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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
ガーゴイル
32/328

ガーゴイルは旅をする 2

 時刻は昼前。場所は駒台。

 現れたソレは鳥型。

 北駒台店からは、ジェーン・ゴーウェスト、一一、三森冬が勤務外として出勤。



「何してンだ」

 店を出た三森は、店の前で煙草を吸っている一に声を掛けた。一が結構な勢いで飛び出していったので、近くにはいないだろうと踏んでいたのだが。三森の予想に反し、一は落ち着いていた。

「あれ、どうしたんですか?」

「お前らに振り回されてンだよ。……ほら」

 三森が傘を差し出す。

「……今日は天気が良いんですけど」

「茶化してンじゃねェ。チビを追っかけなくて良いのか?」

「煙草吸ってたら、急に落ち着いちゃって」

 一が短くなった煙草を、店前の灰皿に捨てる。

「……とにかく、適当に歩き回ってみます」

「適当に?」

「ジェーンがどこ行ったのかも分かりませんし、今回のソレは飛べるんでしょう? ジェーン以上に行方が知れませんよ」

 体を伸ばし、一が眩しそうに空を見上げた。

「それじゃ、傘。どうもです」

 三森からビニール傘を受け取り、一が歩き出す。

 その後姿を、イラついた様子で三森が眺めていた。一が目の前の信号を渡りきったところで、

「一人でウロチョロすンじゃねえよ」

 呟いて三森が駆け出した。



 見渡せば人。

 見回せば店。

「Where am I?」

 眩しいほどの金髪、ちんまりとした体、ウエスタンな格好。ただでさえ人の視線を集めてしまう異国の少女が、お昼前の、唯でさえ人の多い駒台の商店街のど真ん中できょろきょろ、うろちょろしていれば、それは尚更だった。

 行き交う人。立ち止まる人。

 本人は気付いていないが、いつしかジェーンを囲むようにギャラリーが集まっている。

「ソレは、どこ……?」

 ジェーンが探しているのはソレ。

「君、どうしたの?」

 見かねたギャラリーの一人が、ジェーンに話しかける。

 スーツ姿の中年、眼鏡を掛けた、「良いお父さん」風の男性。

「? Me?」

「あ、そうか、しまった、困ったな……」

「……何か用?」

 訝しげにジェーンが尋ねた。

 日本語が喋れる異国の子供。男性は戸惑ったが、すぐに落ち着き払って、まるで実の子に向けるような優しい声で、

「お母さんと、はぐれたのかい?」

 優しく、柔らかにそう言った。

「HA?」

 ジェーンが探しているのはソレ。



「ビル、デパートの屋上、電波塔」

「ソレが出た場所ですね」

 一と三森は、むやみやたらに歩き回るより、ピンポイントに思い当たる場所を探す事にした。北駒台店を出て、目の前の信号を渡ってすぐの駐車場。そこで二人並んで、煙草を吸って、知恵を絞っている。

「全く分かンねえ」

「諦めるの早すぎじゃないですか?」

「私は前線向きなんだよ。こういう事はお前が考えろ」

 絞ろうとしているのは一だけだったが。

「……うーん。高い場所ですよね、ソレが出たのって」

「まあ、鳥型らしいからな」

「なら駒台で高さのある建物を回れば、ジェーンか、ソレに会えるかも知れないですね」

「会えないかも知れないけどな」

「どこか知ってる場所ありませんか?」

「ないな」

 流れる沈黙。

「やたら否定的ですね……」

「ごちゃごちゃ言ってねえで、こういうのは動いた方がはええんだよ」

「さっきは適当に動くのは危険だ、とか言ってたのに」

「るっせぇ。おら、行くぞ。とりあえずは駒台デパートが近いな。そこに行くぞ」

 三森が歩き出す。

 その後に一が付いて行く。

「なるほど、犯罪者は現場に戻るって奴ですね」

「……。ああ、お前もやっと分かってきたじゃねェか」

「三森さん、何だかんだ言っても、色々考えてくれてんですね。正直嬉しいってか、ビックリですよ」

 無言で煙草に火を点ける三森。

 不覚にも、一は、この人かっこいい、とか思ってしまう。

「上手くいったら、何かおごりますよ」

「よせよ、気にすンなって」

「三森さんって、もっと考えなしで、戦闘狂ってかマニアックっていうか、ちょっとアレな人かなーとか思ってた自分が恥ずかしいですよ」

「よし、お前後で店の裏に来やがれ」



「あー!」

「どうしました?」

「いや、叫んでみただけ」

「……驚かせないでくださいよ」

 看護師が胸をなでおろす。

「ごめんごめん。けどさ、こう、なんつーの? ずっと病院にいたら体が鈍るし、退屈だし」

「私は糸原さんが入院してから、退屈しませんでしたよ」

「ありゃ、それって皮肉?」

 にっこりと、糸原に笑顔が降り注がれた。

「あのヤロー、一回しか見舞いに来ないんだもんなあ、あーあ。お姉さん嫌われてんのかなー」

「さあ、どうでしょうねえ」

「後さ、何か最近出番が「まあまあ、明日退院なんですから、それまでの我慢ですよ」

 大部屋に沈黙が流れる。

「最近出番が「あなたの怪我の治り具合の早さときたら、先生も驚いてましたよ。歴代ベストテンには名を連ねる事になるかもしれないって言ってました」

「……あ、そう」

「それじゃ失礼します」

 カーテンが閉められた。



 駒台デパート。

 正式名称は、あるにはあるのだが、駒台住人の殆どはそう呼んでいた。無論、駒台に越してきた一も、昔からいる三森もだ。十三階層、プラス地下、プラス屋上の、駒台屈指の高さを誇る建物。屋上からの眺めは、訪れる人々によれば、中々評判が良いらしい。勿論、品揃え、サービスに関しても抜かりはない。地下は巨大な食料品売り場。その他のフロアも、生活用品、家具、電化製品、おもちゃ、本、服飾品、とバラエティに富んでいる。屋上の一つ下の階、つまり十三階には、中華、フレンチ、イタリアン、和食、エトセトラエトセトラ。と、多種多様な飲食店が軒を連ね、そのフロアの一角、隅の方には、クラシック音楽が流れる、小さめだが感じの良い喫茶店がある。

 一も、レストランで食事、下のフロアで買い物と、何度か利用していた。事もあって、広い店内でも迷うことなく、一と三森は屋上へと向かう。

 駒台デパートには、エレベーターが数基設置されているが、屋上までは直接繋がっていない。一が聞いた話によると「安全上の問題」だとか「設計上のミス」だとか。

 とにかく、屋上に上がるには、一旦十三階まで行って、そこからはフロアの真ん中に作られた螺旋階段を上らなければならない。

「来るたびに思うんですけど、面倒な作りですよね」

「だな。あー、これで誰もいなかったら無駄足だよホント。お前責任取れよな」

「はいはい、ってあっ、三森さん。ここ禁煙ですよ」

「うざってェな、分かってンよンな事はよ」

 ぼやいて、三森が指と指を擦り合わせ、小さな火を灯した。煙草を吸うつもりはないだろうが、手慰め程度の行為だろう。

 一はスプリンクラーが作動するのではないかと、内心焦ったが、そんな事は起こらなかったので、安心半分。もしかしたら警備上のミスでもあるんじゃないかと、不安半分、息を吐いた。

 ダラダラと歩く三森より先に、一が螺旋階段の入り口へ辿り着く。

「遅いっすよ」

「ン……」

 遅いというより、完全に三森の動きが止まっていた。

 視線は一点で固定されている。何かに気を取られているのか。

「……やる気あるんですか……」

「分かってンよ」

 やっと一に追いついた三森は、乱暴に螺旋階段の入り口の扉を開け放ち、三段飛ばしで階段を駆け上っていく。

「おらっ、早くしろよ!」

「小学生かよ……」

 あきれながらも、一も三森に続いて駆け出した。


 屋上には誰も、何もいなかった。

 ただただ、まっさらなコンクリートと、周囲に張り巡らされた背の高いフェンスしか存在しない空間。幼児向けの遊具などはなく、一応、申し訳程度に簡素なベンチ――滅茶苦茶に壊されているので、ベンチだった物が正しい――が端に置かれている。後はもう本当に空だけ。

「平日だからか?」

「……それにしたって、子供連れのおばさん連中はいつもいますけどね」

 会話しながら、二人は屋上の端に向かって歩いていく。

「久しぶりに来たけど、やっぱ、こっから見る景色は良いですね」

「……そうだな。あ、ここなら煙草吸っても良いだろ?」

「駄目って言っても吸うんでしょ?」

「あったりまえだろ。邪魔したらこっから叩き落すぞ」

 有り得ない話ではないだけに、一の足が震えた。フェンスが何とも頼りなく見える。話題を変えるべく、一が頭を働かす。

「あ。被害が出てないって言っても、ソレが出たって場所だから誰も寄り付かないんですかね?」

「そうかもな。勿体ねェ話だけどよ」

「混んでなくてラッキーじゃないですか。俺は二年近く駒台にいますけど、こんなん初めてですよ。静かに、ゆっくりと最高の景色を見れるなんて」

「大げさな奴だな」

「……三森さんは、小さい頃から駒台に住んでたんですか?」

 何気ない、なんでもない質問。

「ああ」

「あー、それじゃあもうとっくにこっからの景色なんて見飽きてますよね。ソレもいないし、ジェーンもデパートにはいなかったし、違う場所に行きますか?」

「ああ。あ、いや、もう少し」

「気、使ってくれなくても良いですよ?」

「誰がお前に気を使うかよ」

 言って、三森が火の点いた煙草を投げ飛ばす。フェンスを越えて、中空に、まるで飛行機雲のような、白い線を描きながら、煙草が落下していった。

「せめて火ぃ消してから捨てて下さいよ」

「るっせぇ。行くぞ」

 三森が歩き出す。

 一も歩く。

「……勿体無いなー」

「何がだよ?」

 扉に手を掛けている三森が一を睨んだ。

「いや、俺と三森さんの貸切状態だったのにって」

「…………馬鹿か、行くぞ」

 今度は五段飛ばしで三森が螺旋階段を下りていく。

 一も習うように、軽快に段を踏んでいった。



 一方その頃。

「Where am I?」

 以下省略。



 螺旋階段を降り切った二人は、足を止めて次の候補を考えていた。

「ここじゃないなら、電波塔、ですか?」

「こっからじゃ遠いな、私は行く気しねェ」

「んなはっきり言わなくても」

「腹減ったから動く気しねェ」

「……あんま変わらないですね」

 しかし、と、一が周囲を見回す。

「何探してンだ?」

「時計です」

「……ケータイ見りゃ一発だろうがよ」

 三森がポケットから、赤い携帯電話を取り出した。

「持ってないんですよ」

「はあ? じゃあ誰かと連絡するときはどうすンだよ」

「一応、家に電話は置いてます」

「面倒な奴だなお前はよ」

「あ、今何時ですか?」

「もう十二時回るな」

「じゃあ三森さんのリクエストにお答えして、何か食べていきましょうか」

 一がとある方向へ歩き出す。

 付いていかない理由も見当たらなかったので、三森も歩く。

「つーかさ、何でお前と飯食わないとならねェんだ?」

「ご飯食べるだけじゃないですか。……うわ、何かもう鬱になりそうだ。三森さん、俺の事そこまで嫌ってたんですか」

「あ? いや、ちげェよ。だって、何かアレじゃねェ?」

「アレ、とは?」

「ここ来てさ、屋上行って、ンで飯だろ?」

「まあ、今の所は」

「まるで、何かこう、まるで……」

「三森さん、ここで良いですよね」

 一は牛の顔が描かれた看板を指差していた。

「何だここ」

「焼肉屋さんですけど?」

「何でだよっ!? しかも良いですよねって断言してンじゃねえぞ!」

「ええっ!? 何で!?」

 他のお客に死ぬほど注目されていた。


「…………」


 結局、一は候補を何軒か回ったが、どれも店先で三森が喚いて、人に注目されての繰り返しだった。最後に、仕方なく寄ってみた喫茶店。

『しょうがねェから、ここでいい』

 と、三森が言ったので、成り行きというか、運命というか、都合仕方なく二人は喫茶店に入ることになる。客は一たち以外には誰もおらず(お昼時なのに)、サングラスを掛けた、表情も年齢も分かりづらいマスターへ、無条件で奥のテーブルへ案内された。屋上とまではいかないが、窓際の眺めの良い席だった。一はコーヒーとミックスサンドを。三森はミルクティーとオムライスをそれぞれ注文。

「…………」

 注文した商品が届く間も、と言うか、店に入ったときから三森は口を開かなかった。注文するときも、メニューを指差して頼んだくらいだった。

 注文した料理はすぐにテーブルへ運ばれ、やはりお互い無言で食べ始めた。一はそれほど空腹を感じていなかったし、元から小食なので、そこそこの満足感を得られた。三森が食べ終わる間、BGMのクラシックを聴きながら、窓の外に思いを馳せ、少しの間、ソレの事を忘れてしまうぐらいに、ゆっくり出来た。


「…………」


 そして今。

 三森もオムライスを食べ終わり、ミルクティーも飲み終わったのだが、「よし、行くか」とは言ってくれない。言おうとしない。かと言って、「そろそろ行きませんか?」と一が言おうにも、何となく言えない雰囲気を三森は醸し出していた。

 一は助けを求めるように、マスターへと視線を遣る。

 マスターはカウンター内で黙々と、豆を炒ったり混ぜたりしていた。

 一心不乱に。

 ならば、と、一は次にフロア側へ視線を移す。

 平日のお昼時。なのだが、客はまばらだった。多分に、デパートの屋上に現れたソレ、情報が広まって、大概の人々は警戒して近寄らないのだろう。

「何きょろきょろしてンだよ」

 やっと口を開いた三森に対して、一が言葉を選ぶ。

「……お客さん、少ないですね」

 大した言葉は出てこなかった。

「知ってンよ」

「じゃなくて、三森さん、機嫌悪くなってません?」

 一が斬り込んでみた。

「かもな」

 斬り返された。

「理由、聞いても良いですか?」

「……話してもいーけどよ、それじゃお互いマヌケになっちまうな」

「俺は構いませんけど」

「私がイヤなンだよ」

「じゃ、理由は聞きませんから、機嫌直して下さいよ。それか、別行動取りましょう。やり辛くってしょうがないですよ」

 一が、少しの皮肉を込めて言ってみる。すぐには答えは返ってこない。一は三森の様子を窺う。

 三森は窓の向こうに視線を遣りながら、呟く。

「私もガキじゃねェんだ。機嫌ぐらい直してやンよ」

「あ、そうですか」

「……お前ってなんかムカつくンだよな」

 二人は席を立ち、会計を済ませ、十三階のフロアに戻った。会計のときに、「おごったら機嫌直してくれます?」と、一が三森に聞いたら、物凄い目つきで睨まれたのは余談の中の余談。

「さて」

「次はどこへ行きますか?」

「……これで映画でも見に行ったら完璧だよな」

「何がですか?」

 三森が一の脛に、ローキックを振り下ろす。

「そンじゃ、一旦店に戻るか? もうとっくに片がついてるかもしれねェしよ」

「……困るなあ」

 ふと、一が視線を螺旋階段に移した。丁度、階段の前の扉が開いたところで、誰かが降りてくるのが見える。


――綺麗な、男だった。


 否、男と言うよりは、少年の方が正しい。背は低く、色は白く、利発そうな顔立ち。少年は白いパーカー、青いジーンズと簡単な格好だったが、充分に格好がついている。髪の色からすると、彼は日本人ではなさそうだった。少年は薄い、金色の短い髪をかき上げて、扉を見ている。

 もう一人、今度は綺麗な男が降りてきた。その男は背が高く、腰まで伸ばしている程の長髪だったが、汚らしさは皆無だった。茶色のファーコートを羽織り、黒のカーゴパンツ、ベルト付きのスタッズチェーンミュールを履きこなしていた。

「ホストみてェ」

 聞こえないように、三森が呟いた。

 少年と男が並ぶ。少年、と、男、その前に美をつけても差し支えはない。

 美少年と美男子。

 並ぶ姿はまるで一枚の絵画のようだった。

「……行きますよ」

「お。何だ? コンプレックスか、コンプレックス感じてンのか?」

「二回言わないで下さいよ」

「ま、かっこ良いっちゃ良いよな。顔も良いし、服も中々だし、タッパあるし、金髪だし外人だしな。へっ、その辺突っ立ってるだけで女が勝手に寄ってくるぜ」

 三森が男たちを横目で見ながら、退屈そうにしている。

「やっぱ、ああいう人がタイプですか?」

「あ? 私のか?」

「まあ、そうですね」

 曖昧に一が返した。

「……知りたいか?」

 歩きながら、三森が笑う。

 間を空けて、一が三森の後を付いて行く。

「いえ、話の流れで聞いてみただけです」

「ちっ、つまンねえ奴だな。いじり甲斐もからかい甲斐もねえ」

「すいませんね。あ、今何時ですか?」

「ン」

 三森が携帯電話を取り出す。

「一時前」

「どうもです。はあ……ジェーンどうしてるかな……」

「つうか、私はお前の時計じゃねェぞ」

「時間ぐらい聞いても良いじゃないですか」

「ヤだよ面倒くせえなバカ」

 一の眉が傍目では分からない程度に動いた。

「ちなみに」

「ンだよ?」

「俺のタイプの女性は煙草を吸わない人なんですよ」

 ふーん、と呟いて三森が歩き続ける。歩みは止めない。

「それで、黒髪で、背が高くて、家庭的で、すっげえ上品で、優しくて」

「ンな女この世には一人もいねえよ」

「あの世にはいますかねえ」

「行った事ねェから分かンね」

「ちょっとで良いんで、確かめてきて下さいよ」

「てめェが逝ってこい」

 三森がエレベーターのボタンを押す。二人は無言で、エレベーターが来るのを待っていた。少し経つと、13のランプが点灯する。まず三森が、次に一が乗り込み、「閉」ボタンを三森が押した。

 閉まっていく扉。


「すまない」


 閉まろうとする扉を掴む手。白く、細い指だった。

 扉は開き、長い金髪を揺らしながら、男がエレベーターに入ってくる。

 小走りで、もう一人少年も。

「…………」

 一がつまらなさそうな顔をした。

 三森は、男たちからは見えない角度で顔をにやけさせている。

 美、少年と美、男子。

 先ほどの男たちがエレベーター内に乗り込んだ。さほど広くないエレベーターには、一と三森、少年と男、四人の人間が詰められている。男たちが階層ボタンを押さないところを見ると、一たちとは行き先が同じらしかった。

 地上一階。

 十三階から一階まで。

 息苦しさを覚えた一は、顔を上げて階数表示をひたすらに見つめる。

「……」

 柑橘系の香りが、一の鼻を掠めた。嫌な匂いではなかったが、それがどうやら男の付けている香水のモノだと気付くと、一が顔をしかめる。

「収穫無しだったね」

「そうですね」

 狭い空間、静かな空間。

 知らない人と一緒に閉じ込められる空間。

「ここにいないって事は、後は、どこだろうね」

「候補は殆ど回りましたからね」

 エレベーター。

 一は知らない人とこれに乗り合わせるのが苦痛で堪らなかった。おまけに、それが自分よりも、どう見ても誰が見ても格好良い同性だとすれば尚更だった。

 ――コンプレックス。

 一は先の、三森の言葉を思い出す。確かにそうかも知れない、と一は考える。

「難しいものだねえ」

「全くです」

 男と少年は、小声で話しているが、こんなところでは、まさに詮無きこと。嫌でも、一たちの耳に二人の会話は入ってくる。

「ああ、そういえばこの街には山が無かったっけ?」

「駒台大学の裏の山ですね。ですが、建物は無かったと記憶しています」

「洋館があるって聞いたよ?」

 階数表示は9を指す。

「そうでしたか? いや、貴方が言うのなら、そうなのでしょう。それでは、そこに行きましょうか。馬も退屈してるでしょうし、候補もそこが最後です」

「オッケーオッケー。でも狭いし、小さいし、そこまで綺麗じゃない街だよね」

「好都合でしょう。大きければ、その分候補も増えます。今回のケースがトウキョウだとしたら、鳥肌が立ちますね。怖気もしますよ」

「そだね、あそこはでっかいビルとか多いから。一個一個調べていったら日が暮れちゃうよ」

「全くです」

 階数表示は4を指す。エレベーターは止まる気配を見せず、途中で乗客が乗る気配も無く、一直線に地上一階を目指す。

「……楽しみだね」

 冷たい声。

「そうですね」

 冷たい声。

「久しぶりだからね」

 楽しそうな声。

「ええ」

 楽しそうな声。

「ガーゴイルだっけ? 結構強いのかな?」

「分かりません」

「ハッキリ言うなあ……。ま、どっちにしろ良い経験にはなるよね。だってさあニホンでソレと戦うのは初めてじゃないか」

 階数表示が1を指し、扉が開いた。

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