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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
がしゃどくろ
94/328

Children Shouldn't Play With Skeleton Things

 北駒台高校の体育館では、外の喧騒を掻き消すような部員たちの竹刀を振る音と、その掛け声が断続的に響き渡っていた。

 神野は村西の事を一旦頭の隅に置いて、自身も館内の熱気に当てられて、竹刀を振るうべく持ってきた袋から竹刀を抜き出していた。その途中、こちらに向かってくる男子部員と目が合う。男子部員はフロアを出る際、一礼をしてから神野に近付いていった。

「どうした?」

「水、浴びてきます」

「そっか。まあ、冬だけどこの熱気じゃあな」

「今日は皆やる気がありますよ」

「おう。無理はすんなよ」

 神野は彼を見送り、フロアの隅で竹刀を振るう。装備は付けていないが、今は正式の部員でもない。少々礼を失してはいるが、皆集中していて咎める者もいなかった。



 教室を出た立花は体育館へと向かっていた。彼女の考えていた道順は単純で、まずは校舎の一階に行き、そこから玄関、窓、場所は問わずとにかく外に出る。骸骨の襲撃に遭うかもしれないが、正門近くまで突っ切り、体育館に逃げ込む。

 筋書きは噴出してしまうくらいに簡単だったが、そう上手くは行かない事も理解はしている。三階廊下の角を曲がり、階段に差し掛かったところで異様な気配を感じた。

「…………」

 立花は無言で鯉口を斬る。下、二階から足音が聞こえてくる。

 ――かしゃ、かしゃ。

 明らかに、靴を履いた人間の奏でる物ではない。恐らくは、あの骸骨剣士だろう。

 立花は深呼吸をすると、刀身を煌かせ、何度か試しに振ってみる。体の調子は悪くない。頭がこの状況に付いていけていないが、問題は無い。

 後手に回るのは好きではない。自分のやりたい様に立ち回るのが彼女のスタイル。

「はっ!」

 だから立花は飛び出した。予想通り、そこにいたのは骸骨。

 階段を上っていた骸骨の、剥き出しの頚椎に刀身が刺さる。立花は力を込め、それを両断。支えられていた頭蓋骨が階段の踊り場に落下していく。

「よっ」

 立花はその頭蓋に着地した。放っておけば再起するかもしれないので、前頭骨、頭頂骨。側頭骨。後頭骨蝶形骨諸々にして砕く。思っていた以上に骨は脆かった。刀を使わずとも、勢い良く叩き付ければ素手でも充分に砕けそうだった。

 息を吐き、立花は階段を下る。教室から近かったので西側の階段を使用してしまったが、反対側の方が良かったかもしれない。そう思っても後の祭りだ。彼女はゆっくりと、一段ずつ階段を下り、周囲に意識を走らせる。階段を下り切り、何の気なしに二階廊下を覗いてみた。

「……うあ――」

 失敗だった。

 廊下の真ん中に、骸骨が四体群れている。骸骨たちの下肢部分は血溜まりで浸され、その中心には生徒であろう人影がいた。制服ごと、体はズタズタに切り裂かれ、貫かれ、もう息は無いのが確かなのに、それでもまだ骸骨共に寄ってたかって弄ばれている。

 余計な物を見てしまったと嘆くより先、立花は刀を前方に構えた。無視するのも手だったが、これ以上の蛮行は見過ごせない。第一、背後から奇襲を受けるのも恐ろしかった。

「てああっ!」

 気合を吐きつつ前進。骸骨たちはふっと顔を上げ、襲撃者を確認する。動く骨は間近で見ればグロテスク極まりなかったが、今は気にせずに刀を振る事だけを考えた。

 乾いた音と共に、まずは一番近くにいた骸骨の胴を破壊。あっけなく、剣を振るう間も無く、骸骨の上半身と下半身がばらばらに散っていく。骸骨が取り落とした西洋の剣が生徒の死体に突き刺さるが見ない振りをした。

 残った三体が立花に襲い掛かる。

 立花は返す刀で左側の骸骨の両腕を斬り、制服に血が付かない様床に転がった。骸骨の剣は空を切り、もう一体の剣はまた死体に刺さる。勢い余ったのか、その剣が上手く引き抜けない様子だった。

 その隙を見過ごす筈は無い。立花は起き上がりざま、剣を引き抜くのに苦心している骸骨の下肢を地面すれすれに断つ。そのままもう一体の骸骨の背後を取り、背骨を砕く勢いで踏み抜いた。倒れた骸骨は自らの骨を床に撒き散らす。

 倒れた二体の骸骨の頭蓋骨を砕き、立花は残った一体と対峙した。策も何も無く、唯本能だけで向かってくるモノを仕留めるのは容易い。横薙ぎの剣を、頭を下げる事で避け、脇を通り過ぎる骸骨の胸部に当たる部分を掌で打つ。骸骨は壁に激突し、実にユーモラスに骨を四散させた。もう動く事はないだろう。戦闘の終了を確認し、深呼吸。

 冷静になってから、立花は一度だけ死体に視線を遣った。

「……今は、ごめん」

 葬れない。このまま晒し者にしてしまう非礼を詫び、立花は廊下を抜けた。目指すは階段。二階から階段を下り、一階に辿り着く。後は外へ出て体育館に向かうだけだ。

 

 ――かしゃ、かしゃ、かしゃ、かしゃ。


 最悪。としか言い様が無い。背筋の凍る無機質な音を聞きながら、立花は深呼吸を繰り返す。グラウンドにいた骸骨が校舎の方にやって来たのか、それともグラウンドのモノとは別なのか。

 窓も通用口も、外に出る為には幾らでも入り口があったが、体育館には一体だって骸骨を連れて行く訳に行かない。あそこには神野がいるが、ソレと初めて相対する素人に近い人間も大勢いるのだ。不安要素は排除しなければならない。

 本当なら、立花は全て放り出して逃げ出したかったが、学校内に残る知り合いを見殺しには出来ない。

 立花は壁に体を隠しながら、そっと、音のする方へ顔を覗かせてみた。

 一、二、三、四、…………。数える気を失くす位の骸骨がそこにいる。廊下が骨で埋め尽くされていた。あそこには職員室がある。骨があそこに集まっていることから、教師の助けを求める選択肢を立花は諦めた。骨が連れて来る血の臭い、死の臭いを嗅ぎ取りながら思う。もう、皆死んでいる、と。

 転校してきて間もない身ではあるが、それでも学校の人間が死ねば悲しくはなる。空しくはなる。

「……ふう」

 仇だって、取ってやりたくなる。

 だが、幾ら相手が脆いとはいえ、こちらは一人だ。あの数を相手にするのは限界がある。ソレに気付かれない様周囲に目を配り、打開策を探す。しばらくの間周囲を探索していたが、結局、立花に使えそうなのは消火器ぐらいな物だった。

 一端、日本刀を鞘に仕舞ってから壁に備え付けられた消火器を抱えると、立花は骨のひしめく廊下に姿を見せる。骨たちの視線が彼女に集中。新たな獲物を感じ取り、骸骨達は頭蓋骨を揺らし、上顎骨、口蓋骨、下顎骨を揺らし始めた。

 ――笑っている。

 骸骨たちは笑っている。不協和音が廊下中に響き渡り、立花は顔をしかめた。

「くそう……」

 憎憎しげに呟き、立花は抱えていた消火器を思い切り放り投げる。これが彼女の思い付いた打開の策であった。

 放り投げられた消火器は骸骨の群れに向かって緩やかに放物線を描いていく。やがて先頭の骸骨が向かってくる消火器に斬り掛かった。しかし、刃毀れを起こしている錆びた剣では、簡単に鉄の塊を切断出来る筈もない。刀身の腹が消火器に食い込み、勢いの残っている消火器が骸骨の頭蓋に食い込み、貫いた。その背後にいた次の骸骨の剣も無視し、消火器は脆い骨を砕き続ける。言わば鉄の弾丸。速度こそ信じられないほどに遅かったが、威力は充分。打開の文字通りソレを打ち開いていく。ドミノ倒しの如く、骸骨を砕いて砕いて、砕いて、骨の群れ、その真ん中辺りで遂に勢いを無くして落ちる。骨共は寄ってたかって消火器に狙いを定めた。

 次の瞬間、白刃が舞う。

 興奮と混乱の坩堝に立花が刀一つで飛び込んだのだ。既に倒れた骨を砕きながら、水飛沫ならぬ骨飛沫を上げてソレに刀を振るい上げる。

「ああああっ!」

 一振りすれば骨は砕かれ、二振りすれば骨は飛び散り、三度振れば骨は木っ端微塵に成り果てる。

 骸骨たちは応戦しようと剣を振るが、残念な事に彼らに知能と呼べる物は存在していない。即ち、敵が目の前にいようがいまいが、先頭の仲間が剣を振ったから、隊列中盤の骨も、後方の骨も関係なく自分もと剣を振り出したのだ。そこに立花がいない。いるのは仲間だというのに。

 混乱に乗じ、立花は一気呵成に攻め続ける。右手に握った刀で砕くだけでなく、左手はソレの眼窩に指を掛け、向こう側に無理矢理押し倒した。すると、倒れてくる仲間を見てソレの間で新たな混乱が起こる。

 既に、骸骨たちの半分近くが戦闘不能に追い込まれていた。

「これならっ!」

 ――いける。

 そう思った瞬間、骸骨たちの向こうに只ならぬ気配を感じる。殺気にも似た、痺れる様な甘い闘気。立花は弾かれる様に骨の群れから離れた。

「好き勝手やってくれるじゃないの」

「……誰だっ?」

 骨が擦れ合い、ひしめき合う中から聞こえてきた確かな女の声。

「ごきげんよう、人間さん」

 立花は一瞬で理解する。

 骨が波の様に割れて、その中から姿を現した黒いローブを着た女。

「ソレ――」

「ふふふ、可愛い」

 立花は学校を脱出するどころか、体育館に行けるかどうかも怪しくなってきた事を理解した。



 十分ほど竹刀を振るっていただろうか。神野はふと、先ほど出て行った部員がまだ戻っていない事に気付いた。

「……サボりか……?」

 竹刀を壁に立て掛けると、体育館の隅に置いてあった自分の鞄からタオルを取り出して額の汗を拭う。

「安田!」

 仕方ない。一応報告だけはしておこう。そう思った神野は練習の邪魔をするのを申し訳ないと思いつつ、部長である安田を呼んだ。

 安田は礼をしてからフロアを出て、頭に巻いていたタオルで汗を拭いながらやって来る。

「どうした?」

「そろそろ休憩挟んだらどうだ? さっき出て行った奴もまだ戻ってきてないしさ」

「……あー、そうだな。今日はお前が来てるし、皆気合入ってんだよ」

「ん? そうなのか」

 安田は苦笑。

「鬼の元部長が見てるからな。良し、でも鬼の目にも涙だ。休憩にすっか」

「誰が鬼だっ、誰が」

「おーい、皆ちょっと休憩しようか!」

 男子部員が声を揃え肯定の意を述べ、向かい側の女子部員も倣う様に竹刀を置いた。

 神野は自分の意見が通ってしまった事に少しだけ不安を覚え、フロアに腰を下ろす。

「よっこいしょっと」

 その隣に、タオルを片手にした安田も腰を下ろした。二人は何の気なしに、体育館を出て行く部員達を眺める。

「なあ、神野」

「ん。何だよ」

「……あのさ、俺……」

 安田は話の続きを躊躇っていた。実に言い難そうな、苦虫を噛み潰した様な表情。

「何だよ、言えよ」

 神野は笑い混じりに続きを促す。

「あ、ああ、実は俺、やっぱりさ――」


「――うああああああああ!」


 体育館の玄関から聞こえてきた男子部員の悲鳴に、神野はすぐさま反応した。

「どうした!?」

 竹刀を握り締め、玄関に向かうと、

「ああああああああっ」

 腹を押さえた男子部員と、それを取り囲む複数の男子部員。そして。

「……なん、でっ?」

 玄関のガラス戸に遮られ、向こう側で剣をがむしゃらに振り回している骸骨の姿をした、化け物。

 だが、その姿を認めた瞬間、神野は全てを理解した。

「ドア全部閉めろぉ!」

 神野は指示とも言えない叫びを発する。その叫びに気圧され、玄関に集まっていた部員たちが走る。

「神野、どうした?」

 安田が遅れて顔を出した。神野は舌打ちしてから、

「残ってる奴らに外へ出ないように伝えろ!」

 玄関側のドアに鍵を掛けてから、負傷した部員に肩を貸して立ち上がる。安田は何が起こっているのか把握出来ていなかったが、目の前に怪我をしている部員と、外に異形がいる事だけは把握して、すぐに伝令を掛けた。

 神野は背後のソレが気になったが、怪我人の介抱を優先させる。フロアに寝転がらせ、清潔なタオルで患部を当ててやった。白いタオルは真赤な血液を吸収し、瞬く間に朱に染まる。

「何があったか話せるか?」

「……う、外に出たら、いきなり……」

 苦しそうに脂汗を流す男子部員に、これ以上聞き出すのは酷だと神野は思った。今は安静にさせておきたい。

「とにかく、ジッとしてろ」

 一旦その部員を置き去りに、神野は指示を飛ばす安田に近付いていった。

「おい、人数確認してくれ」

「あ、ああ……」

 安田の顔面からは血の気が失せている。無理もないと、神野は思った。自分だって、意味が分からないし、何が起こったのか全く理解出来ていないのだ。

 神野はもう一度ソレの姿を確認しに行く。ソレは、姿を見せた神野に気付いた素振りこそ見せるが、ドアを開ける気配は無かった。単純に知能が低いのか、何なのか判断は付かない。一先ず、部員たちに更なる混乱を招く事は不要だと考え、ソレの姿を見せないようにする為、鉄製の防音扉を半分だけ閉めた。

「神野、まずい……!」

 安田の蒼白だった顔が、更に青くなっている。

「どうした……?」

 自身の心臓が跳ねる音を聞きながら、神野は耳をそばだてた。

「……さ、三人足りないんだ」

「……っ! マジかよ……」

 嫌な予感はしていた。恐らく、ソレに見つかる前に校舎内の水道まで行ったか、混乱の時に外へ逃げ出したのだ。どちらにせよ、その三名を締め出す形になってしまった。神野は悔やんだが、今体育館を解放する訳にはいかない。目の前にソレがいるのだ。

「三人で間違いないな……?」

「あ、ああ」

「女子も集めろ、いない奴を見たかどうか話を聞いといてくれ。あと、外は見ないようにな」

 安田は頷き、傍にいた女子の部長と何事か話し合っている。

 神野は体中から力が抜けて行くのを感じていた。体育館の壁に背中を預け、息を吐く。突然のソレの襲来に、体も心も付いていってくれない。情けなかった。自分は新人であろうと、勤務外である事に変わりは無いのに。

 だが、考えなければならない。これからどうやって全員を生き残らせるのかを。出来るならば、自分が勤務外である事は隠しながら。

 しばらくの間、神野は呼吸を整えていた。部員たちの泣き喚く様な声が聞こえていたが、出来る限り聞き流し、平常心を保つ。自分だって感情に任せて泣き叫びたかったが、こういう時こそ冷静にならなければ駄目だと、必死に言い聞かせる。

「神野、やっぱり三人とも外だ」

「…………あ、ああ、そうか」

 だから、神野は安田に話しかけられた事にも少しの間気付かなかった。

「外……か」

 と、なれば。見殺す訳にはいかない。なんとしても助けなければならない。その為には、自らもソレの待ち受ける体育館外へ出向く必要がある。

 外のソレが剣を振り回す音が聞こえてきた。決断しなければと、神野は唾を飲む。

「安田」

「お、おう?」

「俺が部長を辞めて、次にお前が部長に選ばれた。どうしてだか分かるか?」

「……何だって?」

 神野は深呼吸をして一拍置いた。困惑する安田の肩に手を置き、

「お前が、俺の次に強いからだよ」

 残酷な事を告げる。



 神野は部員たちから話を聞き、今自分たちが置かれている状況を確認した。そして、三つ問題がある事に頭を抱える。

 まず、ソレがいる。目の前の骸骨だ。休憩時に出て行った数人の内一人を、こいつが裂いた。今、その部員は女子部員に看て貰ってはいるが、文字通り見て貰っているだけに等しい。この体育館にはまともな包帯や薬一つ無い。一刻も早く学校外から抜け出し、病院へと運ばなければならない。

 次にいなくなった三人の部員。

 三人は恐らくは校舎内か、他の場所にいる。願わくば学校外に脱出して欲しかったのだが、三人が校舎の中に逃げ込むのを他の部員が目撃していた。

 この三人も助けなければならない。ソレが外の一体ならばどうにでもなる話だが、その可能性は薄い事に神野は気付いている。

 先刻のグラウンドからの叫びと、胸中をざわつかせていた、本能にも似た警鐘がその可能性を否定していた。恐らくは、いや、確実にソレは複数出現している。物事は得てして、都合の悪い方に転がる物だと神野は承知していた。

 最後に、学校からの脱出。

 体育館の扉も窓も全て締め切ってはいるが、ソレ相手には何の保障にもならない。他の場所よりかは時間を稼げるだろうが、いつまでも閉じ篭っている訳にはいかない。他の部の人間だって気になるし、教師の意見も仰ぎたい。第一、脱出するには結局外へ出るしかない。

 ――外へ出るしかない。

 そう決断した神野は、安田に協力を仰いだ。

「二人で行くぞ」

「……だよな……」

 安田は諦めにも似た表情を浮かべている。

「諦めろ。やるしかねえんだ。このままここにいたってどうしようも無いぞ」

「……分かってんだけどさ」

「安心しろ安田。お前は強いから」

「慰めになってねえよ」

 戦闘になったとしても、自分がアレを仕留めれば良いだけの事だ。少なからず、神野には自身があった。敵の力量を勝手に判断したつもりになってはいけないが、外の骸骨の太刀筋を見る限り問題は無い。全くの素人だった。適当に棒を振り回す小学生と変わりが無い。さっきは恐ろしくて仕方が無かったが、冷静になれば恐怖心も自然薄らいでいく。

 本当に、全く以って勤務外になっていて良かったと、神野は思った。もし、勤務外になっていなければこれがソレと対峙する二回目になってしまう。とてもではないが、今までの経験が無ければこうまで落ち着いていられなかっただろう。

「なあ、全員で突っ込めば良いんじゃないか?」

「俺も考えたけど、そりゃやばい」

 ふと問い掛けてくる安田に、神野は首を振って答える。

「俺たちは剣道部で、皆、竹刀さえ持てばその辺にいる奴より強いと思う。けど、全員が全員ソレと戦えるとは限らないだろ?」

「……俺は良いのかよ」

「お前なら問題ない」

 集団で動く事に、神野は絶対の否定をするつもりはなかった。だが、今この状況に於いて、ソレを相手に集団で動く事にはメリットよりもデメリットの方が多いと判断している。

 神野はまず、恐怖が伝染してしまう事を第一に恐れた。

 集団で動けば、一人で動くよりも断然周囲に気を配れる。敵の発見も早くなるし、何より心強い。

 だが、異常事態の中で十全に力を発揮出来る筈がないのだ。ソレが現れたのなら、やはり恐れる。現に、負傷した部員を見てしまった者からは気勢が殺がれている。

 ――自分も、こうなるのか、と。

 百歩譲って怪我だけならまだマシだとしても、怪我だけで済む可能性の方が低いかもしれない。そんな中、全員が死の影に怯えたままおっかなびっくり行動していても、敵に襲われれば一たまりも無い。恐怖で統制が取れなくなった集団はパニックを起こし、全滅の危機を招く。軍隊みたいに訓練を受けていれば別だろうが、自分たちは一介の学生なのだ。

「まあ、俺とお前なら心配は要らないか」

「……おう」

 安田の何気ない一言に神野は嬉しくなる。人間二人では心許ないが、自分たちは剣道部の部長と元部長、兼、現勤務外店員なのだ。他の者とは違い、人間性でも剣の腕前でも互いが互いに信頼を置ける関係。少数精鋭では言い過ぎだろうが、力もそれなりに備わっているし、あの、骸骨剣士程度の力量では自分はおろか、安田の足元にさえ及ばないと認識していた。

 そもそも、戦闘に及ぶつもりも神野には無い。今から体育館を出れば、目の前の骸骨とは刃を交えることになるだろうが、その一回きりだ。逃げられるのなら逃げる。無駄な戦いは生還確率を低めるだけだと理解している。

「良いか、俺たちはソレを倒す為に外へ出るんじゃないからな」

 他の生徒とはソレを見てきた数も、戦ってきた数も違う。それでも神野は傲慢な態度には出ない。何故ならば、自分はまだまだ未熟だと分かっているからだ。自分よりも強い勤務外、怖い勤務外、オンリーワンで様々な勤務外と出会い、彼は少なからず成長していた。

「心配すんな、こっから逃げる算段もあるんだぜ」

 神野は無邪気に笑う。

「……本当かよ?」

「おう」

 嘘ではない。

 ここには今、自分と同じく、それ以上の力を持つ勤務外の立花がいるのだから。彼女は神野にとって追いつくべき目標でもあったし、頼れる仲間でもある。平時の彼女は何だか頼りなくて泣き虫だが、非常時には性格が反転したみたいに格好良いのだ。

 今、ようやく自分が動き出したのだから、彼女はとっくに行動を開始していて、ソレも何体か倒しているかもしれない。

 出来るなら早く合流したい。

「おっしゃ、それじゃ行くぞ」

「……はあ、やっぱ、こええなあ」

「俺だって同じだよ馬鹿」

 神野たちは自分たちが出て行った後の事を女子部長に託し、三十分経ったら一度戻って来る事も告げた。心配そうな顔を残して、他の部員は開いていたもう半分の防音扉も閉める。勿論、神野たちの指示だった。

 二人は唸りを上げて閉まる扉の音を聞き、身が引き締まるのを感じる。目の前には、獲物を前に猛るソレがいるのだ。

「安田、俺がドアを開けるからな」

「分かった」

 安田は相変わらず蒼い顔をしていたが、神野は彼の事を心底から信頼していた。

 神野は深く息を吸い、吐きながら心の中で三つカウントをして、

「おおおっ!」

 獣の咆哮が如く、声を発する。


 ――かしゃん。


 勢い良く開け放たれたドアは、目前にいた骸骨の体を吹っ飛ばした。

 その光景を、竹刀を握り締めた安田が呆然と眺める。骸骨は自らの骨を飛び散らせながら、コンクリートの地面に激突し、幾度かの痙攣を繰り返した後、動かなくなった。念の為、神野が骸骨から剣を取り上げて、それを茂みに隠し、ついでに目立った骨も砕いておく。

「……おい」

「……ん」

 神野と安田は顔を見合わせ、釈然としない思いを抱えたまま校舎の中に足を踏み入れた。



 オンリーワン北駒台店、バックルーム。

「……黄衣の言った事は本当だったでしょう?」

 一は嬉しそうに店長に問い掛けた。

 先ほど、情報部からソレが現れたとの連絡が届いたのだ。

 店長は本当に鬱陶しそうに一を睨み、煙草に火を点けて、

「まだ分からん。学校で何かが起こったのは確実でも、起こしたのは『館』じゃないかもしれん」

 ゆっくりと煙を吐く。煙は揺ら揺らとバックルームを漂っていく。

 バックルームには現在、一とナコト、店長とジェーンがいた。糸原は一たちが戻ると既にいなくなっており、ナナにはフロアを任せている。

「ねえ、お兄ちゃん、さっきまでどこに行ってたノ?」

「……ん、散歩」

「ふーん? そこのフリーランスと?」

「っていうか、今はそんな事言ってる場合じゃないだろ」

 今は学校に出現したであろうソレの話をしている場合だ。一は頭を掻いた。

「そっ、そんなコト!? お兄ちゃんはアタシをさしおいて、そこのレディフォックスなんかと! でっ、デート! デートに行ったのヨ!?」

「何だそのスパイみたいなコードネームは……」

 ジェーンに指を指されたナコトは、新しく購入したハンチング帽を楽しそうに眺めている。

「恐らく、女狐では無いでしょうか。あたしを呼称する表現としては不適切ですけど」

「いや、合ってるだろ」

「楽しそうにおしゃべりしないでって言ってるじゃナイ!」

「おい馬鹿共。真面目に私の話を聞け」

 店長は心底からウンザリしていた。

「……さて、恐れていた最悪の事態が起こった訳だがな。間違いなく、学校には罠が仕掛けられている。相手の正体も未だ分かっていない」

「その、情報部の人の話から察するにですが、学校には多分、と言いますか、確実に魔法が掛けられています」

 ナコトは憂鬱そうに口を開く。

「黄衣、折角だから聞いとく。俺、まだ死にたくないんだけどさ。何か良い作戦は無いのか?」

 一の情けない発言にナコトは口の端を吊り上げた。

「ええ、ですから、あたしに考えがあります」

 酷く楽しそうな、凄絶な笑み。

 一は嫌な予感を感じつつ、また彼女に頼るしか無いのだろうと、そう思った。

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