あいつに向かって撃て!
欲望。強欲。貪欲。暴欲。多欲。
欲しい。あれが欲しい、これが欲しい。上りたい。上へ行きたい。空を飛びたい。欲しくて、欲しくて欲しくて欲しくて堪らない。それの何が悪い。
銃声は風に掻き消され、硝煙は風に掻き消され、弾丸は翼を貫くには至らない。だが、ソレは一発の銃声を確かに聞いた。ソレは硝煙を確かに見た。弾丸が翼を掠めるのを感じた。敵がいる。自分を狙っている敵がいる。地上から銃口が、自分の翼を、頭を、鉤爪を、宝を狙っている。見えた。二つの人間が、雲の切れ間から確かに見える。ならば、ならば殺すしかない。邪魔をするならば、死んでもらうしかない。
翼を広げよう。
瞳は捉えよう。
声を上げよう。
翼は大きく、瞳は確かに、声を高らかに。来るなら来ればいい。今、この空を支配するのは鉄の鳥でも、風の申し子でもない。自分だ。自分なのだ。
咆哮は雷鳴に。羽撃きは嵐に。
神になる。今度こそ、自分は神になるのだ。誰にも、誰であっても、もう、邪魔はさせない。
「ミスったっ」
ジェーンは一旦銃を構えるのを止め、反撃に備える。この強風の中まだ倒れずにいる電信柱。そこに寄りかかり、ソレを見た。ソレは奇声を上げながら、徐々に高度を下げている。翼はこちらを威嚇するように大きく広げ、獅子の瞳は敵意を剥き出しにしていた。風と一緒に圧力が吹いてやってくる。
「くっ……」
圧されるな。押されるな。ジェーンは歯を食い縛って重圧に耐えた。頭を振って冷静さを取り戻す為に思考する。銃弾は外してしまったが、狙いは間違ってはいなかった。ソレの翼の付け根。言うなれば、関節部に当たる守りの薄い箇所。その部位に致命傷を与えれば、巨大なソレでも確実にバランスを崩す。運が良ければ地上に落ちてくるかも知れない。
もう一発、後一発だ。ジェーンは気力を振り絞り、的を睨んだ。ソレがこちらを認識した事により、戦闘の態勢を取っている。雲の中から姿を現し、戦う意思を見せている。さっきよりも的は大きい。これならば、当たる。
「お兄ちゃん……」
あの敵よりも、もっと小さくすばしっこい標的とも戦った。そして倒した。殺しきった。だから、自分はここにいる。一の近くにいられる。勤務外となって、ソレを際限なく仕留めた。その功績を認められ、オンリーワンのSVにも上り詰めた。全ては兄の為、自分の為、一の為。幼い頃の約束を糧に、何度傷ついて倒れても、歳や性別や身長を馬鹿にされても耐え続けてきた。終われない。こんな所では止まれない。
ジェーンは深く息を吸い込んだ。ソレとの戦闘は未だに怖い。いつ命を落としてもおかしくない。だから、
「お兄ちゃん」
名前を呼んで、力を貰った。ここには『兄』はいない。それでも、呼べさえすればいつも見ていてくれる気がするから。だからジェーンはリボルバーのグリップを強く握った。
隠れても無駄だ。電信柱の陰のジェーンを見据えながら、ソレは思う。
ソレが啼けば嵐が吹く。ソレが啼けば雷が落ちる。ソレが本気になれば、コンクリートや金属の柱なんて樹木と同じだ。隠れた人間ごと吹き倒してやろうか。
否。ソレは自身の考えを戒める。警戒を緩めてはいけない。ソレは片目でジェーンを監視しながら、もう片方の眼球をぎょろりと動かす。
ジェーンの後方、刀を持った勤務外。立花は何故か動こうとせず、不動の姿勢でソレをじっと見据えていた。動かない敵よりは、動く敵。ソレは標的をジェーン一人に定める。
――ゴー!
心中で叫んで、ジェーンは柱の陰から飛び出した。向かうはもう一つか、二つ先の電信柱。狙うはソレの羽部分。ジェーンは走りながら、狙いをつけずにリボルバーを撃つ。フラッシュがジェーンの姿を一瞬隠し、ソレの意識を一瞬逸らせた。通用するかは分からなかったが、とりあえずの威嚇射撃。どうやら、牽制程度には機能したらしい。
ジェーンのか細い、頼りない小さな片手でも楽に撃てる様に設計された、特注の専用銃。それでも幾らかの反動はジェーンの手首に跳ね返って来る。若干の痛みを堪えながら、ジェーンはソレを見た。ダメージを受けた様子はない。銃弾は風によって反らされてしまったらしい。
まだ、遠すぎる。距離は二十メートル前後。もっと近づかなければ、弾丸は強風に煽られてしまう。その前に、風が発生する前に叩かなければ攻撃は届かない。だが、ソレに近づけば近づくほど危険度も増していく。今のところ、ソレの攻撃手段は風と雷だけだったが、あの体躯。小柄なジェーンとは数倍もの差があった。普通にソレの体当たりを食らっても、鋭い爪で切り裂かれても傷は負う。下手をすれば、一気に致命傷をもらってしまう。
「……怖くナイ」
思考をカットし、今度はソレの翼へ狙いをつけた。問題ない。的は大きすぎるくらいだった。これならば目を瞑ってても当てられる。ジェーンはそう判断して、引き金を引いた。烈風の中、耳を劈く炸裂音。放たれる弾丸は見ずに、ジェーンは一気に二つ先の電信柱の陰へ身を隠す。柱へ身をやった瞬間、空気を切り裂く轟音が走った。ソレの雄叫びが次いでやって来る。
――外したっ。
確認せずとも分かった。あそこからではまだ遠い。それだけだ。ジェーンとソレとの距離は十五メートル前後に近付く。
十五メートル。危険域。安全な場所はもう無い。ジェーンがこれから行く先。ソレの近くの電信柱は、先の突風で根元から揺れていた。次に強風が吹けば、確実に倒れるだろうと予想はつく。もう時間は無い。隠れる場所も無くなった。ならば、先に仕掛けるが常套。ジェーンの動きは早かった。ソレの瞳が、飛び出したジェーンを捉えられない程度のスピードだった。走り出したジェーンは一直線にソレへ向かう。距離は十、九、八、七、六、五メートル。充分。ジェーンは薄く笑い、銃口を上空に掲げる様に出した。狙いは、翼の付け根。
「センテ……ヒッショ!」
ソレがようやくジェーンの姿を視認出来た頃にはもう遅い。
銃声が一発。銃身が大きく反動。ソレの風は間に合わない。銃弾は真っ直ぐにそこへ進む。
ソレの真下を走り抜けながら、速射の準備。ジェーンは親指と小指を使い、巧みにコッキング。掌を扇ぐような、独特の動作。西部劇でしか見られないような、ショーテクニック。
――ファニング。
本来ファニングと呼ばれる連射テクニックは、実弾を撃った反動により、次弾以降の命中精度は落ちるものだ。実際落ちる。ジェーンとて、例外ではない。
それでもだ。ジェーンが実戦でこの魅せ技を使っている理由はモチベーションの維持、増進に他ならない。他人から見れば意味の無い、無駄な事でも、彼女には必要な事だった。小さい頃から見ていた西部のガンマンを自身に重ねる。それだけで、ジェーンの心は昂ぶる。研ぎ澄まされていく。イメージするのは、荒野に対峙する二人のガンマン。同時に抜き、同時にトリガーを引き、同時に笑う。無様に撃たれて、倒れる悪役。
立っているのは、夕陽を背にしたカウガール。
一瞬。ジェーンは一発目から殆ど間を置かないで引き金を引く。続いて二発。閃光が弾丸を隠し、ソレに襲い掛かる。既に一発。牽制で二発。今ので四発。計七発。シングルアクション、装弾数七発のジェーンのリボルバーは一端の攻撃を終えた。これで終わりだった。リロードは要らない。ジェーンの番は、もう終わり。ガンマンはこれにて役目を終えて、次は侍がやって来る。
「サボテンよりかは、難しい的だったカシラ?」
小さなカウガールは、悪役から背を向けて、銃口から立ち上る硝煙を吐息で吹き消した。
立花はソレが悲鳴を上げるのを聞いた瞬間、走り出す。走りながら立花はソレの状態を確認する。ソレの右翼は皮一枚、ぎりぎりで繋がっている状態。ジェーンが放った四発の銃弾。初弾はジェーンの狙い通り、右翼の付け根に命中した。弾丸はソレの薄い部分、皮を剥ぎ取り肉を抉り出し貫通。次弾は右翼の下部分に。三発目は二発目の着弾したすぐ上に命中。計三発が装甲の薄い部分に叩き込まれる。右翼はこれで皮一枚。最後の四発目はソレの右目を抉り出していた。食い千切られた様な、獰猛な傷跡が遠目からでも良く見える。
立花の肌が粟立つ。
「……凄い」
知らず知らずのうちに、立花は賞賛の言葉を口に出していた。
あの向かい風、あの強風、雷の中。空を飛ぶソレ。手の届かない敵。正直、自分一人では戦闘を放棄していたかもしれない。手に負えない相手。それを自分よりも小さなジェーンがやってのけた。ならば、自分も応えなければならない。
ソレは飛行高度を著しく下げている状態。もはや飛んでいると言うかは、地面から少し浮いている状態。お膳立ては整った。後は、期待に応えよう。
「行くよっ」
寄らば斬る。寄らずば寄って斬る。ソレはもう立花の目と鼻の先。
まずは足。立花は刀を大上段から振り下ろす。
「――――ッ!」
声にならない醜悪なソレの声。刀がソレの脚、凶悪な鉤爪に阻まれた。力勝負では立花に分が悪い。
「あああっ!」
立花は気合を込め、相手の力から逃げるように、斜め方向へ刀を振り抜く。ソレの脚が二つに裂けた。これでソレの右の翼、眼球、脚にダメージを与えた事になる。
右半身を力無く、だらりとぶら下げ、ソレは片翼だけで飛翔を試みた。飛べない。跳べない。もう空へは行けない。どんなにソレがもがいても、右半身から重力に引っ張られ、更に高度を下げていく。
続いて一閃。
銀色の光が、ソレの腹部に走った。立花の無骨な凶器が、ソレの薄皮を裂いて、肉をこそぎ落としていく。
「――――!」
痛みに耐えかね、ソレが悲鳴を上げた。血と腹の中身を地面に落としていく。コンクリートは真赤な絨毯に。
立花は返り血を嫌ってサイドステップ。ソレの垂れ下がった顔面近くに位置取り、右からの見えない一撃。死角になったそこからは、立花の姿が確認できない。成す術なく、ソレの顎に剣先が突き刺さる。
ダメージをもっと与えなくては。立花は剣先をソレの口内まで貫通させる為、刀を両手で握り、柄の部分を捻った。抉り込まれる鋭利な鉄。
ソレは抵抗すべく、残った脚を自身の顎近くに向かって蹴り上げる。狙いは言うまでも無く立花だった。
「……っ!」
ソレの意図に気付いた立花は、更に力を込め、刀を更に奥へ突き刺していった。充分に刀が刺さったところで、立花は柄を握ったまま跳ぶ。その横っ腹をソレの脚が襲った。立花はジャンプの軌道を変えて、脚へ飛び移る。靴の裏をソレの脚に乗せ、踏み台にするかのように、今度はソレの顎へと飛び移った。両手は刀の柄部分を握ったまま、立花は逆さの状態になる。不安定な姿勢でソレの顎に脚を置く。
目標を見失ったソレの脚は、情けなくその場で宙ぶらりん。
「今だっ」
立花は腕と刀を支点にして、ソレの顎から勢い良くぶら下がった。その衝撃で、ソレの口内の肉を軋ませながら、刀はずり落ちていく。
地面に降り立った立花は、鞘から抜くように刀を引いた。ソレの歯を数本持っていって、刀は主の元へ帰還する。続いて、立花は一歩踏み込みソレの喉を袈裟切り。そのまま、しゃがみ込むように姿勢を低くし、ソレの背後へと回った。
ソレは思わず振り返る。傷口からは血が滲み、直ぐに飛沫を散らせ、噴水を思わせる勢いで辺りへ放たれた。
「――――ッッ!」
声は形になっていなかった。擦れたような、気味の悪いノイズが勤務外二人の耳へ直に響く。その声に何かを感じ取り、立花は後ろへ下がった。下がらされた。怯んでしまった。
なぜ、こんな事に。
もう動かない右半身。機能しない腹部。臓物を地面にひっくり返し、声を出す事さえままならない。血液は傷口から際限なく垂れ流され、止まる気配を一向に見せず。ソレは、死を覚悟した。
だが、まだ終われない。自分はまだ、王になっちゃいない。まだ、飛び足りない。もっと、下界を見下ろしていたい。嵐を呼び、雷を起こし、羽撃いていたい。だけど、だけどだけどもう駄目だ。もう死んでしまう。だから、だからだからせめて道連れを。一人では死にたくない。
それは最後の咆哮だった。単純な音。単純な、音の暴力。音は空を揺るがし、風を呼ぶ。風はうねりを上げた。
一瞬で空気を侵略し、音波は近くにいた立花とジェーンの鼓膜にぶち込まれる。
二人は何事か叫んだが、自分たちが何と言ったのかは聞き取れない。
三半規管が直接に揺さぶられ、二人は両足で立つ事さえ困難な状況に追い込まれる。ジェーンは倒れこみ、立花は膝を突き、勤務外は動けない。
――この状況はまずい。
二人とも、そうは思ったが体が着いて行かない。動けない。間違いなく、手負いのソレ一匹でも殺されきってしまう状況。そして不幸な事に、耐久力ギリギリだった、彼女らの近くにある電信柱が遂に崩れる。斜めになった電信柱は電線を引き込み、千切れたコードからは火花が飛び散る。やがて、二本の柱がコンクリートに激突。
轟音。
倒れた柱は、ジェーンたちには当たらなかったものの、依然として現状は変わらない。柱の倒れたときの音は、ジェーンたちの機能しなくなった聴覚では捕らえられなかったが、舞い散るコンクリートの破片、粉塵でジェーンたちは状況を理解した。そして身を引き裂くような、鋭い風。それが容赦なく彼女らに襲い掛かる。シルフの風とは違う、異質な風。
目を開けていたくない。勤務外は風から身を守るように、顔を腕で庇う。
荒れ狂う風の中、ソレが立ち上がった。
脚は切り落とされ、翼と瞳は片方ずつ失い、血液は流し放題。立ち上がったと言うには、あまりにもお粗末だったかもしれない。もはや自重を支えきれないソレは、刀で裂かれた腹部で這いずって、勤務外に近づいていく。血液と臓物を地面に擦り付けながら、ソレは瞳をぎらぎらと殺意を光らせた。
辺りには鉄の錆び付いた臭いが立ち込める。皮一枚で繋がっていたソレの右の翼は、既に千切れて地面に置きっぱなし。ソレは、残った左翼で地を掻き分けるように進む。ゆっくりと、だが確実に。ソレの巨体であっても、傷口から大量に流れ、噴き出る赤い血はもう致死量に達している筈だった。それでも、歩みを止めない。
「――――!」
ソレの、最期の咆哮だった。
「春風さん、書はここにもありません」
呼ばれた春風は答えない。黒一色のボディスーツに身を包み、腕を組み、フェンスに背を預けたままだ。
「……やはり、ソレが持っているか」
「その可能性が、また高くなりましたね」
春風にそう答えた人物も、黒のボディスーツを身に着けている。
「……ソレの通ったルートは、これで殆ど洗ったな」
「はい。今ソレは、北駒台の勤務外と戦闘を行っているようですね。となると、やっぱり」
「ちっ、仕方ない。戦闘が終了するのを待ち、死体から探すぞ。強欲と評判のソレだ。腹の中にでも隠しているんだろうさ」
「……気が進みませんねえ」
私もだ。短く答え、春風は無感情に空を見上げた。
「戦闘している勤務外は?」
「は?」
「誰がソレと戦っていると聞いた」
「……ゴーウェストさんと、立花の六代目です」
「そうか。ならば良い。では現場に向かうぞ」
「でも、手伝いはしないんですよね? そんで手柄を奪うみたいに――」
「――まるでハイエナだな。しかし気にするな、私たちは情報部だ」
春風は誇らしげに言う。
聴覚を失った世界の中、ジェーンは顔だけ上げて、立花を探した。周囲には粉塵が舞い上がり、電信柱は倒れて、電線は時折青い火花を上げている。そんな中、ジェーンは立花を見つけた。自分から少し離れたところに、片膝を立ててソレを見据えている。
「――――」
駄目だ。ジェーンは立花に呼びかけたが、口から漏れ出たものは声にならない。ならば、と。ジェーンは移動を試みる。しかし、膝はがくがくと震え、視界は酷くぶれていた。立ち上がれない。這う事すら出来そうにない。気を抜けば、胃の中の物を戻してしまいそうな気持ちの悪さ。意識を集中させ、今度は迫るソレを見る。もうソレは距離を半分以上縮めていた。このままでは、二人とも殺される。心が少しずつ侵されていく。じわじわと、端のほうから恐怖がやって来る。
――もう、駄目なの?
ジェーンは敵を前にして目を瞑ってしまう。
「……ジェーンちゃん」
聞こえないはずの耳に、聞いた事のある声が届いた。ジェーンは驚き、発生源へ振り向く。思わず息を呑む。
立花が膝を立て、こちらを見つめていた。真剣な表情。二人は目と目を合わせ、思いを交わし、それだけで立花は立ち上がる。
刀を杖の代わりにして、震える体に鞭を打つ。両足が地面を掴んだところで、立花は刀を地面から抜いた。刃に未だ滴る液体を振り払い、腕を上げていく。少しふらついた、正眼の構え。心臓は平時よりも小刻みに鼓動し、息遣いも荒かった。異形の声が頭から離れない。考えも纏まらない。だから、立花は考えるのをやめた。ソレに近づけば、後は勝手に体が動いてくれる。粉塵を体で掻き分け、立花は進んだ。ゆっくりと、だが確実に。
両者が対峙する。ソレと、立花が向かい合う。
ソレはもはや動く事すら困難な様子で、それでも獣の瞳は敵を掴んで離さない。
立花は足を引き摺りながら、虚ろな、それでも手負いの獣を思わせる瞳で敵を捉える。
そこから、二体の獣は動かない。警戒しているのでも、なんでもない。ただ、動かないだけ。ソレは舌を出して、必死に空気を舐めている。意識を繋ぎとめようと、必死になっている。立花は、顔を上げているのが辛くなり下を向く。
「――っ!」
誰の声かは分からないが、立花にそれが届いた。弾かれるように前を見る。ソレの翼が向かってきていた。
いつの間に、何で。
叫ぶ事すら忘れて、立花は刀で翼を受け止める。しかし、すぐに力負けして、立花は翼に押し込まれるように吹っ飛んだ。
――あ。
ここで倒れたら、二度と起き上がれないような気がする。それでも、立花はもう抵抗できなかった。背後に、冷たい地面が迫るのが分かる。それでも、立花は、もう。
優しい、風が吹いた。
その風が、立花の体を支える。倒れそうになる立花を繋ぎとめた。
「これ、はっ」
肺に残った空気を吐きながら、立花は目を見開く。足は地面に、腕は刀に体重を預けながら。視線は、風に。
「シルフ様を忘れてもらっちゃ困るね、ニンゲンどもめ」
そこには、緑の帽子を被った幼い精霊がいた。
「……シルフ?」
何故、キミが。立花は問う。
「何でって……。関係無い。関係無いぞ。そうさ、そうだよ、そうなのさ! シルフ様がいる限り、そう簡単に駒台はやらせないぞ。それだけなのさ! 良いかニンゲン、シルフ様は少しばかり油断して影にやられちゃったけど、そんでもってニンゲンなんかに助けられちゃったけど、シルフ様は風のせーれーなのさ! ニンゲンなんかが気安く声を掛けて良い存在じゃないのさ!」
だけど、とそう繋げてシルフは風を舞い上がらせた。
「仕方ないけど、借りがあるのさ! せーれーはしんせーでげんかくなモノなんだ! 気に入ったニンゲンの! あいつの周りぐらい助けられなくて、せーれーとは呼ばれないんだ、だからっ!」
立花の周りを風が覆う。優しく、傍にあるだけで力が湧いてくるような、そんな風だった。
「シルフ様の代わりに、あいつを倒せ」
「……ありがとう」
力が入る。足は地にしっかりと吸い付き、腕はしっかりと柄を握れた。瞳には光が戻り、立花は歩く。走る。駆ける。
「うあああっ!」
刀が振り落とされ、ソレの残った翼が切り落とされる。もはや悲鳴を上げることさえソレには出来なかった。
立花はもう返り血は気にしない。風が勝手に降りかかるモノを払ってくれるから。返す刀でソレの左目を薙ぐ。
ソレの視界が黒に染まった。もう、空を見ることすら叶わない。
「でやあっ!」
立花の声はソレにも聞こえた。鈍い痛みがソレの体に走る。もう、どこを斬られたのかも分からない。だが、自分の意識が徐々に薄れていくのは分かる。
その光景を見ていたジェーンは息を吐いた。安堵の溜め息。誰が見ても、もう勝負は決した。
立花は、刀を振り払う。ソレの体液が地面に降り注がれた。
シルフは何の感慨も持たず、ただソレを見た。
今度こそ、終わりだった。
空を、獅子の首が舞っている。
最後に空を、風を感じながら死んでいくソレは幸せだったのだろうか。