみたいに焦らして楽しんでいるなら、今すぐこの関係をチャラにしても構わないんだぜ。俺は一人でもやれるがジッパーにがっちり見張られてる、お宅はそうじゃないだろ。すぐに拗ねて何でも投げ出すのがオチだ。」

 受話器の向こうで、しばらくの沈黙が続いた。

 レオンの性格から考えて、たった今、漆黒に対する手ひどい捨て台詞を考えているのだと推測したが、返ってきた返答は意外に冷静なものだった。


「正直に言うよ。あんたを焦らせている訳じゃない。つまりだ、今までの俺の様に、あんたにすっきりとした説明が出来ないという事さ。嗅ぎ回って見て判ったんだが、どうやらこれは、やっぱり政府の捜査官達の仕事範疇のようだ。俺の手には余る。相手がデカ過ぎるんだ。」

「ふざけるな!そのジッパーの奴らに、仕事をかっさらわれて悔しがっていたのは、お宅だろうが!」

 今度もレオンは、漆黒の激しい言葉に反応しなかった。

 それどころかレオンが次に返した言葉の中には、苦渋のニュアンスが染み込んでいた。


「ブルーノが聞いたという『宇宙軍』なんてものに当たるものは、どの機密情報を覗いてもそれらしいものは存在しない。信じろ。俺はこの手の調査のプロなんだ。したがって、脱走兵とやらも存在しない。星空域への進出の意欲が人類にあったのは遙か昔の話だからな。今は、月ぐらいで十分満足しているのが現状だ。第一、我々が知らない秘密の軍隊を作って誰と戦う。でっかい目と頭をした二本足で歩く宇宙人野郎か?俺の疑問はそこから始まったんだ。ブルーノにその言葉を漏らした人間は、そしてブルーノ自身もだが、、その金属人間を、そう呼んでしまうような『背景』の存在をなんとなく匂わせ、そして気付いたんじゃないかと思う。だがそれは決して秘密の『宇宙軍』の様なもんじゃないんだ。それで俺は考えてみたんだ。現実的に見て、宇宙・軍隊、あるいは何らかの地上以外の力や、脱走のイメージを喚起する場所が、この世界の何処にあるのかってな。、、静止衛星都市だよ。」

 そう言われて漆黒も、彼自身が昔携わった事件の事を思い出した。

 その事件で知ったのは、巨大人工衛星の「底」にあると言われる秘密の奴隷窟の存在だった。

 ヘブンと呼ばれるような場所でも、そこに住んでいるのは人間だ。

 塵も出れば汚物も出るし、苦役労働も発生する。


「あんた、前から静止衛星都市に目を付けていたのか?」

「、、まあな。ところで住居型静止衛星が、昔どんな目的で作られたかは知っているか?」

「宇宙空間での実験・観測・戦闘・とにかく大気圏外で有利に働くこと総ての為だ。」

「じゃあなぜ、ヘブンみたいな権力の集中する天空都市に、生まれ変わった?」

「俺の知っている範囲じゃ、高度の情報の機密性、保持能力だ。それと経済復興のカンフル材としてのアルトマン政策。だが、何よりも衛星が軌道エレベーターで地上に直に繋がっている事が大きかったと俺は思う。信じられないほど遠くにあるのに、行けない訳じゃない。力があればの話だが。」

「情報の機密保持を一番に持ってくる所を見ると少しは事情通らしいな。軌道エレベーターは見た目のロマンテックさからはかけ離れて、実際にはドロドロした『情報集中』や『秘密政治』に強く結びついちまったからな。軌道エレベーターの先にある住居型巨大静止衛星の第1号コンピュータの内部データを暴けば、数十の単位で政党・財閥が破滅するというのは冗談ではないらしい。それにこれは余り言われていないが、軍需産業が持つ兵器開発におけるトップシークレットも衛星の中にあるそうだ。つまりだ。国家のコア中のコアにあたる総ての情報が、衛星の中に持ち込まれた訳だ。これがもし軌道エレベータが、なければ、そうはならなかっただろう。コンピュータの優秀さだけじゃなくて、比較的、人が簡単に移動できてしかも物理的に機密性が保たれる事、これが重要だったんだよ。軌道エレベータは関所として有用だった。最大級の陰謀や秘密は人間自身の頭の中にある場合が多いからな。そして秘密は、それ単独では力を持たない。こうして軌道エレベーターを通じて総ての陰謀や政略・プランはその持ち場を、地上の密室から、天空に移動して行ったって訳だ。その周りには、権力のおこぼれをねらったハイエナどもがどんどん群がりよる。結局は権力がとぐろを巻く場所が、宇宙の闇の中に新しく形作られたに過ぎない。だがこれは単なる引っ越しじゃないんだ。衛星都市は、地上にはない。軌道エレベータさえ掌握してしまえば、物理的にも情報の流出を最小限に押さえる事が出来る。スリムで精鋭化した権力集団が形成される条件が整ったという訳だ。」

 レオンはここで一息付いた。

「お前さん、この意味がわかるか?やがて衛星内には特権を持った集団が集中し、地上の祭り事はそこで決められるようになった。密室政治の質が凝縮され、『神々の判断』に転化した訳だ。表だっては誰も指摘しないが、ヘブンにいる連中は、自分たちの事を神だと思っているに違いない。つまりだ、その場所は天空にあり、地上人がその天空にあがるには、彼らに愛でられなければならない。事態は此処まで来た。こうして神々がすむ場所『ヘブン』が、形成されたって訳だ。」

 受話器の中の声が高まってくる。

 レオンは自分の講釈に酔っているのかも知れない。


「講釈はいい。ラバードールを殺した金属野郎は、その話の何処に登場して来るんだ?」

「現在、ヘブンでは、常時百以上の極秘プロジェクトが進行しているらしい。俺たちが関わっているスピリット計画も、出所はヘブンだと言われたら、お前、どうする?」

 レオンがたっぷり間をおいて、問いかけてくる。

「ヘブンが消えゆく警察の為にだけ、精霊たちを用意したとは思えない。第一、精霊一体を作るのでも、相当な金が必要なはずだ。その金を、警察機構の違うところに回せば、警察権力の当面の凋落はさけられる。だったらヘブンはなぜそうしない?お前はそう言いたいんだろう?悪いが、俺には本当の所は判らない。お前の納得が行くような答えもない。だがな、こうやってスピリットたちが俺たちの目の前にいるのは確かなんだ。」

 漆黒はちらりと横に座っている鷲男を盗み見た。

 鷲男は、ブードゥー寺院から視線を外さないが、同時に漆黒とレオンの会話を一言逃さず聞いているはずだった。


「いや、良い答えだ。、、精霊計画はセンチュリアンズと呼ばれる複合計画の一部なんだ。そしてこの二つのプロジェクトは別段、警察機構の救済のために立てられたものじゃない。センチュリアンズ計画は、将来的な社会機構の大改変を見越してのプロジェクトらしい。前にも言ったろう、ヘブンは亜人類を正式に人間社会へ組み入れようとしているんだ。スピリット達は、今でも警察だけじゃなく、いろんな社会分野に配備されて成長しているはずだ。だが、その中で公に出来るのは、警察に配備したスピリットの存在だけだ。そこには『弱体化した警察機構の再建』という立派な名目があるからな。センチュリアンズ計画の中で表面化したものが精霊計画なのさ。、、、これが俺が金属野郎の周辺をつついて見つけた、思わぬおまけの『衝撃の事実』ってやつさ。ジッパーはそっち絡みの事案で動いていて、たまたま俺やお前とぶつかっちまったって事だ。」

 人間そっくりのクローンでは、実現できなかったことを、ヘブンは「亜人類」でもう一度やろうとしているのか、、。

 確かに『衝撃の事実』を、漆黒に伝えるレオンの声は少し震えていた。

 漆黒は、一瞬でもレオンの事を怠け者扱いした自分を恥じた。

 口でまとめるのは簡単だが、これだけの事を調べるに当たって、レオンは相当危ない橋を渡ったに違いない。


「ラバードール殺しの金属野郎も、スピリットも出所が一緒だってことか?」

「いや、誤解するんじゃない。勿論、俺にはセンチュリアンズ計画そのものの細部が判らないから、一緒じゃないとも言い切れないが、、。ラバードール事件の場合は、出発点は一緒でも結果への繋がり方が、なんとなく違うんじゃないかという気がするんだ。これは俺の勘だ。、、、とにかくヘブンじゃ、今、何本か社会機構を根本から覆すようなプロジェクトが急激に立ち上がっている。何かに間に合わす為のようにな。金属野郎も、そのうちのプロジェクトのどれかからの落ちこぼれであることは確かだ。」

 漆黒は、ため息をついた。

 確かに、レオンが話し始める前に旨く説明できないかも知れないと前置きした気持ちがよくわかる。

 背景が、大き過ぎるのだ。

 レオンが見つけ出した様相は、これでも全体のごく一部にしか過ぎないのだろう。

 その時、車が急に発進、加速しだした。

「マッカンダルが動いた。追跡する。」

 鷲男が呟いた。

 空は濃紺と黒が入れ替わり始めていた。



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