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第四十一話「感慨深そうにしみじみしているところ悪いが、貴公の部屋は爆発してなくなったらしいぞ」

 入学して二か月が過ぎた。

 今は秋の収穫祭(文化祭)に向けて、生徒たちがそわそわとしている時期。

 怪盗チェストの事件でもちきりだった学院の噂も、ようやく落ち着きを取り戻してきたところである。



(怪盗事件の裏で、確実に何かしらのもみ消し(・・・・)があったと思うんだよなぁ……あんまり掘り返したくないけどさ)



 ルードルフからは詳しく聞かなかったが、どうやら陰で、違法賭博の事件や密輸の事件などがあったという。それに対する学院側の対応は、怪盗騒動による制裁(・・・・・・・・・)だった。



 世界中から学生を集めている魔術学院アカデミアだが、法律や文化が異なる国の生徒が集まることと、世界迷宮と"扉"がつながっていることから、様々なトラブルが絶えず発生している。

 そしてそれらの中でも悪質なものは――執行機関による制裁を受ける。



 法を以て裁くこともあれば、毒を以て毒を制すこともある。

 多分、ルードルフが引き受けているのは"毒"の方なのだろう。悪事を行うものの弱みを握り、悪事を働けないように管理するのだ。



 たとえ話だが、密造酒を作って財産を築き上げた商人がいるとして、それを検挙して裁くのが前者の運用。密造酒を作る商人に、正規の業者として衛生基準を守るよう徹底させて、酒類製造免許を与えると同時に、過去の不正は摘発せずに不問とし、引き換えに二度と悪事を起こせぬように弱みを握り続けるのが後者。



 こういった話は、俺には無縁の話である。



(噂が落ち着いてくれるんならいいんだけどね、俺もようやく普通に表を歩けるようになったし)



 自由な生活は、やはりよいものだ。

 何と、俺もついにナーシュカとの同棲生活から解放されるのだ。ずっと風紀委員長室に住んでいる専属メイドのふりをしていたが、やはりちょっとしたことで外出するたびにおしとやかな女性にならなきゃいけないというのは結構ストレスであった。



 ようやく、生徒会の委員に与えられている居室で生活できる。

 というか、入学して以来、ようやく"自分の部屋"が与えられるのだ。



 感無量とはこのことだ。

 食堂の隅の席で、食事を口に運びながら、俺はこれまでのことを振り返りながら喜びを嚙みしめていた。





「いやあ、思い返せばずっと女の部屋に転がり込んでたんだよな、俺……ここまで本当に長かった……」



「感慨深そうにしみじみしているところ悪いが、貴公の部屋は爆発してなくなったらしいぞ」



「……え、えっ!?」



「冗談だ」



 思わずむせる。昼食を一緒に食べているアネモイが、してやったりという笑みを浮かべていた。

 こいつ意外といい性格してやがる。



「おいやめてくれよ、そういう言霊は事実を引き寄せることがあるんだ。ジンクスには気を付けてるんだよ」



「意外だな。貴公は非論理的なものは嫌うと思っていたが」



「逆さ。嫌いじゃないし尊敬してるよ、俺の魔術じゃないだけだ」



 葡萄水を口に含みながら俺は答えた。

 今日は、例のごとく特待生食堂での昼食である。特待生と一緒であれば無料でありつけるので、食費が浮くのがありがたい。こういう制度はしっかり有効活用しないといけない。



「そういえばさ、最近アネモイって暇か?」



「む、まあ部活動は落ち着いてきたころだが……どうしたのだ」



「魔術の修行のために、そろそろ世界迷宮に潜りたいなあと思ってるんだ。だから手伝ってくれないか?」



 俺は、かつてルードルフに指摘された言葉を反芻していた。



 "やはり君の弱点は、明確だ。集中を削がれる精神汚染魔術。そして魔力の少なさ。もし迷宮の魔物たちが精神汚染を仕掛けてきたら、どう対応するんだい? そしてもし、今の私みたいに魔力量の力押しで攻められたら、どう突破するんだい?"



 この指摘には、全く反論できない。

 俺の強みと弱点は、演算力で魔力を補っていることである。

 あの戦いでも付け込まれたように、魔力のごり押しなどの物量攻撃となってくると、俺はついていけなくなるのだ。



「ごり押しを仕掛けてくるような敵に対抗するために、魔力をひたすら伸ばしたいんだ。だから、魔物をたくさん狩って、"魂の器"を成長させたい」



「……なるほど」



 親指にはめた指輪が机とぶつかって音を立てる。八賢人の指輪。まだ俺が正式な所有者とは認められていないが――現状この指輪を預かる立場にいるのは、俺である。

 だから、俺はアネモイに切り出した。



「俺は、まだ八賢人の候補に選ばれたという自覚がない。身に余る光栄で、まだふわふわしてる気分なんだ。だけど、選ばれたからにはできる限りのことはしたい」



「……そうか」



「もっと魔力を伸ばして、もっと術式の完成度を上げて――名実ともに最高の魔術師になりたいんだ」



 だから、今はなりふり構ってはいられない。

 確実に一歩前に進むことができる方法があるのであれば、それを試みるのみ。

 魔物を狩って魔力を鍛える――とてもストイックな修行方法であるが、原点でもある。

 そして言うまでもなく、他の人の力を借りてでも強い魔物を討伐するほうが、"魂の器"の成長は早い。



 そんな俺のお願いを聞いたアネモイは、縦ロールを指でくるくる弄びながら、何かを躊躇っていた。



「魔物討伐を手伝っても構わないが、一つだけ条件がある」



「なんだ?」



「……今度の余暇、一日遊びに付き合ってもらうぞ」



 何を躊躇っていたのかと思えば、である。それならお安い御用である。

 何だか面映ゆそうにしているアネモイがちょっと目新しかったので、俺はとっさに「いいぜ、俺と遊ぶなら徹夜だぜ徹夜」とふざけてみたが、思うような反応はなかった。

 息を呑んでる。顔を赤らめてる。何故。



 徹夜で盤戯するつもりだったんだが、そんなに嫌だっただろうか。











 ◇◇











「ジーニアス、マジですまねえ」



「ジーニアス君に、一つ残念なお知らせがあります」



 ――青天の霹靂とはまさにこのこと。



 バツの悪そうな顔をしたナーシュカと、頭が痛そうな表情を浮かべた篠宮さんがやってきたのは、まさにアネモイとの食事を終えようとしたタイミングでのことであった。



 残念なお知らせ、と前置きがあるとは不穏である。何がどう残念なのかはわからないが、また新たな騒動の予感がする。状況を訝っている俺に気づいたのか、篠宮さんがやや早口で説明をしてくれた。



「生徒会に反感を持つものが、生徒会居室に火炎瓶を投げてきました。怪我人も出ましたが幸い全員が軽症です。ですが居室への被害が大きく、改築が必要な部分もあります」



「あー、その、なんだ。殆どの火炎瓶については、鎮火に成功してるんだが、そのだな、長らく使用がないためか、火に気づくのが遅れてしまった部屋もあるんだ……」



 頬を掻きながら説明するナーシュカの様子から、俺は察してしまった。

 “長らく使用がないためか、火に気づくのが遅れてしまった部屋”なんて、実質ほぼ一つしかないわけで。



 向かいの席のアネモイと目があった。アネモイも理解してしまったらしい。唖然としていた。

 続くナーシュカの言葉は、全く予想を裏切らなかった。



「その、すまん、ジーニアスの部屋、また無くなっちまったわ」



 期せずして、アネモイの言葉は事実になってしまったわけである。



 入学して二ヶ月。

 授業にも出てないし、寮にも入れてない。

 前途多難にも程がある。

 果たして俺の学生生活はどうなってしまうのだろうか。



 入学して二ヶ月、ずっと授業にも出てないし、寮にも入れてない主人公()

 どうしてこうなったんでしょうね?

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