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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
アーサー・ペンドラゴン
308/328

愛がたりないぜ

 夢を信じる者はいない。

 お伽噺だと鼻で笑う。嘘だ。幻だ。そう断じて切り捨てる。

 誰よりも異形に近く、夢幻だと判じるモノと対峙する彼らこそが、其れは非現実だと、時には痛罵すらする。何故か。『大人』だからだ。現実的に、実際的に物事を判断せねばならないからだ。そうしないと生き残られないからだ。こうあって欲しいと言う願望を、希望を、理想を排除しながらでしか生きられないからだ。



 現実。二ノ美屋にとっては握った銃と弾薬。蔓延る骸と硝煙の臭いこそがそれだった。それ以外のものは上手く認識出来ない。

 擦り減らすのは弾丸と正気だ。トリッガーを引く度にハーピーの羽根が引き千切れて落下する。地には倒れた味方が。空には無数の敵が。二ノ美屋も背に傷を負い、店前の壁にもたれかかりながら発砲するくらいしか出来ないでいた。ものを考えることは止めて、左目以外の全てが機械になった感覚のまま、彼女は光を幻視した。



 怪我をしていない箇所など殆どなく、無傷でいる者は一人もいない。

 春風麗は右足の肉をハーピーに喰われながらも尚、オンリーワン北駒台店前の空を翔けていた。自分が立ち止まれば仲間が食われて殺される。今もソレに蝕まれて啄まれている仲間がいる。歯を食い縛りながら敵を蹴った。血が噴き出て苦痛が身を苛む。春風は確信していた。この痛みは自分が死ぬまで続くのだと。

 それでも構わないと、春風はソレの身体を踏み台にして別の標的へと向かう。

「春風、右だ」

 声に従い、春風は右方へ跳んだ。跳んでから、先の声が妙に聞き覚えのあったものだと気づく。そうしてから、あり得ないと後ろを見遣った。見覚えのある男が背中を向けて、彼女に対して親指を立てていた。

「……向上こうがみさん?」

 確かめる暇はない。しかし見間違えるはずはない。たとえ向上が一年前にソレに殺されて、この世にいないはずでもだ。

 ハーピーの顎を蹴り上げて体勢を崩す。春風は北駒台店の屋根に着地した。そこから彼女は地上を見下ろす。味方の数が増えているように感じた。違和を覚えてじっと目を凝らす。

 医療部、負傷者を乗せた車はハーピーに取り囲まれていた。その車を守るように、スーツ姿の男が二人立ちはだかっている。

 ソレに捕まった女を救う為に、別の女が跳躍してソレを仕留めた。

 銃声の音が重なって響く。虫の息だった技術部たちが歓声を上げている。涙声で叫んでいる。潰されそうになっていた箇所が勢いを増してソレを押し返す。

 槍が弧を描く。白刃が煌めく。一閃されたソレの部位が二つに分かれて墜落する。矢玉が夜空を切り裂く。突き上げられた拳は柔らかい肉を叩く。声は大きくなる。

「光……?」

 店前に温かな輝きが溢れていた。

 倒れた者に寄り添うように。倒れそうな者を庇うように。戦う者を支えるように。光は姿を変える。波のように。風のように。群から個と化したそれは人の姿へ。

 春風は知っていた。彼女以外の者もこの段階で気付いた。皆、知っている。現れたのは知った顔だ。化物と戦い、先に散った者だ。自分たちは今、死人と肩を並べている。

 これが現実だとはすぐに信じられず、春風は暫しの間、昔馴染みの者が生前と変わらぬ姿で戦っているのを見つめていた。上空から仕掛けてくるハーピーに彼女が気づくより早く、年若い男が横合いからソレを蹴り飛ばす。

「平気ですか、春風さん」

「お前は」

 男は――――春風の部下であり、ゲデというソレに殺された漣は歯を見せて笑った。少年のように無邪気で、誇らしげな顔であった。



 太陽と月が雲に飲まれて、有象無象が掻き消える。

 生者は死者に。死者は現に。時間も場所も、逆様になって流転する。

 ならば。

 これが一時の夢だとしても、この時だけは現実だ。

「……いいぞ。すごく、いい」

 二ノ美屋は笑んだ。死人が甦ることは無茶苦茶だ。ありえない。だが、自分たちに都合のいいことが起こっているのなら頑なに否定することはない。神の与えた思し召し。あるいは奇跡。なんでもいい。ソレをもっと殺せるのなら、もっと長く戦えるのならなんでもいい。

「まだだ。まだ付き合ってくれ。あの時のように!」



 地上に、空に、光が瞬く。人の形をしたそれが人ならざるモノと戦い、打ち斃している。予期せぬ援軍だ。『神社』の山田栞は眩しそうに目を細めて、薄く笑った。喜んでいる者、泣いている者の声を聞く限り、死人が生き返ったらしい。彼らは今、かつての仲間と共に戦えているらしい。

 ああ、そうか、と、羨ましくさえ思えた。

 住み慣れた場所を離れ、駒台の地を縁にせんとしている山田には得られない喜びである。彼女は寂しかった。その感情を抱いたまま、自分の近くを飛び回るハーピーを見上げた。

「ほとんど死んでるってのに、ここまでよくもやったよアンタ!」

 オキュペテ。速く飛ぶ女と言う意味を持つ名のソレが、山田を見下げてけらけらと笑う。既に彼女は死にかけていた。

「……てめえを片づけりゃあよさそうだな」

「やってみろォ!」

 オキュペテが降下する。山田は構えるも、すぐに体勢を崩した。足元が覚束ない様子で全身に力が入っていないのだ。ソレは彼女の脇を通り抜ける。その際に足で蹴りつけた。山田は堪えられずに尻餅をつく。

「さっきはよくもやりやがったな。次はアタシの番だよ。めっちゃ嬲って殺してやっからさ!」

「さっき?」

「忘れたっての!?」

 山田にはハーピーの見分けがついていない。全部が同じように見えている。ただ、この敵は他とは違い動きが素早く、狙いが鋭い。これ程の大軍だ。率いるものは必ず存在している。能力のあるものがそうだろうと当たりをつけたに過ぎない。

「鳥にゃあ変わりがないからなあ」

 腰を低く落として構える。オキュペテは素早いが、それでも近づかなければ攻撃は出来ない。すれ違いざま、ぶつかりざまにカウンターを喰らわせてやると山田は決意した。

 山田とオキュペテが交錯する。しかし山田はソレのスピードを捉えられていない。コンディションがよくないこともあったが、やはり単純にオキュペテは速かった。

 肩を爪で抉られた山田は顔をしかめる。ここに来て痛みが戻ったのだ。アーサーに斬られた部位もハーピー共に甚振られた痕も、疼いて、疼いて、彼女を苦しめる。同時に覚醒させる。肉体は満足に動かせないが神経だけは酷く鋭敏だ。

「しつけえよ死にぞこないっ」

 足を。羽根を。首を。どこでもいい。どこかを捕まられれば自分の勝ちだ。指の一本が引っかかるだけでも構わない。爪をほんの少し操れるだけでもよかった。そうしていられるうちはまだ戦える。山田はまだ諦められなかった。

「オ、オオオッ」

「とーどかねえっての!」

 山田が腕を伸ばすも、オキュペテはギリギリ逃れられるタイミングで空に浮かび、彼女の行為を嘲った。……オキュペテは楽しい気分でいる半面、ここまで粘られるとは思っていなかったので苛立ってもいた。ましてや相手は自分を殴った人間である。すぐに楽にしてやるつもりはなかった。

「でもさァ! もっと遊んで欲しいってんならやってやってもいいんだよ!? アハハっ、アハっ!」

「……冗談だろうが。そんなの」

「マジだっつーの! ボォケ!」

 くつくつと、かははと、山田は声に出して笑う。何がおかしいとオキュペテは憤った。だが憤怒に歪んだ形相は、すぐに驚愕のそれへと塗り替えられる。ソレは顔だけを動かして背後を見遣った。若い、しかし屈強な肉体の男が自分の背に乗っている。和装をした男が何者なのか判じる手段はないが、彼が敵であることだけは理解した。

「乗ってんじゃ……!」

 男は無言でオキュペテを地面に引き倒し、頭を掴んで店の壁へと叩きつけた。ソレは呻いたが男は無視する。もう一度、今度は先よりも強く叩きつけた。そうしてから、彼は山田を見遣る。

「元気だったか、栞。なあ。やっぱ俺がいなくなったら寂しかっただろ?」

 男は莞爾とした笑みを浮かべた。山田はふっと息を漏らして、緩々とした動作で首を振る。

「オレの性分を知らねえわけじゃねえだろ。前だけ向いてんだこっちは。昔の男にゃなびかねえよ、今更な」

「女ってのは全く……」

 ヤマタノオロチの血が混じった、稀代の妖怪の子孫である男は、山田栞の昔馴染みは、オキュペテを手放した。彼女はゆっくりと崩れ落ちる。

 山田は足を踏み出し、ぐちゃぐちゃになったオキュペテの顔面を殴り飛ばした。次いで、男の腹を強かに殴りつける。一発では気が済まなかったのか、二発目は頬を打ち抜いた。彼は後ろへよろけたが、倒れるようなことはなかった。

「どうして、こんなところで、こんな時に出て来やがんだお前は」

 男は殴られた頬を摩りながら、地面を指差す。

「……駒台ここで死んだから、みたいだぜ。安心しろよ。俺はちゃんと死んでるから」

「さっきのでオレの分の借りは返した。だからオレはもう何も言わねえ。あとは向こうで皆に頭下げるなりしてこい」

「お前はもっとさ、女々しいこと言ってもいいと思うんだけどな」

「男に言えよそういうことは。オレは女だ。女ってのは、もっと格好良く、しゃんと生きねえと駄目なんだ」

 言い切って、山田はソレの群れを見上げた。

「あの世に行く前に、ちっとはオレたちの役に立ってくれよ。そしたら向こうで言い訳もつくだろ」

「素直に手伝ってくれって言えばいいんだよ」

「ごめんも言えねえようなやつには必要ねえよ」

 山田と男は同じタイミングで両の拳を打ち合わせて、向かってくるハーピーを殴りつけた。



 ポダルゲが死んだ。オキュペテが死んだ。同胞が死んだ。たくさん死んだ。

 何故だ。何故だ。何故だ。アエローは頭を振った。どうして弱いやつらにここまで追いつめられるのか、分からなくて奇声を発した。

 ハーピー姉妹の長姉、名に疾風の意を持つアエローは分からないながらも、オキュペテが殺された時点で逃走を選択していた。これ以上戦っても無駄だ。どうせもう楽しめないと悟ったのである。

 北駒台店には目もくれず、スピードを上げて逃亡を図るが、

「お前が頭か」

「こォの……!」

 漣に支えられた春風が行く手を阻んだ。

 アエローは方向を転換し、地上へ急降下する。同胞を盾にする形で銃弾から逃れると、技術部の集まっている場所を目指した。彼らなら与し易いと判断したのである。

 最初に向かってきたのは数えるのも馬鹿らしくなるほどの弾丸の雨だ。アエローはそれらを掻い潜り、爪を伸ばす。受けたのはパァラだ。彼女は鋼鉄の身体でソレの攻撃を防ぎ、掌底を放つ。アエローは右へ旋回しつつ、パァラから距離を取る。

 しかし、エインヘリヤルとして参戦した者が増えたせいか、先刻よりも弾幕は厚くなっていた。掠める程度だが、アエローは銃弾を受けて声を荒らげる。

 右か左かそれとも上かあるいは前へ突っ切るか。判断に迷ったのは一秒足らず。しかしその間に追いかけてくる者がいた。後背に多様な得物が迫っている。アエローは空を見上げて羽ばたいた。瞬間、羽根の一部を撃ち抜かれた。バランスを失うほどではないが、攻撃を当てられて激高しかける。

 茹った頭で空を翔けようとすれば、情報部が左右から仕掛けてくる。彼らを押し退ける形で逃れるも、低い位置を飛んでいたのが災いして、地上から長物に突かれてしまった。

 胴に突き刺さり背まで伸びた槍の穂先を見遣り、アエローは血を吐く。堀の突き出した槍であった。彼は得物を引き抜き、新たな標的を目指して身を翻す。

 アエローは地面に落ち、その際に腹を打って空気を全て吐き出した。どうして自分がこんな目に遭っているのかが分からず、彼女は涙を流す。震える声で嫌だと漏らす。自分はただ、弱いものを甚振って悦に浸りたいだけなのに。そう思いながら、空に向かって手を伸ばす。

「終わりだコノヤロウ」

 ぬっと現れた巨大な影が、ハンマーをアエローの頭部に向けて振り下ろした。



 四人中、三人の統率者を失ったハーピーの群れは瓦解寸前であった。ソレは最初にここへ現れた時よりも好き勝手に動き回っている。数だけは多いが、もはや群としての脅威はなかった。

 ソレが埋め尽くす空を光が奔る。仲間が駆けて怨敵を打ち滅ぼしていく。二ノ美屋はその光景を見ながら、長い息を吐いた。

「お前と会うのを楽しみにしてたんだ、私は」

 二ノ美屋は嗤った。捉えた。遂に捕まえた。ようやっとこっちを見てくれた。

 地上の二ノ美屋を見下ろすのは、最後に残ったハーピー姉妹の三女、ケライノーであった。

「ここで店長なんてものをやるようになってからは、ずっとお前のことを探していた。毎日毎日毎日毎日新聞を隅から隅まで読んでパソコンを睨みつけて方々に頼み込んで、それでもお前は姿を見せなかった。羽根の一枚きりだって見せてくれなかったな。諦めてたよ。失せ物なんざ血眼になって探してる時は見つからないと聞くが、その通りだ。いったんお前らのことなんか忘れてしまえば、どうでもいいと思ってしまえば、ほら、これだ。こんな風に出てくるんだ。なあ、そうだろう」

 二ノ美屋はトリッガーを引く。銃弾は逸れてケライノーの頬を削るにとどまった。ソレは唾を吐き捨てて高い声で怒りを表す。

「探したぞ、黒いやつ!」

「知るかよてめえのことなんざよォ!」

 ケライノーが降下した。二ノ美屋はソレの進行方向を予想して弾丸を放つ。が、ケライノーは弾が飛んでくるのを見てから方向を変えて躱した。出鱈目な速度だが、二ノ美屋は舌打ち一つするだけで気を取り直す。

 ケライノーの爪牙が迫り、二ノ美屋はみっともなく地面を転がった。起き上がりざまにトリッガーを引く。ソレの姿は既になく、背後からの気配に背筋が粟立った。確認しないままに裏拳を見舞ったが空振りに終わる。

「ケハハハハハっ、アハハァ! アタシのことが好きなのアンタ? だいぶんご執心みたいだけどさあ、でも駄目だよアンタ弱いもの人間だもの。まァ、アタシは弱いやつが大好きなんだけど!?」

 話には耳を傾けず、リロードを済ませて狙いを定める。息を一つ。手指の感覚がぬるま湯に浸るような錯覚。もう一つ。グリップを握る部分。トリッガーに引っかけている部位が溶けるような感覚。なけなしの集中力を掻き集めて、自分の手足の延長線上に銃が存在していると言う風に認識。

 目で捉え、撃つ。殺意をふんだんに込めた弾丸は、銃撃を避けようとしていたケライノーの頭、その数ミリ上を通過していった。さしものソレも恐怖を覚えたのか、咄嗟に振り向き二ノ美屋の姿を確認する。

「……あ、アンタ……っ! こ、殺す」

「私とお前の間にそれ以外の何かがあるものか」

 二ノ美屋とケライノー、両者は共に狩人だ。少なくとも、もうケライノーは彼女のことをただの獲物として見ていない。ここで殺すべき存在だと確信している。

「殺すっ、こォろす!」

 有翼の魔物が上昇した。逃げる為ではなく、仕掛ける為にだ。

 二ノ美屋は銃口を上に向ける。しかしケライノーは左右に揺れて的を散らした。さらに彼女の周囲には風が渦巻いている。拳銃だけで仕留めるのは難しい。


 ――――距離も遠いか。仕方ない。


 近づいたところを落とす。二ノ美屋は降下してくるケライノーを見据えた。

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