駒台悪夢13
一はうつ伏せのまま、驚愕する。戦慄する。単純に、震え上がる。
「……ジェーン?」
ジェーンの勤務外としての実力を、一はジェーンについての全てを知らない。
だが、ガーゴイル出現時において、フリーランスとジェーンが戦闘に入った現場を、一は目撃している。その強さの一端を、その、速さを。
「安心しろ、ジェーンゴーウェストを殺す理由はまだ無い。気絶させただけだ」
一の頭上から、冷たい声が聞こえた。見下ろされている。完膚なきまでに。
「まだ……?」
「勤務外が、いつ、人間に敵意を剥くか知れたものではない。そんな物を長い間生かせておくほど、情報部は愚かではない」
あの、フリーランスの男も、決して弱くは無い。むしろ、強者の部類に入るだろう逸材。
そのフリーランスを、互角以上に追い詰めたジェーン。少なくとも、一にはジェーンがその時、手の届かない存在に見えた。見えてしまった。
――妹、だったのに。
その、ジェーンが。あっさりと、本当にいとも簡単に、春風の足刀で、地に伏している。臥している。
「くそ! あんた、それでもオンリーワンかよ! ソレを何とかするのがお前らの仕事だろう! 俺たちがあんたらに何とかされる理由があんのかよ!?」
「……何度も言わせるな。私は、お前が嫌いだ。それだけで、事は足りる」
強く、強く一は手の中のモノを握り締める。
もう、関係無い。
相手がソレだろうと、ソレでなかろうと、人間だろうと、そうでなかろうと。現状を打破するには、力を行使するしかないと、一は決心する。
「分かった」
呟いて、一は力を全身に込めて、体を反転させた。仰向けの姿勢。右手には、ビニールの傘。アテナの力、蛇姫、メドゥーサの力。すなわち、世界最高峰の防具、ギリシャ最強の盾。その名はアイギス。物理攻撃を可能な限り防ぐ事が出来、一が対象にしたモノの動きを止める術を持つ、防御の概念。だが、力の発動には様々な制約、条件をクリアしなくてはならない。
一つは、一が声を出せる状態である事。
一つは、視界が良好である事。
一つは、動きを止める相手の、名前を知っている事。
これらの条件をクリアして、初めてアイギスは真価を発揮する。
「ハルカゼウララ、止まれ」
宣言。
一が精一杯に声を絞り出した。右手を対象に翳し、一が対象を睨みつける。不可避の静止、絶対の固定、アイギスが発動――
「……遅いな」
「あ?」
――しなかった。
止まっていない。ハルカゼウララは止まっていなかった。
「効果は知っていた。条件も読めていた。一一、情報部を、私をなめるな」
一は、右手を見る。
「ああ……」
そして、納得した。
右手には、何も握られていなかった。アイギスは、そこに無かった。
「この距離ならば、何をするにしても、されるにしても、だ。私の方が早い。女神の道具に対して礼を失するが、蹴り飛ばさせてもらったぞ」
一が目だけを動かす。
倒れて動かないジェーン。その傍に、傘が。
アイギスが。
アイギスは、地面に転がっていた。それこそ、普通のビニール傘となんら変わりは無かった。
早かった。
一の宣言開始前、ほんの少し前、確かに春風はアイギスを、一の手の中のアイギスを蹴ったのだ。先刻の、ジェーンの首を蹴ったときのように。
「一一。聞いておくが、アイギスは遠隔操作出来るのか? お前の手の届かない所にあったとしても、効果を発揮するのか?」
「…………」
そんな事を「敵」に聞くか普通。一は呆れた。
が、
「出来ない」
一は正直に答えた。
意味は無い。他意は無い。その問いを、春風が信じたかどうかは分からない。否、信じてはいないだろう。
「そうか」
それでも、春風は一の答えに満足した様子で、一を仰向けからうつ伏せの体勢に転がした。
「無様だな、一一。それがお前の限界だ。最悪の盾の所持者と言えども、盾を持っていなければ、唯の人間でしかない」
一の背中を踏みつけながら、春風は勝ち誇ったように言った。
「……ちくしょう、意味が分からねぇ……」
「このまま背骨を踏み砕いてやろうか、一一? それとも頭蓋か? 一一、どこを砕かれたい? どう殺されたい? 答えろ」
春風が足に力を込める。
呼応するように、一の骨の軋む音。一の呻き声。
「いってぇ! やめろ、頼む! 頼むから殺さないで!」
「駄目だ。千載一遇の好機を逃すほど、情報部は愚かではない」
一の懇願を、春風は冷たく受け流す。
春風に届かなくても構わない、誰か、通行人に自分の声が届けば。一はそう願った。
「大声を出しても無駄だ。ここには誰も来ないぞ、一一」
「なっ、んなわけねぇだろ!」
「……忘れたのか? 私はオンリーワン近畿支部の情報部二課実働所属、春風麗だぞ。好きな季節は春。嫌いな季節は冬。夏と秋は別段何も感じない。だが、海は好きだ。水着になるのは嫌いだ。スリーサイズは上から――」
「うるせぇよ!」
一の背中への負荷が、大きくなった。声にならない声を、一が上げる。痛みが、思考を塗り潰していく。
「私の話を遮るな」
誰か、助けて。
一の意識が、薄れていった。視界がぼんやりと、白く霞む。白く、白く。潰れていく。白に、白に。全てが、真っ白に、雪に覆い隠されるように。
一の目には、もう、白しか、白白白白白白白。
白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白。
黒い、影が。
白い景色の中から、黒が生まれる。
ぬるり、と。這い出る。腕が、黒い腕が、影が。
影が。
「あ……かっ……」
「これは……!」
既に四人を飲み込んだ影が、シルフを引き摺り下ろした影が、生まれた。
一たちの眼前に、その姿を現す。
「くっ、私かっ」
春風が一の背中から足を退かせた。そして跳躍、向かうは『影』。その影に、明確な形は無かった。顔も、胴体も、足も、何もかも。辛うじて、腕のような部位が確認できるだけ。それでも、春風は踵を、影にぶつけた。
「ちっ!」
春風の攻撃は、影を捉えるも、影は微動だにしない。攻撃を受けたのか、ダメージを食らっているのか、全くわからない。
「ならば」
呟いて、春風が影に背を向けた。
その先には、倒れているジェーン。
そして。
「てめえっ!」
掠れた声で、一が思わず叫ぶ。
「……勤務外に用は無い」
そして、ジェーンのすぐ傍には、アイギス。最高の防具。ギリシャ最強の盾。絶対の防御を所持者に、不可避の凍結を敵に与える女神アテナの概念。蛇姫と知恵の女神の、二つの力が注ぎ込まれた無二の逸品。
「それに触るんじゃねえっ」
春風が、アイギスに手を伸ばした。
オンリーワン近畿支部、田村たち情報部が掴んだと言う『影』に関する、一通りの話を聞いた後に、三森は呟いた。
「わかりづれぇ」
「そんな! ぼ、ぼぼぼ僕は懇切丁寧に一から百までし、しししっかりと説明したって言うのに!」
煙草の煙をのんびりと燻らす三森に、田村は憤慨する。
「だ、だだだから戦闘部上がりは嫌いなんだ! 君たち戦闘部は、頭で物を考えると言う事が出来ないんだ! 筋肉馬鹿め、くそっ! くそくそくそっ!」
「もう一回説明しろ。今度はメールで適当に書くから。奴ら電話に出やしねェ、くそ、何やってやがンだ」
三森が携帯を弄りながら、舌を打った。
「ナニやってたりしてねー、あははは」
二人の横暴に、田村が「ふ、ふふふざけるな!」と喚き散らす。
「おい」
「な、なななんだ? 睨むな、いや睨まないでくださいお願いします」
「私はイラついてンだよ。早く説明しろ、この部屋ごと燃やすぞてめぇ」
手の平に炎を灯し、三森が田村ににじり寄った。
「わ、わわわかったよ。良いですか? 『影』の正体は、人の恐怖なんだ。恐怖。分かるよね? さっきも説明したから、大丈夫だと思うけど」
敬語とタメ口と、無茶苦茶に入り混じらせて、田村が説明を始める。
が、「あのさー」と、糸原が口を挟んだ。
「正体が人の恐怖って言うけど、それって正体になんの? 怖いって、人の気持ちじゃない。そんなん正体も実体もクソもなくない?」
田村が眉を顰めて、不快感を露にする。
しかし、糸原は気付いているのかいないのか、気にせずにいた。
「そ、そそそういう考え方もあるけどね。しかし、しかしだね、今回の影、恐怖だね。実は、昔から存在しているんだよ。まあ、名前はその時々によって違うけど、影だとか、悪夢だとか、幻だとかね。ただ、現象自体は殆ど同じなんだよ、実際に記録にも残っているしね。今回の事件と一致する所も、幾つかあるんだ」
「こんな事が前にもあったの?」
メールを作成する三森に代わって、糸原が田村から話を聞きだす。
「あ、ああ。とは言っても、一番新しい事件で、三年前の情報なんだけどね。三年前、つまりソレと人類の大規模な戦争に突入した、あのパンドラ事件、第一次大戦の時分だね。えーと、出現場所はスコットランドや、アメリカだったかな。その時『影』はブギーマンとか、ボガートなんて呼ばれていたらしい。不定形のソレだからね、呼び名も姿も、やはりその土地の人の心、恐怖心によって変化していくのさ」
「おい、分かりやすく言え」
「じゅ、じゅじゅじゅ充分噛み砕いて説明してるじゃないか!」
「いい加減指が疲れてきた。もっと簡単にしろ」
「んー?」
糸原が、三森の携帯の、ディスプレイを覗き込む。そこには、田村の言った言葉が、一言一句完璧に記入されていた。
「げえ、あんた気色悪いわね。あ、勿論良い意味でよ?」
「うるせえな、こっから編集するから問題ねェんだよ」
そう言うと、三森はまた携帯を弄りだした。
「……と、とととととりあえず、続けて良いかな?」
「あー、良いわよ。次は、そうね、何を説明してくれるのかしら?」
「そ、そそそうだな。じゃあ、今回の事件と、今までの事件との類似点を挙げていこうかな。うん。まずは、その正体不明って所だね。やっぱり、影とか悪夢。幻に霧とか、姿がはっきりしていないんだ。それと、犠牲者。どうも、子供が犠牲者の大多数を占めているんだよね。あー、他にも、子供以外にもお年寄りや若者が狙われたみたいだけど。それも、まあ、割合で言えば、本当に極少数だね」
「……あー、確かに同じね。今回もガキが狙われてるみたいだし。まあ、私にしちゃ別に都合が良いかなー。だってさ、あいつら超うっさいじゃん」
「き、きき君さー、勤務外だよね?」
田村が頭を抱えた。
糸原は、そんな田村を見て、鼻で笑う。
「そ。私は一応、勤務外よ。けどね、正義の味方ってわけじゃないの。あくまで、私に喧嘩売ってくるソレにだけ糸を振るってるつもり。めんどいししんどいし、私以外の人間なんて知ったこっちゃないわ」
「……き、君は」
「その意見には、私も賛成だ」
冷ややかに三森が声を発した。
「君たちは……」
田村がこめかみを指で押さえる。
「何? 頭痛いの? どうでも良いけど。んで、何でガキが『影』に狙われてるわけ?」
「……か、かか影は。あ、ああ、あくまで、便宜上、影と呼ぶだけだけどね。影は別に子供を狙っているんじゃないんだ。影は恐怖を狙っているんだよ。人の恐怖、怯えている心をね」
「つまり、影ってのは、無差別に人間を襲ってるって事?」
「無差別と言えば、まあ、無差別になるかな。だがね、一応、影にも獲物を獲物とする条件があるのさ。それが、さっきも言ったけど恐怖。例えば、夜道をおっかなびっくり歩いている人間。何気ない物音に反応する人間。誰かに怒鳴られたりしてる人間。そんな人間、精神的に弱っている人間を狙うのが、奴らの手口なんだよ」
その話を聞いて、糸原が嫌らしく笑う。
「成る程ね、夜道を怖がったり、他人にびびったりする人間、ね。なーるほど、確かにガキだわ」
「不定形、怖がってる人間を襲う。そして目立った類似点の最後の一つに、影の手口が挙げられるんだ」
「手口?」と、糸原が聞き返す。
少し楽しげに、田村が頷いた。
「スタイル。戦法だね。まあ、弱った人間に対して、戦術も戦略も戦法も無いけどね。んん、まず、奴らは弱っている人間を見つけると、体の一部分だけを外に出すんだ。本体は影の中、ああ、今回に限って言えばだけどね。例えば、スコットランドの時なんて、霧の中に直接子供を飲み込んだって聞くし。そして、話を戻すけど、出した部分、腕やら足やらで、ターゲットの体に触れるんだ」
「触ってどうすんのよ?」
「い、いいいい今から言うところじゃないか! 黙って聞いてくれよ。触って、そして、ターゲットを更に弱らせるのさ。方法は定かではないんだけどね。犠牲者ばっかだからさ。記録にも、影と遭遇して生還した者は殆どデータが残ってないんだよね。もしかしたら、いないのかもしれないけど。ま、僅かなりに残っている資料、調書を読んだ僕の想像、推理としちゃあ、中々エグい方法だね」
やはり、田村は少し楽しげだった。
「……方法は?」
三森が頭を掻きながら、続きを促す。
「それは」と前置きして、田村は口を開けた。
「影はさあ、ターゲットに合わせて、自身の姿を変えているんだよね。いや、あくまで僕の仮説だよ?」
楽しそうな田村に対して、三森が面倒くさそうに顔を上げる。
「それだと、話が違うンじゃねぇか? そもそも、影ってのは出てくる時から、元から何になるかわかんねェ不定形のソレ何だろ? 遭遇してから姿を変えるってな、どういう事だ?」
ふふん、と意味無く田村が笑った。
その笑みに、三森が舌打ちし、糸原が露骨に気持ち悪がる。
田村は気にせずに、
「そこが、影のエグい所だよ。とある被害者の証言にね、あ、ああ、この被害者はもう死んでて、近くにいた人からの証言。ん? それだと発見者の証言か。んん、まあ、良いや。それでね、話を戻すけど、被害者の証言に、「巨大な犬に殺される」ってのがあったんだよ。いや、実際殺されてるんだけどね、その人。ん、まあ、犬。大きな犬に、その人は怯えていたわけさ。けどね、その傍で影を目撃した人によると犬なんていなかった、なんて言う訳さ。ああ、じゃあ、影に怖がって平常心を失った被害者の妄言か、と思うよね? まあ、普通の情報部ならそう思うよ。けどね、僕は違う。僕は調べたんだ」
楽しそうに、饒舌にまくし立てた。
そして続ける。
「どうやらね、殺された人。昔、犬に襲われた事があるんだ。それもただ追いかけられただけじゃなくて、思い切り、お尻に噛み付かれて、お尻の肉を結構な量、頂かれちゃったんだよ。こりゃキツイよねえ。ん、それで、その人は子供心に、いや、死んだときも子供だったんだけど。子供心に、犬が死ぬほど嫌いで、それこそトラウマになっちゃったらしいよ。つまりだね、その人にとって、恐怖の対象根源は犬だったのさ。だから、影は犬の姿をとったんじゃないのかな? そして、傍で見ている人には、ただの影、夢幻にしか見えない。だって、犬が怖いのは被害者だけだったんだからね。ああ、いや、被害者が犬を怖がってたから、影は犬になったのかな」
はっ、と三森が田村の意見を吹き飛ばすように笑い、鼻から煙を出す。
「……何だそりゃ、ンな訳ねーだろうが。それに、ただのあてずっぽうだろ?」
「そうだよ。証拠も無いし、合っているなんて保障もね。けど、僕は、ぼ、僕だけは確信している」
「ちっ、何だって良いけどよ。そンで? そこまで分かってて情報部は影は無差別に人を襲うなんて抜かしてやがったのか?」
「ん? いや、今回の影は二課が担当しているからね、僕ら一課は知らないよ。そもそも、ここまで知っている情報部は僕ぐらいじゃないかな。まあ、半ば趣味みたいな物だよ、これはさ」
「二課? おい、おいおい、お前ら一課じゃねェのかよ?」
三森が焦った様子で椅子から立ち上がった。
反して、田村は余裕たっぷりの態度で「そうだよ」と、言い述べる。
「……あー、面倒だわこりゃ」
「何がよ?」
糸原が漫画本片手に、三森に問いかけた。
「二課にゃ、面倒な奴がいンだよ」
「ああ、春風さんだね。君たち、仲が悪かったよねえ」
「知った風な口利いてンじゃねぇぞ」
ぎらり、と光る三森の眼光に、ひっ、と田村が身を縮こまらせる。
「あのさー、あんたと情報部が仲悪くて、そんで何が面倒なの?」
「あー、春風はさ、私ら北駒台の奴らが嫌いなんだ。だから、二課がウチらの担当に当たったら、情報をまともに回してくれなかったりしてさ。何度か、邪魔もされたぜ。偽の情報流されたり、ちょろちょろと戦場行ったり来たりしてよ」
「仲間割れ? あはは、良いぞもっとやれ」
「馬鹿野郎。今、現場にはあいつらが行ってるんだ。っつー事は、春風も現場のどこかに居やがるに決まってら」
何かされてなきゃいーけど、と三森が不安そうに呟いた。
「ふーん。まあ、大丈夫でしょ。邪魔ぐらいされても、流石に殺されやしないんだから。所でさ、何でそいつは私らの事嫌ってんの?」
糸原が気楽そうに言う。
三森は、本当に言い難そうに頭を掻き、視線を天井に向けた。
やがて、
「春風の家族を、私らが殺した」
三森が無表情に言った。
蛇。
蛇。
蛇が絡み付いている。
春風の腕に、右腕に絡み付く。一匹ではない。地面を蛇行しながら、春風の右腕を伝い、何匹もの蛇が絡み付く。大きさも、色も、全てがバラバラの蛇。何匹も何匹も、蛇が蛇が。
「ぐっ、何故だ! 何故動かない!?」
一の目は、しっかりと蛇を捉えていた。視界には、夥しいほどの蛇。
春風だけではない。一の体にも、蛇が纏わり付き、絡み付いている。背中を這うような感触も、爬虫類独特の冷たさも感じていた。
「一一! 貴様、遠隔操作は出来ないと言っていたな! 私を騙したのか、くそっ、一一!」
何故だろう、と一は倒れたまま思う。
何故、春風には、見えていないのだろう、と。もしかすると、春風にとって蛇は嫌悪の対象ではないのかも知れない。体中に纏わり付かれても動じないほど蛇が好きなのかも知れない。
「これは、これは何だ!?」
春風は、何度も、何度も何度も右腕に力を込める。しかし、どう足掻いても、腕は上がらない。と言うより、動かない。それこそ、全く。微動だもしない。
当然だ。
蛇に動きを封じられているのだから。