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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
モリガン
297/328

edge

 ディルムッド・オディナが逝った。満足げな顔で逝った。彼の最期を見届けたフィンは立花に目を向ける。

「……抜いたんだね、刀を。今まで抜かなかったものを」

 立花はフィンを見ないままで言った。

「抜かなかったんじゃないよ、これは。ボクはただ、抜けなかったんだ」

「ああ、そうだろう。怖かったんだろう」

 立花は小さく頷く。彼女は死も、戦うことも怖くなかった。三森が死んだ時、アグニを相手にした時から雷切を抜けなかったのは、後先を考えたからだ。立花は『先』を失うことが怖かった。雷切を失くせば、剣というものを失えば、自分には何もなくなり、何も出来ないと思っていたのである。

「でも、もう怖くないんだ。明日死ぬのは嫌だけど、今日死ぬのはもっと嫌だって気づけたから」

「うん。それも運命さ。どこで何を知るのか、人には流れってものがあるからね。……ディルもそうさ。あいつは今日、ここで死ぬって運命だった。行くといい。君にはまだ未来がある」

 頷き、立花は駆け出した。残されたフィンはディルの骸を見遣り、

「さあ、次は僕だ。相手に不足はないと思うんだけど、どうかな?」

 堀に向き直った。



 堀はディルの胸に突き刺さっていた槍を引き抜いた。酷使してきたせいだろう、穂が砕けており、彼はそれを投げ捨てる。得物を失った堀を見遣り、フィンはディルの遺した槍を取るように促した。堀は迷わずに赤槍の柄を掴む。

「遠慮なく使わせてもらいます。ところで、私を倒す知恵とやらは出ましたか?」

 フィンは親指を口に含んでいたことに気づかず、苦笑した。

「何手かはね」

「では参ります」

「ああ、まさか猛犬と戦うことになるなんて」

 低い姿勢のまま、堀が地を蹴る。飛び出した彼は矢どころか稲妻にも似た速度であった。フィンは剣の切っ先をゆらゆらと動かしていたが、ぴたりと止めた。

 槍の切っ先が心臓を捉えているのが見える。フィンは剣で受け止めるのを選ばず、身を捩って回避した。反転し、即座に斬りつける。堀はディルの得物を我が物のように操り、彼の振り下ろしを防いで返した。

「まさかと言うならこちらの台詞です」

「へえ?」

 刀身と穂がぶつかり合う。互いが互いを打ち殺そうとする中で、二人は言葉を交わしていた。

「音に聞こえたフィン・マックールと打ち合えるとは」

「感想は?」

「光栄ですよ。身に余るっ」

 嘘だなと、フィンは内心で自嘲する。先までの堀は戦いの最中、話をする余裕はなかった。

「難なく捌いてるくせにさ」

 穂先が見えない。フィンは舌打ちし、勘に任せて頭を下げた。空振り後の隙を狙っても戻りが速い。……堀はもうゲイボルグを使えない。槍はなく、技だけの半端なものだとしても、初見なら対応出来ない動作であった。だが、フィンはもうそれを見ている。堀の速度も知っている。攻撃の重さには慣れ始めている。


 ――――地力の勝負か。


 親指を舐める暇はない。舐められたとして、妙案が浮かぶはずもない。劣勢であった。堀自身が気づいているかどうかは定かではないが、ディルにつけられた傷が癒えている。ゲッシュを新たに結び、ゲイジャルグ、ゲイボーの持ち主であったディルが息絶えたからだ。

 フィンは笑んだ。自分と堀は五分ではない。地力の勝負なら、結果はもう出ていた。

「……ああ、畜生。僕だって別に、弱っちいわけじゃあないのに」

 腹に刺さった槍を見て、フィンは毒づく。速さにも重さにも慣れていた。ただ、ついていけなかっただけだ。猛犬の名は伊達ではなかったと知り、彼は俯く。

 堀は槍を引き抜き、フィンの首元に得物を突きつけた。彼は何も言わなかった。フィンは参ったとばかりに得物を捨て、その場にゆっくりと腰を下ろした。

「ク・ホリン。君を倒す手なら幾つも考えていたし、実行に移せたんだ。本当だ。嘘じゃあない。遅かっただけの話だ」

「順番、ですか」

 そうだと、フィンは首を縦に振る。……力を取り戻した状態の堀が相手でも、彼を打ち取れる手段は残されていた。ディルよりも先にフィンが戦うことだ。フィンが堀の技を引き出し、ディルに目を慣らさせてやれば上手くいっていた。

「ディルだって分かってた。何せ、あいつの方が腕が立つ。フィアナ騎士団最強の男なんだからね。でも、ディルは僕を捨て石に出来なかった。僕よりも先に死にたがってたんだ」

「忠義ですか」

「それもあるだろうね。もう一つは……」

 フィンは口を開きかけたが、途中でやめた。

「順番が逆なら、ディルが君を仕留めていた。かもしれないね」

「……あなたも強かった。ですが、迷いがありましたね。あなたはやはり」

 赤槍を持ち直した堀はフィンを見下ろす。彼は顔を上げなかった。

「これで、ディルムッド・オディナの槍で討たれたかったのですか」

「さあ、どうだろう」

 ごろりと、フィンが大の字になって転がる。彼の周囲に鮮血が広がり始めた。

「どうなんだろうね。いや、しかし、強い。今までの非礼を謝らせて欲しい。ごめんなさい、調子に乗ってました」

「お気になさらず。私にも負けられない理由がありましたからね」

「やっぱり、後輩に負けるのは嫌だった?」

 堀は少しばかり言いよどんだが、はっきりとした口調で答える。

「惚れた女の前で格好悪いところは見せられない。それだけです」

「は、なんだそりゃ」

 くつくつと笑い、それから、フィンは自分の心臓を指差した。

「頼みがあるんだけど、いいかな。苦しいのは嫌いなんだ。どうせなら、このままの気分で逝きたい。ディルたちを待たせるのも悪いしね。……そんな顔しないでくれよ。残念だと思ってるのは僕らも同じさ。もっと違う形で戦えればよかったし、味方にだってなれたかもしれない」

 だが、これも運命なのだ。フィンはそれだけ言って、堀の決断を待つ。時間にして数秒後、槍の穂先がフィアナ騎士団団長の胸を貫いた。

「……ああ、みんな、ぼくは、やっぱ……り……」

 堀は槍を引き抜き、フィンの首を刎ねた。高く舞い上がったそれはディルムッド・オディナの骸まで転がっていく。堀は最後に残った女を見遣り、長い息を吐き出した。



 しもべを全て失ったモリガンは平伏し、堀を見上げた。先までとは違う彼女の様子だったが、堀は驚かない。モリガンはいつだってそうなのだ。激しやすく、冷めやすい。

「何故そんな恰好をしているのですか」

「……も、戻ったのね、ホリン」

 堀は構えを解き、眼鏡の位置を指で押し上げる。

「お陰様でと言っておきましょうか」

「素敵。とても素敵よ」

「私を殺すのでは?」

 モリガンは熱っぽい瞳で堀を見つめた後、緩々とした動作で首を振った。

「気が、か、変わったわ。今のあなたになら殺されてもいい」

「はあ……前から訳の分からない女だとは思っていましたが、結局、何がしたかったのですか、あなたは」

 その問いにモリガンは黙り込んでしまう。彼女はとうに目的を達成していた。ク・ホリンという愛した男と再会出来たのである。

「『円卓』の目的はなんですか。あなたたちは何故、この街を」

「な、ないの。そんなもの、私たちには分からない。王の考えていることなんて、本当は分からない。けれど、私たちにはやりたいことがあって、それだけで充分。でしょう?」

「……悔いは?」

「ないと思う」

 槍をモリガンの首元に突きつけるも、堀はそれを投げ捨ててしまった。彼は頭を掻きむしり、苛立たしげに声を荒らげる。

「馬鹿野郎っ」

「ごめんね」と、モリガンは宥めるような、穏やかな声を発した。

「ちゃんと話してさえくれれば、俺は……!」

「我慢ならなかったの。あなたも知ってるとおり、私たちは短気だから。でも、そうね、もしも二人ともが冷静でいられたなら、今頃はどうなっていたのかしら」

 モリガンはふと、上方へと視線を遣る。そうしてから、堀が捨てた槍を手繰り寄せた。

「でも、か、仮定の話は嫌い。ホリン、私を殺して。でないと、私はあの子を殺してしまうから。そうなったら、嫌われてしまう。今よりももっと」

「俺はお前を嫌ってなどいない。最初から殺し合っていたような仲なんだ。今更、くだらないことを言うな」

「……嬉しい。ね、ホリン。今度はあなたが、私を看取ってね」

「モリガン……!?」

 モリガンは槍を自らの腹に押し込む。少しずつ、ゆっくりと。しかし確実に穂は彼女の内部を傷つけていく。

「好きよ、ホリン。いつも、いつまでも。死ぬほどあなたのことが好き」

「傷を治せ。魔力を使え。出来るだろう」

「嫌よ」

 堀は屈み、モリガンをゆっくりと寝かせた。彼女は長い息を吐き出して、彼を見つめる。

「……ねえ、さっき、あの子に何を言われたの? 好きって? 愛してるって?」

「いや。『負けないで』と。それだけを言って、意識を失った」

「あ。あ、ああ……そう。ふ、う、ふふふふ、そういうことも、あるの、ね」

 モリガンの身体が冷たくなっていく。堀は彼女を抱き寄せた。暫くの間、二人は口を利かなかった。だが、沈黙も長くは続かない。モリガンはそっと手を伸ばし、堀がそれを掴んだ。

「好き合ってたのに、殺し合うのね。いいえ、好きだから、殺したくなるのかも」

「馬鹿なんだ。俺も、お前も。モリガン、俺は、お前のいない世界を生きていくよ。今までありがとう」

 温かいものがモリガンの頬に落ちる。

「……泣かないで、ホリン。あなたは強い子なのだから。それから……」

 愛し合い、憎み合った女が逝こうとしている。自分が本当の意味で強ければ、違う未来があったはずだ。冷たい空気の中で堀の咆哮が轟いた。



 旅は事態の推移を見守っていたが、しばらく経ってから地面に降り立った。彼は腕の中の炉辺を見下ろし、安堵の息を吐き出す。

「ホリン」

「お待たせしました。……戻りましょう。戦いはまだ終わっていません」

 堀はモリガンの亡骸をその場に置き、立ち上がった。

「武器は持っていかないのかい?」

「私のものではありませんから」

「身体は?」

「平気です」

 ならば心は? 問おうとしたが、炉辺が身じろぎしたので、旅は口を噤んだ。

「なあ、ホリン。姉さんをよろしく頼んだよ」

「……まずは目の前の敵を打ち払ってからの話です」

「何かはぐらかそうとしてない?」

「そんなことは」

 あ、と、旅は気づく。僅かに目を開けた炉辺と視線が合ったのだ。

「ま、いっか。それよりさ、モリガンは最後に何か言ってたみたいだけど?」

「橋。橋がかかるから、その先を目指せ、と」

 その時、大きな光が遠方から発せられた。堀たちはそちらに目を向け、驚愕する。夜の中に浮かび上がるものがあった。七色に彩られた巨大な虹だ。その先は雲間を貫いていて、どこに繋がっているのかは分からない。

「なるほど、アレが橋ってわけか」

「……虹の橋」

 堀は虹を見ながら呟いた。戦いはまだ終わっていない。彼は北駒台店の方に目を向ける。ハーピー共が騒いでいた。自分たちがどこまで抗い続けられるのか、楽しみでもあった。

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