負け組な俺達
こんな人達もいるのかなぁ、と思って書きました。
暇潰し程度にどうぞ
それはとある夏の暑い日のことだった。
8月も半ばを越え、ピークは超えたといってもまだまだ陽が落ちるのは遅く、さらに高校三年になったことで遅くまで学校に残り勉強する日が続き、辟易する毎日だった。
そんなある日の朝のホームルームの時間、担任である教師からあることが告げられる。
ーー高畑修介が自殺した。
首を切り裂き、心臓に包丁を突き刺したらしい。
その言葉にクラスメイト達が一度凍りつき、そしてしだいに騒ぎ出す。担任が落ち着くように言うがまったく収まる気配がない。
それはそうだろう、高畑修介はこのクラスの中心人物的存在だったのだから。
イケメンで明るく、それでいて誰かを差別することがない、そしてクラスを一つに纏め上げるカリスマを持ち合わせていた。
まさに人の上に立つに相応しい人間だった。
クラスメイトどころか担任の先生でさえそう考えていた。
ーーそれが、彼によって作られたものとも知らずに
俺は誰にもバレないように嗤った。
あぁ、全部あいつの予想通りの展開だと。
クラスメイトを見る。
担任を含めたクラスの誰もがあいつの死に驚き、悲しんでいる。
どうして、彼が死んだのか。私達が苦しめてしまったのか、そんな言葉を吐き出しあっている。
まったくもってなんて勘違いをしているのだろう。
本当に誰一人としてあいつのことを理解していなかった。
未だ落ち着く様子の無いクラスメイトをぼんやり眺めながら最後にあいつに、高畑修介にあった日のことを思い出す。
***************
「ねぇ、渡辺誠也君。僕と親友にならないか?」
紅く輝く夕焼けの太陽を背に高畑修介は俺にそう言った。
「はぁ?急になにを言い出すんだお前は?」
眼を細め睨むようにして見る。陽の光を浴びて黄金のように輝く髪をたなびかせながら、そいつは俺の態度に軽く笑った。
意味がわからなかった、俺はクラスの中ではかなり影が薄い方だ。はっきり言ってクラスメイトの中で俺の名前を覚えてる奴の方が少ないレベルだ。
当然、クラスのトップカーストとも言える彼との繋がりなんて俺にはなに一つとしてない。
なのに、こいつは俺を古くからの知り合いのような態度で接してくる。
「なにって、言った通りさ。君と親友になりたいのさ」
先程と変わらない様子で此方に語りかけてくる。
「…………親友が欲しいならいつもお前の周りにいる奴等の誰かに頼めよ」
こいつの周りにはいつも人がいる。運動部のエースだったり文化系の賞を貰った奴だったり。様々な優秀な奴等がこいつを慕って周りにいる。
親友が欲しかったらそいつらの誰かに頼めばいい。
くだらない事を聞いたとばかりにさっさと帰る準備を進める。たまたま読んでいた本が良いところだったから読んでから帰ろうとしたのが間違いだった。おかげでめんどくさい奴にあった。
「無理だよ、だって彼等と僕は違うからね」
ピタッと帰ろうとした体が止まる。
また顔を向けるとそいつは楽しそうに笑った。
「自分は他の奴等より優秀だって言いたいのか?」
「そうじゃない、でも僕と彼等は違う」
「はっ、そうとしか聞こえないな」
そう言葉を吐き捨て帰ろうとする。否、一刻も早くここから離れようとする。
何故だかはわからない、だがここにいたらマズイ。
あいつの言葉を聞いたらマズイ、そう感じていた。
「そんなこと言わないでよ、だって君も」
聞きたくない、聞いたらきっと戻れなくなる。
「僕と一緒だろ?」
彼は嗤った。
その言葉に怒りやら戸惑いを感じる前に納得した。納得してしまった。
あいつを見る。あいつはさっきと同じ様に此方を楽しそうに見ている。
だが今は何故かその笑顔がさっきとは違うものの様に見える。まるで、自分を受け入れようとしない子供が、ようやく大人になったことを祝福する笑みのような慈愛に満ちたもののようだ。
「その様子からして多少は気付いていたようだね、ただ受け入れようとしなかっただけのようかな?」
彼は嗤う。
「僕がどうして気付いたのかって?んー、それはたまたまかな。ほらこの間老人達が戦争の悲惨さを語っただろ、あの時たまたま見たんだよ」
彼は嗤う。
「聞いてる誰もが悲しそうに、同情するように聞いていた中君が楽しそうに、面白そうに嗤ったのをね。まぁ一瞬だけだったけど」
彼は嗤う。
「その笑みを見てすぐにわかったよ。あぁ、こいつは僕と同類だと」
彼は嗤う。
「僕と同じ負け組なんだと」
彼は嗤う。
「きっと君は誰かの幸福よりも誰かの不幸方が好きなんだろ?」
彼は嗤う。
「笑った顔よりも、楽しそうな顔よりも、幸せそうな顔よりも、苦しんでる顔が、辛そうにしている顔が、絶望した顔が大好きなんだろう」
彼は嗤う。
「君は正真正銘異常者だ」
彼は、否俺は嗤った。
その通りだ。その通りなのだ。彼の言う通り俺は誰かの幸せよりも誰かの不幸の方が好きなのだ。
もちろん、それが世間一般で可笑しい事なのは知ってる。間違いなのも知ってる。だからこそ誰にもバレないように、それこそ自分にすら隠し騙しひっそりと過ごしていたのだ。ーー誰かを傷つけてしまわないように。
なのに、
「なんでバラすかなぁ」
呆れたような、それでいで何処か楽しそうに呟く。
他人に自分の本質を言い当てられたことで自分の中のタガが外れるのを感じた。
もうこれからは今までのように隠しながら生きるのは難しくなるだろう。
「そりゃあ、さっきも言った通り僕と同類だからさ。それに僕はそろそろ限界なのにまだ平気そうな君を見てイラついてる、っていうのも理由の一つかな」
「ふーん、お前も俺と同じように他人の幸福よりも不幸が好きなタチか?」
高畑修介は首を振って否定してくる。
「いや、僕はもっと単純なんだ。僕はね」
笑顔でこちらをみる。
「人を殺してみたいんだ」
まるで子供が夢を語るように告げるこいつを可笑しい事に俺は好ましく感じていた。 きっとそれはこいつの言った通り俺もこいつと同類だからなんだろう。
「君も一度は考えたことがあるだろう?禁止していることや危険なことの中でコレをしてみたいって考えたこと」
教室を踊るように歩き周る。
「その中で僕が興味をもったのが殺人だった。殺す事が禁じられている現代でこの手で人を殺したらなにを感じるのか気になって仕方なかった」
まるで幾万もの客を相手にする役者のように教卓へ移動するこいつの目は、子供のように澄んでいた。
「その衝動は年々強くなって言って、今では耐えるのも辛くなってきてね。このままこの感情を押し潰しながら生きるぐらいならもういっそのことやってしまおうかと思ったんだ」
「ふーん、つまり俺に誰かを殺すのを手伝えってか?」
そう言うと高畑修介は首を横に振る。
「いや、死ぬのは僕だ」
「は?」
意味がわからず訝しげに高畑修介を見ると高畑修介は何処か寂しげな顔をする。
「残念な事に自由にやろうにも僕には色々と大切なものが出来てしまった。家族であったり、友であったり。僕は自分が社会の常識に馴染めない異常者の負け犬であることは理解しているが、同時に彼等を殺したくないとも思っている」
「だから自分を殺すと?言っちゃなんだが別に殺すのはそこら辺の通行人でも構わない訳だろ、なのに何故自分を殺そうとする?」
自分でもとんでもないこと言ってるなと思いながらも高畑修介に問う。
俺の問いに高畑修介は大きく手を広げ笑った。
「そんなの決まっているだろ。君へのプレゼントさ」
「…………プレゼント?」
「あぁ、自分で言うのもなんだけど僕は中々に人気のある奴だ。そんな僕が誰にも言わず、さらに凄惨に死んだとしたらクラスメイトや家族はどう思う?」
頭が狂ったーーーそう思うのは俺ぐらいだろう。
いつもみんなの中心に立ち、引っ張っていたこいつが突然惨たらしく死んだら、おそらく何かしら自分達が気付かないうちに高畑修介を苦しめたのではないか、そう考え自分達を責めるだろう。
いつも高畑修介近くにいた奴等は高畑修介の悩みに気付けなかったと後悔するかもしれない。
そう考えると
「ほらやっぱり、こういうのが君好みだと思ったよ」
高畑修介は俺の嗤い顔を指差す。
鏡はないが自分でもかなりいい笑顔をしているのだとわかる。
確かに、俺はそんな風に勘違いし自分を責める奴等をとても面白く感じてしまう。
ーーーーなんて馬鹿な奴等なのだと。
「成る程、確かに最高のプレゼントだな」
「だろう。そして同時にこれは手向けでもある。死する僕ではなく、これからこの世界で生きていく君に対する僕からのね」
高畑修介は嗤い言う。
ーーーー死する己よりも生きる俺の方が苦しいだろうと。
俺はそれを否定しない。否、出来ない。
俺たちのような異常者にとって、この法によって護られている世界はある意味地獄とも言えるものだ。
そんな世界をこれからの俺は一人生きていく。
なら
ならば
「精々愉しませてもらうぞ。お前の人生を締めくくる最後の舞台を」
「ああ、僕も最後を締めるピエロとして君を愉しませよう」
お互い手を握る。
この日俺と高畑修介は親友になった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
高畑修介が死んでから一週間の時が過ぎた。
今日は高畑修介の葬式が行われ、町のあちこちから多くの人が参列した。
どうやらあいつは街の中でも人気者だったらしい。
人々の和から離れ、一人、壁に寄り添い参列者を眺める。
参列者は綺麗に整えられた高畑修介の亡骸を見て涙を流し、どうして自殺なんかを、と問う。
その問いに真に答えられるのは俺だけだろう。
参列者を見ながら嗤う。
この中で彼の死を悲しんでいないのは俺だけだろう。
だけどそれは仕方のない事だと思う。
なんたって彼は誰かを殺したいという己の衝動に十数年耐えてきたのだ。
そして今、漸くその地獄から解放されたのだ。
なら、悲しむ必要はない。むしろ讃えるべきなのだろう。
己の衝動に負けず、一人たりとも傷付けずに死んでいった異常者を。
負け組だと自分を蔑んだ勝者を。
俺は嗤った。
今日夕焼けの空はあの日のように綺麗だった。
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