早く寝なきゃ奴らが来るぞ
オンリーワン北駒台店、バックルームは険悪な雰囲気に包まれていた。
「子供が?」
「ああ、二日前から数えると、もう四人目らしい」
店長が紫煙をゆっくりと吐いた。
「ボス、どうしてアタシに何も言わなかったの?」
ジェーンが背後の糸原を警戒しながら、店長に冷たく言い放つ。
「……ソレの仕業だと分かったのはついさっきだ。言おうと思ったんだがな、ゴーウェスト、ここに来るのが早い」
店長の冷たい物言いにジェーンが黙り込んだ。
「ぷー、早いってさ、早いのは男だけで充分だっつの、ねえ?」
糸原がけらけらと笑った。
「……それで店長、ソレはどんな奴なんですか?」
「さあな、情報部が捜索してるらしいが、詳しい事は未だ分からん」
「ふーん、でも正体がわからなくてもさ、ガキ狙うようなソレに、私らがやられるとは思わないけどね」
「……そうネ、イトハラの言うとおりだわ。じゃあボス? 新しい情報が入ったら、アタシたちに伝えてくれるかしら?」
「ああ、分かってる」
「それじゃ、とりあえず帰りましょうか?」
一の発言に、そうね、と糸原が頷き、ジェーンも同意した。
歩き出す三人。
「待て」
と、店長が椅子をくるりと回転させる。
「どうしました?」
「ゴーウェストは残れ。一と糸原は帰って良いぞ」
「What!? アタシもお兄ちゃんと帰りたいんだけど?」
「……ゴーウェスト、君はSVだろう。店内に誰もいないこの状況、捨て置けるのか?」
「ジーザス……」
冬の寒空の下、まだ日が出切っていない、中内荘への道を、一と糸原が歩く。
「ね、あんたがぶら下げてんの、何?」
糸原が、一の右手へ視線を落とした。
「朝ごはんです」
「ふーん、中身は?」
はい、と、一がビニールの袋を糸原に渡す。
「なーによコレ、コンビニのじゃない」
「たまには良いじゃないですか、つーか、糸原さんが来てから食費が異様に嵩むんですよね。すぐに高いもの食べたがるんですから、金無いのに、妙に舌だけ肥えてんだからホント」
「はいはい、わるぅございましたね。ん、ん? 何よ、これ賞味期限切れてんじゃん」
「ええ、廃棄だから当然です」
悪びれず、真顔で一が頷いた。その一の顔に、ビニール袋が振り下ろされる。
「あーっ!?」
中身の入った、そこそこ重いビニール袋が、良い角度で。
「私を馬鹿にしてんの!?」
「し、ししししてません……」
鼻を押さえながら、一が弁解した。
糸原は怒りが収まらない様子で、遂には蹲ってしまった一の後頭部に、再度ビニール袋で殴打する。
「食費ならきちんと入れてんじゃない、もっとちゃんとしたモン食べさせなさいよ。お姉ちゃん、頑張って稼いできたのに」
ビニール袋をくるくると、指で回しながら、糸原が一を責める。
「北さんからイカサマでぶんどった金じゃないですか……」
「サマァ見破れない方が悪いのよ。私に罪は無いわ。むしろあのおっさんの目が節穴なのを追求すべきよ。あれはもう島流しモノね。何度同じ事やっても引っかかるんだから、笑いが止まんないわね、あっはっはっはー」
「くそっ、犯罪者の考え方だ」
「うっさいわね、んな事言うならあんたも共犯者よ。そのお金で良い思いしてんだから」
「してないですよ! 結局は、あなたが勝手にお金持ってくんだから!」
閑静な住宅街に、一たちの喚声が喧しく響く。
「あんた、最近楯突くようになったわね」
「暴力で訴えられたら俺の負けなんですから、口答えぐらいさせて下さいよ」
「……良くわかってんじゃん」
糸原の口元が、嫌らしく釣り上がった。ビニール袋を投げ飛ばし、一の肩をがっしりと掴む。
「じゃあ、その力に訴えかけよっかなー」
にやにや、と楽しげに糸原が言った。
「ちょっともう、ホント止めて下さいよ。肩に痕残っちゃうじゃないですか」
「ダイジョウブ。痛くしないから」
糸原の腕に力が入る。
「いたい! 既に痛いです! いい加減にして下さいってば、いたいたいたいもう嫌だ! バカ! 詐欺師嘘吐きバカ!」
「あはは、ガキみたい」
「ガキはどっちですか!」
「あー、余計な事したらお腹減ったー」
糸原が一から手を放し、長い手足をゆっくりと伸ばした。
一は掴まれた肩を摩り、糸原を睨む。精一杯の抵抗だった。
「……もう、何なんですか一体。俺の事いっつも馬鹿にして、おもちゃにして、そんなに俺を弄るのが楽しいですか?」
その質問に糸原が、猫のように瞳をまん丸にさせ、愉しげに目を細める。
「ふうん、なかなか嗜虐心をくすぐる質問ね」
糸原が舌なめずりした。
「完全に悪役じゃないですか」
「誰がどこをどう見ても、超完全正統派ヒロイン系美少女の私に向かって、よくもまあ、そんな事を言えたもんね。あんたの神経おかしいんじゃないの?」
「糸原さん、確かにきれいですけど、少女って年では無いですよね」
と言う台詞を一が言い切る前に、一の臀部に激痛が走った。
「失礼千万な奴ね」
「っとに子供なんだから。すぐに手ぇあげるし、蹴るし、どつくし、掴むし、引っ掻くし……糸原さんのせいで、傷が増えて増えてしょうがないですよ。ソレより、あなたに付けられた傷の方が多いんじゃないですか」
「夜、寝る前に痛んだりする?」
「一日中痛いですよ。ああ、銭湯の帰りが一番痛いっすね」
「そうなんだー」
「何でにやけてるんですか?」
「オマエらいい加減にしろよ!」
一が振り向いて、驚いた。
緑の帽子をかぶった子供がそこにいる。
「いつまで喋ってるのさ! 四大せーれーのシルフ様を無視しようなんて、ニンゲンめ、生意気だぞ!」
一が驚いたのは、子供が背後にいたことではない。
立っていた位置だ。口を尖らせて、不機嫌そうにしている子供は、空中に立っていた。
「え、あ、お、お前」
「オマエとは何だ! 口の利き方がなってないぞ!」
立っていた、足場も無い空中に。空気の上に、空に。むしろ、浮いている、といった方が正しいだろうか。しかし、子供はそれが当たり前だとも、何とも思っていないのだろう。
なぜならば。
「風のせーれー、シルフ様に向かって頭が高いんじゃないのか!」
この子供は、ソレなのだから。
「うっさいわね」
「え? あ、あー! 何すんのさ!」
糸原が背伸びして、シルフの頭を片手で掴む。
「あ! オマエ、石食らってやられてたニンゲンだな!」
シルフが鬼の首を取ったように、頭を掴まれながらも、高く笑った。
「ぅあんたがやったんじゃない!」
「うわあああああああああああ!」
シルフを掴んだまま、糸原が腕を回転させる。
「……」
なるほど、と、一がやっとシルフの事を思い出した。たった一日だけの、一回だけの邂逅だったが、この我侭な子供の事を、一はまだ覚えている。そして、一は少しほっとした。
糸原の嗜虐対象が、たとえ、たとえ今このひと時だけだとしても、自分から他人に移った事に。
振り回されるシルフを見ながら、一が煙草に火を点ける。
「ニンゲン、助けてよ!」
「……何で君がここにいるの?」
「そ、それは、あ、ああああああああ」
シルフが回転する。
見かねた一が、
「糸原さん、止めてあげてください」
「駄目よ、あと二万回ぐらい」
「ごめん、駄目だって」
「ばかああああああ!」
言うも、無駄であった。
結局、糸原が肩に違和感を感じると訴えたところで、シルフは解放された。足はふらつき、目は回り、口元を押さえながら、風の精霊は地面にへたり込む。
「……きもちわるい」
「私も肩凝っちゃったー、一、揉んで」
一は近くのガードレールに腰掛けて、煙草を吹かしていた。
「大丈夫?」
「う、そう思ってるなら、助けてくれてもよかったじゃん!」
「そうだね、ごめんごめん。で、何か用でもあったの?」
「な! オマエ、約束を忘れたのか!?」
シルフが元気に立ち上がる。拳を突き出し、一に向かって吠えていた。
「約束?」
「そうだよ! 忘れたとは言わせないぞニンゲン!」
「記憶に御座いません」
「? どういう意味だ!」
「ふぅ……」
糸原がシルフの耳元に息を吹きかける。シルフが、息をかけられたむず痒さで思わず立ち上がった。風を舞い上げながら、中空で足をばたつかせる。
「うわああ! 何すんだバカ!」
「意味は無いわ」
両腕を組んで、糸原が真顔で答えた。
「オマエはキライだ!」
「うわあ、子供の格好してるとはいえ、ソレにまでちょっかいを掛けるなんて」
一が糸原から距離を置いた、引いた。
「ていうか糸原さん、話が進まないんで、ちょっと黙っててもらえますか?」
「分かったわ」
「良し。えっと、シルフ君? で、良いのかな? 約束って何のこと?」
「……これだからニンゲンは……」
文句を言いながら、シルフが両足で地面に立つ。
「良いか、ニンゲン、シルフ様は心が広くておっきいから、オマエにもう一度約束を教えてやる」
「うん、ありがとう」
「シルフ様とオマエが会った日を覚えてるだろ?」
「……?」
「何で覚えてないの!? 覚えててよバカ! バカバカバカ!」
両腕をぶんぶんと振って、シルフが怒りを露にした。
「バカバカってうわあああ! 何だ!? 何すんだアホ!」
背中に気持ちの悪いこそばゆさを感じて、シルフが再び飛び上がる。
「だーかーらー、糸原さん! 黙っててって言ったじゃないですか」
「うん。黙ってたよ。動くなとは言われてなかったから、私の指テクで坊やを喜ばせて上げたけど」
「喜んでない!」
シルフが反論するも、糸原は全く聞いちゃいなかった。
「糸原さん、もう動かないでください。息はしてて良いですから」
「何であんたにそんな事決められなきゃいけないのよ?」
「それで? シルフ君、続けてくれよ」
むう、とシルフが唸る。
「そんな事言われたって。オマエ、忘れてるんだろ?」
「君にお菓子をあげたことなら覚えてるよ」
「そ、それだよ! オマエがもっと良い物くれるって言うから、シルフ様がわざわざ来てやったのさ」
「そこは覚えてない」
「もう! バカニンゲン! 言ったよ言ったの絶対言ったもん!」
一が頭を掻いて、何とか思い出そうとする。
シルフは大声を張り上げすぎて、肩で息をしていた。
「んー、言ったような、言わなかった、気も、しないでもない、かな」
「ややこしい事言うな! 結局、シルフ様にお菓子をくれるか、くれないか、どっちなのさ?」
「分かった分かった、悪さしないんなら、お菓子ぐらいあげるって」
一が面倒くさそうに手を上げる。
そんな様子にも気付かないで、シルフは期待に目を輝かせた。
「やった、じゃあ早くちょうだい!」
「今は無いんだ。そうだな、今日の夕方にでも店に来てよ。その時にあげるから」
「……店?」
シルフが小首を傾げた。
「ああ、俺たちの働いてるところ。勤務外のいるとこさ、ほら、そこを真っ直ぐ行った先のコンビニだよ。オンリーワン北駒台店。分かるかな?」
「……分かんない」
「そっか。それじゃ糸原さん、帰りましょう」
「オッケー」
一と糸原が歩き出す。
その後姿をシルフが見送
「あっ、ちょっと待て! 何も解決してないじゃないか!」
ろうとしたが、一がごまかそうとした事に気付いた。
「ちっ、じゃあどうしろって言うんだ君は」
「今すぐお菓子を持ってくるか、その店まで案内すれば良いじゃないか! ニンゲンのくせに、もっと頭を使えよ」
「……糸原さん、肩の違和感は?」
「直ってないけど、反対側で行こうか」
糸原が左腕の、スーツの袖を捲くる。そして徐にシルフの頭を掴んだ。
「や、やめろよ! 分かったってば、もう一つ方法があるから! そっちでいくよ、だから離して!」
「方法?」
一がシルフを睨むように見据える。
「そう! そうなの、そうだったの! シルフ様が風のせーれーだって事はさっき言ったよな!?」
「うん」と、一が頷く。
せーれー。
精霊。
その意味を理解する事は、一には出来ていなかったが。
「だから、オマエらの風を覚えれば良い話だったんだよ。そうすれば、オマエらがどこにいても、シルフ様には手に取るように分かるのさ」
「……発信機取り付けられるみたいね」
糸原が意味ありげに呟く。
「ふーん、便利じゃないか。じゃ、俺らの風とやらを覚えてくれよ」
「分かってるよ。おいデカニンゲン、シルフ様から手を放せ」
「分かったわ」
そう言って、糸原はシルフの頭を掴んだまま、コンクリートの地面に左腕を振り下ろした。シルフの眼前に、硬い地面が迫る。
そして糸原は、地面すれすれのところで、シルフの頭が地面と激突する寸前のところで、その動きを止めた。
「あははは、ビビったでしょー?」
「…………」
「シルフ君?」
糸原がシルフの頭から手を放すと、糸が切れたマリオネットみたく、だらんと、シルフが地面に崩れ落ちる。
「やり過ぎた? 声も出てなかったもんね、あははは」
「シルフ君、恐怖で身動きが取れないんだ……」
その声に、シルフが反応した。ゆっくりと、生まれたての子馬を思い起こさせるフォームで、シルフが立ち上がる。
「こ、怖くなんてなかったもんね……」
「ふーん、足めちゃくちゃ震えてるわよ?」
「震えてなんかいないさ、ふん、ただの武者震いだよ」
「震えてるじゃないか」
「うるさいな! それより、風を覚えるから、少しじっとしてろよ」
そう言って、シルフが糸原に視線を向けた。糸原を、糸原の周りを、糸原の、その後ろを見ているような、注意深いそれ。
「ガン飛ばしてんじゃないわよ、コラ」
「ひっ、ち、違う、風を見てるだけだ!」
「風を?」
風とは、目に見えないものではなかったか。姿の、目に映ることのない存在。シルフは、それを見ていると、言い切った。嘘を言っているような様子は、シルフには無い。
一はとにかく、シルフを信じることにする。
やがて、
「……もう良いぞ」
一分も立たない内に、シルフは風を覚えたらしい。
「あ、そ」
糸原が体を伸ばした。
「つまんないなー、フツウのニンゲンの風だったぞオマエ。ちょっと捻くれた風だったけどな」
「普通の人間だもん、私」
何か言い返してやろうかとシルフは考えたが、待ち受ける報復が容易に想像できて、糸原を無視する事にした。かくして、シルフはこの世界の理を一つ学んだ事になる。
「……次はオマエだ、チビニンゲン」
「糸原さんがでかいんだよ。俺は標準サイズだ」
「ありゃりゃー? 何が標準なサイズにゃのかにゃー?」
「その喋り方を家でもしたら叩き出します」
「黙ってろよバカ!」
仕方なく、一が口をつぐんだ。
糸原は退屈そうに、肩を回してあくびをしている。
シルフは一の全身をねめつけた。値踏みするように、価値を、測るかのように。
「……おい」
シルフが言った。
「何?」
一が答えた。
「オマエってさ」
シルフが言う。
「俺が?」
一が答える。
「ニンゲン、だよな?」
シルフが尋ねた。
「当たり前だろ」
一が答えた。
「……何か、変な風だな。一応、ニンゲン、っぽい風は吹いてるんだけど」
「っぽいって……」
「大丈夫よ。こいつは人間だから。ちゃんと私が調べておいたしね」
糸原が薄笑いを浮かべる。
「ちょ、ちょっと何をどうちゃんと調べたんですか!」
「うーん、まあ、それはシルフ様も保障するよ。オマエはニンゲンだよ。ちょっと怪しいけど、百パーセント、絶対の絶対にオマエはニンゲンだ。間違いないね」
「そんな当然の事を保障されてもなあ……」
「とにかく、オマエの風は覚えたぞニンゲン。それじゃ、夕方にまた来るからな」
「え、何で?」
「お菓子くれるって言ったじゃん!」
ああ、と、一が思い出したように首を縦に振った。
「……忘れんなよ!」
「はいはい、じゃまた今度ね」
「子供扱いしてるだろ!」
「大丈夫、俺子供は嫌いなんだ」
「あ、そ、そうか。って何か違うんじゃないか?」
言いながらも、もう良い、疲れたと呟いたシルフは空に立ち、ふわふわと、風を伴って去っていく。その後姿を、一と糸原が見送った。
ふう、と一が安堵の息を吐く。
「ソレよりも、子供の相手の方が疲れますね」
「一応、あれもソレなんじゃないの?」
思い出したように、確かに、と一が頷いた。
「どうでも良いけどね、それじゃご飯食べに行こうか。私にあんな廃棄食べさせようとした罰よ。良い物を食べさせなさい。うんと高いものを」
「……はい」
一はソレよりも、子供よりも、目の前で悪戯な微笑を湛える女の相手の方が疲れると、考えを改めた。
「子供ってのは何だと思う?」
椅子に座ったまま、店長が呟く。
その声が、自分に対する問いなのだと気付くと、ジェーンは腰に手を当て、
「小さい人じゃナイかしら」
と、軽く答えた。
「ふーん、小さい人間か。背丈が」
「アラ、身長の事を言ってないのに何でアタシを見るの?」
「さあな。ゴーウェスト、君は今のが本当に私の問いに対する答えだと思うか?」
「……答え、ね。じゃあ精神的に幼い人間」
「なら、精神的に成熟した人間はいるのか? そもそも、どうすれば、どこを誰がどう見れば、精神的に幼くない人間と分かる?」
ジェーンが冷たい床を爪先で鳴らす。
「オッケー、なら、成人してない人間ってのはどうカシラ? ニホンじゃ、二十歳になれば大人と認められるんでしょ?」
「悪くないな。だが、あくまでそれはこの国が勝手に決めた定義だよ。実際、成人式に暴れまわるガキも大勢いる。果たして奴らは大人と認められて良いのか?」
「……悪い事を、しない、人間?」
ジェーンが歯切れ悪く口を開いた。
「苦しくなってきたな。悪い事をしない人間はいないぞ、ゴーウェスト。逆に言えば、罪を犯してない人間なんてのはまだまだガキだな。人間にもなっちゃいない、まあ、罪を定義するのも面倒な話になってくるが」
「ミスをしない人間、あー、今のナシね。それじゃあ、親に養ってもらってる人間」
「もっと広く物事を考えてみろ。もっと上から見下ろすような感じでな」
「……ジャパニーズは小さいし、細かいこと言うからキライよ」
ジェーンがブロンドの髪を揺らし、頭の中で渦を巻く雑多な考えを散らした。
その様子に、店長が笑みを漏らす。
「一の事も嫌いか?」
「お兄ちゃんは良いの」
そうか、と店長が短く返した。
「一体何なのカシラ、今の質問の意味は?」
やがて、苛立ちを隠しきれないまま、ジェーンが声を発した。
やはり、そんなジェーンの様子に店長が嬉しそうに笑う。
「すまん、新しいSVとコミュニケーションが取りたくてな。意地悪だったか?」
別に、とジェーンが店長と目を合わさず答える。
そうか、と店長がまた短く返す。
一息吐き、
「今、駒台から子供が消えている事件が多発している」
声のトーンを落として、店長が言う。
ジェーンも心の中で構えつつ、返す。
「それはさっき、ボス。あなた自身から聞いたわ。アタシが聞いてるのは、その事件と、子供のテーギとやらに関係するところがあるのかどうかってことヨ」
「消えたのは最初に幼稚園児、次に小学生、三人目に大学生。四人目には近所の工場で働く、一人暮らしをしていた若者だそうだ」
一瞬、言葉に詰まったジェーンだったが、
「それが何?」
と、すぐに続きを促した。
促された店長は喉の奥で笑う。
「子供ってのにも、随分バラつきがあるもんだな」
「……?」
「ゴーウェスト、私の質問に対する君の答え。全て正解で、全て不正解だ。勿論、真の正誤なんて知ったこっちゃないし、知る由もない。が、人の足元纏わりつくようなのも、精神的にも経済的にも幼いのも、日本の式典でバカやらかす連中も、広義で言えば全員子供だよ。全員ガキだ。どうしようもなくな。更に言えば、そこで寝てる三森も、私も、君も、一も糸原も。全員、この世界の人間全てが子供だと言っても、問題ない気がするね」
捲くし立てる店長に、ジェーンがたじろぐ。息を呑む。関係ないところで、自分が気圧されていると、ジェーンは思う。
「そう言われれば、そうなんだけどネ。けど、今のところ、ソレが狙ってるのは「子供」だけなんでしょ?」
「たまたまだ。たまたま学生や若者が狙われただけだよ。それが四件続いたから、支部の連中も子供がやばいなんて言い出すんだ。五件目にジーサンバーサンがやられたらどう言うつもりなのか、少し楽しみではあるがな。そもそもだ。ソレが人間を区別なんてするのか?」
――区別。
「……さあ、考えた事も、なくはないかしらネ。ただ、スマートなソレがいるって可能性もあるんじゃない?」
「賢いなら賢いで、やり様はある筈だがな。情報部が目撃してるんだ、ソレが力任せに影ん中へ引きずり込んでいった、とな」
「つまり、ボスは今回のソレについてどう思ってるの?」
ジェーンが問い掛けた。いい加減、店長の回りくどい説明にはうんざりしていたところだった。
「ソレは無差別に駒台の人間を襲撃している。時間にも場所にも共通性は無い。今の所は」
くっ、と笑いを噛み殺し、
「子供が狙われているがな」
と、店長が意地悪く言った。
「五件目は、起こると思うカシラ?」
「ああ、起こるさ。そして、いつ、どこで、誰が、誰に襲われるかも分からんままな」
「ヒントはシャドウね」
ああ、と店長が頷く。
「しかしだ、影なんてどこにでもある。結局はヒントなんてないのさ」
「まるでブギーマンね」
ジェーンが事も無げに言った。
「ブギーマン?」
「アラ、ニホンじゃ知られてないのカシラ。向こうじゃ、割とポピュラーなのヨ」
「ソレ、なのか?」
「ハッキリしてないワ。モンスター、サイコキラー、えーと、きょーふのしょーちょー? とにかく、ニホンでもカッパやテングがいるでしょ、あれと同じなの」
興味深い、と店長が顎に手を遣った。
「言う事聞かない子供に、『ブギーマンが来るわ』なんて脅かしてシツケに使うのよ」
「ブギーマンか……。ん、何かそんな映画見たことあるな……」
「ニホンでも公開されてたとは思うわよ。何しろ、三大ホラーで有名なんだから」
「ああ、ジェイソンにフレディにブギーマンか? 今回も人間が相手なら、ソレより楽なんだがな」
店長が嘆くように天井を見つめる。
「But、彼らもソレ並みにタフよ」
「知ってるよ。一作目から見たことあるからな」
「意外ネ。ところでボス、how old?」
ん、と店長が向けていた視線を、天井からジェーンに変える。
「……英語は苦手でな」
「こんなの小学生でも分かるわよ?」
「私も、まだまだ子供でな」
店長が意地悪な笑みを浮かべた。