AUTOドール
メイド。
メイドは、清掃、洗濯、炊事などの家事労働を行う女性使用人を指す。
メイドの語源、maidには未婚の少女や処女と言う意味合いから、女性使用人の意味となった為、現在でもこの単語には少女と言う意味がある。
現在、日本のサブカルチャーのおける狭義として、メイドはしばしば『萌え』の対象として語られる。近年は(飽きられた風もあるが)、メイド萌えの客層に特化したメイド喫茶と呼ばれる店が各地にオープンしている。
「あ……」
記憶が飛んでいた。
一は頭を振り、現在の状況を確認する。
「メイドじゃん!」
までもなく、興奮した様子の糸原が叫んでいた。状況を、端的に示す叫び。
一はバックルームを見渡す。ジェーンも、神野も、立花も、三森も、店長でさえ驚きを隠しきれない。そんな表情を浮かべていた。
「ま、またニューフェイスが……」
ジェーンは拳を握り締めて震えている。何故か嫌な予感がした。こういう時の予感を、外した例が無い事を一は自覚している。
「皆様、お初にお目にかかります」
北駒台メンバーの困惑した様子を他所に、腰の前で両手の指先を組み、丁寧にお辞儀する女性。
一言で彼女を表すのなら、糸原が叫んだ「メイド」と形容するのが一番相応しく、最も簡単だった。
黒のワンピース、白いロングのエプロンドレスに身を包み、白いカチューシャを乗せた、黒髪のショートヘア。肌の露出は殆ど無い。シンプルで、装飾も少ない。唯一の装飾具と言えば、フルリムの眼鏡だけ。
彼女をメイドと呼称するに相応しい格好だった。
「今日から、こちらでお世話になります」
上品で、清楚。彼女の柔らかい物腰、雰囲気に一は呑まれていた。
「ああ、よろしく頼む」
女性のメイド服に慣れたのか、店長は普段と変わらない様子で答える。
「はい」
にっこりと、女性は微笑んだ。
「……あのよ」
呆れたような、どうでも良いような風に三森が口を開いた。
「その、何だってそんなの着てるンだ?」
「そんなの、とは?」
女性は三森を真っ直ぐに見つめ、小首を傾げる。
「だから、その、メイド服だよ……」
三森の口から「メイド」という単語を聞き、一のテンションは何故か上がった。
「製作者の趣味でございます」
女性はお辞儀しながら答える。実に、機械的な動作だった。
「……ふーん?」
「他にご質問はございますか?」
「あ、じゃあ私」
手を上げる必要は無かったが、糸原がやけに元気良く手を上げる。
「何でミニじゃないのよ」
「………………」
シン、と。場が静まり返る。静まり返るしかなかった。
「……何が、でしょうか?」
「だーかーらー、なんでスカート短くないのー? メイド服ってもっとこう、グッとくるもんじゃないの?」
冥土に落ちろ。一は強く念じる。
糸原の低俗な質問に怒る事もせず、
「私がヴィクトリアンスタイルなのは製作者の趣味でございます。お気に召しませんでしたか?」
彼女は鷹揚に応答した。
「んー、そんな事はないけど。結局、可愛いのは可愛いし」
「ありがとうございます」
「ねえ」
ジト目で、ジェーンが女性をねめつけている。
「なんでしょうか?」
敵対心を漲らせたジェーンの視線に怖じる事も動じる事もせず、女性はにこりと微笑んだ。
「あなた、わざわざウチにインタビューもナシでやってきたって事は、強いん、でしょうネ?」
「強い、とはどういう事ですか?」
「あなたも勤務外として呼ばれたんでしょ? 何が出来るのカシラ、って聞いてるのだけど?」
ふふん、と。鼻を鳴らしてジェーンは言い切る。慇懃無礼な態度だった。
「そういう事でしたか。畏まりました、説明させていただきます。現在の私の装備では近距離戦にのみ対応しております。ですが、別途アタッチメントを装着すれば、中距離戦、遠距離戦、特殊な状況下での戦闘にも対応することが出来ます。夜間での狙撃、悪天候下での長時間戦闘など、その他四十八のスタイルに変更可能です」
女性は「ああ」と頷いてから、機械の様に正確に、一言一句淀み無く、噛む事も無くすらすらと言い切る。
「……ふーん。まあまあってトコかしらネ」
女性からそっぽを向いて、ジェーンは拗ねるように唇を尖らせた。
「お褒め頂き、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げる女性。一はどこか、間が抜けている印象を彼女から受ける。
「それじゃあ、そろそろ自己紹介でもやっておくか」
「……今更かよ」
「文句を言うな三森。何だ、恥ずかしいのか?」
「……別に」
「あの……」
と。女性が弱弱しく声を発した。
「なんだ?」
「すみません、自己紹介とは、恥ずかしい物なのですか?」
「……いや、違うぞ。自分の名前や特技を言って、皆に愛されたいとアピールする事だ」
「またそんな事言って……」
一の突っ込みも店長の耳には届かない。
「それじゃ、新人から行こうか。おら、早く言え」
「あ、その……」
女性はもじもじと、指を絡ませて俯く。
「何だ? 本当に恥ずかしいのか?」
「い、いえ。そうではありません、ありませんが……」
「なら、何だと言うんだ」
「あの、私、名前が無いんです」
オンリーワン近畿支部、情報部二課、デスク。
「…………」
「おや、珍しいですね」
「……漣か」
キーボードを叩く手を止め、春風が来客者に目を向ける。少し、疲れている様子だった。
「何の用だ?」
「な、何の用とは酷いですね。あなたの報告書待ちですよ」
「……そうか」
短く答え、春風はモニターに再び視線を移す。
「もう期限から二日経ってるんですけど」
答えは無い。
「……北駒台の人員データだけでしょうに。そんなの一時間もあれば終わるでしょ」
漣の遠まわしな皮肉に、春風は吐息を一つ零した。
「分かっていないな。北は、あそこは南とは訳が違う」
「人数だって、戦力だって北は南以下だと思いますけどね」
「ふっ、そうか」
無感情に、無表情に。春風は笑う。彼女の人となりを知っていなければ分からない程度の、小さな、極僅かな変化。
「何でも自分だけ分かったような顔してますね。……俺だって少しは知ってますよ」
「そうか」
キーボードを叩く手は止まらない。むしろ打鍵の速度は徐々に上がっていく。
「まず、北は何と言っても三森冬でしょう。彼女が居なければ、駒台はとっくの昔に廃墟になっていてもおかしくは無いですからね」
「元、戦闘部だからな」
「うーん、どうして辞めちゃったんでしょうかね? 部長クラスになっていてもおかしくなかったのに。俺は、土田さんよりあの人のほうが強いと思ってるんですけどね」
「さあな」
漣はふと、春風のモニターを見た。
「……随分と北を高く評価しているんですね」
「値すると、そう思っているからな」
「あ、この糸原四乃って、確か、タルタロスに喧嘩売った女ですよね」
「それがどうした」と、春風は事も無げに言い切る。
「いや、危険、じゃないですか?」
春風は手を止め、ネクタイを緩めた。
「タルタロスに目を付けられる、か? 今更だろう。大して私たちと変わりが無い」
「まあ、そう言われちゃあアレですけど。でも、糸原の評価が高すぎる気が」
「ならば、一人で土蜘蛛三十を相手にしてみろ」
漣は黙る。
「ジェーン=ゴーウェストは言うまでもなく、立花真も資質としては充分過ぎる。私の評価に不満でもあるのか?」
「……神野剣と一一の評価の理由は? 奴らは実力も実績も無いと思うんですけど」
「神野剣、か。伸び代だけで見るなら奴が北で一番だからな。目立った実績は無いが、隠神刑部とカトブレパスに関わって、生きて帰っている」
「若さ、かあ」
遠くを見ながら、漣は呟いた。
「でも、一一だけは納得いかないですね」
「ふん、そうか、お前は一一が嫌いだったな」
「……アイギスを持ってるってだけでしょう。個人としては、他の連中に比べて酷く劣るかと」
「個人ならばな。アイギスの性質上、一一単体でソレを倒す事は難しい。だが、誰かと組んでいればその力は何倍にも跳ね上がる」
春風はモニターを指で示し、詰まらなさそうに口を開く。
「勤務外に成り下がる前には、釣瓶落とし、鎌鼬、ヘルハウンド、シルフと遭遇。いずれも三森冬か糸原四乃の助けはあったが生還。勤務外としての実績は蜘蛛、ガーゴイル、影、カトブレパス、八岐大蛇、人狼と遭遇。いずれも誰かの助けがあって生還している」
「つまり、一人じゃ何も出来ないって事じゃないですか」
「そうだ。だが一一は自身をある程度は理解しているらしい。基本、奴はソレと関わるに際し、一人で動かない。偶発的に遭遇するのは別にして、いざ戦闘が起これば、奴の周りには誰かが必ず傍に居る」
「……それが何か?」
「恐ろしい事に、奴の周りには勤務外、フリーランス、ソレを問わず誰かが居る。他に、こんな恐ろしい人間が誰が居る? そもそも、一一は人間、なのか? とっくに越えている。人の矩を越えている」
春風は憎憎しげに声を絞り出す。それでも、漣には彼女と同じ危機感が湧いてこなかった。
「そんなに恐ろしいとは思いませんけどねえ」
「……私が把握している一一の性格上、起こり得ない事ではあるがな。もし奴が自分の為だけに、誰かを敵と定め、標的にして動くなら、どうなるか分かるか?」
「?」
「一一は流されるままに勤務外になった。大した目的も、確固たる意思も無く、な。だが、奴が目的を作り、敵を作り動けば奴だけでは済まん。必ず、確実に一一に呼応する者が現れる。一一が何もせずとも、何も求めずとも味方に付く者がいる。或いは、一一が声を掛ければ動く者もいる筈だ。お前はまだ分からないのか? 果たして、一一を誰が止められる?」
ごくり、と。漣の唾を飲む音がフロアに響く。
「も、もし、もしの話ですよ。一一が俺らの敵に回ったとして、止められないって事は無いでしょう。こっちにだって戦闘部はいます。医療部だって、技術部だって、情報部だっています。戦力的に劣るなんて、まず有り得ないでしょう」
「……私が確認している限り、北駒台は全員、南駒台はヒルデたち戦乙女、フリーランスならば図書館と神社が、ソレならばシルフ、ガーゴイル、コヨーテが。可能性は薄いが、タルタロス、医療部の炉辺、場合によっては堀も動くだろうな。となれば、止められない、と言うのもおかしくはないさ」
「な。そ、そんな馬鹿な……」
「全員が全員一一に付くとは思えんが、動く。確実に誰もが一一の言に踊らされて動かされる。私はそう、確信している」
言葉が無かった。漣は馬鹿げた考えだと思いつつも、頭の片隅に言い知れぬ不安が凝り固まるのを感じている。
「ま、まあ、もしもの話ですよね」
「ふっ、そうだな」
「……ん。あの、この名無しってのは?」
「ああ、言っていなかったか。今日から北駒台にアレが行く」
春風は事も無げに言う。やはり無感情に、無表情に。
「アレって、技術部のアレ、ですか?」
「らしいな。実に馬鹿らしく、空恐ろしい」
「北駒台だけで、小さな国なら潰せるんじゃないですか?」
「どうだろうな」
暖房が効いている筈なのに、漣の体は嫌に冷たくなっていた。
「……あの、もう一つ聞いて良いですか?」
「なんだ?」
「さっきの、一一の呼びかけに、春風さんは応じ、ますか?」
「ふん、そうだな……」
春風はキーボードを叩きながら、思案する素振りを見せる。
「条件次第で、考えてやっても良い。と言う所か」
それだけ言って、もう一言も春風は口を開かなかった。
「製作者には七号と呼ばれていました」
自分には名前が無い。そう言った彼女は慌てたように、こう付け加えた。
「……名前が、無い?」
女性の言葉に、一は不信感を募らせる。
「申し訳ございません」
「あ、いや、あなたが謝る必要は……」
頭を下げる女性に、一は息苦しさを覚えた。こういうのは、得意じゃなかった。
「ふーん、それじゃ不便だよね」
あっけらかんと、立花は気軽に言ってのける。
「ま、まあ、不便っちゃ、不便だけど。何か他に言う事があるような……」
「そうかな? この人にも色々と理由があるんじゃないの?」
「うーん」
まさか立花に諭されるとは思っていなかったので、一は少したじろいだ。
「そうだ、ボクたちで名前を付けてあげようよ!」
「立花、ペットじゃ無いんだからさ……」
「何が良いかなー」
神野の言い分は無視して、立花は自分の世界に浸り始めた。
「まあ、遊び程度にな。それじゃあ、私たちが先に自己紹介を始めよう。自己紹介の最後に、各々が考えた七号の名前も付け足す事。良いな、お前ら? 七号、もし気に入った名前があるなら改名しても構わんぞ」
権力を振りかざすように店長は述べる。
それでも女性は、
「畏まりました」
と、他人事の如く丁寧なお辞儀をした。
「……それじゃ、そうだな。一、お前からだ」
「え、俺から?」
「当然だ。お前の名前は飾りか。一を冠しているんだからお前から言うのは当然だろう」
そう言って、店長は煙草に火を点ける。
「まだ何も考えてないんですけど……」
「良いから言え。時給下げるぞ。後は、そうだな、一の反時計回り、順番に言っていけ。最後が私だ。ああ、その次に七号、君が頼む」
「畏まりました」
「……うーん」
気は進まないが、仕方ない。トップバッターなので気は張るが、一は椅子から立ち上がり、七号を見つめる。
「えーと、数字の一が二つで一一、です。ここにはつい最近から働かせてもらっています。一般がメインで、勤務外も少しだけやってます。分からない事ばかりですが、その、皆さんで助け合ってやって行きましょう」
「はじめちゃんって呼んでもいーい?」
「呼んだら部屋から追い出します」
――うるさい外野。
「一、七号の名前はどうした?」
「あ、そうか」
店長に言われ、一は頭を捻った。
「七号さん、だから、じゃあ、ナナさんで」
「ナナ……、良い名前だと思います」
一は微笑む女性から目を逸らし、安直に考えてしまった自分を恥じる。
「お兄ちゃん、ネーミングセンスナイのネ」
「うるさいよ」
手振り身振りを挟みつつ、当たり障りの無い自己紹介を終えると一は席に着き直した。
「一さん、ですね。こちらこそよろしくお願いします」
「あ、こちらこそ……」
「ところで、一さんはソレとの戦闘において何か装備でも?」
「あ、えーと。アイギスって傘を」
「……成る程。あなたが?」
「?」
女性が納得したように頷いている理由が一には分からなかったが、質問する前に隣のジェーンが立ち上がってしまう。
「ジェーン=ゴーウェスト、オンリーワンアメリカ支部からSVとして来たワ。アタシはバイトとは違って一般も勤務外もどっちもオッケーだから、ヨロシクね。Hmm、そう、ネ。アナタの名前はクソメガネでどうかしら?」
「……悪口じゃん」
「クソメガネ……、良い名前だと思います」
「良くないよ! それ悪口だから! って言うか誰か突っ込んでよ!」
人数がこれだけ揃っていて、突っ込み役は自分だけなのかと、一は不安を覚えた。
「さっきから一はうるさいな。それじゃ次、糸原」
「ん」
糸原は髪の毛を梳きながら、もったいぶった動作で椅子から立ち上がる。
「糸原四乃よ。見たら分かると思うけど自他共に認める超美人。あんたたちからすりゃ高嶺の花みたいな存在かもしれないけど、気軽に糸原様と呼んでも構わないわ」
「黙れ性格ブス」
「一、あんた後で覚えときなさいよ」
「俺じゃない! 言ったのは三森さんですよ!?」
「……一般も勤務外も両方こなせるわ。私が居ないとこの店はどうにもならない状態だから、誰よりも私を尊敬して、大切にしなさい。そんでもって、あんたの名前は……バーツ!」
最後に女性を指差して、糸原は悦に入った。
「バーツ……、タイの通貨ですね。良い名前だと思います」
「でしょー?」
「七号さん、言いたい事があるなら言った方が良いと思いますよ?」
しかし女性は微笑むだけで何も言わない。
「……三森」
そんな中、ぼそりと、座ったままの体勢で三森が呟く。
「わりーけど、名前を考えるのは得意じゃねェ、とりあえずよろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
「ま、死なねェように頑張ンな」
三森はそれだけ言うと、もう女性には興味無さげに、弄んでいた煙草に火を点けた。
「こいつさー、一丁前に照れてんのよ」
「……うるせェ」
擦り寄ってくる糸原を鬱陶しそうに手で払う三森。
「それじゃ次は俺ですね」
咳払いをしてから、神野が立ち上がる。
「神野剣、高校生です。新人ですけど、精一杯皆さんに付いていける様に頑張りますっ」
溌剌とした声が、バックルームに朗々と響いた。
「うん、元気が良い。本当に神野は主人公気質だな」
誰かと違って。そう付け足し、店長は喉の奥で笑いを噛み殺す。
「ええ、元気があるのは良い事だと私も思います。神野さん、これからよろしくお願いしますね?」
「はっ、はいっ」
「けん君、名前はー?」
「う、あ、そうだった」
立花にジト目で見られ、神野は女性を見ては目を逸らし、見ては目を逸らした。
「そ、その、それじゃあ、エミリーさんで……」
「エミリー……、良い、名前だと思います」
にこり、と。女性は笑む。
「なーんか、男ってネーミングセンスが安直よねー」
「はいっ、じゃあ次はボクね!」
妙に楽しそうに、立花が立ち上がった。
「立花真っ、ボクもけん君と同じで高校生、きゅーしゅーから来たばっかりで分からない事もあるけど、よろしくねっ。それとね、えと、君の名前は……はじめ君っ!」
シン、と。場が静まり返る。静まり返るしかなかった。
「あ、あれ? な、何で? 何で皆黙っちゃうの?」
一は恥ずかしそうに頭を抱えている。
「……何で一さんの名前を使うんだよ……」
「だっ、だって、だってだって!」
「はじめ君……、良い名前だと思います」
「もうやめてくれー」
今日は厄日だ。使い古された言葉だが、一はそう確信した。
「あっ、あとね、ボクも勤務外なんだ!」
誇らしげに胸を張り、
「これがボクの武器ー」
立花は竹刀袋から刀を取り出す。
「立花さんは剣士様でいらっしゃるのですね」
「うんっ、ほらほらっ、見てみて!」
女性に微笑みかけられたのが嬉しいのか、立花は鞘から刀を、抜いた。
「すっごくきれいでしょ!」
「うわあ!」
煌く刀身を振り回す立花。刀の切っ先が、隣に座っていた神野の耳を、頭を、体を掠めていく。
慌てて飛び退く神野。
「やめろバカっ!」
「アタシたちをコロす気!?」
「私さ、やっぱこの子怖いんだけど」
「てめェ! 私を盾にすンじゃねぇよ!」
「だって斬られたら死ぬんですよ!?」
「立花、頼むから落ち着け」
きょとんと、小首を傾げる立花。
「? どうして?」
全員が立花から距離を取り、檻から放たれた獣を遠巻きに眺めていた。
「こんな狭い所で刀抜く奴がいるかっ!」
「う、けん君怖い……」
――怖いのはお前だ。
「……とりあえず、全員座れ」
閑話休題。
「二ノ美屋、店長だ。名前は何でも構わん。七号、君の好きなようにしろ」
それだけ言うと、店長は紫煙をゆっくりと吐き出した。
「うわあ、凄く店長だ……」
「はい、二ノ美屋さん、よろしくお願いします」
「……ああ。それと、ウチにはあと一人いたな」
「あの、今店内にいらっしゃる方ですか?」
「ああ、そうだ。堀と言う。一応社員だ」
堀の扱いがどんどん悪くなっていくのを、一はまざまざと感じた。
「ねえ、名前はどうすんのよ?」
「ああ、そんな話もあったな」
「店長が言い出したんでしょうが」
店長は一を一睨みし、女性に視線を移す。
「何か、気に入った名前はあったか?」
「そうですね……」
ナナ。クソメガネ。バーツ。エミリー。はじめ。
「無いだろ……」
まるで苛めだ。一はこの企画を止めた方が良いと思い直した。
「ナナ」
立ち上がろうとした一より前に、彼女は、ナナは、優しげにそう言う。
「え?」
「私の名前です。ナナが気に入りました」
上品に、女性は一へと微笑む。
「あ、いや、気に入ってくれたのは嬉しいんですけど、その……」
にこにことしている彼女を見ると、適当に考えたとは言い出しにくかった。
「まあ、クソメガネよかマシだよな」
げらげらと、三森は笑う。まるで、と言うか他人事。
「何よー、バーツは気に入らなかったの?」
「他の皆様には申し訳ないのですが、照合した結果、ナナが一番合理的かと思いましたので」
「……合理的?」
一が不思議そうにナナを見つめる。さっきから、誰も言い出さないのがおかしいほどの違和感。
「はい。ナナ、が、一番短く、呼称しやすいと結論付けました。いけません、でしたか?」
「ああ、そういう事か……」
ちょっとだけ、残念だった。
「ははーん、残念だったわね、にのまえー?」
「だああ、もう、糸原! バカ! 尻触んなよ!」
「事情はともあれ、決まりだな。それじゃあ最後にナナ、君の自己紹介だ」
「畏まりました」
ナナは深々と頭を下げ、一同を順々に見渡す。無駄の無い、まるで――
「今日からこちらでお世話になります、ナナと、申します。皆様に比べて、まだまだ至らない点はあると思いますが、逐次修正して、即時対応していきますので、どうかよろしくお願いします」
「……あの」
声を潜め、一は隣に座っている糸原に声を掛ける。
「何よ?」
「……みんな、どうして聞かないんですか?」
「何がよ?」
不機嫌そうに眉を顰め、糸原は一を睨み付けた。
「いや、だからっ、さっきからナナって人――」
ナナの、言葉の端々に滲む違和感。
一は強くそれを感じていた。だから。
「――ああ、一さん、私は人ではありません」
ナナは一の言葉に反応し、にこやかに微笑む。どこか作り物めいた、完璧な微笑み。
「え?」
「私、オンリーワン近畿支部の、技術部によって作られた自動人形でございます」
突然に、忽然と。
「オート、マータ?」
「はい。自動人形とは、自らの意志で動く人形の事でございます。聞き馴染みのない言葉でしたらゴーレムやロボット、アンドロイドと言っても差し支えは無いと思います」
「えっと……、冗談、ですよね?」
今までの短いやり取りの中で、ナナが笑顔で嘘を吐くようなタイプの人間とは、一には思えなかった。
「申し訳ございません、一さん。私は冗談を言えるようには作られておりません」
「……これは……」
本当に、冗談じゃない。
「それでは皆様」
ナナは、黙りこくるメンバーたちを気にした素振りを見せず、
「改めまして、これからもよろしくお願い致します」
そう、言い切ってお辞儀した。
――まるで、機械みたいに正確な動作で。