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第二十五話「諸君らは吾輩の許可のもと、世界迷宮で活動が許されておる。つまり無許可の行動は死につながることを、ゆめゆめ忘れぬことだ」


「……さて。諸君らは、実地で行う調合実習とやらをやったことはないだろう。テキストを与えられて、つまらぬ座学をしこたま教えられて、それでさあ実物を作りましょうと言われてもピンとこないだけだ。……違うかね?」



 あまり類を見ない独特の声。

 粘つくような喋り方のようにも、高圧的に説き伏せるような尊大な話し方のようにも聞こえるそれは、かなり好みの分かれそうな声音だった。



 物忌むような口調のそれは、ヨハン先生。

 この世を呪うような、世俗への疎ましささえもうっすら浮き彫りになる口ぶりであった。



「……さて。諸君らの中には【世界迷宮】に心惹かれている輩も多いであろう。魔法と冒険の日々。すぐそこにある非日常。実に結構。であれば、この吾輩もそれに応えてやらんでもない。無駄にしてよい試薬は一切この世に存在しない、ゆえに諸君らには……治療薬を作ってもらうことになるだろう」



 この先生は、かなり型破りな教師でもあった。



 ヨハン先生が、講座『基礎調薬A』の第三週目からいきなりフィールドワークと称して、講座を受講した生徒たちを世界迷宮に連れて行こうとしているなんて、誰が想像できるだろうか。



 校舎にある封印されし祠に立ち入って、何かしらの水晶をかざして魔力をやり取りする。予め登録された魔力紋だと照合されて、封印の結界が緩やかに解除されていく。

 そして、生徒たちはぞろぞろと“扉”の前に立った。



 この扉こそが、【世界迷宮】の第一階層、迷宮街中央の古代神殿へと繋がる道なのである。



「諸君らも知っての通り、世界迷宮には許可された人間のみ、立ち入ることができる。無許可で封印を突破するなど言語道断。その事実が発覚した暁には……命の保証はない。

 諸君らは吾輩の許可のもと、世界迷宮で活動が許されておる。つまり無許可の行動は死につながることを、ゆめゆめ忘れぬことだ」



 そう言うやいなや、扉にルーン文字がなぞりつけられる。

 並の人間では早すぎて読み取れない呪文。読めたとして、一部が記号化されたり文字置換されて暗号化されている。



 扉のそばの燭台にも、それぞれ異なる色の炎が灯されている。きっと正しい色の組み合わせでないといけないのだろう。



「諸君らには、世界迷宮の探索で怪我した冒険者たちを癒やすための治癒薬を作ってもらう。レシピは渡したとおり。機材の使い方も教科書に書いてあるとおり。何を作っても構わん。協力してくれる薬師も何人かすでに見繕ってあるので、奴らに完成した薬を売りつけたまえ。売上で利益が出たら学院に寄付したまえ。器材を割ったら、先ほどの寄付金から器材を補填するが、足が出たら弁償したまえ。……吾輩の目から見て、品質が粗悪な薬品はその場で燃やし尽くしてやる」



 扉を開けながら、ヨハン先生は朗々と語った。

 とてもわかりやすい話だった。



 魔術学院の生徒がちんたら座学で調薬のお作法を学ぶ暇があるなら、治療薬作成の人手不足にちょうどあてがいつつ、実地訓練まで一緒に果たしてしまおう、という腹積もりなのだろう。



 教科書を読ませて勉強させるよりも、教科書を読み込ませながら実際に手を動かして調合させる。

 文字や理屈で分かったつもりでも、いざ実際にやってみたら感覚や先入観でついやってしまいがちなミスは絶対にあるので、それをさっさとグループワークで浮き彫りにして自覚させる。



 合理主義だ、と俺は驚いた。

 俺は急に、ヨハン先生への好感度が高くなるのを自覚した。



 そもそも、世界迷宮に潜ることができて喜ばない魔術師はそうそういない。空間の広がりや時間の進み方が歪んでいる迷宮の中でも、最も複雑怪奇な存在である世界迷宮に、興味を持たない魔術学院の生徒なんてほぼいない。



 さらにこの先生は、講義の時間をほぼ一日二日(迷宮時間。地上時間では四時間程度)の枠にしていた。もはや軽いクラス合宿のようなものである。



「ちなみに、学院への寄付金がとても多くなった暁にはーー学院から感謝として、寸志がもらえることになっている。金銭の贈与とはならないが、具体的には、諸君らの大好きな野外バーベキューがご馳走されることになるであろう」



 衝撃的だった。俺は思わず耳を疑った。ヨハン先生の言葉を聞いた生徒たちは、目を丸くして急にやる気を燃やしたのだった。

 この粘っこい声のせいで気付かなかったが、この先生、実はめっちゃいい人なのではないだろうか。



「(これさ、潜入捜査じゃなくて堂々参加したかったよな……。これなら『基礎調薬A』を受講しとけばよかった)」



「(まあまあ、いいじゃん、いいじゃん。お肉なら私がいくらでも奢ってあげるからさ。それよりヨハン先生への告白のお膳立てだよ)」



 透明化魔術に隠れながら授業に潜んでいる俺とアイリーンは、そんなことを物陰に隠れてこそこそと言い合いながら、依頼人を見守るのだった。

 なお依頼人のアマンダは、“推し”の良さがみんなに伝わったとき特有の満足そうなどや顔をしていた。ちょっと腹が立つのは何故だろう。











 ◇◇











 意志の有無と厳正なくじ引きの結果、俺と同行してヨハン先生と依頼人(アマンダ)を見張るのはアイリーンになった。



 その他のみんなは、俺たちにもし万が一のことがあったら外部に助けを求めてくれる役割である。実質的には出番はなし、ということになる。



(まあ、みんなちょっと場を持て余し気味だったもんなぁ)



 ちょっとした俺の反省点なのだが、あの場にみんなを集めたのは気が早かったかもしれない。

 友達の友達は友達だ、とあの場にいきなり呼んだのは雑であった。反省である。



 みんな、それなりに打ち解けてくれたみたいではあるが、基本的には初対面同士である。身分もそれぞれ王族、貴族、平民ときっぱり異なる。特級魔術の使い手ということぐらいしか関わりがないはずだ。

 あの場限りでいきなり仲良くしよう、なんて言われても困るだろう。



 まあ、みんな(ジーニアス)に振り回されて苦労している、とかいう話題で少し仲良くなったらしいが。ちょっと複雑な気分だ。



「ん? いや? そんな微妙な感じってわけじゃなくて、意外と仲良くなったよ?」



 とはアイリーンの言葉である。

 打ち解け方にも、受け取り手それぞれに違いがあるのだろう。

 アイリーンなんかは誰とでもすぐに仲良くなったのだろうが、俺の目から見れば、アネモイとナーシュカとかは会話が少なかったと思う。



「まあ、何度か顔合わせすれば仲良くなると思うけどねぇ。どうせゆくゆくは、特級魔術の使い手同士で顔合わせはあるだろうし? てか私さ、ジーニアスがこんなに特級魔術の使い手のみんなと交友があるってことが驚きなんだけど」



「まあ、俺もそう思う」



 遠くから授業を観察しながら、俺はどちらに同意したのか曖昧な同意を返した。

 時間をかけたらみんな仲良くなる。それは俺も同意である。みんないいやつなのは間違いないので、きっかけさえあればいい友だちになれると思うのだ。



「ほら、ヨハン先生が監督役になって、生徒たちの調薬する姿を見て回ってるぞ」



「へぇ、器具の使い方を間違えてる生徒を見つけたら、ちゃんと指導してるね。先生っぽいことしてるじゃん」



 世界迷宮内にある学院施設、その名も魔術学院アカデミア迷宮都市支部、というまんま文字通りの設備がある。

 その教室の一室で、ヨハン先生は生徒たちを指導していた。もといこき使っていた。



 体のいい助手、とも言えるだろう。

 さっきから休む暇もないほどに、学生たちは調薬を繰り返している。

 もしかしたら先生は、大量に治癒薬を作って欲しいとか、そんな依頼を受注しているんじゃないだろうか。



 救いがあるとすれば、学生たちが座学よりもいきいきと主体的に取り組んでいるところと、ヨハン先生が生徒への指導を比較的しっかり行っているところだろうか。



「ね、ね、ね、ジーニアス。いつ行動を起こすの? 今夜あたり?」



「……だなあ」



 今日の目標は、今日一日を使ってヨハン先生の人柄を見極めること。

 問題なさそうな人格であれば、惚れ薬を飲ませて、アマンダとふたりきりの状況に持ち込んで、告白の可能性を高めてあげるまでが理想である。



 生徒たちは、今日は教室でそのまま寝泊まりする予定となっている。

 ヨハン先生は引率の先生なので、また別室で寝るらしい。俺たちが行動を起こすとすれば、まさにこのタイミングである。



 つまり、いけると判断したら、ヨハン先生とアマンダをこっそり逢い引きさせるのだ。



「……ねえ、ヨハン先生ってなんで“女性をもてあそぶ男”って言われているんだろうね」



「……それを確かめる意味でもある」



 今のところ、ヨハン先生は全然そんな素振りを見せていない。

 今の彼の姿は、あくまで公明正大な教師の鑑であった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 威圧感のあるねちっこい話し方、我輩口調、薬学講師……ヨハン先生、なんかどこかで見たことあるような顔してますね……。
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