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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
マナナンガル
84/328

MADE IN 駒台

 命の価値は。



「この街ってソレが多いよな」

 ふと、ぼんやりと、(にのまえ)は取り留めの無い戯言を口にしてみた。

「そうかなー、そうは思わないけど」

 ふわふわと。隣に浮いている(・・・・・)シルフを見て、何気なく口にしてみたのだった。

 風の精霊。シルフ。いつの間にか、駒台に居ついているソレ。姿形はどう見てもただの子供で。

「……お前が言うか。まあ、どうでも良いんだけど」

「そんな事より、こないだ頼んだチョコレートはどうなってんのさ」

 中身も子供。甘味を何よりの喜びとするソレ。

 一とシルフの間では協定、のような物が結ばれている。一がお菓子を与える代わりに、シルフはこの街で悪さを働かない。本当に、いつの間にか。

「あー、忘れてた。今度で良い?」

「しかたないなー。だけど良いかニンゲンめ、次忘れたらオマエの家の近くにだけ台風を起こすからな」

 一はそう言って、ポケットから煙草の箱を取り出す。

「家が壊れるからやめて。まあ、今日はこれでガマンしてくれよ」

 そして、箱の中から煙草を一つ摘み上げ、シルフに差し出した。

「なっ、オ、オマエこれ! これお菓子じゃないだろ!」

「ありゃ、知らないの? これシガーチョコだよ。煙草の形をしたチョコレート。お菓子。最近店で入荷したんだよ。……ふーん、そうか、知らなかったのかー」

「しっ、知ってるよ? 知ってたさ! シルフ様はオマエを試してやったんだよ! ……最近調子に乗ってるようだけど、良いかニンゲン、本当ならな、オマエみたいなヤツにボクみたいなせーれーが話しかけてやってるだけでもすごいことなんだぞ? もっとシルフ様をそんけーして、ありがたく思えっ」

「ふーん、お前ってそんな凄いの?」

 一はシガーチョコをボリボリ齧りながら問いかけてみる。

「当然さ! オマエらにんげんたちは『ソレ』って一つにして呼んでるけど、ボクたちにもランクってのがあるんだよねー」

 シルフは誇らしげに胸を張った。

「ランク? なんだそりゃ?」

「……ふーん? 知らないの? 知らないんだー?」

 目を細めて、愉しそうに一を見遣るシルフ。

 意趣返しのつもりだろうか。

「成人したっつっても、俺はまだ二十そこそこしか生きてないからな。しかも学生の身分だし。知らない事はたくさんあるよ」

 留年も一回したし。とは、言わない。せめてものプライドだった。

「ふふーん、教えてほしいだろ? 頭を下げれば考えてやってもいいぞ」

「……でも知らない事より知りたくない事の方がこの世には一杯あるんだよね」

 ふいっとそっぽを向き、一はシガーチョコを齧る。齧り続ける。

「な、おっ、おい、聞け! 聞けよ! 聞いてくれなきゃつまんないじゃん!」

「んー、やだよ。俺唯でさえ脳味噌の容量少ないんだから。余計な事聞いて無駄遣いしたくない」

「後で外付けすりゃ良いじゃん!」

「何をだよ!」

「うっ、うるさいなあ! 良いからシルフ様の話を聞けよ!」

 うきゃー、とか金切り声を上げながらシルフが空中で地団太を踏む。

「あー、もう分かったよ。分かったから」

「……ふ、ふん、はじめっからそう言えば良かったのさ!」

「聞いて欲しいなら頭を下げろと言いたい所だけどな」

「よーし、じゃあシルフ様のすばらしさを救いようのないニンゲンにも分かるよう教えてやる」

 シルフは目を瞑り、腕を組み、ふんぞり返る様に語り出した。

「まず、シルフ様は強い」

「お前影に飲まれてたじゃん」

「あ、あれはわざとさ! ちょっと遊んでやっただけだもん、パフォーマンスだもん!」

「そうか、パフォーマンスだったのか」

 顔を真っ赤にして怒るシルフを横目に、一はぼんやりと、今日のミーティングの事を考える。働き始めてから、始めてのイベントだった。一体何を話すのだろう。話し合うのだろう。意見を出すのだろう。あの、メンバーで。

「とにかくシルフ様はサイキョーなの。そしてシルフ様は、すごい」

「おお、なんと分かりやすい。はい、話おしまい」

「終わらすなよ!」

「じゃあ、もっと具体的に自己アピールしてくれよ」

 全く凄さが伝わらない。

「……んー、昨日雲の上を散歩してたら飛行機にぶつかりそうになった。アレ怖いよ、何であんな鉄の固まりが空を飛べるのさ」

「そりゃ事故アピールだろ。そうじゃなくて、お前の凄い所を述べよ」

「風を自由に操れる、ボクすごい」

「まあ、確かに凄いけど……」

 えっへん、と。言わんばかりにシルフは誇らしげだった。

「オマエには何かすごいところはないの?」

「ないよ。ビックリするほど、ビックリし過ぎて逆になんとも思わなくなるぐらい俺には何もない」

「へへーん、まあ舌がお子様なヤツには仕方のないことだよねー」

「精々、目隠ししてお菓子を食べて、その品名を答えられるぐらいだな」

「すげー!」

 シルフは目をキラキラさせて、一を尊敬の眼差しで見つめる。

「誰かさんにずっとお菓子を買ってあげてる内に、いつの間にかそんなスキルが身に付いてしまった」

 どんな味の、どんなお菓子をあげればシルフは喜ぶのか。苦心し、研究し、浪費し、一は必死にお菓子を食べ漁った。その結果身に付いた、ある意味無駄極まりない技術であった。もう途中からは目的がずれていた気もしていたが、北駒台店の甘味ならば、極めている。そう、自負している。

「ニンゲンにしてはやるじゃん、シルフ様びっくり」

「ふっ、そう褒めるなよ」

 ――空しくなるから。

「そう言えば、オマエあのタバコってヤツ吸わないの? いつもぷかぷかやってんじゃん。ボクはすごく煙たくて好きじゃないけどさ」

「あー、うん。煙草はやめたんだ。禁煙」

「ふーん? まあ、シルフ様にしちゃありがたいけど」

「そうかい」

 シガーチョコを銜えながら、一は空を仰ぎ見た。

「ま、こんなの食べてるところで、完全に断ち切れるとは思っちゃいないけど」

 未練たらたらだ。そう言って、一は笑う。

「それ甘いの? 苦くない?」

「ん、チョコだからね」

「じゃあシルフ様にも早くくれよ」

「はいはい」

 ポケットからお菓子の箱を取り出し、一は一本摘み上げ――

「あ」

 ――ようとした。

「何じらしてんのさ、意地悪すんなよ」

「あー、そうだね……」

 しまった。食べ過ぎた。

「じ、実は……」




 駒台には今日、台風が来るらしい。

 そう断言された一は、オンリーワン北駒台店のバックルームで、ミーティングが始まるまで大人しく座っていた。

「はあ……」

「一さん、どうしたんですか?」

「いや、自然災害って怖いよね」

「……はあ……」

 パイプ椅子を一の隣に並べるのは神野剣(かんの けん)。彼もまた、ここの勤務外だ。ツンツン頭に学ラン。いつもの彼の格好。

「ミーティングって何を話すんでしょうか?」

「さあ。昔、他の店ではそういうのあったけど、オンリーワンのミーティングだからね」

 何が起こるか分からない。付け加えて、一は店長を見遣る。

「ろくでもない事、じゃない事を祈るだけだよ」

「聞いた話だと、新人さんが来るらしいですよ。それと自己紹介をするだとか」

「そうなんだ? へえ、また新しい人かあ。ここも賑やかになっていくなあ……」

 殆ど自分以外に店員がいなかった時期を思い出すと、感慨深かった。もう、嫌でも。

「でもなんか、自己紹介ってのも今更だよなあ」

「改めてするのも、何だか恥ずかしいですね」

 そこで、神野はふっと顔を曇らせる。

「挨拶って、どういう風にしたら良いでしょうか?」

「え? あ、いや、普通で良いんじゃない? っていうか、そういうの神野君の得意分野っぽいんだけど……」

「いえ、ほら。普通の挨拶だとあの人たちが何か言ってきそうで」

「あー……、あの人たちね……」

 あの人たち(・・・・・)

「そう言えば、挨拶で思い出したんだけど」

「はい」

「昨日さ、店に行ったら糸原さんが、恐らく、恐らくメイドの真似してたんだけど、俺はもう恐ろしくて何も言えなかったんだ。家に帰ってもずっと『ご主人様』とか言われてたんだけど、俺はどうしたら良かったと思う?」

「…………」

 聞くだけなら、羨ましい話を一は訥々と語った。

「またテレビの影響を受けてんのかな、あの人」

「……大変ですね」




 ミーティング開始時刻は午後五時。現在時刻四時三十分。

 ミーティング開始まで三十分。

「ちょっとご主人様ー、何で先に行くのよ。起こしてくれても良かったじゃない!」

 あの人、一号――糸原四乃(いとはら しの)――がやって来た。

 黒いスーツに黒い長髪。居丈高な態度。いつもの彼女。

「……」「……」

「何よ? 何とか言ったらどうなのよ? 危うく寝過ごしちゃうところだったのよこっちは。本当にあんたって使えないし金もないし学もないし、ないない尽くしの甲斐性なしね、ご主人様」

「……その、語尾に『ご主人様』を付けるのをやめて欲しいんですけど」

 恐る恐る、一が口にする。

「ありゃ? メイドはお気に召さないかしら?」

「いや、メイドは好きですけど、ご主人様とさえ言えばどんなぞんざいな言葉遣いであってもメイドだろうと言う糸原さんの心遣いはお気に召しません」

「やーん、ご主人様が何言ってるか、しのわかんなーい」

「……あの、一さん?」

 非常に冷めた目で、神野が問いかける。目を覚ませ。そう言っているように、一には感じられた。

「ち、違うんだ神野君。俺は嵌められている!」

「ご主人様ったら『はめる』だなんて超ひわーい」

「だああ! いい加減にしてくださいよっ、卑猥なのはどっちだセクハラ魔神!」

「もううっさいわね、まるであんたに、メイドに関して一家言あるみたいな感じで鬱陶しいんだけど」

 やれやれ、と。呆れた風に糸原は頭に手をやった。

「勿論あります。メイドってのはご主人様に尽くす者なんですよ。尽くしてくれなきゃ嫌です。語尾や呼び方を変えたところで、そんなの偽者なんですよ。人に奉仕する心、つまり……、そう、愛。愛がなければスーパーメイドじゃないんです。本物ではなく、唯のバッタモン。分かりますか、糸原さん? あなたは言わば、流行の波に乗ろうとしているにわかサーファーなんですよ。と言うか、気持ち悪いからそろそろやめて下さい」

「ふーん、分かったわご主人様」

「表出ろてめえ!」



 ミーティング開始まで二十分。

「今日って四時からだったっけ?」

 そう言いつつ、立花真(たちばな まこと)が姿を現した。

 黒い、烏の濡れ羽色のセーラー服。ポニーテール。いつもの彼女。

「……あのさ、もし本当に四時からだったら遅刻だよ?」

「だって学校終わるの遅かったんだもん。はじめ君は酷いや」

 既に、立花の瞳には涙が浮かんでいる。

「立花、今日も補習だったのか?」

「あ、けん君。今日もボクを置いてったでしょ? いつも一緒に行こうよって言ってるのに。ホントに二人とも酷いよね……」

「おい泣くなよ。お前本当に涙腺緩いな……」

 めそめそとする立花。何故か竹刀袋に手を伸ばしていた。

「ねえ、この子なんで刀出そうとしてるの?」

「癖、らしいですけど」

 耳打ちする糸原に、神野が気後れしながらも答える。

「……神野君と立花さんって、学校同じなんだっけ?」

「実はクラスも同じだったりするんですよね……」

 はあ、と。溜め息を吐きながら神野は返答した。

「いつの間にか、俺が立花の世話係に……」

「大変だね、神野君も」

 すっかり仲間意識が芽生えた二人だった。

「あ、そうだ。はじめ君、あのワンちゃん見てない?」

「……ワンちゃん?」

「うん。毎日ご飯あげてたんだけど、今日はまだ見てないんだ」

「あの、ワンちゃんって、この間の、あー、犬?」

 嫌な予感が一の体を通り抜ける。

「うんっ、あのお腹が気持ち良い子だよ」

「……えーと、見て、ないなあ」

「うーん? どっか行っちゃったのかなあ。せっかく名前も考えたのに」

 残念そうに、立花が肩を落とした。

 そんな立花の様子を知ってか知らずか。恐らく知っていて糸原は話に割り込む。

「犬って、あれ? この前の筋張ってた犬?」

「その覚え方はどうかと思いますが、まあ、その犬です」

「ふーん。まだこの辺にいるんじゃない? 来るとき見たわよ」

 ぱああ、と。その言葉に立花の顔が輝いた。

「ほ、ほんと? ど、どこで見たの?」

「私の家の近く」

「いや、それを言うなら俺の家の近く、でしょう?」

「うるさいわね。口挟むんじゃないわよ」

 糸原はナチュラルな動作で一の尻を蹴っ飛ばす。

「そ、それで? 元気にしてた?」

「うーん? 元気だったんじゃない? 野良犬同士で喧嘩してたから」

「…………」

 どこまで落ちていくんだ。一はコヨーテに対し、同情を禁じえない。

「良かったあ。じゃあ、帰りにはじめ君にご飯あげよーっと」

 空気が固まる。冷たくなる。冷えて、固まる。

「あ、あれ? みんなどうしたの?」

「……た、立花? お前、今、何て言った?」

 神野の声は震えていた。

「え? はじめ君にご飯をあげようって……」

 きょとんと小首を傾げる立花。

「あんた、いつの間にヒモになってたの? 私も混ぜなさいよ」

「なってない! ちょっ、立花さん? 俺にご飯って何? なんですか!?」

「え、え? あ、ち、違うよ、はじめ君じゃなくて、違うはじめ君の事だよ?」

「違う俺!? それ見たら俺死んじゃうじゃん!」

 ドッペルゲンガー。

「? そうじゃなくて、あのワンちゃんの名前だよ?」

「え? あ、そうだったのか。ふう、良かった良かった」

「えへへ」

 何故か笑う立花。

「って言うか、何で一さんの名前を犬に付けてんだ?」



 ミーティング開始まで、残り十分。

「グッモーニン、お兄ちゃん!」

 高らかに、快活に叫びながらジェーン=ゴーウェストは現れた。

 眩いばかりのブロンドヘア。ツーテール。いつもの彼女。

「何で俺だけなんだよ」

「もう、お兄ちゃんったら照れちゃって」

 分かってるくせに。なんて言いつつ、ジェーンは指で一の腹を突く。

「突くんじゃねえよバカ」

「ふふ、嘘ばっかり」

「ちょ、離れろよ。ああ、もう! 糸原さん、助けて下さいよ!」

 糸原は、と言うか、神野も立花も一たちから距離を取っていた。

「ええ!? 何この距離感! 助けてってば!」

「……んな事言って鼻の下伸ばしてんじゃないわよ」

「一さんって基本的にたらしっぽいですよね」

「はじめ君なんて嫌いだもん」

 一は三者三様三方向から攻撃を食らう。

「うわあ、傷付いた。特に神野君のが一番効いた……」

「でも確かに、一ってジゴロっぽいわよねー。とっかえひっかえ女の子と遊んでそう」

「ボク、はじめ君の事信じてたのに……」

「そう言えば、前に一さんが女の人と街を歩いてたの見ましたよ」

「神野君!?」

 ぐぐっと。一の腹に触れていたジェーンの指に力が入った。

「……お兄ちゃん?」

 低い、声でジェーンは問う。詰るように、責めるように。

「デタラメだ! 言いがかりだ! 根も葉もない噂だ! だからお腹の肉を摘まないで!」

「あーでも、あんたは大丈夫なんじゃない?」

「何がヨ、イトハラ」

 糸原はジェーンを指差しながら、軽い口調で続ける。

「だって一ってロリコンだし」

「……一さん」

「だから違うって!」

 神野から浴びせられる視線が痛い。

「じゃあロリコンじゃなきゃ何だって言うのよ? って言うかねあんた、曲がりなりにも私と、この私と、この『私』と一緒の部屋に住んでるのに、何の反応も見せないなんてそうとしか思えないじゃない。じゃなきゃ、男としての機能死んでんじゃないの?」

「そりゃ、糸原さんに魅力がないからでしょ」

 あっけらかんと、あっけなく一は言い放つ。

「……へえ……」

 眉間に皺を寄せながら、糸原は椅子から立ち上がった。

「ちょっと、お兄ちゃんに近寄らないで」

「うっさい。その可愛らしい髪の毛食べるわよ」

「……や、やめてって言ってるでショ」

「ふふ、語尾が弱いわよ? ほら、自分の髪の毛と一の命、どっちが大切なの?」

「……う」

 答えに窮するジェーン。

「お、おいジェーン? 悩む事ないだろ? な、な?」

 やがて。

 スッと、糸原を真っ直ぐに見つめ、椅子から立ち上がり、ジェーンは一から離れた。

「えー?」

「ごめんね、お兄ちゃん。ここはレディのライフなの」

 髪の毛を押さえながら、ジェーンは可愛らしく舌を出す。

「俺のライフ多分なくなるんだけど」

「言い残す事はあるかしら?」

「俺はロリコンじゃありません」

「そう」

 目の奥で、星が散った。



「ねえ、けん君。ロリコンって何のこと?」

「……ローリングコンビネーション」

「ふうん? どこかの流派の奥義?」

「……手を出すと、捕まる」

「禁じ手なんだね。そっかあ」



 ミーティング開始まで、残り三分。

「………………」

 無言で、機嫌が悪そうに、あの人二号こと三森冬(みつもり ふゆ)がやって来た。

 赤。赤。赤。真赤なジャージに短い金髪。煙草を銜える、いつも通りの彼女。

「三森さん、おはようございます」

「おう」

 短く返し、三森は空いていたパイプ椅子に腰を下ろす。

「ミツモリ、十分前行動を心がけてって、アタシ言ってるでショ」

「……黙れよチビ。私の勝手だろうが」

 神野と立花は、三森から少し離れたところに椅子を並べて座っていた。

「まあ良いじゃない、妹。一応、遅刻無しで来たんだしさ」

「ダメ、ちゃんと言って聞かせないと」

「……?」

 一は見逃さなかった。糸原の唇がつり上がる所を。酷薄に、刻薄に。

「ねえ、ヤンキー」

「……私はヤンキーじゃねェ」

 紫煙を吐きながら、三森は気だるそうに、糸原へと視線を向ける。

「まあ、そうよね。ヤンキーだ不良だなんて持て囃されていたって、所詮はあんたもそこまでの人間って事よね」

「ヤンキーは褒め言葉じゃないですよ」

「黙りなさい」

 糸原は自然な動きで一の臀部を蹴り上げた。実に無駄のない、スムーズな動きだった。

「てめェ、何が言いたいんだ?」

「べっつにー? ただ、アレよね。あんたって意外と真面目ちゃんよねー」

「なっ!?」

「何だかんだ言ってもさ、遅刻とかしないじゃん? 無断欠勤もしないしさ」

 にやにや、と。分かりやすく愉しそうに、糸原は微笑む。

「そう言えば、三森さんって遅れそうになった時も店に連絡入れますよね」

「ボクもこないだ見たんだけど、ふゆちゃん掃除してたよね」

 高校生二人も、糸原に乗っかる。

「てめェら!」

 三森は火の点いたままの煙草を床に投げ捨て、椅子から立ち上がった。

「……言われて見れば。ミツモリ、仕事中にお酒飲まないシ」

「はっ、化けの皮が剥がれてきたようね? みんな、良い? こいつはこうして煙草吸って髪を染めて真赤なジャージを着て、周囲に『あ、私ヤンキーなんスよ、どうも先輩ごぶさたっス、ちわス』みたいなオーラを振り撒いてるけど、こいつは唯のなんちゃって野郎なのよ!」

 神野たちは「そうだったのか」と、何か神々しいものでも見るような目つきで糸原を見上げる。

「いや、別に良いんじゃないですか?」

「ふんっ」

 強烈な平手打ちが一の頬を襲った。

「どうよヤンキー。いえ、偽ヤンキー! あんたには煙草を吸う資格も髪を染める資格も真赤な警戒色丸出しのジャージを着る資格もないの! あんたにビビるような奴は精々中学二年生までのガキだけなのよ、はっはー!」

「ぶっ殺してやる! てめェ今すぐ表に出やがれ!」

「あーはっはっはっはあっ!」

「……ちょっと、二人とも飛ばし過ぎです。落ち着いて下さいよ」

 ダメージから回復した一が二人の間に割って入る。

「って言うか、糸原さんたちが言ってるの悪口じゃないですから。三森さん、頭に血が昇り過ぎです」

「……そう言えばそうだった気がする」

「気のせいじゃなくて、マジで悪口じゃないです。人から言われる事にイライラしすぎなんですよ三森さんは」

「そうかもしんねェ」

 ――お?

 ここで一は、何か手応えのようなものを掴んだ、気がした。

 いつもなら「うるせェ」と一喝されるだけなのだが、今日の三森は何故か大人しい。つまり、溜まりに溜まった文句と愚痴を言えるチャンスだ。一はハッキリとそう思った。

「……良いですか、三森さん。あなたは怒りっぽ過ぎます。短気過ぎます。短絡的過ぎます。ちょっと人に物を言われただけでカーッとなるのを何とかした方が良いですよ。そんなんじゃ絶対この先しんどいです。どうするんですか、結婚出来ないですよ、その性格を何とかしなきゃ。大体もう二十過ぎてるんですから、もっとこう、年齢を考えたファッションをするべきだと。いつまでもやんちゃ出来る訳ないでしょ? そろそろ大人になる時期だと思うんです。あと俺の話をもう少し聞いてください。おでん。そう、おでんです。いつもいつも言ってるじゃないですか、大根と卵は絶対に切らさないで下さいって。三森さんには一般の仕事一つたりとも期待してないんです、俺は。だからこれだけは季節柄守って欲しいと思って言ったのに、まるで、まるで! 俺の言うこと聞いてないでしょ! いつもいつも三森さんのあとはおでんが空なんですよ! 誰が補充すると思ってるんですかもう! まさかつまみ食いしてるんじゃないでしょうね。あ、つまみ食いといえばこの間肉まんが一袋消えてたんです。疑うつもりはないんですけど、一応聞いておきます。三森さん、食べてないでしょうね? はい、それと煙草を店内で吸うなってあれだけ言ってるのに、さっきも吸殻見かけましたよ。ご丁寧に商品棚の下に、隠すようにして……! バレるのが嫌なら端っから吸わなきゃ良いんです! 良いですか!? 俺は三森さんの為を思って」

「うるせェ」

 強烈な、凶悪なまでのボディーブローが一を襲った。



 午後五時。

 ミーティング開始。

「さて、床に転がっている一は一生放っておくとして、ミーティングを始めるぞ」

「わー」

「下手に盛り上げようとするな立花。ミーティングは遊びじゃないぞ。まあ真剣にやる必要もないが」

 身も蓋もなかった。

「まず、今日から新人が来る」

「ハイっ」

「何だゴーウェスト?」

 ジェーンは、こほんと咳払いしてから、

「男? 女?」

 可愛らしい声で問いかける。

「質問の意図は掴めんが、女らしい。良かったな男ども」

「……ジェーン、何故睨む。それと踏むな、踏むなって! いたっ、痛い!」

「あのよ店長、そいつ勤務外で来るのか? それとも、一般なのか?」

「両用らしい」

「へえ、そいつァ助かる。私の休みも増えるってもんだ」

 椅子に深く座りなおし、三森はけらけらと笑った。

「じゃあ私からも。その子、可愛い?」

「糸原、お前の質問はゴーウェストの質問以上に意図が掴めんが、まあ、造形は悪くないらしい」

「さっきから『らしい』ばっかりですね」

 ぽつりと、神野が疑問を口にする。

「ああ、私もそいつと会った事はない」

「は? じゃあ店長、どうやって面接とかしたんですか?」

 床から立ち上がり、一が疑いの眼差しを向けた。

「……上の指示だ。ここで鍛えてくれるよう頼まれた」

「ははーん、アマクダリって奴ネ」

 知ったかぶった口調で、ジェーンが言う。

「ふーん、じゃあ皆でいびっちゃおうよ、そいつ」

「し、しのちゃん? 皆で仲良くしようよ?」

「だってこれ以上登場人物が増えたら、必然的に私らの出番も減っちゃうのよ? そいつの靴の中に画鋲入れたり、勝手に退勤登録したり、陰湿な陰口叩こうよー」

「糸原さん、それ以上喋ったら性格悪いのがばれますよ」

 その時、不意に扉が開いた。

 その際に物音一つしなかったので、誰も気付かなかった。

「ん」

 一番に気付いたのは店長だった。

「ああ、来たか」


「お早う御座います」


 綺麗な、声だった。透き通った、冷たい声。

 まるで、機械の様に、機械的な。

「お前ら、紹介するぞ。新人だ」

 振り向いた一たちは目を丸くさせる。

「……………………」

 沈黙。

「お早う、御座います」

 もう一度、彼女はそんな事を言った。

 メイド(・・・)の格好をした彼女は、実に柔らかな物腰でそう、言った。

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