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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
ブギーマン
38/328

消えた緑風

 影はそこにある。物理現象として、心理現象として、文化的現象として。

 影は、どこにでもある。人の近くに、壁の近くに、地面の近くに。

 すぐ、近くに。


 影は走る。

 影は止まり、影は見た。そのシルエットは細く、均等の取れたものだった。折れそうな程細かったが、それでいて、しなやか。身軽な猫を思わせるような姿。その影の目の前では、小さな、緑の帽子を被った少年が、『影』に吸い込まれて、消えていく。

 ゆっくりと、味わうように、舌で転がすように、『影』は少年を飲み込んでいく。

 影は動じない。

 非現実的な、不可思議な現象を、影は見る。見るだけ。他には何もしない。『影』に飲み込まれる子供を、ゆっくりと、見届ける。

 無感動に、無感情に。

 やがて、『影』は消え、少年も消えた。『影』がいた場所には、緑の帽子が。ワンポイントに、羽のついた帽子が転がる。

 まだ、日も落ちきっていない夕刻。白昼堂々とは言いがたいが、人の活動する時間帯、その時間に行われたソレの事件。

 影は、徐にジーンズのポケットから、薄い携帯電話を取り出す。短いコールのあと、無機質な声が電話口の向こうから聞こえた。

『どうでした?』、と。

 「問題ない。ソレを確認、件の影で間違いないようだ」

 影も、声を発する。その声も、無機質で、感情が篭もっていなかった。冷たい、無感情な、何も考えていない機械が発するような声。

『了解。支部にて詳しい報告を待つ』

「……了解だ」

 短い応答。

 そして、しなやかな影は携帯の電源を落とした。携帯をポケットにしまい込むと、もう一度、影は現場を見る。

 もう、そこには何も無かった。今しがた起きた事なんて、無かったかのような、いや、何も無かった。何も無い現場。

 緑の、帽子以外は、何も。


 しなやかな影は、自身の長い長い髪の毛を、後ろで束ねた――それでも、束ねた髪は腰まで長く伸びていたが――折れそうな程長く、細い手足を、真っ直ぐに伸ばして、影は動いた。

 折れそうな程細い足が屋根(・・)を踏む。民家の屋根から屋根へ、ビルの屋上から屋上へ、屋根から屋上へ。軽やかに、しなやかに、影は飛ぶ。舞うが如く。

 その姿を認める者は、いない。

 早く、速く、もっと(はや)く。自身を急かすように、影は足を早めた。


 やがて、影は足を止める。

 高い高い、ビルの上、駒台デパートの屋上で。影の眼下には、街が、人が蠢いている。

何も知らず、何も知らされず、今日、ソレがまた一人、新たな犠牲者を増やした事も、何も知らないまま、人々は歩く。そんな人々を、苛立ちと、憐憫と、少しばかりの憎悪を込めた瞳で影は見下ろした。その瞳は、横顔は、儚い。愁いを帯びた、陰のある表情。が、それも一瞬の事だった。

 影は再び、帰路につく。影の帰る場所は、オンリーワン近畿支部、情報部。ソレに対する全ての情報を司る部署。情報の収集も、公開も、秘匿も、全て思いのままに出来る場所。そして、それ以外には何もしない。

 何も。

 情報の収集公開秘匿のみに全てを注ぎ、全てを賭け、全て費やすのが、情報部の仕事。無感情に、無感動に、延々と繰り返す。繰り返してきた事。だから、影は何も思わない。思えない。思うともしない。そんな事も、思わない。自身のすぐ傍で誰が死のうが、目の前で子供が影に飲まれようが、知ったことではない。

 だから、彼女(・・)は何も思わない。

 オンリーワン近畿支部、情報部在籍、春風 麗(はるかぜ うらら)は、何も思わない。



 一 一(にのまえ はじめ)は割と律儀な性格だった。

 一という人間は、約束は破らない。時間にも遅れない、ように心がけている人間だった。

そして、一は、守れそうに無い約束はしないし、間に合いそうに無い場所には、最初から行かない人間でもあった。



「何が良いですかね」

 と、オンリーワン北駒台店の、お菓子のコーナーにしゃがみ込んでいる一が、隣の糸原に声を掛けた。

「うーん? さきいか」

「……三森さーん」

 一に呼ばれた三森が、カウンターから顔を覗かせる。

「あンだよ、間抜けな声で私を呼ぶンじゃねえ」

 三森は不機嫌だった。

「三森さんって、お菓子、何が好きですか?」

「な、何?」

「いや、お菓子ですよ。お菓子。何が好きですか?」

 三森が視線を宙にさ迷わせ、一の質問に戸惑った様子を見せる。

「なーに慌ててんのよ」

 茶々。

「慌ててねェよ! 死ねボケ。……そうだな、あー、アレだ、ザッハトルテ」

 ザッハトルテ。オーストリアの名物。

「何それ? 似合わないでやんの、ふ菓子でも食ってなさいよアンタは」

 笑いながら、糸原が茶々を入れる。

 それを無視するように、一が適当に口を開いた。

「ザッハトルテ。あー、聞いたことはありますね。具体的にはどんなお菓子なんですか?」

 え、と三森が言葉を詰まらせた。

 その様子に、一は不審を抱いたが、無視する。

「確か、ケーキでしたっけ?」

「ああ、チョコレートのな」

 うーん、と一が唸った。

 今はまだ十月下旬。一応、十二月にはクリスマスが控えているが、結局のところ、今現在、ザッハトルテはおろか、ケーキすら店には置いていなかった。

「ケーキは無理だなあ、高いし」

 呟いて、一が再びお菓子の棚に目を遣った。ふ菓子、スナック菓子、キャラメル、チョコレート、駄菓子類。次々と、様々なお菓子のパッケージに、一は目を通していく。

「おいコラ」

 一の頭が何の伏線も無しに小突かれた。バランスを崩し、無様に一は床に倒れこむ。

「何するんですか!」

「私の好みを聞いてどうするってンだよ」

 一を倒した三森は、仁王立ちで一の前に立ち塞がっていた。

 たじろぎながらも、一は答える。

「どうもしないです」

「……じゃあ何で聞いたンだよ」

「理由が無きゃ、三森さんに口利いちゃいけないってんですか?」

 ん、と三森が口ごもる。

「ンな事はねーけどよ」

「……糸原さん、糸原さんの好きなお菓子って何ですか?」

 一が視線を、三森からずらした。視線の先には、雑誌コーナー。週刊誌を立ち読みする糸原が、いつの間にかそこにいる。

「えー? なんて?」

「好きなお菓子は何ですか?」

「のしいか」

 雑誌に目を落としたまま、糸原は振り向きもしないで答えた。

「……もっと女の子っぽいお菓子で」

「うーん? 蒸しパン」

 一が、三森に視線を戻す。

 その視線に、三森がたじろぐ。

「見ンな」

「あ、すいません。けど、糸原さんみたく、俺たちも普通(・・)に喋れないですか? なんか、一々突っかかったり、疑ったり、しんどいんですよね」

「……前から言ってるけど。私は、元々そんなつもりねぇよ。普通に話そうとしてるだけだ」

「……俺もですよ」

「ねえ」

 糸原の呼びかけに一が答える。

「やっぱアイツ遅くない?」

 と、糸原が、やはり雑誌を読みながら、唐突にそんな事を言う。

 糸原の言葉を受けて、一が店内の時計に目を向けた。時刻は、現在十七時五十四分。午後、十八時前。外は既に暗くなり始めている。

「そうですね。夕方って言ってたのになあ」

「おい、何の話だ?」

「アンタにゃカンケイない事よ」

 と、糸原が冷たく言い放った。

 三森は小さく舌打ちする。

「……そうかよ。あっそ、死ぬまでやってろ」

「いや、関係無いとは言い切れないじゃないですか。ほら、覚えてますか、三森さん。シルフ君が来るんですよ」

「シルフ?」

「ええ、あの生意気な子供です」

「……あいつが、何だって?」

「店に来るんですよ」

 と、一は平然とした様子で受け、答える。

 受けた三森は、あからさまに表情を変えた。不機嫌な顔から、更に不機嫌な顔へ、と。

「おい、おいおいおい。そりゃねェだろうよ。お前ら、ここがどこだか分かってて言ってンのかよ? 分かってンならどうかしてるぜ、頭湧いてやがる。……ソレを殺す為の、勤務外の集まってる場所にソレと待ち合わせでもしてんのかてめぇら! 何とか言えよ、ああ?」

 激昂。三森が一の襟元に手を伸ばし、手首を捻る。

「……っ」

 ぱたん、と、糸原が雑誌を閉じる。しかし、やはり、一たちには振り向かないまま。

「ちょっとジャージ女、湧いてんのはアンタでしょうが。調子に乗ってると縛り上げるわよ」

「笑わせやがる。本当に沸かせてやろうかよ、あぁ?」

 三森が拳の骨を鳴らし、糸原が首の骨を鳴らした。

「言っとくけど、私が振り向いたら、アンタの体はその瞬間、離れ離れになっちゃうわよ」

「言っとくがな、てめぇの体は燃え尽きちまうぞ。てめぇが振り向いた瞬間にな」

 張り詰めて行く空気。針で刺すと、破裂しそうな程のそれ。


 パン、と。

 張り詰めていた店内に小気味良い音が鳴った。


「そこまでだ」

 と、店内に声が響く。

「あ」

 身動き一つ、身じろぐ事すら出来なかった一が声を漏らした。

「仲が良いのは結構だが、喧嘩ならよその店でやってくれ。そうすりゃ自然、ウチの売り上げが伸びる」

 煙草を銜え、手を合わせた店長が、堂々とフロアに現れる。

 その後ろには、微妙な顔をしているジェーン。

「ボス、煙草は吸わないでって言ったじゃナイ……」

「ん、ああ。すまんすまん」

 言って、店長が煙草を店の床に落とし、踏みつけて火を消した。その光景に、一とジェーンの背筋が凍る。

「引っ込んでろよ店長」

「そうね、いつもみたいに座ってたらどう?」

 尚も、三森と糸原は食い下がった。二人の意気は収まらない。店長の体に、四つの瞳が射抜くような視線を送る。睨むような、と言うより、既にそれは睨んでいる視線。

 だが、店長は二人の視線など、どこ吹く風で、涼しげに笑みを絶やさない。

「体力が有り余ってるらしいな、仕事をやろう」

 挙句、楽しげに言い放つ。

「ソレが出たぞ」

 流石に、勤務外。内輪もめよりは、ソレの方が優先される。状況を把握し、さっきまでの怒りを押し殺し、三森は糸原から、店長へと視線を移した。

「いつの話だ?」

 三森が一歩前に出る。

「ついさっきだ。場所は、確か三丁目の川沿いだ」

「ソレの種類は?」

「影だ。十中八九、あの影だろうな」

「……あの、子供ばかり狙うって奴ですか?」

 一が深刻そうに口を挟む。

 店長は、含み笑い。

 店長を後ろから見ていたジェーンは、何ともいえない顔になる。

「ジェーン?」

「あ、何も無いワ」

 愛想笑いをジェーンが浮かべた。

「……そうだ、一。朝言った例のソレだ。情報部が見ていたそうだしな」

「なら、間違いねーな。私らに出ろって言ってんのか向こうは?」

「とりあえず現場を見に行ってみろと言っている」

「ふうん、でもさ、何も残って無いんじゃないの? 朝は何も分かってないって言ってなかったっけ?」

 軽そうに、糸原が言う。しかし、その発言は的を得ていた。

 だが、

「今回は違う」

 と、店長は否定の意見を述べる。

「今回は?」

 訝しげに、一が口を開く。

「ああ。現場に落ちてたものがあるらしい」

「落ちてたもの?」

 と、言った一の心臓が早鐘を打った。

 唐突に、理由も無く、意味も無く。鎮まれ、と一は祈った。

「何が落ちてたって言うンだよ? 関係ねーんじゃねぇの?」

「緑色の帽子だ」


 どくん、と、一の心臓が、強く、胸を叩いた。


「帽子だぁ?」

 ああ、と短く店長が答える。

 三丁目の、川沿い。

 ――とんでもない、後付じゃないか。

 その道を、一は覚えている。鮮明に、克明に思い出せる。何故なら。

「ああ、シルフと会った場所じゃない」

 糸原が、軽く手を叩いた。

「シルフ? お前、会ったのか?」

「うん。私だけじゃなくて、一もだけど。ねえ?」

 一は、答えない。

「……一? シカトしないでよ」

「え、あ、はい。そう、ですね」

 若干の間のあと、一が歯切れ悪く答える。何で気付かないんだ、と一は、糸原に対し、心中で毒づいた。

「そうか。そうだったか。なら、間違いないな。残念だったな(・・・・・・)、一」

 一が、店長を見つめる。

 店長は、無表情で、涼しげに立っていた。さっきまでと、何も変わらないままで。

「どういう、意味ですか?」

「ん? 気付いていないのか? 緑の帽子だ。それと、お前らがその近辺でシルフに会ってるんなら、合点がいく。どうやら、今回襲われたのは人間とは違うものらしい、と情報部が言っていた」

「へっ、なるほどなるほど。ソレ同士も関係なしってか、ま、共食い結構ってとこだな」

 納得したように、三森が笑う。

 一は、答えられない。

 何も、続けられない。

「シルフが、その影にやられたって言うの?」

 糸原が、一の代わりを果たすべく、口を開いた。

「間違いないだろうな」

 店長の、その言葉を聴いた瞬間、一の足が動く。

「おいっ」

 三森の制止を振り切って、一はバックルームへ。乱暴に扉を開き、ロッカールームへ。乱暴に自分の為に宛がわれているロッカーを開け、傘を手に取る。傘の柄はいつの間にか、かいていた汗で滑りそうだった。鼓動が、早くなる。焦りか、怒りか、恐怖か。速く、急かすように、心臓は動き続ける。

 まるで、行き急ぐように。

 バックルームを出ると、横目で店長らを一瞥し、一は店の外に出るべく、出入り口へと向かう。

「ちょっと、にのまえっ?」

 糸原の言葉も無視し、一は出入り口の扉に手を掛けた。

 その手を、強い力で掴まれる。

 振り向かず、

「離せ」

 一が顔だけ、自身の手を掴んでいる人間へと向ける。

 No、と短く、ジェーンが顔を伏せたまま言った。

「離してくれ」

「……お兄ちゃんは、アタシが手を離したらどこに行っちゃうの?」

 縋るような、甘い声。

「ソレのところ」

「行っても、どうしようもナイよ」

「そんなの分かんないだろ」

 ぐっ、と一が腕に力を込める。

「……イヤ!」

 更に、力を込められる。ジェーンの、少しばかり長い爪が、一の腕に食い込む。

「離せって、痛い」

「あ、ソーリー。でも、ダメっ」

「……間に合わなくなるかもしれないだろ」

「もう遅いヨっ! それに、何でソレなんかのために、お兄ちゃんが行こうとするの?」

 更に、一の腕にジェーンの爪が食い込んだ。深く、深いところまで。

「約束したから」

「……ッ! バカッ!」

 一の腕からは、血が少量ながら流れている。服を濡らした血液は、そのまま、そこで止まり、固まっていく。

「いい加減にしろよっ」

 痛みに耐えかね、一がジェーンの肩を押した。

 ジェーンの爪が、腕が、一から離れる。

「……お兄ちゃん?」

 呆然と。

「おい、やめろよ、そんな顔するな……。お前だって勤務外なんだろ。ソレを倒すのがお前の仕事だろ? じゃあ、どうして邪魔をすんだよ! お前はっ、ここまで何しに来たんだよ!」

「う……。ア、アタシは、お兄ちゃんが……」

 ジェーンが瞳を潤ませた。

 だが、一は動じない。

「ジェーン。俺にはもう泣き落としは通じないぞ」

「ち、違う……。そんなつもりじゃ……ナイ……」

「……そこで泣いとけ」

 再び、一が扉に手を掛ける。そして、一の頭が殴られた。

「いい加減にするのはアンタよ」

「次は糸原さんですか。良いですよ、止められるもんなら止めて下さい。俺は行きます」

「違うっつーの!」

 今度は、一の腹部が殴られた。

 咳き込む一に、糸原が問い掛ける。

「アンタ、自分の妹泣かして、とんずらしようって気なのかって、言ってんのよ」

「……こいつは、俺の妹じゃ――」

 今度は、一の爪先が踏まれた。

「血が繋がってなくても、一の家族なんでしょ? このチビっ子は、ここまで、わざわざ追いかけてきてくれたんじゃないの?」

「……随分と、普通な事を言いますね。日ごろからそうだと有り難いんですけど?」

「そりゃごめんね。じゃあもっと普通で、簡単で、ガキにも分かる事言ってあげる。女の子を泣かしちゃったら、男の子はどうするのかな?」

 少し楽しげに、糸原が目元を歪ませた。

 この人は怒っている、と、一は気付く。そして、すぐ傍で小刻みに震えるジェーンを見る。

 その光景は、一がもう、何度も見てきたものだった。

 一の傍で、ジェーンが泣いている。

 オンリーワンの勤務外、SVとしてやってきたジェーン。一の妹、のようなもの。突然の来訪、それも、自分自身も落ち着いていられなかった時期。そんな時に、一は何も出来なかった。する気も起きなかった。

 今でこそ、ソレを殺しソレに殺される仕事をやっているジェーンだが、昔は、一がまだアメリカにいた時は、そうじゃなかった。少し泣き虫で、怖がりで、すぐに甘えてきて、怒りっぽくて、怒ると一にも分からない言葉で捲くし立てて。

 ――ああ、どうしてなんだ。

 どうして、ジェーンは、勤務外になんかなったんだ。一は、思う。この期に及んで、今更になって。どうしようもない事を。そして、思い出す。昔の『妹』の姿を。

 ――こいつは、初めて会った時から、こんなに小さかったんだ。

 変わらない。何も変わっていない。結局は、何がどうなろうと、一は『兄』で、ジェーンは『妹』だった。どこまでも。それだけは、この期に及んでも、今更になっても、一には気付く事が出来た。

「ごめん」

 ふう、と息を吐き、一がジェーンの背丈に合わせるようにしゃがみ込み、ジェーンの頭に手を置いた。そして、もう一度「ごめんな」と謝った。

 ジェーンが、俯いたまま、頷く。

 震えた声で、「いいよ」と。

 その光景も、一が何度も見てきたものだった。経験してきた事だった。



「ちっ、ホームドラマやってンじゃねーんだぞ」

 一たちから距離を取って、三森が毒づく。

「割には、口を挟まなかったじゃないか、三森」

 その横で、店長が笑う。

 うるせえな、と三森がぶっきら棒に言い放った。

 間を取って、

「……店長、どうする? もう、シルフは死んでると思うか?」

 そんな事を、三森が店長に尋ねる。

「さあな。だが、子供が連れ去られた、とは聞いているが、殺されているとは聞いていない。確実に生きているとは言えないが、死んでいるとも言えない状況だろう」

「何だそりゃ。結局はやってみなきゃわかんねーンだろが」

 三森が苛立たしげに頭を掻く。

「そうとも言うかもな」

「ちっ。何か、やり方は考えてンのか?」

「そうだな……。正直言って、今回は完全に後手に回ることになる。と、言うより、影の性質上回らざるを得ない。手掛かりも何も無いしな。有るとすれば……」

 店長が、愉しげに唇を歪めた。



 少しして、ジェーンが泣き止んだ。本人は、泣いていないと言い張っていたが。

「ま、短かったけど、誠意があったから許してあげる」

 満面の笑みを浮かべ、糸原が愉しそうに一に話しかけた。

「……糸原さんに言われる筋合い無いです」

 顔を反らして、一が憎まれ口を叩く。

「ふふーん、ういやつめ」

「重いんだから乗っかんないで下さいよ!」

「チビっ子、あんたも、もう良いよね?」

「ノープロブレムよ、イトハラ。と、言うより、問題なんて最初からなかったのだケド?」

 あっそ、と糸原が笑った。

「おい、もう良いだろ? てめぇも急いでンじゃねーのかよ」

 和やかな雰囲気の中、三森が割って入る。

「……でした」

「ちっ、シスコンが。まあ良いや。じゃ店長、行ってくるぜ」

「おう」と店長が手を上げ応える。

「え、どこ行くんですか?」

「情報部だよ。ああ、そうだ、店長。こいつらは?」

 三森が一たちを指差した。

「そうだな。一と糸原は、携帯持ってないんだったな。よし、なら一とゴーウェストは先に現場へ行け。ソレの痕跡、もしくはソレ本体を探しながら三森の連絡を待っていろ。糸原は、三森と一緒に近畿支部の、情報部まで行け」

「あ、え、でも……」

「どうした、一。これは勤務外(・・・)としての仕事だぞ。お前には、拒否権もくそも無いぞ、馬鹿め。行け。急げ」

 店長が、虫でも追い払うように鬱陶しげに言う。

 それでも、一は少し嬉しかった。やっと、自分が勤務外として認められたのと、店長が動いてくれるのなら、まだ間に合うかもしれないという淡い期待に。元気良く返事をして、一とジェーンは店を飛び出した。



「私も行かなきゃ駄目なのー?」

「おい、てめぇ私に向かってンな声で話しかけんじゃねェ。吐き気がすンぜ」

「んな声ってどんな声ー?」

 猫なで声。

「ぶっ殺してやる」

「……やってみな、ヤンキー風情が」

 店長が額を押さえたまま、やめろ、と心底呆れた風に言った。

「ちっ。で? 何で情報部ってトコに行かないと駄目なわけ?」

「……情報が有るからに決まっているだろう」

「店長って言語中枢に異常きたしてるんじゃないの?」

「安心しろよ。てめぇもだ」

「良いから行け。行けば分かる。不服なら、三森に簡単な説明だけ受けておけ」

「はいはい、分かったわよ。じゃ、行くわよヤンキー」

 糸原が店を出る。

 遅れて、

「指図すンじゃねえよ、イカレ女が!」

 物騒な事を叫びながら、三森も店を出た。


「……ガキどもが」


 そう、この世は子供ばかりだ。

 誰のモノか分からない、誰のでも変わらない子供ばかり。

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