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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
アーサー・ペンドラゴン
313/328

SAMURAI DRIVE

 音が聞こえる。

 どくんどくんと心臓が鼓動している。血が流れている。だからまだ自分は生きている。内からの音に急かされ、煽られ、身体を動かした。

 前髪を掠めたテュールの剣は冷ややかな肌のようで、しかし彼の熱情が確かに込められている。立花は短く叫んで、テュールの得物を弾いて返した。

 スパークした視界に命運は預けられない。立花は自分の勘に頼り、テュールの鋭い突きを、身を捩って躱す。彼女は苦戦を強いられていたが、臆病なりに彼の癖を少しずつ掴みつつあった。

 立花は距離を取りたいと言う気持ちを必死になって押し殺す。半端に引けば、テュールは『見えない剣』を使ってくるだろうと考えていたからだ。

「あぁっ、がああうっ!」

 怯え、竦む心に鞭を打って前に出る。立花はテュールが剣を振るよりも早く前に出ることが出来た。だが、彼は片腕のハンデを別の部位で埋める。繰り出す蹴りは素早く的確であり、立花の前進を何度も阻み続けていた。

 テュールは剣技以外にも一級品の物を幾つも持っている。彼に比べれば自分の技は付け焼刃に過ぎないと、立花は歯噛みした。

 だが、とも思い直す。自分は今、技を競っているのではない。どれだけモノを殺してきたのか比べているのでもない。自分たちは今、命を奪い合おうとしている。それだけだった。

 息を細く、長く吐く。体の中にあったものを少しずつ押し流して排除する感覚。


 ――――殺すんだ。こいつを。


 立花の目から光が消える。スイッチを切り替えられた機械のような有様だったが、テュールは一向に怯まなかった。

 この瞬間、両者から雑念が消えた。

 次の瞬間、地上から火柱が上がった。

 上がった火柱は虹の橋を掠めもしなかったが、その熱、その風圧、その音は確かに立花たちにも届いていた。それでも尚二人の剣士は鈍らない。斬り、突き、払い。一分の隙も陰りも見当たらない。

 掻き乱されることはない。対手のことしか目に入らず頭にない。互いが互いのことだけを強く認識して混ざり合う。融け合って一つになり、取り巻く空間さえも肉体の一部と化す。

 そのような感覚も長くは続かなかった。テュールが立花の腕を蹴り上げ、彼女の得物を弾き飛ばしたのである。

 立花に致命的な隙はなかった。ただ、定められた手順を踏んだかのようにそうなった。地力が違えばこうなることは明白であり、彼女は雷切が舞う様子を確かめもしなかった。

 テュールは何も言わなかった。口の端を少しだけ歪めて笑ってみせただけだ。彼は、古い友への手向けのような一撃を見舞うべく、剣を振り被った。



 立花真。『立花』の六代目。彼女の姿を両目で捉えてテュールは微笑む。

 磨いて磨いて磨き続けた自分の剣技。披露するには勿体ない相手だとばかり思っていたが、黄昏時を共にするには悪くなかった。

 テュールは立花をイヌではなく好敵手として胸に刻み、生涯忘れないつもりだった。

 だが、

「……逸らした」

 立花は信じられないとでも言いたげな顔で呟いた。

 そして。テュールは信じられないと言う思いでそれを見ていた。既に彼の視界、思考から立花の姿はいなくなっている。彼女の存在が消えたのだ。

「お、お……」

 剣を取り落しそうになるほどの衝撃を受け、テュールは忘我的な喜びに支配された。彼の視線の先には追い続けたかった相手がいる。追っても無駄だと一度は割り切り、それでも諦められなかった怨敵がいる。

 その名はフェンリル。巨大な真白の狼。北欧神話においてテュールの腕を食い千切った、神喰いの化生である。

 テュールは吼えた。しかしフェンリルは答えなかった。

 そうして、フェンリルは雲を抜けて、虹の橋よりも高い場所へと跳ぶ。その巨体がテュールを認めることは一度もなかった。



 音が聞こえる。

 どくんどくんと。

 音が。

 音が聞こえる。

 どるん。どるん。どるん。

 音が。その音が。



 上がった火柱。跳躍する白い大狼。二つの事象に目を奪われたのは一瞬の出来事だった。

「お嬢様っ」

 椛が声を上げた。

 神野は、自らの手に戻った得物をしかと握り締めた。思いは湧き上がる。気持ちは奮起される。

「お、あああああああっ!」

 烏天狗が虹の橋と並ぶ。彼女は宙を蹴ってとんぼを切った。自然、神野の体も翻る。さかしまになった月をなぞるようにして、彼は得物を振った。


 フツ、と。


 その綺羅やかな音を誰もが聞いた。

 顕現していたのは二メートル近い刀身。大きく、長く、分厚い直刀。それは生前、神野が一度も振れなかったものだった。

 しかし今、神野の叫びと共に、布都御魂がテュールの腕を斬り落とした。

 一振りすれば国を平和にする。

 名に込められた思いを受け、神の剣が剣神とぶつかった。邂逅は短く、終わりは早く。

 椛はテュールの背後に着地した。神野も虹の橋の上に立ち、くるくると舞うテュールの腕を認めた。次いで、恋い焦がれていた人を目に焼き付けるようにして見る。

 やっと同じ場所に立てた。

 そんな気がして、神野は思いが成就したことを悟った。

「立花、今だ!」

 


 再会の喜びより先に、訪れた好機に感謝した。

 立花は跳躍し、中空にあるテュールの腕を掴む。切り離されても彼の五指は己が得物を握り締めていた。彼女はそこから素早く剣を抜き、両腕をなくした神に対して振り下ろす。

 テュールの肩口から侵入した刃は、驚くほどあっけない手応えでするりと食い込んでいった。斬るというより叩きつけるような勢いで、剣は臓腑をぶちぶちと捩じ切る。

「いあああっ!」

 一閃。肩から腰へ。迷いのない真っ直ぐな太刀筋。立花は剣を手元に戻す。斜めに斬られたテュールは膝をつき、血を吐き出した。彼は傷口を見遣り、立花を認めた。

「……すまん、なあ」

 テュールは吐血しながら謝罪の言葉を口にする。立花は何も答えなかった。

 立花は噴出した血潮を全身で受けながら、テュールの最期を見届けた。力尽き、絶命した彼は虹の橋から落下する。彼女は持っていた剣をテュールに向けて放り投げた。

「返すよ」

 投げられた剣は鞘に納まり、テュールの姿は小さくなって、見えなくなった。立花の胸中には仇を討てた、怨敵を殺せたといった昏い喜びはなく、ただ、小さな喜びだけがあった。

「……立花。平気、なのか?」

「あ」

 立花は目を瞬かせる。すぐ近くに神野がいた。どうやら夢でも幻でもないらしく、彼女は安心したような笑みを浮かべた。

「からだ、繋がってる」

 立花に下半身を指差されて、神野は何とも言えない表情になる。

「お前……まあ、そうだけどさ」

「ごめん。でもよかった。また会えて」

「俺も、本当に」

「ところで、後ろの人は?」

 神野の背に隠れるようにしていた椛は肩を震わせて、身を縮こまらせた。

「あー、この人は、なんつーか。ええと、由布椛って言って」

「坊ちゃん。ぼ、ボクのことはいいですから」

「いや、でもさあ」

「いいんですって!」

 二人のやり取りを聞きつつ、立花は袖で顔の血を拭い、虹の先に目を遣る。行かなくては。そう思って足を踏み出したが、上手く力が入らなかった。格上の相手を退けて緊張の糸が緩んだのか、ふっと意識が遠くなる。誰かが彼女の名を呼んだが、立花は虹の橋から滑り落ちた。



「立花! あっ、おい!?」

 由布椛は自分が烏天狗であり、『立花』の影でいることなど頭から飛んでいた。彼女は虹の橋から飛び降り、立花を救わんとして後を追う。身を空に投げ出した途端、強い風に全身を叩かれ、椛は顔をしかめた。立花は意識を失っているらしく、呼びかけても応答はない。

 虹の橋から地上まで間はない。椛が立花を捕まえられなければ、彼女は地面と激突し、死は免れないだろう。

「お嬢……さまあっ!」

 椛は手を伸ばし、立花の服を掴んで自分のもとへ引き寄せる。しかし落下速度は緩まない。椛は天狗のように空を翔けることが出来るが、年月により薄まった天狗の血は、中空で留まることを許してはいない。

 それでも、椛はようやくにして立花を自分の腕で抱きすくめた。墜落の覚悟を決めた時、横合いから何かにぶつかられた。

 椛が不思議に思い、弾かれるようにして顔を上げると、そこには姫の顔があった。彼女の背にはコウモリのような羽が生えており、椛は更に驚くことになった。

「あんた、どうして……?」

 問いかけを受け、姫は苦しそうな表情を浮かべる。

「こんなところで死なれたら困る人がいっぱいいるんですよ。それだけなんです」

「……ありがとう、お陰で死なずに済みましたよ」

 姫が支えることによって落下速度は次第に緩まり、三人はランダのいる建物の屋上へ降り立つことが出来た。

 椛と姫は立花をその場に寝かせて肩を揺さぶる。

「ちょっとちょっと、ガキども退きな」

 ランダは二人を押し退けて立花の頬や首筋に手を当てた。

「うん。普通に寝てるだけだよ。そうだね、どこか温かいところに連れてってやるか」

「生きてるんですね」

「ああ」と、ランダは姫の問いに答えた。そうしてから、彼女は疑わしそうな目つきで姫を見る。

「どうして立花を助けたんだい」

 姫はランダと椛を見た後、煩わしいと言った風に息を吐き出した。

「何かを嫌うのと同じように、誰かを助けるのに理由が要りますか」

「まあ、あんたがそれでいいって言うなら構わないけど」

「それでいいなんて一言も言っていません」

「難儀な年頃ですねえ」

 茶化すように椛が言うと、ランダは三角帽を深く被り直す。

「うるさいね。いいから、上にいる坊やも連れてきてやりな」



「お師匠、どうしました?」

「んー? 別にどうもしやしないよ」

 姫たちには言わなかったが、ランダはこの街に使い魔を放っていた。十匹程度の使い魔を常に飛び回らせており、ある程度の状況を把握している。

 オンリーワン北駒台店に群がっていたハーピーはその殆どが息絶えていた。

 偽物の黄昏時を嘆いていた悪神も、この街を我が物顔で闊歩していた巨大な竜も死んだ。虹の橋の根本、橋の上。そこにいたソレも地に還った。白狼は健在だが、オンリーワンの勤務外が抑えている。

 唯一、ランダの使い魔でさえ辿り着けないどころか、覗き見すらままならない場所があった。それは虹の橋の先である。彼女には雲の向こうに何があるか全く分からない。

 使い魔を飛ばせない理由は分かっていた。魔力によって弾かれているのだ。仕掛けた相手もおおよその見当がついている。元『館』の住人であり、『円卓の奇士』ヴィヴィアンに違いないだろう。死してなお、その魔力に、彼女に及ぶ者はいない。

「いったい、あそこには何があるんだろうね」

 風に乗ったランダの呟きを聞く者はいない。

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