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第四十四話「実は、第一階層の守護者を討伐して、第二階層に挑もうと思っているんだ」



 探索者ギルドは、とある新米探索者の取り扱いに頭を悩ませていた。



 魔力量は良好だが、魔術適性検査は最低。武術に多少の嗜みあり。

 よくいる平凡な前衛職の探索者である。



 ところがこの少年は、前衛職ではなく“魔術師”としてギルドに登録されている。事務手続きのミスかと思って二度ほど修正を行ったが、これで正しいと本人に突き返されてしまった。魔術適性がないのに魔術師登録をするなんて、ある意味ギルドへの迷惑行為に近いのだが、本人は変える意思はないという。



 このE級探索者のせいで上司から怒られてしまった受付嬢のアニスは、それ以来ずっとこの少年と奇妙な縁があった。



(毎日のように、ホーンラビットや駆け鹿(アクリス)をたくさん狩ってくるのに、さらに今日は……まさかの【災害級】指定のヤ=テ=ベオを狩ってくるなんて、本当この子って何者なんだろう……)



 彼は、いつも同じ年ぐらいの少女たちを引き連れている。

 服はそんなに汚れているように見えないし、魔物狩りに苦戦している様子は見受けられない。だが持ち運んでくる素材の量は並大抵ではない。魔物の状態も、擦り傷以外の傷は少なく、多分罠か何かで狩っているのだろうと思われた。



 それにしても持ち込みの嵩が異様に多い。

 普通の探索者の二倍から三倍は平気で持ち込んでくる。荷車を使って運搬しているようだが、全然荷車が汚れていないので、どちらかというと"もっと軽い運搬方法で街まで運んできて、街の途中から荷車を借りている"ような印象を受ける。



 いずれにせよ、E級探索者の平均を大きく逸脱している。



 B~C級探索者ぐらいで結成されたベテランパーティであればまだしも、あのE級探索者の少年の所属しているきゃいきゃい賑やかそうな少年少女パーティがこんなことをできるだろうか、とアニスの疑問はますます深まる。



(……他の冒険者から横取りしてる? まさかね……? それともあの少年って貴族なのかな? いやいやそれもおかしいか)



 素材の査定の途中、上司がやけにそわそわしていたのが気になったが、構わずアニスは作業を進める。

 何故かは知らないが、あの少年については査定を厳密にするようにお達しがでているのだ。いつも先輩方がやっているような、ちょろっと査定を誤魔化す手口は通用しないという。



 ますます謎が深まる。



(ヤ=テ=ベオの木材は、魔力を帯びていて硬くて、密度があって重くて、そして耐熱性も高い。硬くて加工が難しいけど、船の竜骨には適してるし、建築材料としての需要は高いし、これだけの量の材木だったら金貨十枚はくだらない……かな)



 真面目に査定を終わらせたアニスは、「番号札七番のジーニアスさあん」と査定窓口から離れていた少年を呼び出す。

 少年は誰かに謝っていた。何やら女性探索者と揉めていたようだが、大丈夫だろうか。相手が笑っているのでよいのかもしれないが。



「待たせてすみません。ちょっと伸びをしたら、発情期の牛獣人の子の角を触っちゃったみたいで……」



「は、はあ」



 そんな危険なことをやっていたのか、という呆れがついつい声に出たが、すぐに気を取り直して査定価格を告げる。

 品質が良かったので、相場価格より上振れした買付金となっている。例の少年もそれに納得したのか「ありがとうございます」とさっさと署名を記入してくれた。



 異様に綺麗な、無駄のない署名。全く同じ反復動作を実行しているような筆記体。魔術師は字を綺麗に書く人が多いが、それにしても彼の文字はやけに美しすぎる。



(……それにしてもこの子、こんなに魔物をたくさん狩れるなら、昇格試験を受ければいいのに)



 探索者ギルドの支部目標として、上級探索者の増員が掲げられている。ノルマを達成しないとまた上司に怒られるので、アニスとしてはとっととこの少年にも昇格してほしいところである。



 しかも下級探索者が規定額以上の素材納品をしたら、支部長に稟議を回さないといけないので手間もかかる。おかげで探索者ギルドからは、特例昇格として半強制的に昇格させてしまおう、なんて声も出ているぐらいだ。



 さっさと昇格してほしいのに、と内心ややむすくれながら、アニスは笑顔で少年にお金を渡すのであった。











 ◇◇











 魔物を効率的に狩ろうとすると、どうしても作業のようになってしまう。



 昆虫の魔物の巣には熱湯をぶっかける。

 小型の魔物の通り道にはくくり罠を作って、通過しようとしたら首が締まるようにする。

 中型の魔物は、迷宮の中にたくさんの落とし穴を作って、それに引っかかっているやつを後日ゆっくり仕留める。



 とても効率的なのだが、手伝ってくれる皆からは、想像していた狩りと違うとぼやかれてしまっている。端的に言ってしまえば“戦闘らしい戦闘をしていない”のだ。もっと凶悪な魔物と歯ごたえある戦いをする――と期待していたらしい皆からすれば、肩透かしもいいところだろう。



「……罠を使った狩猟をする分には構わんのだが、強い魔物との戦いがほとんどないのは気になる。強くなることが目的なのであれば、強い魔物に挑むべきではないのか?」



 来客四号のアネモイに、そんな素朴な質問をぶつけられてしまい、俺は少し言葉に困ってしまった。

 正論である。ほとんどの冒険者は、強くなるためより強い魔物と戦うことを選ぶ。



(アネモイの意見も正しい。より強くなるためには、より強い魔物と戦わなくてはいけない。普通に考えたらその通りだ)



 方法論の話である。

 一〇〇体の魔物を狩って魂の欠片(アストラル体)を吸収していくか、魔物一〇〇体分の魔力を持つ強力な魔物を狩ることで魂の欠片(アストラル体)を吸収していくか。どちらも間違いではないのだが、わざわざ魔物を一〇〇体狩ろうとするような奴はそういない。

 素材だって解体が面倒だし、得られる魔石も純度の低いクズ魔石がほとんどである。なにより持ち帰る素材がかさばって仕方がない。



 今の俺のやり方は、人手を召喚して罠をたくさん作ってくれる王国魔術師がいて、魔物の解体をたくさんの妖精たちに作業させる精霊術師がいて、大量に出てくる素材を収納して持ち運んでくれる刻印術師がいて、ようやく効率的に実施できることである。

 さらに言えば、識別名持ち(ネームド)の魔物――【災害級】や【災厄級】の魔物を一体でも狩れば、そっちのほうが魂の成長の効率はいい。



「アネモイもそう思うか? 俺も実は、そろそろ潮時かなと思っていたんだ。ただちょっと気が乗らなくてさ」



「む? 嫌なら強要はしないが、どうしたのだ? そんな弱気は貴公らしくないな」



 ふふんと茶化すようにアネモイが聞いてきた。

 言葉の端に垣間見える、慮るような気配は、彼女の優しさの表れである。

 しかし弱気か。そんなつもりはなかったのだが、もしかしたら俺は無意識のうちに弱気になっていたのかもしれない。

 まだ漠然とした思いのままだが、俺はかねてより考えていたことをアネモイに告げた。



「実は、第一階層の守護者を討伐して、第二階層に挑もうと思っているんだ」



「……ほう」



 その言葉を聞いた瞬間、アネモイの目が細まるのがわかった。

 世界迷宮の第二階層。

 そこはまだ数えるほどの探索者しか到達していない、未知の領域である。

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