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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
ナグルファル
298/328

Time Check

 聞け、聞け、聞け。白いアースの角笛が歌い出す。

 見ろ、見ろ、見ろ。炎の巨人が地を揺らす。

 親兄弟が殺し合う、大いなる冬が過ぎ去った。

 太陽と月が雲に呑まれて、有象無象が掻き消える。生者は死者に。死者は現に。時間も場所も逆様になって流転する。

 そうら聞け、聞け。角笛(ギャラルホルン)が喚き出す。魔狼に大蛇、喜劇の神が攻め来るぞ。

 そうら見ろ、灼熱国(ムスペルヘイム)が唸りを上げる。死者の船の舵を取れ。

 そうら聞け。そうら見ろ。お前ら皆おしまいだ。虹の橋から奴らが来るぞ。



 二ノ美屋は空を見上げる。彼女の視線の行く先をハーピー共が塞いでいた。有翼の魔物はきいきいと耳障りな声を上げ、地上にいる者たちをよってたかって襲撃している。二ノ美屋は目を細めた。有翼のソレ。分厚い雲。漆黒の空。それら全てを塗り潰すような存在感を放つものがあった。七色に彩られた光が天をぶち抜いている。

 虹であった。

 二ノ美屋は確信する。自分たちの置かれた状況は酷く厳しい。勝ち負けの話ではなく、生き死にの話でもない。もはや埒外のものである。夜の海でもがくが如く先は見えず、しかし自分たちの果ては決まっている。絶望的という言葉すら安く思える中、彼女は光明を見た。一矢報いるどころか、矢を放つ先すら分からなかったのだ。だが、今は違う。見える。見えるのだ。

「く、はは、は! いいぞ、いいじゃあないか!」

 一人、また一人と逝く。哀れ骸を食まれながら死出に立つ。二ノ美屋の意識も視線も既に地にはない。彼女はある話を思い出していた。ギリシャ神話のエピソードの一つ、パンドラの箱についてである。この街には今、人でないモノが齎した災いが蔓延っていた。箱を開けた者も、そも、そのような箱があったかどうかも定かではない。ただ、ある。災厄だけではない。一欠けらの希望が見えたのだ。

「『橋』だっ、橋だぞ一! そら、お前が探していたものだろう!?」

 ハーピーの腹を蹴飛ばした一も見た。彼だけではない。手の空いた者は暫し虹に見惚れた。彼らに残された唯一の希望が空にかかっていた。



 虹――――橋を見たのは北駒台店にいる者たちだけではない。駒台にいた者は皆、認めた。

「……虹。ああ、初めて見たわ」

「夜にもかかんのね、虹って」

「虹は夜にも月の光で輝くのよ。けれど、アレは違うわね。あの虹は太陽も月も物ともしない。あの虹は、あってはならないものよ」

 視界が揺れる。獣の荒い吐息が鼓膜を揺らす。神殺しの大狼が駒台の街を疾駆する。

 心臓が高鳴る。鼓動が高まる。糸原四乃はフェンリルの上で腕を組み、両足で立って目的の場所を見遣った。数日ぶりだと言うのにひどく懐かしいものに感じられる。

「シノ、あなたの場所はあそこなのね」

 エレンが問い、糸原は小さく頷いた。彼女はグレイプニルを握り締め、店に集るハーピー共をねめつける。

「随分と賑やかそう。ああ、地上ってこうなのかしら。……さあ、どうするの?」

「ぶちかます!」

 フェンリルが速度を上げた。彼は四肢でもって踏ん張り、高く跳躍する。ぐ、と、糸原は低く呻いた。上昇の後、落下する。彼女はあらん限りの声を振り絞った。



 モリガンの手勢を退かせた立花は北駒台店前に到着しようとしていた。だが、反対側から大きな獣が走って来るのが見えて目を見開く。

 足は止めなかった。雷切は既に鞘から放たれている。得物を担いだまま、立花は速度を速めた。

「狼……? いや、それよりもっ」

 巨大なソレの背に乗る者がいた。立花は知らなかったのだが、タルタロスに囚われていた糸原四乃である。大狼の接近と共にハーピーの群れが高く鳴く。抗えるモノはいなかった。先まで士気が旺盛だったハーピーたちは、開いた咢の奥へと呑み込まれていく。空へ逃れようとするソレはフェンリルの前脚によって押さえつけられ、踏み潰された。のみならず、糸原が銀閃を中空に瞬かせる。鮮血が糸に絡みつき、北駒台店に雨を降らせた。グレイプニルが数多の命を貪る中、立花は駆けた。



 二ノ美屋たちは動揺した。巨大な獣が場を踏み荒すかのように登場したのだ。だが、大狼はハーピーしか狙わない。ソレの背に立つ者を認め、一一が歓喜の声を放った。彼の声に糸原が答える。

「押し返せ!」

 劣勢を強いられていた北駒台店だったが、糸原とフェンリルによって状況は変わった。ハーピーは本能、特に食欲によって行動する。しかし、グレイプニルの結界と暴れ回るフェンリルに恐怖を抱き始めていた。

 巨獣の吼え声と共に勢いづいた一たちが攻め上がる。知能の低いハーピーにも個体差はある。恐れをなして逃げ出したモノもいたが、情報部の執拗な追撃の前に屈した。蹴りを背に喰らい、次々と墜落していく。

 また、立花真が追いついた。遅れて到着した彼女は、降下するソレを歩きながら仕留めていく。刀が振るわれる度、翼が散った。大群を相手にする糸原とは違い、立花は弱っている者たちを庇うようにして戦っている。餌を前に諦めきれないソレをねめつけ、翼や足に一撃を加えた。飛べなくなったハーピーは、戦闘部やフリーランスによってたかって殺される。次だ。そう言わんばかりに、立花は気を吐いた。

 無限とも思えたハーピーの数が減っていく。さらに、モリガンたちを退けた堀と旅が合流する。新たな誓約のもと、クランの猛犬としての実力を取り戻した堀と、ハーピーよりも素早く動ける旅が参戦したのだ。趨勢は決した。

 北駒台店に押し寄せたハーピーは全滅した。生き残った者たちは暫し緊張から解き放たれ、生の実感を覚えるだろう。しかし、ハーピーはこれで全てではない。また、街には他のソレも残っている。この勝利は局地的なものであった。



 生き残った者の顔を見遣りながら、一は胸を撫で下ろしていた。知った顔の大半は負傷しながらも無事であり、犠牲者の数も少なかった。そう割り切ることで、彼は心の均衡を保っている。

「ねえ、ハジメ。地上はいいところね。賑やかで、明るくて」

 返り血をタオルで拭っていると、誰かに呼び止められた。一は振り向くが誰もいない。視線をついと下げたところ、珍妙な格好をした少女が頬を膨らませている。ああ、と、彼は得心した。糸原と一緒に、獣の背に乗っていた少女であった。

「寒くねえ? あと、危ないから店の中で大人しくしといた方がいいぞ」

「平気よ。それよりも言うことがあるんじゃないの?」

「……あの犬、何か分かるか?」

 一は、座り込んでいるフェンリルを指差す。暴れ回っていたのが嘘のように静かにしていた。少女は息を吐いた。

「おっ、一、生きてた?」

 へらへらとした笑みを浮かべた糸原が近づいてくる。一は小さく手を上げて応えた。

「なんとか。ジェーンやナナとは?」

「さっきまで話してた。まあ、とりあえずは元気そうでよかったんじゃん? つーかさ、つーかさ、びっくりした?」

「あんなデカイのどっから連れてきたんですか」

 ん、と、糸原は人差し指で地面を示す。

「あー、あいつはフェンリル。私らの味方ってことでいいと思う。そんでもって、このちみっこいのはエレンね。あんたもタルタロスで会ってたから知ってると思うけど」

「はあ? エレンさんはこんなちんちくりんじゃなくて」

「こんな? ちんちくりん?」

 少女にねめつけられ、一は言い知れぬ圧迫感を覚えた。

「あ、失礼しました。ええと、本当にエレンさん……ですよね? ありがとうございます。糸原さんを助けてくれて」

「いいのよ。私がシノを手伝ったように、シノも私を手伝ってくれているのだから」

「こんな時じゃなかったら、色々と案内したかったんですけどね」

 一は瓦礫と化した周辺を見つめる。アレスとの戦い以降、駒台は廃れ、朽ちていく一方だ。街だけではない。人も減った。

「構わないわ、また今度ねって約束出来るから。それに、今の雰囲気も騒々しくて素敵よ。ハジメの言ってたようにもっと早く出てこればよかった」

「時期的にはいいんじゃないの? ほら、もう新年あけましてってやつじゃない。色々あったけどこうして皆揃ってんだしさ、悪いことばっかじゃないって」

 気楽そうな糸原を見遣り、一は苦笑する。

「ソレがうようよしてるってのによくもまあ」

「死ななきゃあいいのよ」

 そのとおりだと一は思った。同時に、自分を死なせても構わないこともあるのだと思った。



 技術部に装備の点検等を任せている間、ナナは虹を見つめていた。彼女は、自分が自動人形であることを忘れていない。人間よりも人間らしく創られた身だが、それでも自分は完全な人間ではない。手足を壊されても代えが利く。脳はない。頭部に埋め込まれたチップ、メモリの修復が不可能なほどに叩きのめされない限りは『生き続ける』。だから、自分の存在が仲間を守るのだと知っていた。

「天津さん。私たちはあそこへ向かうのでしょうか」

 作業の手を止めないまま、天津は答える。

「君は行くだろう。だが、僕たちはここに残る。二ノ美屋店長はそう考えている」

 数分前、情報部がハーピーの群れを発見した。先まで戦っていたのが斥候だとするならば、本隊と呼べる数のソレであった。北駒台店までは距離があるらしかったが、時間の問題だろう。『円卓』はここを、オンリーワンを狙っている。

「あの虹へは少数で向かわせる。ここにはそれ以外の、僕たちの殆どが守りとして残る」

「逃げないのですか」

「……重傷者は、医療部が街の外へ逃がすと聞いているよ。でも、逃げたいやつはそうするだろうね。少なくとも僕は残る」

「なぜですか」と、ナナは尋ねた。天津はやはり作業を続けたままであった。

「正直に言って、分からないんだ。逃げたっていい。もう支部は落ちたんだ。今、僕らがやってるのが軍隊同士の戦争だったなら、とっくの昔に撤退命令が出てて、諾々と従っていただろう。けれど今は戦争じゃないし、僕らは兵隊じゃない」

 ナナは口を挟まず、続きを待った。

「残るやつには意地がある。それだけを理由にしてここに残るんだ。プライドほど高くはない。どうせ、逃げたってソレは追ってくるし、だいいち、君も、君の仲間も行くんだろう? だったら、帰ってくる場所が必要になるじゃないか」

「成程。しかし、不安要素が一つだけあります」

「なんだい。僕らに可能なら……」

「虹は踏破出来るものなのでしょうか。虹を渡るとは、あまりにも非論理的な話です」

 天津は笑った。そんなこと、彼には分からなかったのだ。



 歌代チアキは一の姿を探した。きょろきょろとしていたところ、彼の方から彼女の方へと歩み寄ってくる。

「怪我とか、してないか?」

「うちは車ん中でじっとしてただけやから、平気。師匠こそ、平気なん?」

「ん、ああ、これは返り血だし、大丈夫だよ」

 チアキは諦めたように笑んだ。一は彼女が浮かべた笑みの意味を、ついぞ知ることはなかった。

「たぶん、時間がない。これから、さっきのとは比べらんないくらいのが来るらしい」

「知ってる。あの橋の時、師匠は気ぃ失ってたけど、うちは見たから」

 空を埋め尽くすハーピーの軍勢を思い出す。だが、チアキは恐ろしいとは思えなかった。そんなことを考えられる程度ではなかったからだ。

「あんな、医療部の人らが楯列さんらを連れて街を出るって」

「……あいつ、まずいのか?」

「炉辺さんがなんとかしたとか言うとるけど、他にもやばい人らがいっぱいおるみたいやから。せやから」

 自分たちはこの街から離れる。駒台を出れば、よほどのことがない限り戻らないだろう。

「うち、どないしたらええんかなって」

 チアキは医療部や負傷者と共に街を出たかった。だが、一たちと共に残りたい気持ちもあった。彼女は縋るような思いで一を見る。彼は緩々とした動作で、言い含めるように首を横に振った。

「行ってくれ」

「でも、そしたらうちは……」

「楯列や、栞さんたちを頼む。俺はあそこへ行くからさ、見てやれねえんだ」

 泣いては駄目だ。チアキは俯いたまま、声を振り絞る。

「なあ、みんな、帰って来るねんな? また、師匠と会えるやんな?」

「弟子よ。俺はもう二度と弟子なんか取らねえから、お前が最初で最後なんだ。だからさ、くだらないことばっかり吹き込んでたかもしれないけど、最後にいいことを教えておくよ」

 一はチアキの頭に手を置いた。

「会えるよ。俺も皆も必ず帰って来るから」

「そんなんええことちゃうよ。当たり前のことやんか」

 チアキは一が嘘吐きだと知っている。虚しい約束だが、彼女はそれに縋ろうと思った。



 チアキから離れる一を見遣り、早田は彼のもとに近づいた。タイミングを見計らっていたのがばれていたらしく、一は申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「最初に聞いておく。先輩は、私が泣いて縋ったら一緒に街を出てくれるか?」

「答えなきゃ駄目か?」

「駄目だ」と、早田は一を見据えた。

 髪の毛を掻き毟った一は気圧されることなく早田を見返す。

「分かった。俺は逃げないよ。こっから離れる時は、ソレを全部どうにかしてからだ。だから早田、お前の気持ちには応えてやれない」

 百も承知であった。ただ、早田は今一時だけでも諦めたかっただけなのだ。

「ならば、楯列や槐ちゃんたちのことは任せておいてくれ」

「頼む。『教会』の二人にもお前らのことはお願いしておいたから、よろしくな」

「いいのか?」

 早田はあくまで一般人であり、ハーピーや、これから店前に来るであろうソレの脅威が今一つよく分かっていない。しかし、フリーランスが二名も店から離れれば一たちが困るのではないかと考えた。

「何が起こるか分かんねえしなあ」

「先輩たちこそ、何が起こってもおかしくないんだぞ。……私は、橋でアーサーとやらを間近で見た。アレを同じ人間だとは思えなかった。あんなものを相手にしたら、命が幾つあっても足りなくなる」

「俺には分からなかったけどな」

 思い出し、早田は俯く。彼女は幼い頃から言い聞かせられてきた。暗がりの小道や路地裏のように、危険な場所へは近づいてはならないと。人間には分がある。足を踏み入れてはならない場所がある。昼と夜が切り替わり、人と魔が交差する地も存在する。人は時に、生きるか死ぬかの境目を分かりやすい形で目にするのだ。

『円卓』の王という境目を前にしたあの時、早田は退くことを選んだ。一はアーサーを前にしても退こうとしていなかった。彼は踏み出せる。躊躇し、恐怖しながらも先へ行く。彼女はそれをいいことだとは思わなかった。

「置いて行かないでほしい。私が追い付けないところへ行かないでくれ、先輩」

 早田は一の顔を見られなかった。

「生きてくれてさえいれば、私は必ず追いつけるから」

「死なないようには努力するけどな」

 今の一には早田の声が、言葉が届いていない。彼が全くの虚ろというわけではない。一の意識の殆どは別の方向に向けられている。こっちを見てくれないのは悲しいが、彼女は嬉しくもあった。器の中身が何であれ、満ち満ちている彼を好ましく思える。

「先輩、ご武運を。戻ってきたら初詣に行こう。なあに、たとえ世界が滅びるとしても、晴れ着の一つ、神社の一つくらいは残っているだろう」

「ああ、それもいいな。そん時は世界平和でもお祈りするか?」

「八百万の神様たちは天岩戸に引きこもっているかもしれんがな」

 言って、二人はからからと笑い合った。



 二ノ美屋は店の前でパイプ椅子を組み立てて座っている。彼女の周りには一たちが集まり始めていた。立花もそこに向かおうとしたが、所在無げに立っている男を認め、彼の傍まで駆け足で寄った。立花は、男が情報部に所属しているのをアレスとの戦いの時に知っていた。

「あの、すみません。ええと、一つお願いがあるんです」

「あ、俺に?」

「こんな時なんですけど、その」

 言いづらそうにしている立花を見て、情報部の若い男は相好を崩す。彼は、立花たちが虹へ向かうことを知っていた。

「いいよ、別に。こんな時だからさ、出来ることなら何でもしてやるよ」

「……死体を。知り合いの人が死んだんです。ほっといたらソレに食べられるかもしれないから、出来たら」

 なるほど、と、男は得心する。遺体の回収だ。頼み辛そうにするのも無理はない。しかし、彼には断るつもりがなかった。

「どっちだ? どの辺に……」

「フリーランスの人たちが来た方角から。女の子と、女の人が一人。大丈夫そうなら、二人共をお願いします」

 立花は探るような目をしていたが、男は気にしなかった。

「ああ、分かった。任せてくれ。俺たちにはこれくらいしか出来ないけどな」

「充分です。そのう、ありがとうございます」

「いや、いいんだ。……気をつけて行ってきな」

 頷いた立花は二ノ美屋たちのいる方へ向かった。



 遅れて現れた立花を見遣ると、二ノ美屋は椅子に座ったまま、集まった面子を見回した。

「すまんな、時間がない」

 加えて言うなら足りているものは一つとしてない。最初にそう切り出して、二ノ美屋は頭を下げる。ただし、座ったままでだ。

「誰か、『円卓』の目的について知っている者はいるか? ……まあ、そういうものだ。我々は殺し合う相手の正体も、目的も、いや、殺し合う理由すらも分からないまま命をかけている。特別な因縁があるわけじゃあないのにな。ただ、邪魔だから潰すんだ。蚊や、ゴキブリを見た時と同じようにな」

 二ノ美屋は間を取った。誰も口を開こうとしなかった。彼女は仕方なく話を続ける。

「虹が見えるな? 誰が言ったか知らないが、アレは橋だ」

「ビフレストですね」と、黄衣ナコトが鬱陶しそうに言った。

「この街は今、近親同士ですら互いを食み合うような状況にあります。虹の橋に、魔狼フェンリル。『円卓』が何をしたのか、何をしたいのか、あたしには分かりませんし、もう興味もありません。ただ、今の状況はかのラグナロクに当てはまるのではないでしょうか。北欧神話の最後、神々ですら黄昏時を迎えたような……聞けば、あのタルタロスですら消えてなくなってしまったみたいではありませんか」

 ナコトは皆を睥睨した後、一に強い視線を向ける。

「次から次へと、あなたは色々なものを敵に回すんですね」

「知るかよ。後には引けねえからやるだけじゃねえか」

「まあ、神様ならいざ知らず、私らにはどうだっていいって話か。勝手に黄昏ときゃあいいのよ。巻き込まれちゃあたまんない」

 示し合わせたわけではなく、全員が虹の橋(ビフレスト)に目線を遣った。一一、糸原四乃、ジェーン=ゴーウェスト、立花真、ナナ、『図書館』の黄衣ナコト、『貴族主義』のアイネ=クライネ=ナハトムジーク。この七名だけで虹の橋の攻略を成さねばならない。二ノ美屋は重たい息を吐いた。

「……あそこへ向かうにあたって、これ以上は人を割けられんし、余計な者を連れてもお前らの足手まといになるだろう。知っての通り、ハーピーの本隊がやってくる。四方から、完全にこちらを囲うつもりだ。店にも守りが要る」

「いいのよ、ボス。お店のことはアナタに任せる。ビフレストとやらはこっちに任せて。いつもみたいにエラぶってアタシたちを送り出せばいいだけよ」

「ああ、そうだな。こうやって言葉を交わし、顔を合わせるのは最後かもしれんが」

「最後にはならねえよ」

 一が吐き捨てるようにして言った。険のある口調を不思議に思う者もいたが、彼の雰囲気に気圧されて口を挟めなかった。

「お前らが生き残っても、私たちが生き残っているとは限らないんだぞ」

「そこをどうにかすんのがあんたの仕事じゃないですか。死ぬなとは言わないから、こっちが帰ってくる場所くらいきっちり守ってくださいよ」

「もちろんだ。その上で死ぬのもごめんだ。つまらないやつらに殺されるくらいなら……いや、まあいいだろう。お前らは好きなタイミングで出ていってもらって構わない。だが、そうだな。ハーピーが店に群がる瞬間がベストかもしれん。一点から抜けられるだろうし、私たちでぎりぎりまで背中を守れるからな」

「信じてもいいのよね」

 糸原が二ノ美屋を見据える。

「それでお前が救われるんならな」

「その歳までガキみたいに捻くれちゃってるなんて救えないわね。でも、そんなやつに救われようとしてるのも心底から救えないから、同じか。せいぜい、生き残って仲良くしましょうか」

「他に言いたいことがあるやつはいるか? 今なら何でも聞いてやれるかもしれんぞ」

 立花は首を振った。

「ボクは何も思いつかないから、今はいいよ。でも、戻ってきたら話を聞いてくれるって約束してね」

「約束か。それは、いいな」

 景気の悪そうな面をしていた二ノ美屋が相好を崩す。立花は小首を傾げた。

「……今、午前三時を回ったところだ。初日の出まで四時間くらいか?」

「正確には三時間と五十五分です。しかし、日の出がどうしたと言うのですか?」

「察しが悪いな、ナナ。それまでにケリをつけて、生きてるって素晴らしいなあ、なんて思いながら皆で見るんだ。約束しようじゃないか。生きて帰った者には、私のポケットマネーからお年玉をやろう」

 一と糸原が苦笑する。

「ああ、じゃあお雑煮もお願いしましょうか」

「ノウ! オモチはジャパニーズの死因ナンバーワンの殺人フードなんでしょ? アタシは絶対に食べないから」

「よしよし、じゃあ、約束だ」



「……笑ってるし」

 二ノ美屋と、虹に向かう一たちがげらげらと笑っている。防衛に向けての準備に追われていた技術部や医療部の者たちは、彼らを見て呆れていた。

「笑うしかないのかもな」

「あの子らに任せるしかないって状況だ。ああしてくれてると、見送りやすい」

「行くも地獄で残るも地獄なんだけどな」

 虹の橋まで無傷で辿り着けるとは限らない。ソレはまだ街の中を徘徊している。あの橋が『円卓』にとって重要なものなら、近づくにつれ敵の数も増すだろう。先へ行った者はきっと戻らない。

「向こうにゃ何があるか分からねえ。こっちは……」

 残る者にも地獄がある。四方からソレが来る。先に蹴散らしたハーピー共とは桁違いの数である。仲間はもう何人か死んだ。死体は残らなかった。ソレに食われたのである。負傷し、動けなくなった者も連れて行かれた。人数にも士気にも不安が残るまま、新たな敵を迎え撃つことになる。考えることを放棄せねば立ち尽くすだけだ。

「……? なんか、あっちであったのか?」

 戦闘部の男は医療部の一人を呼び止めた。

「よう、夜逃げの準備は出来てんだろ? 今更焦ってんのか?」

 皮肉のこもった男の言葉に、医療部の女は反応出来ないでいる。

「一人、いなくなったの」

「怪我人が、か?」

「南駒台の戦乙女の子。見てない?」

 男は低く唸った。南駒台店の戦乙女といえば、支部からここまでの間の戦闘で自分たちを援護している。その後、ヒルデとシルトの二人は確認したいことがあるとどこかへ行ってしまった。

「確か、る、ル、なんとか」

「ゲイレルル。ああ、とてもじゃないけど歩き回れるような怪我じゃなかったのに……!」

「あの二人の知り合いなら探してやりたいけど、なあ」

 悠長にしていられる時間はない。戦いが始まらなくても、ハーピーの羽音が聞こえてくるだけで身は竦む。自分たちのことだけで手いっぱいだった。

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