表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
プロローグ
7/328

オンリーワンの職場の事情

 

 太陽が、雲一つない空の真上に位置している。

 本格的な寒さがやって来る前の、和やかな暖かさが駒台に広がっていた。

 和やかな街、和やかな人。

 


「ソレと戦ったのは、み……この人です」

 右の頬を真っ赤に晴らした一が、三森を一瞥してからハッキリと言った。

 この人、と呼ばれた三森の眉が吊り上がる。

「……じゃ三森、どんな奴だったか教えてくれ。情報部がデータ欲しがってるんだ」

 煙草を銜えた店長が、三森の方を見ながら言った。

「コイツの方が知ってンじゃないですか? ずっと後ろで見てやがったから」

 三森が一を横目で見ながら皮肉っぽく言う。

 昨晩のソレとの戦いから一夜明けた今日。

 店長が新種のソレのデータを情報部に送る為に、ソレと遭遇した二人を呼び出したのだが。

「あのな、お前ら……さっきから何なんだ?」

 少し間を置いてから。

「別に」「何でもねェよ」

 ソレと遭遇した二人が同時に呟いた。

 何故か二人とも機嫌が悪い。

「まあ、話だけ聞いてりゃ鎌鼬(かまいたち)っぽいけどな」

「かまいたち、ですか?」

 一が興味有り気に店長に尋ねる。

「ああ、早い話がイタチの化け物だ。三匹で行動して人を襲うアレだよ」

 アレ、と言われても。

 昨日のソレは、実物よりかは大きかったが、確かにイタチに似て三匹で行動していた。

 一が昨晩を思い出してみる。

「あれ、でも、一番後ろの奴は何もして来なかったんですけど?」

「確か三匹目は、斬ったヤツの傷口に薬を塗って行くんだよ。だから鎌鼬に体を切られても痛みを感じないで居られるって訳だ」

「……私は切られても痛かったけどな」

 舌打ちする三森。

 そりゃ良かったですね、心の中で三森に相槌を打つ一。

「とりあえずだな、今日は堀が来るからお前らはもう帰って良いぞ」

「えっ? 店どうするんですか?」

 知るか、と店長が煙を吐き出した後。

 「堀が何とかする」と付け加えた。

 じゃあな、と手を振る店長。

「店長、私の装備は?」

「ああ、忘れてた」

 装備?

 現実世界では、余り聞き慣れない単語に一が不思議に思う。

「今すぐにでも必要だよなあ、じゃあ支部まで取りに行って来てくれ」

「ハァ!? 嫌だよ面倒くせェな!」

「なら仕方ないな、当分は大人しくしてろ」

 店長が我関せずといった感じで、食い下がる三森をあしらう。

「ソレが出たらどうしろってンだよ」

「そんときゃ堀が支部から無理矢理にでも持って来るだろ。どっちにしろ、もう堀こっちに向かってるらしいから、今欲しいなら自分で取りに行け」

「分かったよ、取ってくるよ!」

 三森が店長に怒鳴りつける様に声を荒げた。

 そして出て行こうとする三森と、さっきから蚊帳の外だった一の目が合う。

「そうだ、お前ちょっと行って来い」

 意味が分からない、と一が視線を外して言った。

 無理矢理に、一の外した視線の先に入り込んで三森が続ける。

「昨日の借りを返すと思って。私の装備を取りに行けって言ってンだ」

「何で俺が。しかも俺はあなたに借りなんて作ってません」

 再び睨み合う二人。

 その様子を見ていた店長が提案。

「じゃ、二人で行って来い」

 何で、と声を揃える二人。

「三森は装備を取りに、一は見学って事で良いだろうが」

「コイツと行くなら死ンだ方がマシだ!」

「え? 死んでくれるんですか?」

 テメェ、と三森が一に掴み掛かった。

 店長が止めようかどうか迷っていたその時、扉が開く。

「お早うございます。あれ? 何してるんですか?」

 何も知らない堀がやって来た。

 


 バックヤードが和やかな雰囲気に変わる。

 まるで、外の暖かさをそのまま連れて来たかの様な空気。

「やっと静かになったか」

 店長が缶コーヒーの蓋を開ける。

「賑やかで良かったじゃないですか」

 堀がファイルの中から書類を取り出しつつ、にこやかに語り掛ける。

「お前はたまに来るから良いかもしれないけどな、私はずっとコレだぞ」

「はは、それもそうですね。……あれ、そういえば。そもそも三森さんがうるさかった事ってありましたっけ?」

「……いや、無い……よな」

「彼女も長いですよね、私より先に北駒台店(ここ)に居ますから」

 ああ、と店長が答える。

 堀がオンリーワン北駒台店にSVとして来たのは、店がオープンしてから半年ほど経ってからだった。

 つまり、三森はそれより長くこの店に勤務外として働いている事になる。

「残ってるのはアイツだけだからな」

 店長が、空きの多いロッカーを見ながらそう言った。

「……失礼ですけど、三森さんってあんな顔できるんですね。彼女の楽しそうな顔を見るのは初めてでしたよ」

 堀が書類から目を離して言った。

「楽しそうかあ?」

「ええ、楽しそうでした」

「……そうか、そうだな」

 ややあってから、私もだよ、と店長が付け足す様に呟く。

 そこからバックヤードには会話が無くなった。

 店長と堀。

 お互い黙ってはいるが、決して気まずくは無い空気。

 そしてお互い、赤いジャージを見事に着こなす女性の様子を思い出していた。

 


「……お前ってさ、バイクの免許も持ってねェのな」

「……三森さんって、いつもそのジャージですよね」

 平日の昼下がり。

 人通りの少ない道を、一と三森が少し距離を空けて歩いている。

 目的地はオンリーワンの近畿支部。

 この辺りのオンリーワンの支店を統括、管理する場所。

 目的の物は三森の装備だ。

「あ、ジャージ破れてますよ。着替えなかったんですか?」

「お前髪の毛はねてンぞ。少しはそういうトコ気にしろよ」

 歩いてから十分は経っただろうか。

 その間、お互いに口から出るのは互いの悪口のみ。

 一としては、支部に何の用も無いのだが、三森と店長の圧力によって半ば強制的に同行させられている。

 行きたくない所に、好きでもない人と一緒に行く。

 三森も店長の圧力により、連れて行きたくも無い人間と一緒に行動している。

 ふと、昨日自分が一を殴った事を思い出す。

 何故急に手が出たのか、三森本人にも分からない行動。

 ソレを倒した後、駆け寄って来た一の頬を、拳を作って殴った事を思い出す。

 ――何でだろな。

 理由が分からぬまま、三森は考えるのを止めて歩く。

 ――何で俺を殴った女と一緒に歩かないといけないんだ。

 一が昨日、三森に殴られた事を思い出す。

 何故急に殴られたのか、一には全く理解の出来ない行動。

 ソレが消えた後、立ったままの三森に駆け寄ると、思い切りグーで殴られた事を思い出す。

 答えが分からぬまま、一は考えないようにして歩く。

 二人が煙草に手を伸ばすタイミングは殆ど同時だった。



 オンリーワン近畿支部。

 世界に幾つかある、支部の内の一つ。

 ちなみに、堀もこの支部の社員として属している事になる。

 北駒台店からは、徒歩で十五から二十分の距離。

 外からは、何階建てになるか分からないぐらいの巨大なビル。

 駒台の街でも有数の高さを誇る建物だ。

「じゃ私は行くからな」

「俺はどうするんですか?」

 歩き掛けた三森の足が止まる。

「一人が嫌なら付いてくりゃ良いだろ、私に聞くんじゃねェよ」

 そう言って、正面玄関に向かっていく。

 仕方なく、一も三森の後を追った。

 建物の中に入ると、一の目には広いホールらしき空間が飛び込んだ。

 真っ直ぐ行くと、エレベーターが三基ほど設置されている。

 三森は目眩がするほどのだだっ広いホールを通り過ぎて、エレベーターに向かう。

 一も小走りで更に後を追う。

「遅いンだよ、早く来い」

「スミマセン」

 三森がボタンを押すと、暫くしてから扉が開いた。

 乗り込んで、地下三階のボタンを押す三森。

 ――地下?

 一は少し気になったが、さっきから自分たちの格好が、何だかこの高級そうなビルには似合わない気がして、気疲れし始めていたのもあって押し黙っていた。

 数秒、殆ど密閉された空間で過ごすと、再び扉が開く。

 エレベーターから降りた先は薄暗く、照明の行き届いていないフロアだった。

 ――上はあんなに明るいのに。

 一が不審に思っていると、奥からつなぎを着た男性がやって来た。

 一と同じか、若しくは小さい体だ。

「何か御用でしょうか?」

「北駒台店の三森だけどさ、火鼠(ひねずみ)ってまだ残ってる?」

 三森が一の耳には聞き慣れない単語を口にすると、男が待ってて下さい、と言ってまた奥に引っ込んでいった。

 ふぅ、と三森が安心したように息を吐いた。

「あの、ここは一体……」

「オンリーワンの技術部だよ、ソレとやり合うモン作ってンだ」

「ああ、装備ってここで貰うんですね」

 一が成る程と、納得する。

「装備が貰えるのは、私らだけだぞ」

「……別に俺は欲しくないですけどね」

 だろうな、と三森が呟く。

「お待たせしました」

 男がビニールで包装された服らしき物を持って現れた。

 三森がそれを受け取る。

 中身は上下揃った、赤いジャージ。

「後どれくらい残ってる?」

「在庫はそれで御終いですね、次に入るのは一週間後と聞いてますが」

 そっか、と頷くと三森が礼を言って踵を返す。

 男が奥に戻っていくのを見届け、一もまた三森を追いかける。

 エレベーターの『開』ボタンを押すと、扉は直ぐに開いた。

 二人して中に入る。

 ゴウン、と二人を乗せた箱が動き出す。

 

 

 支部から二人が出ると、陽が少し傾いていた。

 三森が左手に抱えている物を見て、一が口を開ける。

「それが装備ですか?」

 ああ、と煙草に火を点けながら三森が答えた。

 装備。

 一の目には、今、三森が着ている赤いジャージと同じ様に見える気がしたが。

「ジャージ、ですよね」

 分かり切った事を一が尋ねると。

 ああ、と煙を吐きながら三森が答える。

「今、着てるヤツと……」

「おンなじだよ」

「何か、凄い効果とかあるんですか?」

「……お前には関係ねェだろ」

 この間の「ありがとう」はなんだったんだ。

 一があの時の、三森の自然な笑顔を思い出す。

 煙草を不味そうに吸っている女を見ると、とても同一人物とは思えなかった。

 思いたくなかった。

「俺、先に帰りますね」

 一が靴紐を弄りながら三森に聞いてみた。

「勝手にすりゃいいだろ。一々聞くンじゃねェよ」

 答えは返ってきた。

 一はお疲れ様でした、と感情を込めずに言って、来た道を戻って行く。

 三森は近くのベンチに腰を下ろす。

 ――すげェイライラする。

 貰ったジャージを叩き付ける様に置いて八つ当たり。

 ストレスを解消する為の煙草を吸っても、ストレスが溜まって行く感じがする。

 昨日からの、自身でも分からない様な感情に三森は振り回されていた。

 ――どうしたってンだ私は。

 今まではこんな事なかったのに。

 ぼうっと遠くを見る。

 知らない間に、煙草の火は先まで上ってきていた。

 短くなった煙草を地面に投げ捨て、近くにあった空き缶を思い切り蹴飛ばす。

 誰も居ない昼下がり。

 三森は得体の知れない気持ちに吐き気まで覚えていた。

 高く蹴り上げられた空き缶は、気持ち良さそうに空を泳いでいた。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ