第四十七話「屍を食べながらも、女王はせっせと卵を産んでいた。目算のフェルミ推定になるが、恐らく五〇〇近くの卵がクイーンのそばにある」
世界迷宮第一階層の廃棄区画には、あちらこちらに露店が広がっており、殆どゴミのようなものが売られている。
得体のしれない錆びた金属、薄汚れて擦り切れた布、手作りの団子、びちびちと跳ねる虫、不思議な色の石ころ、何の動物かもわからない頭蓋骨。
売る気があるのかどうかさえ怪しい珍品が、この一帯にずらりと並んで
いる。この廃棄区画の住民の目から見ても買い手が本当に付くのか怪しいところである。
「今日はあの小僧たち、来なかったな」
「そりゃそうさ、あんないい金づるは中々いないもんだ。目に留まったら、ゴミだろうと何だろうと根こそぎ買ってくれるなんてな。変わり者もいいところだ」
店を畳みながら男たちは言い合った。
最近は、どことなく浮世離れた少年と、男性用の学生服を来た少女が商品を買い占めている。
岩塩やら酸っぱくなった果実酒やら陶磁器の材料はまだ分かる。だが、大量の貝殻やらクズ魔石やらは何に使うのかさっぱり分からない。売れるなら売るだけである。
聞くところによると、この少年は色んな少女たちを侍らせて魔物狩りを楽しんでいるという。道楽貴族なのだろう。いけ好かないが、金払いはいいので廃棄区画の民にとってはありがたい客でもある。ゴミを買うならどうぞお好きに、というだけだ。
「というか、あんな御大尽なガキが襲撃されないっていうのが不思議だよなぁ。金を持ってそうなやつは、ならず者どもに付け狙われるのに」
「そういや、荒くれどもが減った気がするな。最近殆ど見かけねえよ。どこ行っちまったんだあいつら」
何故か知らないがここ最近は小悪党どもが減っている。いつもは暴力をちらつかせて小金をせびってくるのだが、どうにも近頃はめっきり寄り付いてこないのだ。
噂によれば、透明の幽霊に襲われてこてんぱんにされたり、赤毛の女に有り金全部を毟り取られたりしているらしい。因果応報である。
何はともあれ、この廃棄区画の生活の困りごとが一つ減るのはいいことである。ごろつきの連中にはとんだ災難であろうが、今、廃棄区画を取り巻く環境は少しずつ変化しつつあった。
◇◇
コロニー中央部の少し手前にて。
篠宮さんが地面に水を垂らして水鏡を作り、その上に呪符をのせて映像を投影している。水鏡には、部屋の中の様子と、無数のキラーアントの屍が映っている。恐らくは楮紙の紙人形視点から見た、先の部屋の景色なのだろう。完璧な偵察である。
こんな便利な術式があるのか、と俺はひとしきり感動してしまった。
一方ナーシュカは普通にオペラグラスを取り出して先を見ていた。そういうところだぞお前、とちょっと思う。
クローキング領域を少し変形して、先の部屋の光景を覗いている俺もあんまり人のことは言えないが。
「(……奇妙じゃ。女王が屍を食べておる。キラーアントは共食いなぞせんと思うておったが)」
「(あまり賢くないな、ホウ酸塩の体内濃度が上がって代謝機能がより阻害されるだけだ)」
身重なのか、キラーアント・クイーンはあまり動けない様子であった。だがそれでも、周囲の死にかけの近衛兵アリたちを食べている。はっきり言って異常行動である。
より正確に言うと、死にかけのアリたちが自発的にその身を供出しているように見えた。本能に基づく行動だろうか。いずれにせよまともだとは思えない。
それにしても、大量の卵が気になる。屍を食べながらも、女王はせっせと卵を産んでいた。目算のフェルミ推定になるが、恐らく五〇〇近くの卵がクイーンのそばにある。
不気味な胎動。卵はこころなしか動いているように見えた。
「(……あの卵が孵る前に一気に仕留めましょう、異様な気配を感じます)」
「(私がやろう)」
警戒を露わにする篠宮さんに、アネモイが短く答える。
同時に、周囲の空間が歪むほどに魔力の圧が高まった。めきめきと空気が割れる音と同時に、アネモイの顔の前に紋章型の魔法陣が現れる。
世界の理の改変。視界の端で、篠宮さんとユースティティアが目を丸くしているのが分かった。
竜魔術。
一条、二条、三条、とアストラルの流れが紡がれて重なり合う。
アネモイが高密度のアストラルの息を吹きかけると同時に、空を裂く一閃が現れた。
轟音。
胎動する卵を薙ぎ払う、大いなる竜の息吹。
命をみじく圧倒的な暴力。通り過ぎた命を片っ端から屠っていく無慈悲な一撃。
いつぞやの俺が発動した極大魔術、アストラル・バーストを彷彿とさせる混じり気ない暴威がそこにあった。
飛び散る体液が凄惨さを物語っている。幼虫の遺骸が次々と出来上がる。動けぬキラーアントの女王に至っては、肩にあたる部分をごっそり吹き飛ばされていた。
超高威力の竜の息吹は、何もかもを潰滅させていた。
まさに“場を制圧した”と言って過言ではない。
「――よっしゃ、畳み掛けるぜ! ここからは息つく暇も与えねぇぜ!」
吠え狂うキラーアントの女王目掛けて、ナーシュカが駆け出した。まさに電光石火。
眼前で悶える瀕死の女王は、きちきちきち、と奇妙な鳴き方で威嚇行為を行っている。もはや死を覚悟したのか、溢れる体液を気にも留めずに身を起こしている。
ひょろり、と天井から触手が見えたのは、まさにそんなときであった。
やあ (´・ω・`)
ようこそ、バーボンハウスへ。
このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。
うん、「また」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。
でも、この文字列を見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない
「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい
そう思って、この話を書いたんだ。
じゃあ、注文を聞こうか。




