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第四十二話「お兄様、なんでこんな治安の悪そうな場所に部屋を取ったんですか!? ここに来るまでに四回もガラの悪い人に絡まれましたよ!」



 成れ果ての獣は、成れ果ての地に封じられなくてはならない。



 それは生きとし生けるものを滅ぼす、憧憬の魔王。



 あるいは、救われぬ人々の最後の望み。



 強く願えば、いかなる夢も叶う。



 “憧れの獣”は、願いの化身。





 ――世界迷宮の碑文にある文字の翻訳結果より。











 ◇◇











 どこかの誰かが投げた火炎瓶のせいで、俺の部屋が燃えてなくなってしまった。そんな阿呆劇(ソティ)みたいな展開に巻き込まれてしまった俺はというと、仕方がないので諦めることにした。



 悩んでも仕方ないので、世界迷宮の第一階層で部屋を借りて、そこで生活することに決めたのである。



(世界迷宮、妹には薄々感づかれてたけど、“扉”の開け方は殆ど覚えちゃったんだよな)



 世界迷宮へ入るには、正しい手順で“扉”を開ける必要がある。

 かつてヨハン先生が目の前で実演していたように、その手順は結構ややこしい。



 1.祠に立ち入って、入り口の水晶と魔力紋照合を行い結界を解除する。

 2.扉に暗号化されたルーン文字をなぞりつける。

 3.扉のそばの燭台に正しい色の火を灯す。



 要するに、学院に選ばれた人であり、かつ正しいルーン文字、点火パターンを知っている人でないと入れない。選ばれた人というのは学院教員であったり、第四階梯以上の認定を受けている生徒である。



 とまあ、見るからに堅牢そうな認証手順だが、実は1.の結界さえ何とか侵入すれば、なんと2.と3.を攻略するだけで済む。そして2.と3.は記憶による認証(SYK)

 アストラル体の空き容量を活用して記憶力を高めている俺からすれば、他の人が解錠したときのパターンを一瞬で覚えるのは朝飯前である。俺にとってはいとも簡単に侵入できてしまう。



 では1.をどうやって攻略したか、となるが――実は、(ターニャ)従姉(ナーシュカ)の魔力紋を真似しているのだ。



 あの二人とは長年ずっと一緒に過ごしてきたので、魔力紋の学習サンプルデータは大量にある。魔力紋の波形は、心臓の鼓動に合わせて変化するため、極めて規則性が読みにくいものだが、カオスパターンの扱いに長けている俺からすれば、ある程度の模倣は容易である。というより魔力操作の訓練を兼ねて、昔から模倣を重ねてきたので、殆どの魔道具なら騙せる。



 というわけで、第一階層の迷宮街に部屋を借りてみたわけだが。











「お兄様、なんでこんな治安の悪そうな場所に部屋を取ったんですか!? ここに来るまでに四回もガラの悪い人に絡まれましたよ!」



「まあ、みんな軽ーくやっつけたけどさぁ、これ何とかならなかったの?」



 来客二号のターニャや来客三号のアイリーンからは、極めて不評であった。ちょっと悲しい。だが理由は分かる。



 何を隠そう、俺が宿を取ったのは迷宮街の廃棄区画。大陸各国の犯罪者たちが放り出される流刑地なのだ。

 恐喝(カツアゲ)は日常茶飯事。窃盗や追い剥ぎもざらにあるのが、この廃棄区画なのである。



 簡単に言えば、どこの誰に襲われるのか分からないので、安心して眠れない場所である。枕を高くして寝ることができない、というやつだ。



 だが俺は、この場所から別のところに移ろうとはあんまり考えてない。

 何故ならば。



「……ねえ、もしかしてだけど、襲撃してくる人たちを返り討ちにして、逆に金品をせしめてる……?」



「ん、よく気付いたなアイリーン。目には目を、歯には歯を、だ」



 酷い話だが本当のことである。

 治安が圧倒的に悪いこの廃棄区画には、奇妙なことに法律がない。行政機能が麻痺しているということもあるが、もっと言えば、この地区を治める自治体も法令も存在しない(・・・・・)のだ。犯罪因子を見つけて懲らしめることも問題とはされない。



 現に俺は、他人を恐喝しているゴロツキ連中を打ちのめしたりしている。そして心ばかりの金品をいただいている。



 透明化していれば基本的に喧嘩に負けない。こう言えば悪いが、ゴロツキ連中はカモである。



「わー……そんなことしてたら恨まれるよ?」



「透明化してるのに? 俺が倒したって証拠でもあるのか? 多分どうやっても俺に辿り着けないさ」



 実はいい戦闘訓練にもなっている。

 肉体強化魔術を使っている俺は、接近戦用の格闘術もいくつか嗜んでいる。ゴロツキとの戦いは、それを試すいい練習になっているのだ。



「お兄様……そんな野蛮なことなさらないで……」



 妹からじっとりした視線を浴びている気がするが、思い過ごしだろう。

 なにせ、来客一号の喧嘩番長(ナーシュカ)からは絶賛を受けたのだから。



 “ジーニアス! お前、よく分かってんじゃねーか! 弱っちいやつ虐めてやがるつまらん奴らは鉄拳制裁ってもんよな! 群れを作って普通の人ブチのめして金稼いだりしてるやつは、同じくブチのめされても文句は言えねーぜ”



 あいつ、俺より倍近くのゴロツキを締め上げて、俺より三倍近く金品を巻き上げてたけど、大丈夫なのだろうか。あいつの方こそ恨まれてそうだが。











 ◇◇











「……まあ、あの少年に足りないのは基礎的な魔力だな。戦いを長引かせて、蓄積された情報量を魔力に転換する、というあの戦い方も危うい」



「なんじゃお主、負けといて偉そうじゃのう」



 夜、天測塔のふもとにて。

 半分の月がのぼる空の下で、若い見た目の少年少女が葉巻とパイプを(くゆ)らせていた。若き枢機卿(ルードルフ)黒猫の魔女(ユースティティア)である。



 乾燥させた薬草を焚いた煙には、濃密な魔力の煙が宿るとされている。こうやって魔力を吸うのは、古の魔術師には珍しくもない習慣である。



 長い煙を吐いてから、ルードルフはおもむろに口を開いた。



「応急処置だが、短期決戦にも強くなるように魔力を鍛えるのはありだ。魔物をたくさん狩って、魔力量を増やすというのは、シンプルだが正しい考えだ。私は賛成だよ」



「妾も反対はせんよ。じゃがのう、ルードルフや。お主が厄介な噂を流したものじゃから、ジーニアスが色んな思いを持った奴らに狙われておる。これがどうにも不吉じゃ」



 黒猫の魔女はそう言って、聖なるパイプ(カルメット)に口をつけた。

 暫くの沈黙。続きの言葉が紡がれたのは、やけに薬臭い煙が吐き出されてからのことであった。



「……お主、本当に八賢人の八人目はジーニアスじゃなくてもよいと思うておるな?」



「誰であっても、適合するのであればそれでいい。私は、より優れた魔術師を望んでいる」



 一旦区切られた言葉。「誤解するなよ、ユースティティア」と前置きをおいたルードルフは、諭すような口調で述べる。



「八賢人の八人目が誰でもいい、ではない。八賢人全員が(・・・・・・)、誰でもいいのだ」



「……お主、噂を餌にして強者をおびき寄せておるな?」



「否定はしないが、もう少し優しい指導のつもりだよ」



 ルードルフの手には、迷宮出土品の書物がある。

 そこには、解読不能の失われた言語があった。もはやこの世で誰も読み方を知らない、息絶えた言葉。基層言語とも呼ばれるそれは、もはやこの世に存在しない迷宮から見つかった書物にのみ、記されている。



「彼らが本当に八賢人たる存在なのであれば、そうやすやすと他人に指輪を奪われるはずがない。それにもし仮にだ。本当に八賢人に選ばれてしまえば、今よりも更に命を狙われることとなる。こんな噂程度で誰かに負けるようでは、八賢人を名乗る資格はない」



「正論じゃが、情がないのう。人を育てる方法は、試練を課す以外にも多数あろう」



「だが試練は時に、気付きときっかけを与えてくれる。腕に覚えがある魔術師に戦いを挑まれるのは、悪い経験じゃないはずさ。そうまでして(・・・・・・)なりたい(・・・・)八賢人だと自覚してもらう」



「……お主、ジーニアスのみならず、他の――」



「お前は優しすぎる、ユースティティア」



 ほう、とミミズクの鳴く声。

 木々の多い魔術学院の敷地内は、色んな生き物の声に溢れている。多様な生態系。かつての学長が愛してやまなかった魔術学院アカデミアには、多様性を尊重する風土がしっかりと受け継がれている。



「せいぜい長生きするといい。それがお前にお似合いだ。私は今代限りで、もう二度と生きて戻らない覚悟だ」



「息巻くでないわ。死ぬ覚悟より戦い抜く覚悟をせいよ。妾に指図するでない」



 魔術師二人の表情は、夜に溶けて全く窺い知れない。




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― 新着の感想 ―
[一言] ルードルフって格好付けてるけど単にジーニアスにアレがアレしてたのを指摘されてしまったのとそれを笑ったヒロイン達にやり返してるだけだよなあ・・・ 生きて戻らないつもりって、そりゃああんな恥ず…
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