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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
ブギーマン
37/328

早く寝なきゃ奴らが来るぞ

 オンリーワン北駒台店、バックルームは険悪な雰囲気に包まれていた。

「子供が?」

「ああ、二日前から数えると、もう四人目らしい」

 店長が紫煙をゆっくりと吐いた。

「ボス、どうしてアタシに何も言わなかったの?」

 ジェーンが背後の糸原を警戒しながら、店長に冷たく言い放つ。

「……ソレの仕業だと分かったのはついさっきだ。言おうと思ったんだがな、ゴーウェスト、ここに来るのが早い」

 店長の冷たい物言いにジェーンが黙り込んだ。

「ぷー、早いってさ、早いのは男だけで充分だっつの、ねえ?」

 糸原がけらけらと笑った。

「……それで店長、ソレはどんな奴なんですか?」

「さあな、情報部が捜索してるらしいが、詳しい事は未だ分からん」

「ふーん、でも正体がわからなくてもさ、ガキ狙うようなソレに、私らがやられるとは思わないけどね」

「……そうネ、イトハラの言うとおりだわ。じゃあボス? 新しい情報が入ったら、アタシたちに伝えてくれるかしら?」

「ああ、分かってる」

「それじゃ、とりあえず帰りましょうか?」

 一の発言に、そうね、と糸原が頷き、ジェーンも同意した。

 歩き出す三人。

「待て」

 と、店長が椅子をくるりと回転させる。

「どうしました?」

「ゴーウェストは残れ。一と糸原は帰って良いぞ」

「What!? アタシもお兄ちゃんと帰りたいんだけど?」

「……ゴーウェスト、君はSVだろう。店内に誰もいないこの状況、捨て置けるのか?」

「ジーザス……」



 冬の寒空の下、まだ日が出切っていない、中内荘への道を、一と糸原が歩く。

「ね、あんたがぶら下げてんの、何?」

 糸原が、一の右手へ視線を落とした。

「朝ごはんです」

「ふーん、中身は?」

 はい、と、一がビニールの袋を糸原に渡す。

「なーによコレ、コンビニのじゃない」

「たまには良いじゃないですか、つーか、糸原さんが来てから食費が異様に嵩むんですよね。すぐに高いもの食べたがるんですから、金無いのに、妙に舌だけ肥えてんだからホント」

「はいはい、わるぅございましたね。ん、ん? 何よ、これ賞味期限切れてんじゃん」

「ええ、廃棄だから当然です」

 悪びれず、真顔で一が頷いた。その一の顔に、ビニール袋が振り下ろされる。

「あーっ!?」

 中身の入った、そこそこ重いビニール袋が、良い角度で。

「私を馬鹿にしてんの!?」

「し、ししししてません……」

 鼻を押さえながら、一が弁解した。

 糸原は怒りが収まらない様子で、遂には蹲ってしまった一の後頭部に、再度ビニール袋で殴打する。

「食費ならきちんと入れてんじゃない、もっとちゃんとしたモン食べさせなさいよ。お姉ちゃん、頑張って稼いできたのに」

 ビニール袋をくるくると、指で回しながら、糸原が一を責める。

「北さんからイカサマでぶんどった金じゃないですか……」

「サマァ見破れない方が悪いのよ。私に罪は無いわ。むしろあのおっさんの目が節穴なのを追求すべきよ。あれはもう島流しモノね。何度同じ事やっても引っかかるんだから、笑いが止まんないわね、あっはっはっはー」

「くそっ、犯罪者の考え方だ」

「うっさいわね、んな事言うならあんたも共犯者よ。そのお金で良い思いしてんだから」

「してないですよ! 結局は、あなたが勝手にお金持ってくんだから!」

 閑静な住宅街に、一たちの喚声が喧しく響く。

「あんた、最近楯突くようになったわね」

「暴力で訴えられたら俺の負けなんですから、口答えぐらいさせて下さいよ」

「……良くわかってんじゃん」

 糸原の口元が、嫌らしく釣り上がった。ビニール袋を投げ飛ばし、一の肩をがっしりと掴む。

「じゃあ、その力に訴えかけよっかなー」

 にやにや、と楽しげに糸原が言った。

「ちょっともう、ホント止めて下さいよ。肩に痕残っちゃうじゃないですか」

「ダイジョウブ。痛くしないから」

 糸原の腕に力が入る。

「いたい! 既に痛いです! いい加減にして下さいってば、いたいたいたいもう嫌だ! バカ! 詐欺師嘘吐きバカ!」

「あはは、ガキみたい」

「ガキはどっちですか!」

「あー、余計な事したらお腹減ったー」

 糸原が一から手を放し、長い手足をゆっくりと伸ばした。

 一は掴まれた肩を摩り、糸原を睨む。精一杯の抵抗だった。

「……もう、何なんですか一体。俺の事いっつも馬鹿にして、おもちゃにして、そんなに俺を弄るのが楽しいですか?」

 その質問に糸原が、猫のように瞳をまん丸にさせ、愉しげに目を細める。

「ふうん、なかなか嗜虐心をくすぐる質問ね」

 糸原が舌なめずりした。

「完全に悪役じゃないですか」

「誰がどこをどう見ても、超完全正統派ヒロイン系美少女の私に向かって、よくもまあ、そんな事を言えたもんね。あんたの神経おかしいんじゃないの?」

「糸原さん、確かにきれいですけど、少女って年では無いですよね」

 と言う台詞を一が言い切る前に、一の臀部に激痛が走った。

「失礼千万な奴ね」

「っとに子供なんだから。すぐに手ぇあげるし、蹴るし、どつくし、掴むし、引っ掻くし……糸原さんのせいで、傷が増えて増えてしょうがないですよ。ソレより、あなたに付けられた傷の方が多いんじゃないですか」

「夜、寝る前に痛んだりする?」

「一日中痛いですよ。ああ、銭湯の帰りが一番痛いっすね」

「そうなんだー」

「何でにやけてるんですか?」


「オマエらいい加減にしろよ!」


 一が振り向いて、驚いた。

 緑の帽子をかぶった子供がそこにいる。

「いつまで喋ってるのさ! 四大せーれーのシルフ様を無視しようなんて、ニンゲンめ、生意気だぞ!」

 一が驚いたのは、子供が背後にいたことではない。

 立っていた位置だ。口を尖らせて、不機嫌そうにしている子供は、空中に立っていた。

「え、あ、お、お前」

「オマエとは何だ! 口の利き方がなってないぞ!」

 立っていた、足場も無い空中に。空気の上に、空に。むしろ、浮いている、といった方が正しいだろうか。しかし、子供はそれが当たり前だとも、何とも思っていないのだろう。

 なぜならば。

「風のせーれー、シルフ様に向かって頭が高いんじゃないのか!」

 この子供は、ソレなのだから。

「うっさいわね」

「え? あ、あー! 何すんのさ!」

 糸原が背伸びして、シルフの頭を片手で掴む。

「あ! オマエ、石食らってやられてたニンゲンだな!」

 シルフが鬼の首を取ったように、頭を掴まれながらも、高く笑った。

「ぅあんたがやったんじゃない!」

「うわあああああああああああ!」

 シルフを掴んだまま、糸原が腕を回転させる。

「……」

 なるほど、と、一がやっとシルフの事を思い出した。たった一日だけの、一回だけの邂逅だったが、この我侭な子供の事を、一はまだ覚えている。そして、一は少しほっとした。

 糸原の嗜虐対象が、たとえ、たとえ今このひと時だけだとしても、自分から他人に移った事に。

 振り回されるシルフを見ながら、一が煙草に火を点ける。

「ニンゲン、助けてよ!」

「……何で君がここにいるの?」

「そ、それは、あ、ああああああああ」

 シルフが回転する。

 見かねた一が、

「糸原さん、止めてあげてください」

「駄目よ、あと二万回ぐらい」

「ごめん、駄目だって」

「ばかああああああ!」

 言うも、無駄であった。

 結局、糸原が肩に違和感を感じると訴えたところで、シルフは解放された。足はふらつき、目は回り、口元を押さえながら、風の精霊は地面にへたり込む。

「……きもちわるい」

「私も肩凝っちゃったー、一、揉んで」

 一は近くのガードレールに腰掛けて、煙草を吹かしていた。

「大丈夫?」

「う、そう思ってるなら、助けてくれてもよかったじゃん!」

「そうだね、ごめんごめん。で、何か用でもあったの?」

「な! オマエ、約束を忘れたのか!?」

 シルフが元気に立ち上がる。拳を突き出し、一に向かって吠えていた。

「約束?」

「そうだよ! 忘れたとは言わせないぞニンゲン!」

「記憶に御座いません」

「? どういう意味だ!」

「ふぅ……」

 糸原がシルフの耳元に息を吹きかける。シルフが、息をかけられたむず痒さで思わず立ち上がった。風を舞い上げながら、中空で足をばたつかせる。

「うわああ! 何すんだバカ!」

「意味は無いわ」

 両腕を組んで、糸原が真顔で答えた。

「オマエはキライだ!」

「うわあ、子供の格好してるとはいえ、ソレにまでちょっかいを掛けるなんて」

 一が糸原から距離を置いた、引いた。

「ていうか糸原さん、話が進まないんで、ちょっと黙っててもらえますか?」

「分かったわ」

「良し。えっと、シルフ君? で、良いのかな? 約束って何のこと?」

「……これだからニンゲンは……」

 文句を言いながら、シルフが両足で地面に立つ。

「良いか、ニンゲン、シルフ様は心が広くておっきいから、オマエにもう一度約束を教えてやる」

「うん、ありがとう」

「シルフ様とオマエが会った日を覚えてるだろ?」

「……?」

「何で覚えてないの!? 覚えててよバカ! バカバカバカ!」

 両腕をぶんぶんと振って、シルフが怒りを露にした。

「バカバカってうわあああ! 何だ!? 何すんだアホ!」

 背中に気持ちの悪いこそばゆさを感じて、シルフが再び飛び上がる。

「だーかーらー、糸原さん! 黙っててって言ったじゃないですか」

「うん。黙ってたよ。動くなとは言われてなかったから、私の指テクで坊やを喜ばせて上げたけど」

「喜んでない!」

 シルフが反論するも、糸原は全く聞いちゃいなかった。

「糸原さん、もう動かないでください。息はしてて良いですから」

「何であんたにそんな事決められなきゃいけないのよ?」

「それで? シルフ君、続けてくれよ」

 むう、とシルフが唸る。

「そんな事言われたって。オマエ、忘れてるんだろ?」

「君にお菓子をあげたことなら覚えてるよ」

「そ、それだよ! オマエがもっと良い物くれるって言うから、シルフ様がわざわざ来てやったのさ」

「そこは覚えてない」

「もう! バカニンゲン! 言ったよ言ったの絶対言ったもん!」

 一が頭を掻いて、何とか思い出そうとする。

 シルフは大声を張り上げすぎて、肩で息をしていた。

「んー、言ったような、言わなかった、気も、しないでもない、かな」

「ややこしい事言うな! 結局、シルフ様にお菓子をくれるか、くれないか、どっちなのさ?」

「分かった分かった、悪さしないんなら、お菓子ぐらいあげるって」

 一が面倒くさそうに手を上げる。

 そんな様子にも気付かないで、シルフは期待に目を輝かせた。

「やった、じゃあ早くちょうだい!」

「今は無いんだ。そうだな、今日の夕方にでも店に来てよ。その時にあげるから」

「……店?」

 シルフが小首を傾げた。

「ああ、俺たちの働いてるところ。勤務外のいるとこさ、ほら、そこを真っ直ぐ行った先のコンビニだよ。オンリーワン北駒台店。分かるかな?」

「……分かんない」

「そっか。それじゃ糸原さん、帰りましょう」

「オッケー」

 一と糸原が歩き出す。

 その後姿をシルフが見送

「あっ、ちょっと待て! 何も解決してないじゃないか!」

 ろうとしたが、一がごまかそうとした事に気付いた。

「ちっ、じゃあどうしろって言うんだ君は」

「今すぐお菓子を持ってくるか、その店まで案内すれば良いじゃないか! ニンゲンのくせに、もっと頭を使えよ」

「……糸原さん、肩の違和感は?」

「直ってないけど、反対側で行こうか」

 糸原が左腕の、スーツの袖を捲くる。そして徐にシルフの頭を掴んだ。

「や、やめろよ! 分かったってば、もう一つ方法があるから! そっちでいくよ、だから離して!」

「方法?」

 一がシルフを睨むように見据える。

「そう! そうなの、そうだったの! シルフ様が風のせーれーだって事はさっき言ったよな!?」

「うん」と、一が頷く。

 せーれー。

 精霊。

 その意味を理解する事は、一には出来ていなかったが。

「だから、オマエらの風を覚えれば良い話だったんだよ。そうすれば、オマエらがどこにいても、シルフ様には手に取るように分かるのさ」

「……発信機取り付けられるみたいね」

 糸原が意味ありげに呟く。

「ふーん、便利じゃないか。じゃ、俺らの風とやらを覚えてくれよ」

「分かってるよ。おいデカニンゲン、シルフ様から手を放せ」

「分かったわ」

 そう言って、糸原はシルフの頭を掴んだまま、コンクリートの地面に左腕を振り下ろした。シルフの眼前に、硬い地面が迫る。

 そして糸原は、地面すれすれのところで、シルフの頭が地面と激突する寸前のところで、その動きを止めた。

「あははは、ビビったでしょー?」

「…………」

「シルフ君?」

 糸原がシルフの頭から手を放すと、糸が切れたマリオネットみたく、だらんと、シルフが地面に崩れ落ちる。

「やり過ぎた? 声も出てなかったもんね、あははは」

「シルフ君、恐怖で身動きが取れないんだ……」

 その声に、シルフが反応した。ゆっくりと、生まれたての子馬を思い起こさせるフォームで、シルフが立ち上がる。

「こ、怖くなんてなかったもんね……」

「ふーん、足めちゃくちゃ震えてるわよ?」

「震えてなんかいないさ、ふん、ただの武者震いだよ」

「震えてるじゃないか」

「うるさいな! それより、風を覚えるから、少しじっとしてろよ」

 そう言って、シルフが糸原に視線を向けた。糸原を、糸原の周りを、糸原の、その後ろを見ているような、注意深いそれ。

「ガン飛ばしてんじゃないわよ、コラ」

「ひっ、ち、違う、風を見てるだけだ!」

「風を?」

 風とは、目に見えないものではなかったか。姿の、目に映ることのない存在。シルフは、それを見ていると、言い切った。嘘を言っているような様子は、シルフには無い。

 一はとにかく、シルフを信じることにする。

 やがて、

「……もう良いぞ」

 一分も立たない内に、シルフは風を覚えたらしい。

「あ、そ」

 糸原が体を伸ばした。

「つまんないなー、フツウのニンゲンの風だったぞオマエ。ちょっと捻くれた風だったけどな」

「普通の人間だもん、私」

 何か言い返してやろうかとシルフは考えたが、待ち受ける報復が容易に想像できて、糸原を無視する事にした。かくして、シルフはこの世界の理を一つ学んだ事になる。

「……次はオマエだ、チビニンゲン」

「糸原さんがでかいんだよ。俺は標準サイズだ」

「ありゃりゃー? 何が標準なサイズにゃのかにゃー?」

「その喋り方を家でもしたら叩き出します」

「黙ってろよバカ!」

 仕方なく、一が口をつぐんだ。

 糸原は退屈そうに、肩を回してあくびをしている。

 シルフは一の全身をねめつけた。値踏みするように、価値を、測るかのように。

「……おい」

 シルフが言った。

「何?」

 一が答えた。

「オマエってさ」

 シルフが言う。

「俺が?」

 一が答える。


「ニンゲン、だよな?」


 シルフが尋ねた。

「当たり前だろ」

 一が答えた。

「……何か、変な風だな。一応、ニンゲン、っぽい風は吹いてるんだけど」

「っぽいって……」

「大丈夫よ。こいつは人間だから。ちゃんと私が調べておいたしね」

 糸原が薄笑いを浮かべる。

「ちょ、ちょっと何をどうちゃんと調べたんですか!」

「うーん、まあ、それはシルフ様も保障するよ。オマエはニンゲンだよ。ちょっと怪しいけど、百パーセント、絶対の絶対にオマエはニンゲンだ。間違いないね」

「そんな当然の事を保障されてもなあ……」

「とにかく、オマエの風は覚えたぞニンゲン。それじゃ、夕方にまた来るからな」

「え、何で?」

「お菓子くれるって言ったじゃん!」

 ああ、と、一が思い出したように首を縦に振った。

「……忘れんなよ!」

「はいはい、じゃまた今度ね」

「子供扱いしてるだろ!」

「大丈夫、俺子供は嫌いなんだ」

「あ、そ、そうか。って何か違うんじゃないか?」

 言いながらも、もう良い、疲れたと呟いたシルフは空に立ち、ふわふわと、風を伴って去っていく。その後姿を、一と糸原が見送った。

 ふう、と一が安堵の息を吐く。

「ソレよりも、子供の相手の方が疲れますね」

「一応、あれもソレなんじゃないの?」

 思い出したように、確かに、と一が頷いた。

「どうでも良いけどね、それじゃご飯食べに行こうか。私にあんな廃棄食べさせようとした罰よ。良い物を食べさせなさい。うんと高いものを」

「……はい」

 一はソレよりも、子供よりも、目の前で悪戯な微笑を湛える女の相手の方が疲れると、考えを改めた。



「子供ってのは何だと思う?」

 椅子に座ったまま、店長が呟く。

 その声が、自分に対する問いなのだと気付くと、ジェーンは腰に手を当て、

「小さい人じゃナイかしら」

 と、軽く答えた。

「ふーん、小さい人間か。背丈が」

「アラ、身長の事を言ってないのに何でアタシを見るの?」

「さあな。ゴーウェスト、君は今のが本当に私の問いに対する答えだと思うか?」

「……答え、ね。じゃあ精神的に幼い人間」

「なら、精神的に成熟した人間はいるのか? そもそも、どうすれば、どこを誰がどう見れば、精神的に幼くない人間と分かる?」

 ジェーンが冷たい床を爪先で鳴らす。

「オッケー、なら、成人してない人間ってのはどうカシラ? ニホンじゃ、二十歳になれば大人と認められるんでしょ?」

「悪くないな。だが、あくまでそれはこの国が勝手に決めた定義だよ。実際、成人式に暴れまわるガキも大勢いる。果たして奴らは大人と認められて良いのか?」

「……悪い事を、しない、人間?」

 ジェーンが歯切れ悪く口を開いた。

「苦しくなってきたな。悪い事をしない人間はいないぞ、ゴーウェスト。逆に言えば、罪を犯してない人間なんてのはまだまだガキだな。人間にもなっちゃいない、まあ、罪を定義するのも面倒な話になってくるが」

「ミスをしない人間、あー、今のナシね。それじゃあ、親に養ってもらってる人間」

「もっと広く物事を考えてみろ。もっと上から見下ろすような感じでな」

「……ジャパニーズは小さいし、細かいこと言うからキライよ」

 ジェーンがブロンドの髪を揺らし、頭の中で渦を巻く雑多な考えを散らした。

 その様子に、店長が笑みを漏らす。

「一の事も嫌いか?」

「お兄ちゃんは良いの」

 そうか、と店長が短く返した。

「一体何なのカシラ、今の質問の意味は?」

 やがて、苛立ちを隠しきれないまま、ジェーンが声を発した。

 やはり、そんなジェーンの様子に店長が嬉しそうに笑う。

「すまん、新しいSVとコミュニケーションが取りたくてな。意地悪だったか?」

 別に、とジェーンが店長と目を合わさず答える。

 そうか、と店長がまた短く返す。

 一息吐き、

「今、駒台から子供が消えている事件が多発している」

 声のトーンを落として、店長が言う。

 ジェーンも心の中で構えつつ、返す。

「それはさっき、ボス。あなた自身から聞いたわ。アタシが聞いてるのは、その事件と、子供のテーギとやらに関係するところがあるのかどうかってことヨ」

「消えたのは最初に幼稚園児、次に小学生、三人目に大学生。四人目には近所の工場で働く、一人暮らしをしていた若者だそうだ」

 一瞬、言葉に詰まったジェーンだったが、

「それが何?」

 と、すぐに続きを促した。

 促された店長は喉の奥で笑う。

「子供ってのにも、随分バラつきがあるもんだな」

「……?」

「ゴーウェスト、私の質問に対する君の答え。全て正解で、全て不正解だ。勿論、真の正誤なんて知ったこっちゃないし、知る由もない。が、人の足元纏わりつくようなのも、精神的にも経済的にも幼いのも、日本の式典でバカやらかす連中も、広義で言えば全員子供だよ。全員ガキだ。どうしようもなくな。更に言えば、そこで寝てる三森も、私も、君も、一も糸原も。全員、この世界の人間全てが子供だと言っても、問題ない気がするね」

 捲くし立てる店長に、ジェーンがたじろぐ。息を呑む。関係ないところで、自分が気圧されていると、ジェーンは思う。

「そう言われれば、そうなんだけどネ。けど、今のところ、ソレが狙ってるのは「子供」だけなんでしょ?」

「たまたまだ。たまたま学生や若者が狙われただけだよ。それが四件続いたから、支部の連中も子供がやばいなんて言い出すんだ。五件目にジーサンバーサンがやられたらどう言うつもりなのか、少し楽しみではあるがな。そもそもだ。ソレが人間を区別なんてするのか?」

 ――区別。

「……さあ、考えた事も、なくはないかしらネ。ただ、スマートなソレがいるって可能性もあるんじゃない?」

「賢いなら賢いで、やり様はある筈だがな。情報部が目撃してるんだ、ソレが力任せに影ん中へ引きずり込んでいった、とな」

「つまり、ボスは今回のソレについてどう思ってるの?」

 ジェーンが問い掛けた。いい加減、店長の回りくどい説明にはうんざりしていたところだった。

「ソレは無差別に駒台の人間を襲撃している。時間にも場所にも共通性は無い。今の所は」

 くっ、と笑いを噛み殺し、

「子供が狙われているがな」

 と、店長が意地悪く言った。

「五件目は、起こると思うカシラ?」

「ああ、起こるさ。そして、いつ、どこで、誰が、誰に襲われるかも分からんままな」

「ヒントはシャドウね」

 ああ、と店長が頷く。

「しかしだ、影なんてどこにでもある。結局はヒントなんてないのさ」

「まるでブギーマンね」

 ジェーンが事も無げに言った。

「ブギーマン?」

「アラ、ニホンじゃ知られてないのカシラ。向こうじゃ、割とポピュラーなのヨ」

「ソレ、なのか?」

「ハッキリしてないワ。モンスター、サイコキラー、えーと、きょーふのしょーちょー? とにかく、ニホンでもカッパやテングがいるでしょ、あれと同じなの」

 興味深い、と店長が顎に手を遣った。

「言う事聞かない子供に、『ブギーマンが来るわ』なんて脅かしてシツケに使うのよ」

「ブギーマンか……。ん、何かそんな映画見たことあるな……」

「ニホンでも公開されてたとは思うわよ。何しろ、三大ホラーで有名なんだから」

「ああ、ジェイソンにフレディにブギーマンか? 今回も人間が相手なら、ソレより楽なんだがな」

 店長が嘆くように天井を見つめる。

「But、彼らもソレ並みにタフよ」

「知ってるよ。一作目から見たことあるからな」

「意外ネ。ところでボス、how old?」

 ん、と店長が向けていた視線を、天井からジェーンに変える。

「……英語は苦手でな」

「こんなの小学生でも分かるわよ?」

「私も、まだまだ子供でな」

 店長が意地悪な笑みを浮かべた。

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