開戦
この小説はマブラヴの二次創作物となっております。
光州作戦が終わった後日本に悲劇が訪れる。
重慶ハイヴからのBETA東進。
もう、我々に奴らを止める力は無い。
光州作戦で損耗した戦力の回復などは全く進んでおらず、敗北は必至であった。
「奴らは間違いなく九州に来る・・・クソッ!」
分隊員である、福岡軍曹が机を思い切り殴る。
「無茶だったんだ、光州作戦なんて・・・あれさえ無ければ戦力だって多少は・・・」
「黙れ、軍曹」
「少尉・・・」
全員死んだ魚のような目をしていた。
希望を失った目。
私は生まれて初めてそれを見た。
「光州作戦は無駄では無かった、そう信じる他あるまい」
「くっ・・・」
この時、さすがの坂本も黙りこくっていた。
「我々がやるべきことは一つ。この地を、日本を守ることだ」
守る。
守り、守り、守り抜き、一秒でも、ほんの一瞬でも生き延びる。
僅かな生にしがみ付く。
「貴様ら、ここはもう日本の最前線だ」
私は力強い眼で、隊員達を睨んだ。
目に涙を浮かべるものもいた。
だが、今だけは、この時だけは許した。
BETAの九州上陸の予測日まで余裕はあった。
解散し、各員持ち場に戻るよう指示を出す。
部屋から皆が出て行く姿を黙って見届ける私に坂本が話しかけた。
「船坂少尉・・・いえ、隊長。私の命は常に貴方と共にあります」
坂本なりに精一杯考えた、自身を鼓舞するための台詞だろう。
坂本の目には涙が少し浮かんでいた。
「馬鹿が、格好の良いことを言う時は声を震わせず言うものだ」
坂本の肩を軽く叩き、私達は静かに部屋を後にした。
勤務の合間を縫って早希の元へと向かった。
空はどんよりと曇り、今にも雨が降り出しそうだった。
「早希」
「おかえりなさい、今日は随分と早・・・」
早希が喋り終わる前に、私は早希の身体を強く抱きしめる。
「ちょ、ちょっと、どうしたの?」
「もう少し、このままで・・・」
「ふふ、どうぞ」
早希に触れいるだけで、今まで心の中にあった不安が全て掻き消えた。
叶うのならばずっと、ずっとこのままでいたい。
「もう、雅ったら子供みたい、この子が見たら笑われるわよ?」
「そ、そうだ、早希」
「はぁい?」
「この子の名前・・・」
「私の中ではもうこれで決まりって感じかしら」
早希は机の上に置いてあった紙を広げる。
そこには『雅希』と書いてあった。
「お医者様は男の子だって言ってたけど、違ったらまた別の名前を考えなきゃね」
「いや、いい。男の子でも女の子でもこの名前にしよう」
「ええ・・・そうね、この子の名前は雅希で決まりね」
雅は少し笑みを浮かべ、しばらくの間下を向いていた。
そして、ゆっくりと正面に顔を戻し、早希を見つめる。
その顔には、先ほどの笑みは無く、一人の男の顔があった。
「早希、明日には住民の避難が始まる」
「ええ」
「私は沿岸部の防衛にあたる」
「・・・」
「必ず、帰ってくる」
「貴方はいつも私のことを守ってくれた。きっと今回も、守ってくれる」
「ああ」
「私を・・・雅希を守って・・・」
早希の声が次第に震えていく。
「この子が産まれたら、一緒に出かけましょう、どこか、大きな湖にでも」
「ああ」
「必ず・・・帰ってきて・・・」
早希は雅の袖を掴み、抱き寄せた。
「諸君、とうとう我が日本の大地に下等生物共が乗り込もうとしている、敵の数は莫大だ。我々の数十倍はいるものと思え。だが、我々は守るべきものがある。闘う前から負けることは許さん、一匹でも多くBETAを殺せ。それが我々に出来る最大の、国家、国民に対する奉仕だ」
師団長の激励の辞が終わり、場に沈黙が訪れる。
全員黙って配置に着く。
この絶望的な闘いを前に皆は何を思うのだろう。
私は海を見つめていた。
この先に、すぐそこに奴らは迫っている。
震えが止まらない。
海を見つめる私の背後に人の気配を感じた。
振り返ると、そこには分隊員達の姿があった。
綺麗に横隊に並び、こちらに向かって気を付けをしている。
「船坂隊長、第8師団 機甲部隊 第11分隊 戦闘準備整いました!いつでも行けます!」
私を除くと最先任者である橘曹長が指揮を執り、敬礼をする。
一人一人の顔を見る。
皆、先日とは違う目をしていた。
残された生にしがみ付き、己の全てを投げ捨ててでも守る。
国の為、家族の為、友の為、愛すべき者達の為、守りたいものの為自らを犠牲にしても構わないという気概が見えた。
「乗車!」
「「乗車!!!」」
しっかりと整備された、新品同様の戦車に乗り込む。
油の匂いと鉄の匂いが充満した戦車の中。
訓練では味わうことない緊張感。
汗が額から流れ落ち、床へと落下する。
沈黙。
この沈黙はどれくらい続いた?
数分か数時間か私には分からない。
それほど長く感じられた。
そして、この沈黙を打ち破るかの如く連絡が入る。
『敵接近!!!』
1998年7月。
いつもは五月蝿く鳴くセミの声も今日は聞こえない。
その静寂の中、我々の闘いが始まった。