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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
ペレアス
284/328

Paraiso



 氷柱を砕く。礫を防ぐ。ヴィヴィアンへの接近を繰り返しながらも、一とナコトは攻めあぐねていた。

 一は舌打ちし、傘を畳む。ヴィヴィアンの背後を取り、得物を振り下ろすも彼女の姿はどこにもなかった。氷柱が迫り、シルフが中空で軌道を変える。急激な動作に耐えられなかったのか、一が口から血を吐き出した。

 ずきずきと痛む腹を摩り、一は苦痛を忘れようとして声を荒らげる。

「……いつもの一さんと違う」

 ナコトは帽子を被り直し、一の援護に向かおうとした。が、後方からヴィヴィアンが出現する。神出鬼没の彼女を捉えることは出来ない。ナコトは鎖を振り回すも、魔女には掠りもしなかった。



 地上の寄橋では、コヨーテが単独でソレの群れと戦っていた。彼は、一には逃げると言ったが、そのつもりはなかった。

「あてられちまったかよ!?」

 跳び上がり、叢雲を背にしたコヨーテは巨人の目玉を抉り、周囲を見回す。血がざわついている。自分たちはもう逃げられない。ここは既に魔女の支配する空間なのだ。彼女を狩らない限りは助からない。


 ――――嬢ちゃんは吹っ切れたんだ。だったらミーには!


 駒台に未練はない。だが、一とジェーンは放っておけなかった。命はもう惜しくない。ならば彼と彼女の生還こそが自分の望みである。コヨーテは吼えた。新たな覚悟と決意を乗せた声は周囲に響き渡る。

 声を至近距離で聞いたソレは恐怖によって身を竦ませた。コヨーテは動きの鈍ったモノを爪で引き裂き、牙で噛み抜いた。

 減っていたはずのソレはいつの間にか数を増やしている。戦いの音を聞きつけたモノと、ヴィヴィアンが呼び出していたモノだ。

「芸がないねえ、あんたら」

 気づけば囲みを作られている。コヨーテはぐるぐると回りながら唸り声を上げる。自分が退けば一たちの負担が増すだろう。どれだけ持たせられるかは分からないが、戦い続けるしかない。

 コヨーテが攻撃を仕掛ける為に姿勢を低くした。その瞬間、囲みが弾ける。鳥の頭をしたソレが宙を舞い、続いて大型の獣や爬虫類が後方へと吹き飛んだ。



「何が起こってるかは分からねえが、オレたちのやるこたあ一つだな」

 ばらばらと散り、次々と落ちるソレの肉片の中で、一人の女が拳を突き出している。彼女は晒を巻いた右手をぶんぶんと振り、上空を見上げた。探していた人物はそこにいる。空で戦っている。羨ましいと思ったが、自分には羽根がない。ならばここで戦うしかないのだろう。

「了解しております。飛べないのなら地を這って戦うだけです。さあ、ウーノの力になりましょう」

 フリーランス『神社』こと、山田栞が腰に提げていた徳利を掴み、中身を飲み干した。彼女の隣には、レイピアを構え、チアキを庇うようにして立つアイネがいる。

「……何、この大群? なあ、うちはどうしたらええかな」

 山田とアイネが顔を見合わせる。

「考えてなかったぜ。やばくなったらどうにかすっから、ちっと待っててくれよな」

 屈伸して、山田が駆けだした。

「ふふふ、淑女の嗜みというものをお見せしましょう」

「えっ? はあ!? ちょ……」

 鳥が飛ぶ。獣が走る。人を食らい殺す為に前進する。今この時、ヒトという種は駒台の最下層を這いずるモノであった。

「キシャアアアアアアァァァ!」

「退いてろ」

 首だけの化け物が滑空し、山田に迫る。彼女はそれを見ず、右腕を振るって撃破した。強かに打ち据えられたソレの歯が砕け、橋から落ちる。

 山田は灰色の獣を見遣った。マルスとの戦いの際にも見た覚えがあり、彼女は直感する。言葉こそ通じないだろうが、彼もまた自分たちと同じく、一の味方をしているはずなのだと。

 空を見上げれば一が戦っている。彼の相手はモーニングドレスを着た女であった。

「恐らく、『館』の魔女ですわね」

 アイネがレイピアを血振りし、山田の隣に並ぶ。

「……魔女? ああ、そんなやつらもいやがったっけ」

「只者ではありません。片手間で相手出来るようなモノだとは思えませんから、地上の敵を先に片付けましょう。ここは酷く、うるさいですから」

 言われるまでもない。山田は向かってくる小型の獣を蹴り飛ばし、巨人たちを見据えた。獣の骨を携えたソレは、一切の躊躇を見せずに得物を振り下ろす。彼女は退かず、防がず、逃げず、拳で応えた。ぱきりと乾いた音がし、骨が砕ける。巨人が僅かに怯んだ様子を見せた。山田はもう一歩踏み込み、ソレの脛を殴り抜く。先よりも大きく、鈍い音が響き、巨人が片膝をついた。

 体勢の崩れたソレを狙い、アイネが鞭を伸ばす。得物は巨人の脚に絡みつき、彼女は高く跳躍した。レイピアを突き出して額を一突きにすると、割れたところから血が噴き出した。巨人はゆっくりと、前のめりになって倒れる。それを邪魔だと判じたのか、山田が右手で払い除けた。



「『貴族』と『神社』……! 一さん、援軍です!」

「分かってる! 見えてる!」

 ヴィヴィアンの魔法を躱しながら、一が橋を見下ろした。手を振る余裕はないが、山田たちも自分たちに気づいているらしかった。

「これでこいつに集中出来る。シルフ、もっと飛ばせ」

「これ以上飛ばしたら、ニンゲンじゃちょっと辛いと思うけどな」

「いいんだよ。どうせ半分くらいはそれをやめてんだ」

 そうかよと呟き、シルフがヴィヴィアンに向かって突っ込む。ナコトは彼らの後ろを追いかけたが、速度が違い過ぎる。彼女はバイアクヘーの背を蹴りつけた。

「いあいあっ……!」

 ナコトの魔導書から風が放たれる。ヴィヴィアンは掌をかざし、攻撃を吸収する。彼女は掌を一に向けた。

「あ、やば……反射が来ますよ!」

「何してくれんだ!?」

 シルフが歯を食い縛り、その場から上昇する。一は下方にアイギスを構えた。瞬間、強い風が彼らを通り抜けていく。ヴィヴィアンは空中でステップを踏み、階段を上るようにして一たちに近づき始めた。

 ヴィヴィアンは巨大な土を生み出し、二つの壁に変える。壁は一を押し挟むようにして突進し始めた。

 クトゥルフの魔術で援護するも、ナコトの風では土壁を完全に破壊出来ない。彼女は一のもとへ向かうが、ヴィヴィアンの分身がナコトを阻んだ。

「邪魔なんですよ、あなたは!」

「黄衣っ、俺はいいから!」 

 一は左右から迫る土塊を見遣り、シルフへ下へ逃げるように指示する。彼女はその指示に従って急降下し始めた。

「はい残念あなたは魔女に狩られる定めよ」

「待ち伏せてんじゃねえよ!」

 が、ヴィヴィアンは彼らの逃走ルートを見越し、一たちの行く先に大量の氷柱を設置している。

「どうすんだ!?」

「突っ込め!」

 一はアイギスを前に突き出す。シルフは目を瞑りながら氷柱の群れへと向かった。掠めていく冷たい狂喜を感じながら、一たちはまっすぐに氷柱を抜ける。頭上で土の塊がぶつかり、この世からは消えてなくなった。

「勇敢ねこれならどうかしら」

 氷柱を突き抜けても、二の手、三の手が待ち構える。ヴィヴィアンが新たな魔法を放とうとした時、透き通るような歌声が聞こえてきた。彼女はその声に動きを止め、歌声の主に目を向ける。

「……セイレーン?」

 ヴィヴィアンが気を取られている隙に、一とシルフは体勢と呼吸を整えた。彼は寄橋でうたうチアキを認めて、彼女の声に少しの間だけ聞き惚れた。



 セイレーン。

 ギリシャ神話では美しい歌声で船乗りを誘い、海に引きずり込む存在として。エノク書では堕天使の元で男を快楽に引きずり込む存在として描かれている怪物である。 その名は干上がる、あるいは、紐で縛るという意味のSeirazeinに由来する。


 ――――歌と声やはりこれは。


 ヴィヴィアンは纏わりつく不快感を確かめるべく目に魔力を注いだ。不可視であるはずのそれは、確かな形となって浮かび上がる。真っ白な紐であった。それが彼女の体に巻きついている。これが歌代チアキの声であり、セイレーンの力であった。

 囚われていた。ヴィヴィアンは瞠目し、楽しそうに笑む。……彼女は常に、自分以外の魔に抗する為に力を放っている。だが、チアキの声はその防御を貫き、届いたのだ。ヴィヴィアンにとっては喜ばしいことである。

「面白いまるでテルクシエペイア」

 チアキの声は魅惑的であり、処女のように白く、たとえ金切り声であっても美しいものであった。だが、それだけだ。ヴィヴィアンが少し力を込めれば簡単に解けてしまうような、そんな程度でしか縛れない。



 セイレーンの声を聴いたのは魔女だけではない。橋にいた怪物たちにも届いていた。ソレはしばし動きを止め、コヨーテに食われ、山田に骨を砕かれ、アイネに臓腑を抉られる。好機だと判断した二人と一匹は前進するが、上方への注意がおろそかになっていた。

「チアキっ、引いてください!」

 アイネが振り向く。チアキのもとに、彼女の声に魅かれた鳥型のソレが向かっていた。ここからでは鞭も届かず追いつけない。チアキは背を向けて逃げようとしていたが、飛行するソレからは逃れられないだろう。欄干を殴りつけた山田が、その破片を鳥型のソレに向けて投擲するも無駄であった。

「や……っ、師匠! 師匠っ」

「おおおおおおおあああああああっ!」

 ソレよりも僅かにシルフのスピードが勝っていた。一は、チアキを食らおうとしていたソレの背にアイギスを突き立てて翼を掴む。痛みに喘ぎ、一の存在を嫌がったソレが羽ばたきを始めた。

「ニンゲン、離すな!」

「逃げんじゃねえよ! 俺の前で! どいつに手ぇ出そうとしやがった!?」

 奇声を放ち、ソレが空へと上昇する。一を振り落そうとしてめちゃくちゃに身体を揺さぶるが、彼はアイギスの柄を握り締め、もう一度、先よりも強く、深く突き刺した。

「あはは隙あり」

「ないですよそんなもの!」

 ヴィヴィアンがチアキに対して氷柱を放つ。間一髪、割り込んだナコトが鎖で氷を粉砕し、風を放って魔女を退かせた。

「しっかりね歌姫を舞台から降ろされたくなかったら死に物狂いで死んでちょうだい」

「黙れッ」

 逃げるヴィヴィアンをナコトが追いかける。橋にいたアイネがチアキのところまで戻り、息を吐き出した。

「申し訳ありません。あの頭のよろしくない人ならともかく、私が付いていながら」

「ホンマやでアホ! でもありがとう!」

 アイネは忸怩たる思いを抱えていたが、これもまた人間であるならば当然の思いだと気持ちを整理する。……守りに入っては押し切られる。だが、チアキを見捨てるつもりはなかった。

「……不安ですが、『神社』に任せるとしましょうか」



 チアキを危険な目に遭わせている。だが、すぐに彼女を逃がすことも出来ない。先に安全な場所を見つけて逃がせばよかったのだ。

「後の祭りってやつか」

 祭りは好きなんだけどな。そう言って、山田は腰を落とす。ぐるぐると余計な事ばかり考えてしまう。考えても無駄だと言うのにどうしても気持ちが落ち着かない。

 影が落ちる。コヨーテが吠え、山田がソレの攻撃よりも遅れて拳を繰り出した。巨人の一撃を受け切れず、彼女は顔をしかめる。何をやっているのか。自らを咎めるよりも先、山田は片腕で巨人の腕を弾いた。

 軽くステップを踏み、呼吸を整える。顔を上げれば、目の前には巨人の振るう、獣の骨があった。

「何をなさっているのですか!?」

 アイネの悲痛な声が聞こえる。山田は口の端をつり上げ、巨人の攻撃を左の半身で受け止めた。来ると分かっており、受けると覚悟を決めていたのなら耐えられる。が、痛いものは痛い。彼女は肩を摩り、骨が折れていないことを確かめた。頭の中が『痛い』思いでいっぱいになる。


 ――――すっきりしたぜ。


 クリアになる思考を心地よく思い、山田は莞爾とした笑みを浮かべた。

「女は度胸ってな。じゃ、万倍で返してやっからよ」

「――――――ォォ!」

 振り下ろした骨が砕ける。得物を失った巨人は空手の拳を振り下ろそうとしたが、山田は橋の欄干を踏み台にし、ソレよりも早く仕掛けていた。



「あれ邪魔ね」

 ヴィヴィアンが眼下を見遣り、両の掌を橋に向けた。……正確には、橋にいる山田に対して向けたのだ。

 させまいと、一とナコトがヴィヴィアンに迫る。が、遅かった。百を超える槍が中空に現れ、雨のように降り注ぐ。放たれた槍は真下にいるソレを貫き、あるいは目標を見失って砕けて消えた。着弾の際の土煙とソレの死骸のせいで山田の姿はどこにも見えない。

「てめえやりやがったなっ」

「磔にしてやります……!」

 右から一が、左からナコトが仕掛ける。ヴィヴィアンは彼らを見ず、童女に姿を変えて自らの意志で川へ落下した。とぷんと、水面が小さく跳ねる。次の瞬間、大きな水柱が上がり、白い鯨が姿を現した。

「魚にも化けられんのかよ」

「一さん。鯨は魚ではありませんよ。と、言ってる場合でもなさそうですね」

 やはり、魔女相手では手が足りなさ過ぎる。一は歯噛みし、大口を開ける鯨こと、ヴィヴィアンを睨んだ。

「……ん。ニンゲン、なんか来るぞ」

 一はシルフの指差す方へと目を凝らす。赤いスポーツカーが橋へ向かっているのが見えた。

「手が足りねえってのは言ったけどよ。そりゃねえだろ!」

 間違いない。楯列が馬鹿を引き連れてやってきたのである。一は彼らに文句を言うべく、橋へと降下し始めた。



 スポーツカーは橋の袂付近に停まり、ドアが一斉に開いた。運転席からは楯列衛が、助手席からは早田早紀と槐が、後部座席からは『教会』の聖と灯が現れた。

 一は車のボンネットに降り立ち、早田の頭を強くはたいた。

「……何をするんだ、先輩。今ので脳細胞が活性化し始めたぞ」

「お前ら、状況は分かってんだよな? その上でここに来たんだよな?」

 睨まれて、早田は目を逸らす。彼女を庇うようにして楯列が口を開いた。

「一君。そっちこそ分かっているんだろうね」

「あ?」

「僕たちが君の友達だってことが、だよ」

「だからこんなとこには来るなって言いたいんだ、俺は」

 問答している暇も惜しい。一刻も早くここから消えて欲しかった。だが、楯列は首をゆるゆると振るばかりである。

「頭もいいし世渡りも上手いって思ってたけど、やっぱり僕も馬鹿だったらしい。君が死ぬなら僕も死ぬ。そういうことなんだよ」

「馬鹿でいい。先輩がいない世界に興味はないというだけだ。一緒に死のう。死ぬのが嫌なら死なないでくれ、先輩。そのついでに私のことも守ってくれれば死ぬほど嬉しいな」

「……お前らが馬鹿なのは知ってたよ」

 一は息を吐く。諦めたのだ。

「楯列。世渡りも下手なんだよ、お前は」

「そんなことはないさ。友達が一人作れた。それで充分さ」

「分かった。……全部分かったよ。楯列、早田。歌代を頼む。車の中で、いつでも逃げられるようにしといてくれ。ポーズだけでもいい。それだけで安心出来る」

 頷き、楯列はチアキの元へ向かう。一はアイギスを畳み、前方のソレを認めた。怪物どもは次から次へと現れる。倒しても倒しても、殺しても殺しても。

 溜め息を吐いた一の足元で、槐が苦虫を噛み潰したような表情で立っている。

「すまんのう、一。やはり、止められなんだ」

「いいよ。悪い気はしてないしな。むしろ嬉しい。前にも言ったろ?」

「今回はわしも戦うつもりじゃ。あやつらには手出しさせんよ。この身に代えてもな」

 槐は短刀を取り出し、それを見つめた。

「戦うのは有り難いよ。けど、とどめは刺すなよ。モノを殺せば格が落ちるんだろ。座敷童子でいられなくなるぞ」

「四の五のと言っている局面でもなかろう。わしはどうなろうと構わん。長く生きたからな。その分、お主らを守る」

「なら、俺もお前を守るよ」

「年上っぽく振舞うな。わしは……」

 一は槐の頭を片手で掴み、髪の毛を撫でまわした。彼女の気持ちが嬉しかった。槐は目を細め、一を見上げる。

「お主に幸運を。……絶対、死なないで」

「俺が死んだら、おまけがついてきそうだからな」

 言って、一は早田を見遣った。彼女は車に乗り込もうとしていたが、少しだけ迷ったそぶりを見せ、彼を見つめた。

「先輩。チームで戦うスポーツというものには大抵オフェンスがいて、ディフェンスがいる。だから、あの子のことは私たちに任せて欲しい」

「ゲームでもスポーツでもないんだぞ、今は」

「でも、勝ち負けはある。やるんなら勝ちたい。先輩は案外、負けず嫌いだからな」

「かもしれないな」と、一は笑った。肩の力が抜けた気がして、彼はここが戦う場所であることを忘れかけた。



 逃げようか。

 ソレの群れを見遣り、聖はそんなことを考えた。

「姉さん。逃げたいって顔をしていますよ」

「あんただって同じような顔をしているくせに」

 灯が微笑む。死を前にして覚悟が決まっているようだった。聖は考える。一たちと共に戦い、生き延びられるかどうか。楯列の車を奪って街から出るのが楽ではないか。

「……よう、『教会』」

「お久しぶりね、勤務外」

 聖は厭世的な笑みを浮かべる。一は片手を上げ、彼女に応えた。

「悪いけど、あいつらのことを頼む」

「嫌よと言ったらどうする?」

「諦める。さっきもそうしたばっかだからな。……でも、少しは期待してるんだ」

 期待? 聖は聞き返し、眉根を寄せる。一はつきものが落ちたような顔で言った。

「俺の友達は、人を見る目はあるらしい。類は友をって言うだろ」

「ふ、何よそれ。私たちも馬鹿だって言いたいわけ?」

 答えず、一は駆け出した。彼はアイギスを振るい、小型のソレを薙ぎ払いながら前進する。

「……逃げて、生き残って。その先に何が待つのかしらね」

 聖は聖釘を取り出し、向かってくるソレを見据えた。

「アルカディアもシャングリラもユートピアも、何も。でも姉さん。私たちにとっての理想郷は……」

「結構。一日三食食べられて、座敷童子の加護までついているんですもの。勤務外に与するのは癪だけど、ソレなんかに舐められるのもごめんだわ」

 灯が茨の鞭、ピラトでソレを打ち据えれば、聖がエレナでとどめを刺す。小さな鬼は槐が相手をし、手足を削いだところを『教会』の二人で仕留めていく。

「右から来とるぞ、聖」

 翼を持ったソレに釘を当てると、怪物はゆっくりと降下を始めた。槐が素早い動きで近づき、ソレの翼の付け根を掻き切る。

「槐! あなたがソレ如きの命を奪うことはない! 私たちで仕留めるからフォローに回って!」

「了解じゃ。ふふふ、お姉ちゃんは心配性じゃのう」

「姉さんは優しい方ですから」

「ジーザス! 勝手に言ってなさい!」



 邪魔なソレを払いのけると、巨人の死体を担いだ山田と、武器の血振りをするアイネと合流した。一は二人の無事を認めて安堵の息を吐き出す。

「よかった。さっきの槍、栞さんに当たったのかと思って」

 山田はソレの死体を捨て置くと、腕を組んで空を見上げた。

「これを盾にして、なんとか凌いでた。あの女、無茶苦茶やりやがるな」

「今は鯨になってますけどね」

「わ、私のことも心配していただけないでしょうか?」

 一はアイネを見遣る。彼女は恥ずかしそうに笑っていた。

「スーパー大丈夫そうだな。ま、元気そうでよかった」

「えー? ちょっと不満ですわー。……邪魔です!」

 アイネは、近づいてきた蛾の姿をしたソレを貫くと、地面に落ちた蟲を蹴飛ばした。

「一、こっからどうする? まさか尻尾は巻かねえよな?」

「……そう、ですね」

「ウーノ。私たちはあなたに従います。その為に、ここへ来たのです」

 ヴィヴィアンはナコトが抑えている。空を飛べるのは彼女と自分だけだ。危なくなればフォローに回る必要がある。戦闘力に不安のあるチアキたちは槐と『教会』が守ってくれていた。近くにはコヨーテもいる。足が早く、小回りの利く彼になら背中を任せられるだろう。……ああ、なんだ。簡単なことじゃないかと、一は前を指し示した。

「たくさん死なせてやりましょう。俺たちが死ぬまで」

「ああ、なんだ。オレはそういうのが分かりやすくて好きだぜ。なあアイネ? お前も案外、脳筋だもんな。好きだろ?」

「失敬な! ですが、分かりやすい方が万人には好まれますわね」

「決まりだな」

 頷き合い、一がシルフの風を使って前に出た。広げたアイギスに小型のソレが群がろうとする。地を踏みしめ、彼の後ろにいた山田が拳を振り被る。肉を叩き骨を砕き命を壊す。数多のソレがバラけて散った。



 鯨に姿を変えていたヴィヴィアンは、ナコトの攻撃をすべて受け流し、あるいは跳ね返し、時には吸収していた。彼女は橋での戦いを見遣り、少しだけ分が悪くなっていることを感じる。数が増えたのだ。このままでは押し切られてしまうだろう。

 このままでは。

 ヴィヴィアンは変化を解き、今度は烏となってナコトの追撃を回避する。上空に陣取り、ヴィヴィアンは高い声で鳴いた。魔力の乗せられた彼女の声が、橋の袂に届く。ぼうっとした、淡い光が何かを象り、現世に力を繋ぐ。

「……アレは」

 黄衣ナコトは三つの像を認めた。ヴィヴィアンが呼び出したのは、中世の騎士が装着していたような鎧を纏った男たちである。烏となっていた魔女は、再びモーニングドレスに身を包んだ女に化けた。

「ふふふふ黄衣ナコトあなたの愛しい人が来たのだものだったら私もそうしましょう同じことをしましょう」

「まさか、お前は……!」

「気づいたみたいね黄衣ナコト」

 この世界に呼ばれ、この地に降り立ったのは三人の騎士である。

 二本の剣を帯びる大柄な男。甲冑に身を包んだ男と、鎧とマントを身に纏った男。兜を被っている為、顔つきも表情も判然としないが、彼らは頭上のヴィヴィアンを見つめた後、己が得物を鞘から解き放った。



「んだ、ありゃあ?」

 一は攻撃の手を止め、後方へと引いた。山田とアイネが彼のところに駆け寄り、同じ方向を見つめる。

「……さしずめ魔女を守る騎士ってところか。いいぜえ、けだもの相手にするよりかは楽しめそうだ」

 雰囲気が違う。ただのソレではないはずだ。一は前方にいる騎士どもから嫌なものを感じていた。

「すげえやばそうな感じがするんですけど」

「うん。分かってる。けど、やらなきゃダメなんだろ?」

 騎士が進む。ゆっくりと、悠然と。群れ、一たちに群がろうとしていたソレどもが道を開ける。かしゃりかしゃりと音が鳴る。騎士が歩みを進める度、身に纏った甲冑が軋んだ。

 一はごくりと唾を呑む。対峙するだけでも恐ろしい。今からこれと戦い、倒すのか。そう考えるだけで逃げ出したくなる。以前までの自分なら間違いなくそうしていただろう。だが、違う。今は違う。昏い喜びと興奮が身体の中を行き来する。

 長い時間をかけて息を吐き出した。真白な呼気が立ち上り、一の手足に力を戻す。戦いづめでアイギスを握ることに対して麻痺しかかっていた。己が得物と一体となった気がして、彼は心地よさも不快さも忘れた。ただ、戦い、殺すことだけを考えた。

 魔女の騎士が立ち止まる。最初に前に出たのは、双剣を手にした大男であった。彼は名乗りを上げることもなく、大きく一歩を踏み込んだ。一が呼応し、アイギスを突き出す。衝突音が鳴った。戦いの始まりであった。

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