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#004「ポーカー」

@磯村家

内海「あの時は、本気で命の危機を感じたんだからね」

裕佳梨「あらあら。危うく殺人の咎を背負うところだったのね、康徳くん」

磯村「蒸し返すなよ、内海。でも、あの時は悪かった。責任は全て、梅雨時期に期限切れの惣菜を食べさせた俺にある。俺は一日二日過ぎてようが平気なものだから、つい」

内海「しかも、トイレットペーパーが無いって言ったら、その辺に散らばってたダイレクトメールを渡されたんです」

裕佳梨「まぁ、嫌だ。もっと、お尻に優しいものを渡さないと」

磯村「揉んで使えば平気かと思ったんだよ。でも、そのあとダッシュで買いに行ってやったんだから、良いじゃないか。あの頃は、中退してから今の仕事が決まる前で、仕送りも止められたから、アルバイトに必死で余裕が無かったんだぜ」

内海「でも、その時は大学を辞めたって言わなかったよね? 鯛焼き屋での仕事が、毎日、毎日、同じことの繰り返しで嫌になるとは言ってたけど」

裕佳梨「こっそり陰で努力するタイプなんだから。鶴の恩返し型ね」

磯村「不器用だけどいい奴みたいに、勝手なキャラクター付けをしないでくれ。俺は、そういうんじゃない。給料のためと割り切れば、焼き型にチャッキリで流し込まれて、餡子を詰め込まれて、上から抑えつけてられて、引っくり返されても、呑気で気楽にいられるってことに、なかなか気付かなかったんだよ」

内海「そう言われると、悟ったというより、抵抗を諦めたって感じだね」

裕佳梨「真に受けないほうが良いわよ。話半分、いや四分の一で良いかも」

磯村「仕事に生きがいを探すから辛いんだ。職場に居場所を作る必要はない。マニュアルをこなして最低限の労力で収入を得て、プライベートを充実させれば良い。今の時代は、会社に下駄を預けてはいけないんだ。どれだけ会社の為に身を粉にしたって、会社は何もしてくれない。嗚呼、虚空に響く愛社精神」

磯村、テーブルに突っ伏す。

内海「磯村くん?」

裕佳梨「心配いらないわよ、内海さん。酔いに任せて演説を繰り広げたところに、遅れて羞恥心がやってきただけだから。しばらくしたら、ケロッとした顔で起きるわ」

内海「扱い慣れてますね。僕なんか、いつも磯村くんのペースに飲まれて、振り回されっぱなしで」

裕佳梨「無鉄砲なようでいて、意外と計算して行動する、ズルイ人。でも、誰よりも家族や友達を大切にする、優しい人。ワガママで意地悪で、寂しがり屋で恥ずかしがり屋。年下や同性に対しては強気なのに、年上や異性に対しては弱気になってしまう。照れると目を背けたり顔を伏せたりするけど、隠し切れない真っ赤な耳でお見通し」

内海「え、磯村くんも照れたり恥じたりするんだ」

裕佳梨「もちろん。ただ、指摘しても本人は否定するわ」

内海「フゥン。意外だな」

二人、しばし磯村に注目。

裕佳梨「これで子供でも居れば、もう少し落ち着くのかもしれないけれど。まぁ、こればかりは、焦らずに自然に授かるのを待つしかない問題よね。康徳くんは『裕佳梨は悪くない。コウノトリが、俺たちの名前が載った神様の配送予定を未読スルーしてるだけだ。ブロックされてる訳ではないから安心しろ』なんて嘯くけれど。でも、内心では落胆してるんでしょう? それとも、共働きだから守りに入らないままなの? ねぇ、聴いてるんでしょう、康徳くん」

内海「あの、裕佳梨さん」

裕佳梨「ごめんなさい。こんな話をするべきではなかったわね。でも、現実の恋愛や新婚生活は、少女漫画のようには行かない場合だってあるものなのよ。ハートのストローでクリームサイダーを飲んだり、お揃いの服や時計を身に着けたり、ジェットコースターやお化け屋敷でハラハラしたり、メリーゴーランドやらティーカップでイチャイチャしたり、ボートや観覧車でドキドキしたり、行ってきますのキスをしたり。夢を見るのは勝手だし、中には叶う人もいるでしょう。でも、トーストに味噌汁は合わないし、墓前で告白されたら重たいと思うものでしょう?」

内海「えぇと、その。僕には」

裕佳梨「ウフフ。今のは大きな独り言よ。答えは求めてないわ。でも、答えようとしてくれてありがとう」

裕佳梨、トランプを手にし、内海の方を向く。

裕佳梨「さて。康徳くんが起きるまで、ポーカーでもしましょうか。強いのよ、わたし。役は知ってるかしら?」

内海「はい。でも、チップと罰ゲームは無しで、お手柔らかにお願いします」

裕佳梨「あら、やられっぱなしで良いの? 内海さんが負けたら康徳くんが罰ゲームってことにしても良いのよ?」

内海「それは、磯村くんが可哀想な気が」

裕佳梨「そんなことないわ。因果応報よ。どうかしら?」

内海「面白そうですね」

裕佳梨「はい、決まり。それじゃあ、手札を配るわね」


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