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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
レッドキャップ
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赤はあの人の色

 一は学校帰りにオンリーワン北駒台店へと寄った。店長の勝手な都合で毎日のように変わるシフトの確認と、お菓子を買いに。

 影の事件が終わってから、一がお菓子を所持していると、必ずと言って良いほど寄ってくるモノがいたからだ。最初こそ辟易していたが、大学から家までは何も無い帰り道。子供だろうがなんだろうが、話し相手がいると言うのは良い物だと一は思う。

「おはようございます」

 レジには三森がしかめっ面で立っていた。一応、オンリーワンの制服を着てはいる。しかし、カウンターに寄りかかり、店内で煙草を吸う三森の姿勢からは仕事を真面目にやろうとする意欲が感じられなかった。

「……よう」

 一に気付いた三森がだるそうに片手を上げる。

「煙草吸いすぎじゃないですか? 一日何本ぐらい吸ってんですか一体」

「うるせェな。お前だって吸ってんだろうが、私の事に口出しすンじゃねえ」

 煙を吐きながら、三森が鬱陶しそうに首の骨を鳴らした。

「……店内で吸いたくなるほど、俺は中毒じゃないっすよ」

「一々うるせェ奴だな、大体お前はシフトにも入ってねーのに来るンじゃねぇよ」

「買い物ぐらい良いでしょう」

 それだけ言うと、一は商品棚から適当に見繕ってお菓子を数百円分手に取る。飴玉やキャラメル。チョコレートにスナック菓子。一は、合計で十点程のお菓子をバーコードが見えるようにして丁寧に置いていった。

「お願いします」

「は? 何をだよ」

「……レジですよ」

 三森はカウンターに置かれた商品の山を一瞥して、心底面倒くさそうに紫煙を吐く。

「買い過ぎじゃねえ? 私が戻してきてやっから、一個だけにしろよ」

「んー、確かに買い過ぎですかね。……でも、つい買ってあげちゃうんですよね」

 言って、一がお菓子を手にとって見比べ始めた。

「……買ってあげる?」

「三森さんってチョコレートと飴、どっちが好きですか?」

「チョコ。じゃなくて、話聞いてンのかてめぇ?」

「聞いてますよ。シルフ君に買ってあげてるんですよ。駄菓子ぐらいですっげぇリアクションしてくれるから、ついつい」

 一はやがて、半分ぐらいのお菓子を棚に戻した。

 レジ前まで戻ってきた一に、三森は呆れたような視線を送る。

「お前な、どうしようもねェぐらい使い物になんなくても、お前も一応は勤務外なンだぞ? ソレと遊んでんじゃねーぞ、立場弁えやがれってんだ」

「良いじゃないですか。シルフ君は言葉も分かるし、人間を全面的に好いてはいませんが、害を与える気も無いんですから」

「ちっ、イカレてやがるぜ」

 舌打ちしながら、三森がお菓子のバーコードを通していく。

「ン。全部で五百……円ぐらいな。つーかさ。お前、勤務外なんだから金払わなくても良いンだぜ?」

「……五百五十三円、と。あー、勤務外ってそういう設定でしたっけ」

「ああ、そうだよ。金は良いから持ってけよ」

 袋にお菓子を詰めながら、三森が言った。

「そりゃありがたい話ですけど」そう言って、一は百円玉を六枚、カウンターに並べる。

「おい。私の話聞いてたか?」

「聞いてますよ。けど、この店売り上げマズイんですから、少しでも貢献しときますよ」

 袋を手にとって、一はごまかす様に笑った。

「まァ、金払うのは私じゃねーから良いけどな。それよか、私の好きなもの。誰かに喋ったりしたか?」

「は?」

「いや、知らないなら別に良い」



 一はバックルームに入って、壁に画鋲で貼り付けられたシフト表に目を通していく。今日の(・・・)シフト表によると、早朝から昼まではジェーン。昼から夕方。ついさっきまでは糸原。夕方から明日の朝までは三森。の予定だった。明日の午前からは一が入る予定になっていた。ちなみに明日の午前、一には大学の授業があったのだが。

「ひでぇ……」

 思わず口をついた言葉だった。

 オンリーワン北駒台店。幾ら客の少ない店とはいえ、納品、掃除、レジ打ち、店長の相手等等。さまざまな仕事を、各時間一人で押し付けられている状況。せめて後二、三人いればマシになるのに。と、嘆いても仕方の無い事を一は嘆いた。

 とりあえずのシフトを確認した一は、足早にバックルームを立ち去ろうとする。

「おいおい、挨拶はー?」

 バックルームの奥から、意地悪い声が聞こえてきた。

 一は不機嫌そうに「おはようございます」と一言だけ告げ、店長の顔を見ないで部屋から出る。出たところで、一は後ろから背中を掴まれた。

「お兄ちゃん! 何でアタシまで無視するの!?」

「あれ、ジェーン居たのか?」

「いたもん!」

「悪い悪い、冗談だよ」

 一にはただ、ジェーンがどこにいたのか見えなかっただけだった。

「別に良いけどネ、お兄ちゃんだし。ばいざうぇい、お兄ちゃん、もうディナーは済ませた?」

「お前英語の発音も怪しくなってないか?」

「Shut up! 良いから、食べたの? 食べてないの?」

「ん。食べてない」

 その問いに、ジェーンは満足げに頷く。

「ゼンは急げ、じゃあお兄ちゃんの好きなお店連れてってヨ」

「今からか?」

 一はバックルームの時計を見上げ、黙考した。

 今の時刻は、午後五時を少し回ったところ。晩御飯には少し早い時間だろう。

「ジェーン、駒台は慣れたか?」

「? 少しはネ。でもでも、まだ行ってない場所もあるけど」

「それじゃ、駒台デパートには行ったか?」

「デパート? ううん、行ったことナイよ」

 ジェーンがオーバーリアクション気味に首を振った。

「ん、じゃ決まりな。適当に買い物もしようか」

 そう言って一が自然に、ジェーンへ手を差し伸べる。

 ジェーンもその手を、ごく自然に握り返した。



「ありゃ」

 一が中内荘の自室まで戻ってきて、自室の扉のノブを捻ったところで声を上げる。意図せず、何も考えずに出たものだったので、声は間抜けその物だった。一は軽く木造の扉をノックして、中にいるであろう人物に呼びかける。しかし、その人物――コンビニのバイトが終わって帰宅しているはずの糸原――は、扉の鍵を掛けたまま、挙句の果てには一に対して返事もしなかった。

「…………」

 一の部屋からは、物音が聞こえてくる。テレビから流れる何かしらの音、声。何かを擦る音。確実に、一の部屋には誰かがいるのだ。

 まさか、と。一はネガティブな想像を抱く。空き巣。強盗。殺人犯。泥棒。盗人。

 一は身震いした。

 だが、果たして自分の部屋へ盗みになぞ、誰が入るのだろう。ご丁寧に鍵まで掛けて、だ。不思議に思いながらも、一は部屋の中にいるであろう誰かに声を掛ける。

「糸原さん? 開けて下さいよ」

 返事は無い。

 一の体を、夜の風が吹き抜けていった。一はまた身震いする。

「寒いんですけど!」

 強めにドアをノック。

 すっ、と。部屋の中から、ドアの前に誰かの立つ気配がした。一は安堵する。

「駄目よ」

 ドア越しの声は、酷く冷たかった。

「はっ? 糸原さん、ですよね?」

「うん」

 肯定。という事は、一の部屋にいるのは糸原で間違いない。しかし、何が駄目なのだろう。一は糸原の言葉を理解できない。

「遅いから、もう入れてあげない」

 追撃だった。

「……!」

 絶句する。何を言っているのか、扉越しの女の言っている事が、頭に入ってこない。

「家主に向かってあなたって人は……」

 一の握った拳が震えていた。寒さのせいではない。

「へっへっへー、あんたが家主って証拠は無いわよ。私はその家主から、直に留守番を頼まれてるんだかんね。家に入れて欲しいなら、あんたが一だって証拠を見せなさいよ」

「この状態で何をどう見せれば良いんですか?」

「ふっ、あんたの誠意を見せてみなさい」

「誠意。はあ、分かりました」

 扉から一歩距離を取ると、一は煙草に火を点けた。胸いっぱいに煙を吸い込み、一呼吸。

「ほら、ほらほら見えますか? 俺の渾身の土下座」

「えっ、土下座!?」

 糸原があっさりと扉を開いて飛び出してくる。その顔は異様な期待感に満ちていた。

「おっしゃ」

 呟いて、一が火の点いた煙草に気を付けながら部屋に入る。一は流し台に置いてあった灰皿を掴んで、こたつに足を入れた。

「ちょっと、あんた土下座してないじゃない!」

 糸原が扉を乱暴に閉め、一を睨んだ。

「何がしたかったんですか、あなたは?」

 あきれ返った一の顔。

 そんな一を気にもしないで、糸原は告げる。

「晩ごはんが食べたかったの」

「……食べれば良いじゃないですか」

 勝手にどうぞ、と言って、一がこたつに潜り込んだ。足の先から、暖かさが伝わってくる。心地よさを感じ、一は目を瞑り、訪れた睡魔に身を委ねた。

「どうやって食べるって言うのよ。あんたが財布持ってるから私お金持ってないし、店長は廃棄くれなかったし、この部屋には何にもないじゃない」

「あ、忘れてた。でもジェーンとご飯食べちゃったしもう眠いし。だからおやすみなさい」

 糸原の言った事は至極まっとうで、筋もちゃんと通っていた。

 一は心からの謝罪を述べ、もう一度目を瞑る。

「良し分かったわ。お姉ちゃんが出来の悪い弟を教育してやろうじゃないの」

 閉じていた目が開かれた。糸原の細く長い指が、見た目とは裏腹に万力のような力でもって、一の瞼を無理矢理に開けていく。

「やめてやめてやめてやめて」

 懇願を聞き届け、糸原は一の瞼から指を離し、頭を引っ掴んだ。そうして、流れるような動作で一の額をこたつの卓の、角の部分にぶつける。

「あ――!」

 衝撃音は叫びによってかき消された。一は額を押さえ、こたつに入ったままの、身動きの取れない体勢で足をバタつかせる。

「あはは、ね、痛い?」

「もう嫌だあ! ちょっと帰りが遅かっただけじゃないですか!」

「……それよ」

 糸原は声を低くして言った。そうして、寝転んだままの一の横に胡坐を掻く。

「あ、俺のジャージ穿かないで下さいよ」

「はあ? じゃあ私にパンツ一丁でいろって言うの? はっ、それが目当てなのそうなのきっとそうに決まってる! やん、エッチ。けど一になら見せても、良、い、か、も☆」

「気持ち悪い……」

「あんたって眠かったら毒吐くわね」

 悪戯っぽく糸原が微笑んだ。その笑みが、一にはどこかぎこちないものに見えた。

「……何かあったんですか?」

「んー、ソレが出たんだってさ」

 その言葉に一の眠気が霧散する。

「またですか」

「ん。またここら辺に出たんだってさ」

 髪の毛を弄りながら、糸原は世間話をするかのような、軽い口調で一に返した。

「えっと、その、犠牲者とかは?」

「一人殺されたらしいわよ。斧か鉈。刃物でズタズタに体中斬られた男が、近くの墓地で見つかったんだって。血が墓石とかにこびり付いて大変だー、とか言ってたわね」

「……墓場?」

 一は頭の中に駒台の街を描く。

「ああ、高校の近くの墓地ですかね……。うーん、俺の家からだと結構遠いかな」

「少し、安心した?」

「遠いとは言っても、結局はこの街に出たんでしょ。だったら気休めぐらいにしかならないとは思いますけどね」

「それでも、私はちょっとほっとした」

 糸原は窓の外の景色に目を遣りながら呟いた。優しい、声だった。

 一は糸原の物憂げな横顔を目の端に置いたまま、曖昧に賛同する。

 ところで、と。前置きしてから、

「ソレの正体ってハッキリしてるんですか?」

 一は話を変えてみた。

「チビっ子や情報部が言うには、殆どね。赤い奴が犯人なんだってさ」

「赤い奴?」

 一の脳内に一人の人物が浮かんできた。

「……服、とかが赤いんですかね」

「さあ?」

 だが、一はその人物の事を言おうとは思わない。思えなかった。少なくとも、言ったらその人(・・・)に対して申し訳ない、と。悪い気がするのが半分。もう半分は言ったら殴られそうと思ったからだ。

「そう言えば、ソレが出たって時にあのヤンキー店に居なかったのよね」

 それがどうした、とは一には言えなかった。



 駒台の街に学校は少ない。小学校が三つ、中学校は二つ、高校も二つ、大学に至っては、一の通う一つしかない。駒台にはオンリーワンの近畿支部がある為、被害を少なくするためにもそれは仕方の無い事ではあったのだが。未来有望。前途洋洋。若者たちを戦場の真っ只中で勉学に勤しませる。悪逆非道。そんな真似は良心があれば許さないだろう。良心があれば。人並みの、普通の心があれば。



 北駒台高等学校。駒台に二つある高校の内の一つ。もう一つの南駒台高等学校より、人気のある学校。その理由は立地にある。北駒台高等学校――通称、北高――は平地に建っている。一方の南駒台高等学校――通称、南高――は坂道の上。山の上に立っているのだ。やはり、毎日通学する場所なのだ、行くだけで疲れてしまう南高を志望する者は少ない。



「……はっ、はっ」

 北高の近くの墓地。この近辺の道は昼間でも見通しが悪い。墓地の周りを、背の高い木々と塀が覆っているせいだ。電灯も立っていない。光なんて無い。

 墓場の近く。見通しの悪い道を、息を切らせて走る影が一つあった。闇に溶ける様な、紺色の襟詰めタイプの男子学生服。つまり学ラン。制服のボタンを外しきって、だらしの無い格好だった。だが、それも状況によりけり。仕方の無い話ではある。この学ランを来た学生は、ソレに追われているのだから。

「ちくしょう!」

 後ろのソレに向かって、ツンツン頭の少年が悪態を吐く。ワックスで固めた頭髪も、走り回ってかいた汗のせいで乱れ始めていた。鏡を見て直す余裕があるはずも無く、少年は只管に走る。少年の顔には、恐怖と疲労の色が浮かんでいた。息も絶え絶えに走る。手にはデニムの竹刀袋。持って走るには邪魔なぐらいの長さだった。しかし少年は、大事そうにしっかりと五本の指で竹刀袋を掴む。

 離さない様に。落とさない様に。もう、なくさない様に。

 少年の後方には赤い影があった。赤い帽子。赤い服。赤い靴。赤い、紅い。全身を真紅に染めた、小さな体。手には、鈍く輝きを放つ片刃の斧。その斧は血と脂に塗れて錆びていた。既に何人もの、何匹もの血を吸っている魔性の道具。魔の凶器。小さな体には不釣合いなほど大きい斧を振りかざし、あかいものは笑う。陰惨に口を歪め、欠けた歯を見せびらかすように。真赤な舌を伸ばし、唾液を垂らして赤い小人は笑った。眼前の獲物を追いながら。



 その様子を、墓地から少し離れた、民家の屋根の上で見ている者が一人。

 細すぎるシルエット。月光に照らされた美しい容貌。黒いボディスーツに身を包んだ、折れそうな程細い足。折れそうな程細い手。折れそうな程細いからだ。

「……面倒だな」

 無感情に、無表情に呟く。

 オンリーワン情報部二課実働所属、春風麗(はるかぜ うらら)。眼下で繰り広げられる鬼ごっこ(・・・・)。春風はそれを見ながら、少しばかり憂鬱そうに頭を振った。

 春風は、墓地の近くに現れたというソレの調査の為にやって来たのだが。既にソレは現れ、既に犠牲者になるであろう少年を追い掛け回している。予想外ではない。あくまで春風の予想の範囲内。だが、考えられる限り最悪の状況ではあった。

 一瞬、春風は考えてしまう。

 どうするのか。だがそれも一瞬の事。なぜなら彼女は情報部。考える事も許されない。


 ――何で助けてくれなかったんだよ!


 春風の脳裏に浮かぶ男の姿。鼓膜に響くは男の声。

 怒っていた。怒られた。

 それでも春風は動かない。

 今宵、赤帽子(レッドキャップ)が新たな血を啜ろうとも。

 今宵、少年という新たな血が流されようとも。

 春風麗は動かない。

「…………」

 だが今宵、春風麗は少し揺らいだ。



 ――その晩、レッドキャップと呼ばれるソレが死んだ。

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