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第二十三話「つまり、片思い中の男性に、なんとかこっちに向いてもらいたい、というわけだ。そこで俺が一肌脱ぐことになった」



 入学して一ヶ月も経たないうちに、新しく部活動を作ろうとしている学生がいるーーその噂は瞬く間に学院中に広がった。

 しかもその内容が「魔術でお悩み解決」とあれば、魔術学院の学生たちの衆目を引くのは当然であった。



 特待生でさえない、授業も殆ど欠席している学院の問題児。

 臨時講師の肩書を持つ、生徒会の風紀委員の一人。

 聖教騎士団との交流試合の一つ、新人交流戦で名門貴族の娘アテーマを下した謎の少年。

 突如地上に生まれた迷宮を解放し、【災厄級】の魔物をたった三人で討伐したというその一人。



 その少年の名は、ジーニアス・アスタ。



 とある精霊魔術師は、また兄が危ない事をしでかすのではないかと憂慮した。

 とある刻印魔術師は、また従弟が妙なことを思いついたなと半ば諦めていた。

 とある王国魔術師は、また同志が面白そうなことをしそうだと期待を抱いた。

 とある竜魔術師は、また友人が風変わりなことをやらかすだろうと直感した。

 とある魔女術師は、また弟子が奇天烈なことを始めたものだと顔を綻ばせた。



 とある教会魔術師と、とある陰陽術師は、まだその少年のことを詳しく知らないが、彼が何やら企てていることだけは理解した。



 そして、当の本人であるジーニアスはーー。











 ◇◇











 魔術を諦めていた様々な人たちに、衝撃を与えた出来事が三つある。





 遡ること5年ほど。

 イナンナ商会で売り出された、誰でも使える魔道具『治癒魔術のペンダント』の登場。



 製作者は不明。宝石の内部に書き込まれている術式も不明。

 魔力を注いだら誰でも簡単な治癒魔術を使える、というそのペンダントは、大陸中に広まって、世間を大いに沸き立たせた。



 生まれつき魔術の才能がない人間でも、怪我を癒やすことができるーーその革新的なまでの発明は、まさに時代を百年は進めたと絶賛されている。





 遡ること1ヶ月弱。

 アストラル体の属性欠落者であり、呪術形成失調症および先天性文脈逸失者である少年の、魔術学院アカデミアへの入学。



 マナ属性を持たないため、属性魔術の発動は常にマナ変換から始まり、非効率的である。



 先天性文脈逸失者であるため、親から遺伝した魔術を一切持たない。感情が高まったりして、魂に刻み込まれた魔術が無意識で発動したりすることもない。



 呪術形成失調症であるため、第六勘や本能で呪術を補完することができない。普通の人ならば、何となくある程度まで術式が完成していたらあと残りは感覚で発動できるような魔術でも、厳密に術式を完成しないと発動できない。



 これらの大きな壁を克服して、その少年は魔術学院に入学を果たしたのである。

 少年が無事に入学したあと、度重なる授業の無断欠席が問題になったがーー妹が学院側に提示した診断書と手帳により、この事実が明らかとなった。



 生まれつき魔術を上手に編むことができない人間でも、大陸一と謳われる魔術学院に入学することができるーーその事実は、魔術に対して劣等感や苦手意識を持っている者たちに強く刺さった。





 遡ること数日前。

 そして人々は見た。

 聖教騎士団との交流試合、その新人交流戦でぶつかりあった二つの極大魔術を。

 遥か遠くを穿つ虹の輝きのカラドボルグと、それを迎え撃つ星の輝きのエーテルバーストを。



 それは魔術を志して、途中で諦めた者たちが目の当たりにした、可能性のひとつだった。





 それは異言で編纂された魔術。

 それは仮説推論と検証。

 それは再現性と反証可能性。

 たとえ自然演繹が困難であったとしても、カリー=ハワード同型対応の考えをなぞって、型付きラムダ計算により形式的証明を与える。

 組合せ最適化問題などのNP困難問題に対して、精度保証付き近似アルゴリズムやヒューリスティクスを適用して、厳密解に近い解を求める。



 論理者(アルゴリスト)計算者(アバカシスト)の参照する魔術体系。

 言理の妖精語りて曰くーー紡がれしその名は、現代魔術。











 ◇◇











「部活動を作ったんだ! よかったら参加してくれないか! こんなこと言うのもなんだけど、お前を頼りにしてるんだ!」



 そんな殺し文句で部活動に誘われたのが少し前のこと。

 旧講義棟の空き教室に集合してほしい、としか指示がなかった。



 あまりにも説明が大雑把だし急すぎる。こんな誘い方で集まるようなお人好しな(ちょろい)人間がいるはずがない。



 このままだと絶対に最初から大コケして失敗してしまう、全く仕方ない、この自分が一肌脱ぐしかないーーそんな気持ちで集まったのがこの場にいる五人のお人好し(・・・・)であった。



「もぉお……お兄様ったらぁ……!」



「……ばーか」



 私がいないと本当にだめなんですからねお兄様ったらうふふ、なんて舞い上がっていた妹は、何やら勝手に顔を真っ赤にしていた。

 幼馴染はそのへんわきまえているらしく、ほれみたことか、我ながらざまぁねえっての、と何やら口元をへの字にしてむっつりしていた。耳は赤かったが。

 要するに二人揃って、頼る人間が自分しかいなかったんだなぁ、と思い込んでいたらしい。



 そんな中。



「なんだか賑やかじゃのう、あの阿呆の弟子にも意外と人望はあるようでなによりじゃ」



「……ああ、ジーニアス殿にも友人がいたのだな」



「ですよねー。あ、はじめましてかな? 私、アイリーンと言います。こう見えてジーニアスの友人で、特級魔術のひとつ、王国魔術の使い手です」



「ユースティティアじゃ。黒猫の魔女と呼ばれておる。敬語は使わんでええぞ」



 すでにその場は、自己紹介の場となりつつあった。

 初めての者同士とはいえ、この場の主催者(ジーニアス)と多少なりとも交友があるもの同士でもある。挨拶ぐらいは当然であった。



 当の本人は今どこかに行ってるみたいだが、どうせすぐやってくるはず。そう考えたみんなは、各々が自己紹介を行った。



 そしてやがて、話は変わって。



「で、お兄様ったら本当にあり得ないんです! 妹の私に本の読み聞かせをしてくれるのかと思ったら、自分のノートをいきなり開いて『まずはデカルトザヒョーやニュートンリキガク以外のカイセキリキガクへと慣れ親しむ必要がある、すなわちラグランジュリキガクからだ』とかなんとか言って講義を始めたんです。分かります!? この頃5歳ですよ!?」



「あいつやべーよな」「むぅ」「えっ、ちょっと興味ある」「あやつらしいのう」



「あいつさ、なんか知らねえけど妙に女にモテるんだよな。なんでもお菓子作りが異常に得意でさ、たまに街でパン屋さんのお手伝いとかやってたよな。それで大人のお姉さんたちに可愛がられてやがんの。一口どうぞとかいって、ちゃっかりおすそわけもらってたりしてたんだぜ」



「料理は化学だとか言ってましたよねお兄様」「むぅ」「えっ、あのキャラでお菓子作り得意なの!?」「抜け目のないやつじゃのう」



「……実は、滋養強壮剤を飲みすぎてぐったりしてるジーニアス殿に、30分ぐらい膝枕をしたことがある」



「「「「 !? 」」」」



 などと、いつの間にやら、ジーニアスの昔話や逸話を語る会のようになってしまい、場は急に明るくなった。



 やれあの男は研究馬鹿にもほどがあるだの。

 やれあの男は女に簡単に引っかかるだの。

 彼に関していえば、話題はとにかく尽きることがない。



 そんなこんなで盛り上がってしまったせいなのか、ようやくジーニアスがひょっこりと戻ってきた頃には、場はすでに出来上がってしまっていた。

 すなわち、やつは女の敵だと。



「……え? なんかまずいことしたっけ……?」



 複数人からのジト目に晒されたジーニアスは、話がわからないまま当惑した。



 折り悪いことに、ジーニアスはこのとき一人、見知らぬ女性を連れ込んでいた。

 俯きがちで申し訳無さそうにしているその少女をみた五人の間に、もしやまたもや新しい女を引っ掛けたのではないだろうか、と一抹の疑惑の空気が流れた。話題が話題だっただけに、連想するのもやむなしだった。

 とはいえあまりに急すぎる。いやまさかさすがにそんなことは、と一瞬緩んだそのすきを縫ってジーニアスが口を開いた。



「紹介するよ。今回の依頼人、アマンダだ。恋人がほしいという依頼を俺に出してくれたので受けることになった」



 空気が凍った。











 ◇◇











 一般的に媚薬とは、飲んだ人物の性欲を高めさせたり、恋愛感情を喚起させるような薬のことを指す。



 大変古い歴史をもつ薬ではあるが、食材の発見や研究があまり進んでない時代は、刺激性物質の入っている食材をそれすなわち媚薬としてきたりと、経緯を紐解けばずさんなレシピもいくつか見受けられる。



 たとえば、ザクロ、イチジク、リンゴ、甘草などには長らく催淫効果があると言われてきた。糖の取れるものは強壮薬として効果があると考えられてきたのである。

 動物の性器などは食医(食べることで病気を治す考え)の観点から、これも媚薬の有力な材料だと考えられている。



 バニラやサフランなどの調味香辛料などもその候補の一つ。

 珍しいものでいえば、牡蠣などの貝類や、いもりの黒焼き、マンドレイクなどの希少な食材も強壮効果があると言われてきた。



 失われた過去の時代では、魔女が「サテュリオン」という媚薬を調合したと言われているがーー公式なレシピは世に知られていない。



「つまり、片思い中の男性に、なんとかこっちに向いてもらいたい、というわけだ。そこで俺が一肌脱ぐことになった。恋愛現象を紐解くには、アドレナリン、ドーパミン、フェニルエチルアミンなどの生化学的ロジックと、パブロフ型条件づけの数理モデル、レスコーラ・ワグナー・モデルを用いた報酬系の最適スケジュール管理問題になる。つまりオペレーションズ・リサーチの応用が可能ーー」



 俺が半分言い切ったところで、妹が胸を抑えて安堵していた。何故だろうか。



「いつものお兄様でよかったぁ……」



「ん? んん?」



 あんまり褒められている気はしなかったが、多分、俺がなにかやらかしたんじゃないかと心配になったのだろう。顔がそんな表情をしている。



 多分、パブロフ型条件づけではなくオペラント条件付けのほうが妥当なのではないか、と疑問に思ったが、それを最適スケジュール管理問題に置き換えるという説明を受けて納得して安心したのだろう。

 うん。最適化問題に置き換えるのは、いつもの俺っぽいし。



「全くお主はややこしい言い回しをするのう……。恋人作りの協力でええじゃろうに」



「……全く貴公は、いつも私の心臓を悪い方向に試す」



「……高く付くよ?」



「はっ、要するに恋のキューピッドってわけだな。オレは気が抜けちまったや、適当にやってくれ」



 各面々からも不評だったが、特に気にしない。むしろ隣りにいる依頼人アマンダのほうが気を揉んでいる様子だった。



「あの……ジーニアスさん、私、ご迷惑だったでしょうか?」



「え、とんでもない! うちに依頼してくれてむしろ嬉しいよ、活動実績も欲しかったところだしね」



 それに媚薬、普通に作りたかったし。

 いつも数式ばっかり弄っているせいで意外に思われるかもしれないが、こう見えて俺は魔術全般が好きなのである。

 媚薬の調合は古くからある研究材料。生化学的な作用を利用してアマンダを支援すること、報酬系を最適スケジュール管理すること、の二つに並行して、調合レシピを探求するのも悪くない。



「で、その相手は誰なんだ? まさかとは思うけど、俺じゃないよな?」



「錬金術科のヨハン・ゲオルク・ファウスト先生です……」



 先生だった。急に話が変わってきた。



■Amanda

Origin: Latin

Meaning: "she must be loved"

Description:

Amanda may no longer be the most popular girls' name in her class, but she is still among the prettiest and has a lovely meaning. Amanda was one of the romantic-sounding girls’ names that rocketed to stardom in the eighties, along with Samantha, Vanessa, et al.


https://nameberry.com/babyname/Amanda



(2021/07/24 追記)

先生の名前を変えました。

※ヨハン・ヴァレンティン・アンドレ → ヨハン・ゲオルク・ファウスト



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