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The Howling

 二年は、長いのか?

 それとも短いのか?



 何処へ行くにも彼女は付いてきて、彼女の行く場所には彼も居た。当たり前だと思っていた。

 彼女は妹を演じ、彼は兄と言う役をこなした。当たり前のように。無くしたものを埋めるような、傷の舐め合い。家族ごっこ。歪な関係。それでも彼らは『兄妹』を続けた。心地好かったから。偽物の気持ちでも、何かが埋まっていったから。そう、信じていた。

 事実、彼らは少なからず満たされていた。美しく、麗しいキョウダイ愛。ずっと続くと割り切っていた。永劫に続けるのだと思っていた。二人が死ぬまで続いてくれるのだと、信じていた。



「……ジェーン」

 一の声は酷く擦れている。乾き切っていた。信じていたモノに裏切られたような、悲痛な声。

 呼ばれた、呼ばれた筈の彼女は答えない。不様に地面を舐める男だけを見て、満たされている。笑っている。口角を吊り上げ、瞳はギラギラと輝いていて。

 倒れているのが狼男ならば、倒したのは、なんだ。目の前に居るのは、なんだ。

「ジェーン……」

 名前を呼ぶ。当たり前の行為が、一には何故か滑稽に感じてしまった。振り向いた彼女の顔は、一の知っている物ではない。血に乾き、肉に餓え、骨に(かつ)える獣のそれだ。容器は同じ。違うのは中身。


「お兄ちゃん」


 あの顔で、あの声で、囀ったジェーンは一へと一歩踏み出す。その事が途轍もなく怖くて、知らずの内に一の足は一歩下がった。

「お兄ちゃん?」

「……あ」

 足が震えている。彼女の顔を見て、彼女の声を聞いて。

「どうしたノ? 帰ろうヨ」

 頷く事も、答える事も出来ない。体は独りでに震えるだけ。頭の中は気持ち悪い物で一杯になり、気持ち悪くなるぐらい掻き回され、喉元まで込み上げてくる嘔吐感に、一は口元を手で押さえた。

 耳鳴りがする。耳の中を甲高い音が響き回り、山彦の様に一を揺らす。その音の中で、人の声を聞いた。怒鳴り声と驚愕の声。恐らく、塀を壊された民家の住人だろう。逃げないと面倒な事になる。分かっているのに、体は応えない。吐き気を堪えたまま視線だけを上げると、あの男は姿を消していた。騒ぎになるのを恐れたのだろうか。それとも。

「……店に、戻ろ?」

「あ、ああ」

 そうだ。考えるのも、倒れ込むのもここから離れてからだ。理解はしている。痛いほどに分かっている。

 蹲りそうになる一に、手が差し伸べられる。


「……え?」


 呆けたジェーンの声。

 一はその手を、払った。反射的に、本能的に逆らった。

「……あ……」

 『妹』を、拒んでしまった。

「おにー、ちゃん?」

 空っぽな音が響く。中空に消えていくそれがジェーンの声だと気付くのに、少しばかりの時間を要した。

「わ、悪い悪い……」

「ふふ、疲れてるノ? だいじょーぶ? けがはナイ?」

「ああ、お前こそ大丈夫か?」

 どこまでも白々しい。

 改めて差し伸べられた彼女の手を一は掴む。


 ――ぞりっ。


 一が短く呻いた。

 擦れた感触。冷たかった掌が熱を持ち始める。鮮血が滴る。疼く箇所に目を遣れば、生々しい傷口。表皮を深く裂き、奥の肉まで届くような切り傷だった。掌の半分が薄く開かれている。血は止め処なく溢れ、地面を汚し続けていた。

「痛っ……」

 傷口を見てしまうと、心は弱くなる。朧ろげだった疼きを、脳は痛みだと認識して全身に信号を送り始める。

「……ア」

 ジェーンの手は、一の知っている物ではなくなっていた。爪は鋭く、長く伸びていて。その爪からは一の血液が滴り落ちていて。

「アア……」


 何故、手を差し伸べる事が出来なかったのか。

 何故、声を掛けてやる事が出来なかったのか。

 何故、心を通わせる事すら出来ないでいたのか。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 どうして、こんな事になってしまったのか。

 『兄』は『兄』としての役目を務めきれずに。

 『妹』は『妹』としての責務を果し切れずに。

 『兄妹』は『兄妹』としての任を終えることが出来ずに。


 ジェーンは頭を押さえて駆け出した。店からも、一からも離れていく。その姿はすぐに一の視界から外れていった。

 一は手を押さえ、見送る事しか出来なかった。追い掛ける事が出来なかった。ただ、ジェーンの去っていった方向へ目を向け、立ち尽くす事しか出来なかった。



「手を見せろ」

 店に戻ってきた一への、店長の第一声はこれだった。

「い? いや、それよりジェーンを探すの手伝ってくださいよ」

「ゴーウェストを探すのは吝かではない」

「だったら……」

「本当にゴーウェストならばな」

 一を突き放すような声だった。

「……言っている意味が分かりません」

「そうか。一、隠している手を見せろ」

「必要ないでしょう」

「見せろ」

 店長はやおら椅子から立ち上がり、一の腕を掴む。一は声を荒げ抵抗したが、店長の瞳に射抜かれると観念し、掌を見せる。血こそ止まっていたが、ぱっくりと開かれた傷口は、しばしの間店長を絶句させるには充分だった。

「誰にやられた?」

「誰にも。アパートの階段で転んだんです」

「……ゴーウェストはどこへ行った?」

「だから、今から探しに行くって言ってるじゃないですか」

 一は店長の手を振り解き抗議の視線を向けた。

「何故ゴーウェストは戻ってこない?」

「知りません」

「……やったのはゴーウェストか」

「やられてません」

 店長は煙草に火を点け、ゆっくりとした動作で椅子に座る。

「エグイ傷口だな。まるで狼にでも引っ掛かれたみたいに」

 店長がマウスを操作すると、店に備え付けられたパソコンのディスプレイに英語の文書が映った。数字も混じっており、何かのデータのようだ。

「五百九十一。この数字が何か覚えているか?」

「……ジェーンが殺してきたソレの数でしょう」

「ああ、忘れる筈は無いか」

 カチカチ、とマウスをクリック。現れたのは数字。数字が画面を覆いつくしている。

「これが何か分かるか?」

「さあ、生憎文系なんで」

「私も文系だ。これはゴーウェストの、向こうでのデータだよ。何月何日に何匹ソレを殺した、何時何分何秒に戦場で何をしたってモノだ」

「細かいですね」

「細か過ぎる」

 勤務外一人に対しては異常とも言える詳細なデータ。膨大な資料。

「……やはり警戒されていたんだろうな」

「ジェーンが?」

 頷き、店長は画面を指でノックする。

「見ろ」

 言われ、一は数字の羅列を注視。見れば見るほど訳が分からなくなりそうだった。

「……ん」

 ただ、一つだけ気になる事を見つける。

「月に一度だけ、撃墜数がメチャクチャ多い日がありますね」

 ソレを倒した日が二桁の日もあればゼロの日もある。だが、一の目を引くのはやはり多い日だった。

「……う、あ? 信じらんねえ。一日に三十匹……」

「一、気付いたのはそれだけか?」

「って、他にも何かあるんですか?」

「月。月だよ」

 一は怪訝な顔つきで店長を見遣り、言葉の意味を探った。

「……え、っと。月って、何がですか?」

「少しは自分で考えたらどうなんだ」

「考えても分からないから聞いてんですよ。そっちが意地の悪い聞き方してるから……」

「はっはっ、妹の事になると必死だな」

 置いてあった缶コーヒーに手を伸ばしつつ、店長は一を茶化す。

「……楽しそうですね」

「そう睨むな。私が悪かったよ」

 悪怯れた様子も見せずに店長は静かに笑った。

「一、本当に気付かないのか? ゴーウェストが目覚ましい戦果を挙げるのは月に一度だ。月に一度。この日が何なのか分かれば、話は早くなるんだが」

「……大した規則性は無さそうですけど」

「本当に鈍い奴だな。満月の日だよ」

「あ」

 ゾクリとした。

「どういう理屈か分からんが、ゴーウェストはどうも満月の日に頑張っている(・・・・・・)ようだな」

 嘘だ。一は無言で店長を見つめる。

「……どうした?」

「いえ、何も」

 この人は、気付いているのだと一は思った。

「満月の日に動きだす。まるでB級映画の人狼だな」

「たまたまでしょう。そんな証拠もないですし」

「偶然が二年も続けば必然だと疑われるさ。それに、証拠はお前の手に刻まれている。深く、な」

「……それでもっ」

「信じたくない、か?」

 甘い。そう、言い捨てて、店長は煙草に口を付ける。

「前にも言ったが、もう一度聞いておく」

「何を……」

「何故、ゴーウェストは日本に、駒台に、お前の所に来た?」

「知りません。知る必要も、俺にはありません」

 一の口調からは一切の拒絶が感じられた。その事を理解していながら、店長は続ける。

「考えろ。考えるのをやめるんじゃない。知ろうとしろ。お前は人間だろう。ならば考えろ」

「『妹』が『兄』に会うのに、理由が必要なんですか?」

「お前らは本当の兄妹じゃない。互いが互いを騙し合っているだけだ」

「なっ、ち、ちがうっ、俺たちは!」

「血も繋がっていないだろう。ガキみたいに、他人同士がお飯事やっているんだ」

「ちがうっ!」

「違わない。いい加減に目を覚ませ。お前は彼女の兄にはなれん。ゴーウェストがお前の妹になれないようにな」

「……ンの野郎……」

「私は自分の目も勘も良い方だと自覚している。どうだ、一。図星だろう」

 頬を紅潮させた一が店長に歩み寄る。

「……さっきから好き放題言いやがって!」

 一は店長の襟元を掴み上げ、無理矢理に椅子から立たせた。

「怒ったのか?」

「当然だろうが! あんたが俺たちの何を知ってるってんだ!」

「知らん。だが、つまらん兄妹ごっこ(・・・・・)を見せられるのはいい加減に耐え難い」

「そんなの知るか! 目ぇ瞑ってろ!」

「お前らは家族の振りをし続ける事で安心していたんだ。本当に伝えたい事も聞きたかった事からも目を背けてな。傷つくのが怖いんだ。適当な距離を保って、気持ち良い温かさにしがみついているのさ」

 涼しい顔で店長は喋る。その顔が腹立たしくて、一はしたり顔の彼女を壁に叩き付けた。

それがどうした(・・・・・・・)! 赤の他人がさあ! 俺たちのやり方に口を出すんじゃねえよ!」

「教えてやってるんだ。自分たちの世界に篭りすぎて、周りが見えちゃいないお前らにな。狂っているんだよ、お前らは」

「だっ、黙れよ!」

「ゴーウェストが日本に来る理由があったのか? 本当に、まだ若い彼女が二年を棒に振る理由があったのか? 本当に、お前に会いたかったのか?」

「うるさいっ」

「日本に来なくてはいけなかったんじゃないのか? 二年を棒に振らざるを得なかったんじゃないのか? お前に、会わなきゃならなかったんじゃないのか?」

「……っ!」

 一は言い返すことも出来ずに店長から手を離す。うな垂れ、力無くへたり込む。

「聞かなければいけなかったんだ。お前が仮にもあの子の兄を名乗るなら、家族ごっこをやろうとするなら伝えなきゃいけなかったんだ」

「……もう、黙ってくれよ……」

 店長は乱れた襟を直し、再び椅子に腰掛ける。

「ゴーウェストはお前の妹じゃない。人狼だ。半分はソレなんだ」

「言わないで下さい……」

「お前らにどんな理由があろうと、ヒトを傷つけてしまったゴーウェストは私たちの敵になるかもしれない」

 無常な言葉。そんな事、一にもわかっているのに。

「幾らソレを殺そうが、彼女はソレだ。事実は変わらん」

 無慈悲な言葉。

「だが、それを踏まえてもう一度聞く。お前は誰を探しに行くつもりだ?」

「……ジェーンです」

「全てが分かった上でも、お前はそう言うんだな?」

 ――今更、何を。

「あいつは俺の妹です」

「彼女が人狼だとしてもか?」

 迷うな。必死に言い聞かせる。

「……悔しいけど、あなたの言う通りだ。俺はまだ、あいつの口から何も聞いちゃいないんです」

「行くのか?」

「止めますか?」

 一はよろよろと立ち上がる。

「いや、お前ら兄妹の問題だ。勝手にしろ」

「……どうでも良いって顔ですね」

「そう思うなら好きにしろ」

 店長は徐に立ち上がり、ロッカーからビニール傘を取り出した。

「一、怪我してる方の手を出せ」

 差し出された手に、店長は傘の柄を握らせる。

「……いっ!」

 一の顔が苦痛に歪んだ。まだ癒えていない傷口が痛む。柄を無理矢理押し付けられる。

「お前らバイトは、少しぐらい私の立場を分かれ。ゴーウェストは厄介者なんだ。私はアメリカに、オンリーワンにあいつを押し付けられたんだ」

「いっ、痛いんですけど!?」

「この痛みを忘れるな。これは、私の痛みでもある。私だって何かしてやりたいさ。だがな、出来ないんだよ。表立って好き勝手にやれない」

「……っ、てん、ちょう?」

「だから、お前らには勝手をさせてやる」

 最後に、今までに無いくらい力を込め、店長はビニール傘から手を離す。

「……好きにやれ」

「…………はい」

 突き放すような口調。だが一は、彼女の思いを知る事が出来たと思えた。アイギス(・・・・)を怪我してない方の手に持ち替え、一は店長に感謝しながら背を向ける。

「じゃあ、お言葉に甘えてきます」

「うん。よろしく頼む」

「……その。さっきは……」

「気にするな。強引にされるのは嫌いじゃない」

 一は思わず笑ってしまった。

「……それと、ジェーンの事は」

「ああ。私は誰にも言わんぞ。まあ、お前らが自分の口で話すのは勝手だがな」

「ずるいなあ、あなた」

「私だって女だからな。ずるくもなるさ」

 店長は涼しげに答える。一はそれ以上言葉を求めず、バックルームを出て行った。

「さて……」

 椅子から立ち上がり、店長はバックルームの商品の山、ダンボール箱が積み重なっている所へ向かいゆっくりと歩き出す。

「糸原、立花。聞いていたなら、あいつの分までしっかり働けよ」

 しばらくの静寂。ややあって、

「……はーい」

 沈黙に耐え切れなかったのか、罰の悪そうな表情の糸原が、その姿を現した。

「ごめんなさい……」

 続いて立花も。

「立花は十時まで。糸原は深夜よろしくな。朝になったら三森が来るから」

「うえぇ……」

 糸原は不満を隠さない。

「それと、一の邪魔はするなよ。したら殺すからな」

「……何よ、それ」

「さあな。おら、とっとと仕事しろ」

 二人のバイトを蹴っ飛ばし、店長は煙草に口を付けた。手が、少し震えていた。



 吠えた。吼えた。咆えた。

 喜びを隠し切れない彼は月に向かって、街に向かって、彼女に向かって呼びかける。まさか、こんな辺鄙なところに仲間がいるとは思っていなかった。いや、辺鄙だから仲間がいたのか。ともかく、僥倖だった。

 何の因果で自分がこの街に呼び出されたかは知らないが、それだけの理由があったのだろうと彼は思う。

 もう犬どもの相手も飽いた。人間どもなど眼中に無い。自分は、湧き上がる本能に身を任せればそれで良い。燃え上がる闘争本能に火を点けてくれればそれで良い。強いものと、戦えればそれで良い。

 そして見つけた。彼女こそ、自分の相手に相応しい。いや、彼女以外に自分の相手は務まらない。血に乾き、肉に餓え、骨に(かつ)える夜も終わりだ。これで満たされる。自分は充たされる。彼は笑う。

 場所ならば指定した。彼には逃げるつもりなんて無い。

 刻限ならば伝達した。いつでも構わないが、やはりウェアウルフには満月の夜が良く似合う。

 滾る。滾る。すぐにでもこの衝動をぶつけてしまいたい。殺意をぶちまけてしまいたい。

 だが彼は耐える。必死で自分を押さえ込む。



 ああ、明日は満月だ。



 最初に一が向かったのは勤務外専用のマンションだった。もしかしたら、ジェーンが帰っているかもしれない。情けない、一縷の望み。

 馬鹿でかく、だだっ広いマンションに萎縮されながらも一は歩を進める。

「……はあ……」

 この間から、こんな事ばかりしている気がした。目を背け続けていた。耳を塞ぎ続けてきた。頭では考えないようにしてきた。そんな事が今になって、倍返しでやって来ている。進んでいるように見えて、実際はちっとも動いちゃいない。同じ場所でグルグルと足踏みを繰り返すだけ。

「悪いのは俺か……」

「浮かない顔だな、リトルボーイ」

「色々あってね」

「はっは、人間はだから面白いのさ」

 楽しそうな声だった。

「……ま、少しは解決しそうだけど」

 一は振り返る。思わず頬が綻んだ。これなら、彼ならば。

「縁があったようだな、リトルボーイ」

 コヨーテならば、事態を打開してくれる。

「よう、元気してたか?」

「ミーはいつだってファインさ。ところで、あんたはここに何か用だったのかい?」

 コヨーテは耳と尻尾をピンと尖らせる。

「いや、用があるのはここじゃなくて、君にだよ」

「ふうん? どうやら、ミーのアドバイスを活かせなかったみたいだな」

「お陰様でね。もっと具体的に伝えてほしかったもんだよ」

 皮肉っぽく一が言った。

「そいつは悪かった。だけどな、具体的に言っちまったら、そりゃもう命令の域だ。ミーはあくまでリトルボーイに気付いてほしかったのさ」

「気付いてたさ。だけど、動けなかった」

「そうかい」

 尻尾を振りつつ、コヨーテは一に苦笑を浴びせる。

「……教えてほしい事がある」

「嬢ちゃんの事か?」

「ん、知りたい。けど、良いや。自分で聞くから」

「なら、何が知りたい?」

「狼男。人狼ってのは、その、実在するのか?」

 安っぽい映画でなら、日本でもアメリカでも、飽きる程見てきた。映画の、中でなら。

「するんじゃないか?」

 肩透かしを食らった気分。

「おい、俺は真剣に聞いてんだぞ」

「いやいや、リトルボーイ。そんな質問、するまでもねえだろう」

「?」

「だってそうだろ。いるに決まってる。現に奴らは、ミーたちはここにいるんだから。ずっと前からさ」

 さも当然だと言わんばかりの口調だった。

「それじゃミーからも聞くが、あんたら人間が名付けたソレってのはさ、何だと思う?」

「……人類の敵だろ」

「じゃあミーも敵って事になるな」

 一は返しに困る。

「ああ、分かってる。もうあんたからは、ミーに対する警戒心を感じないからな」

「なら、何なんだよ?」

「……考えなよリトルボーイ。人間てのは考える葦なんだろ? 与えられたモノは使っていかなきゃ損ってもんだ」

 あくび混じりにコヨーテは口を開ける。

「ソレ……」

 ぼんやりと口にして、一は考えてみた。今までに会ったソレの事。話した事。戦った事。殺した事。

 確かにソレは人間を襲い、殺す。だが、話せる者もいる。人間を助けてくれる者もいる。全てのソレが敵ではなく、全てのソレが味方ではない。各々が意志を、意思を、あるいは本能で動いているのだ。

「一括りにゃ、出来ないだろ?」

「……ああ」

 一は素直に頷く。

「だが、面倒なのさ。そんな事に気付いている人間も中にはいるだろうよ。だけど、やっぱりソレの中にはヒトを襲うのもいるんだ。ミーは区別がつく。リトルボーイも分かってきたはずだ。でも、大抵の人間は分からない。ソレが全部敵に見えるのさ」

「……オンリーワンが情報を握っているから、か?」

「まあ、一まとめにする方が楽だとは思うぜ。何も考えなくて済むからな。ソレに関するスペシャリストが、ソレは全て敵だと言えばみんな信じるだろう?」

 苦々しく放たれるコヨーテの言葉に、一はただ頷くしか出来ない。事実、自分だってそうだったのだから。

「この世界の人間は踊らされてるのさ。自分が踊ってる事にも気付かないで、一握りの人間が流す曲にだけ耳を傾けてる。傾けさせられてやがる」

「……ソレと、仲良くしろってのか」

「悪いが、そこはミーの領分じゃない」

「俺たちにどうしてほしいんだよ」

「だから、そこはあんたたちが考えるのさ。ただね、リトルボーイ。あんたは、全ての人間と友人になれると思うかい?」

 そんなの無理だ。言葉も、人種も違うのに。一は否定する。

「じゃあ視野を狭めよう。日本。この国全ての人間と友人になれると思うかい?」

 それも無理だ。一は否定した。

「なら、この街の人間とは?」

「全員となんて、無理だ」

 コヨーテは一の答えに、満足気に目を細める。

「じゃあ、戦う事は? 嫌う事は? 憎まれる事は?」

「世界中の人間から?」

 一は考えた。答えはすぐに出る。

「時間は掛かるけど、不可能じゃない」

「良し。じゃ、さっきの質問の『人間』ってトコを『ソレ』に変えて、もう一度質問だ」

 つまり。世界中のソレと、日本のソレと、この街のソレと、仲良く出来るのか。と、言う事。

「……答えは、変わらない」

「ちょいと意地悪いが、そうだろ? 人間同士でも戦争が起こる。敵が生まれる。そんな世界で、ソレと仲良くするのは間違いかい? 人間とソレとを敵味方で区切るのは正しいかい?」

「…………」

 一は答えられなかった。そう簡単に、割り切れなかった。

「今は、それで良いのさ。大事なのは考えるって事だと思うぜ」

「分からないな、なんでそんな事聞くんだ? よりにもよって、俺に言うんだ?」

「リトルボーイが嬢ちゃんの兄だから、と言ったらどうするよ?」

「……?」

 コヨーテは一の反応をじっくりと眺めたあと、

「ミーはあの子に救われた事があるのさ」

 ぽつりと言った。

「あんたが、ジェーンにか?」

「向こうは覚えてなかったらしいがな。ミーは絶対に忘れない」

「助けてもらったって、どういう風に……」

「そいつぁ言えない。恥ずかしいからな。今思い出しても赤面もんだぜ」

 コヨーテは耳を座らせ、心なしか気恥ずかしそうに一から視線を逸らす。

「じゃあ何か、あんたは恩返しに来たってのか?」

「……あんまりにも嬢ちゃんの声が煩かったからな」

 一はそこで違和感を覚えた。

「お前を呼んでたのは、犬たちじゃ無かったか?」

「あー、そうも言ったっけな。まあ、犬がミーを呼んでるのも嘘じゃない。だけど、一番必死だったのは、あの嬢ちゃんだ」

「ジェーンが、助けを求めてた?」

 俄かには信じられない。悩みなんて無いと、言っていたじゃないか。

「……兄さんには知られたくなかったんだろうよ」

「そんな……」

「……勿論、一番伝えたかった相手はあんただと思うよ、リトルボーイ。けどさ、『兄さん』だからこそ、言えなかったんじゃ無いのかい?」

 分からない。いや、分かろうとしなかったのは自分、か。一は自嘲した。

「あー。ま、良いや、あいつに聞けば済むことだからな」

「そうかい。ああ、頼むぜリトルボーイ」

 構うものか。何が起こっているのかも、何が起こっていたのかも、関係ない。蚊帳の外でも知るものか。もう、迷わない。一はそう決めた。

「……おっと、お客さんだ」

「客?」

 振り返り、コヨーテは楽しそうに尻尾を揺らす。つられて一も振り返った。

「な……!?」

良い月だな(グッドイブニング)、人狼」

 コヨーテが顎でしゃくったその先に、あの男が、いる。


「――ッ!」


 歌う犬の挨拶に憤怒の咆哮を返すと、狼男はコンクリートを割らん勢いで地を踏んだ。

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