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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
ガーゴイル
28/328

ヘイブラザー、マイブラザー

 空は青く、雲は白い。

 空はどこまでも続き、雲はどこまでも流れる。

 駒台は今日も晴れだった。

 吹き抜ける風を気持ち良さそうに受け、一が歩く。片手にはビニール袋をぶら下げ、もう片方は煙草を摘んでいた。時折、煙草を口にし、煙を吐き出す。地面を確かめるようにしながら、ゆっくりと歩き続け、立ち止まった。目の前の建物を確認してから、自動ドアをくぐる。

 建物の中は、喧騒とは無縁だった。

 清潔感のある広い室内。白衣を着た男女が廊下を談笑しながら歩く。

 一は少しの間ぼけっとしていたが、自分がここへ来た目的を思い出し、ナースセンターへ足を運んだ。

 カウンターの女性は看護服に身を包み、優しげに一へ微笑みかける。

 ――ナース好きの気持ちが少し分かる……。

「すみません、三日ほど前にこちらで入院している、糸原四乃さんは何号室か分かりますか?」

 怪訝そうな顔を女性がしたが、それも一瞬の事、少々お待ち下さいと言って、何やらリストのようなものと、パソコンの画面を見比べ始めた。

 手持ち無沙汰の一は、病院内を見渡す。

「お待たせしました」と、声が掛かった。

 一が振り向くと、先ほどと同じく優しげな顔で女性が微笑む。

「糸原さんは大部屋の301号室です。お見舞いは午後九時までなので注意して下さいね」

 ええ、と一が頷き、そこへ向かった。



 ありがとう



 一の目の前の病室。オンリーワン北駒台店、勤務外店員、糸原四乃が入院する病室。

 病院ではお静かに。

 なんて張り紙が、廊下に所狭しと並んでいた。何故か、ここ、301号室の近くにだけ。

 病院の常識を覆すほどのけたたましさ、喧しさ。部屋の中からは歓声や悲鳴、喚声や奇声。

「分かりやすいなあ」

 呟きながら、一が扉を開ける。

 やばい、まずい、皆静かにして、

 色々な声が、一の耳に届いてきた。

 ――ここは病院だよな。

 大部屋のど真ん中、テーブルの中心に数人の人々が集まっている。

 誰もが寝間着やジャージを着て、中には松葉杖を突いている者もいた。多分、ここの入院患者たちだろう。

 一人だけ、スーツをすらり、と、まるで部屋着の如く着こなしている女性。

 やたら背が高く、黒い髪を腰まで伸ばした見た目は美しい女。一際目立つ、目立たざるを得ない、元指名手配犯、現脱獄犯。その女性はトランプを持ったまま、逃げんじゃないわよ、と隣のベッドの患者に喚き散らしている。

 ふう、とため息を吐き、一が近づいていった。

「……ポーカーですか」

 その声と姿に、糸原が目を丸くする。そして安心したように、にこにこと笑った。

「何だ、一じゃん。何何? どしたの、お見舞いにでも来てくれたわけ?」

 そう言って、一の手から袋を奪い去る。

「へええ、お姉さんは嬉しいなあ、嬉しい。あんたって結構気ぃ利かないからさー、手土産の一つも持たずにノコノコその顔見せに来たんならぶっ飛ばしてやるトコだったわよ。ってああ! 何よこれ、果物ばっかじゃん! つまんなーい、雑誌とかゲームとかお金とか何かもっと良い物持ってきなさいよう。こんなん食べたらすぐに終わりじゃないのさ! 私はもっと手元に、こう、なんつーの? 形に残る物を欲していたわけ! オッケー? アンダスタン?」

「……思ってたより、元気そうですね」

 じゃあ、と手を上げて一が踵を返す。

 一の肩が掴まれた。物凄い強い力で。

「痛い、痛い痛い痛っ、ちょっと離して下さいよっ」

 一応糸原も入院患者ではあるのだが、そんな事は忘れて一がその手を強引に振り解く。

「乱暴!」

「あなたが言いますか……」

「私すんげえお淑やか!」

「ここ、絶対痣になってますよ」

 自分の右肩を指で示しながら、一が恨めしそうに言った。

 ふーん、と言いつつ、糸原がそこを指で突く。何度も、何度も。力をそれなりに込めて。

 今度は何も言わずに、一が扉に手を掛けた。

「ああ! ごめん、ごめん! あんたと会えなくて寂しくて、私ったら、つい意地悪しちゃったの!」

 早口で糸原が捲くし立てる。

 他のベッドからひゅー、と、囃し立てるような、超前時代的な口笛が聞こえてきた。

「ほらほら、こっちこっち」

 と、糸原が手招き。

 肩を押さえながら、一が近くにあったパイプ椅子を手に取った。

 ぼすん、と音を立てて糸原がベッドに飛び込む。

 そのベッドの近くに椅子を組み立て、一が座った。

「あ、カーテン閉めて」

 一が目だけで、「嫌です」と訴える。

「閉めなきゃしめるわよ」

「何をですか?」

 ん? と愉しそうに糸原が微笑む。

 ナースセンターの看護師とは違う類の笑み。

 指を鳴らす糸原に怯え、一が仕方なくカーテンを閉めた。

「ま、何はともあれ、全員無事で良かったわね」

「……そうですね」

「何よ、今の間は」

 別に、と一が誤魔化した。

 全員無事で良かった、と言った時の糸原の笑み。それは先の看護師と同じ類のそれだったから。

 ――騙されんな、俺。

「あのヤンキーはどうしてんの?」

「ああ、三森さんは大した怪我もしてなかったから、今は店でレジ打ってんじゃないですかね」

 糸原が吹き出す。

「あいつが? 接客する気あったの、あいつに? あんなナリしてる癖にさ」

「まあ、俺らが帰ってくる間の穴埋めっすよ。そういや、堀さんは当分店に来れないらしいですね」

「へえ、何でだろ」

「んー、車壊したからじゃないですかね? あのワゴン、オンリーワンから借りてたらしいですよ」

 ――表向きは。

「あっそ。何だ、せっかくあんなヤバイ奴に勝ったってのに、大して何も変わらないのね。時給上がったり、ボーナス貰えたりとかさあ。つまんないの」

「治療費貰ってるじゃないですか、しかも、何かこの病院オンリーワンのモノらしいですよ。腕利きばっか揃ってるって、昨日俺が退院した時聞きましたし」

 糸原の眉がつり上がった。へー、とか、ほー、とか何事か呟いている。

「何か?」

「べっつにぃ。誰に聞いたのかなあってさ」

「……確か、炉辺さんですよ。ほら、前に話したじゃないですか、釣瓶落としの時に助けてくれた人ですよ」

 一の顔が自然と綻んだ。

 炉辺、優しいお姉さんといった感じの看護婦さん。一はそんなイメージを炉辺に抱いていて、実際昨日まで色々とお世話してもらっていたのだ。

 ――優しかったなあ……。

「痛いっ、何するんですか!」

 一の妄想が突如掻き消される。

「あんたが笑うとムカつくのよね」

 理不尽な事を言いつつ、糸原が寝転がったまま一に蹴りをかましていた。

「くっそう、俺だって糸原さんが笑ってたら恐怖を覚えますよ」

「何でよ?」

「詐欺師がまたくだらん事考えやがったな、みたいな」

 一が人差し指を立てながら、おそるおそる思った事を口にする。

 糸原は流れるような、空気の動きみたいな自然さで、ベッドから起き上がり一の指を両手で包んだ。

「てい」

 そんで折り曲げた。

「――!」

「あはは、あの蜘蛛みたいな声出してんじゃん」

「――!」

「あれ? ちょっとマジ?」

 糸原が指を離すと、一の人差し指が二倍にまで腫れ上がっていた。

「うわあ、嘘だろ……」

「大丈夫よ、ここ病院だし」

「涼しい顔でよくもまあ、ホント糸原さんって怖いっすわ」

「そう?」と、糸原が受け流す。

「あ」

 と、突然間の抜けた声を一が発する。

 椅子から立ち上がり、勢いよくカーテンを開けた。

「え? な、何よいきなり? やる気、やる気なの!?」

「そういや俺、店長に呼ばれてるんだった。じゃ、そろそろ帰りますね」

 不満げな声がベッドから漏れる。

「もう帰っちゃうのー? もっとお姉さんと遊んでよー、構ってよー。りんご剥いて、ウサギさんの形に切って、あーんって食べさせてよー」

「……糸原さんはいつ退院するんですか?」

「えー? そうねえ、いつでも良いんじゃないの? 手の穴とかもう塞がってるし、体力も戻ってるし」

 糸原はそう言って、包帯の巻かれた手を開いては閉じる。

「あー、そうなんですか」

「……あんた、残念がってない?」

 何も言わずに、一が301号室から立ち去った。



 また会いましょう



 短い髪を金色に染め上げ、目付きは鋭く、全身から殺気を漲らせている人物。店内に蔓延る立ち読み客を、本当に鬱陶しそうに睨みつけながら舌打ちを繰り返す。

 オンリーワン北駒台店、そのカウンター内で、制服を着ているというのに、接客をする気も無さそうな、と言うか、まず、した事が無さそうな、そんな奴が煙草を吹かしていた。挙句に、商品であるホットスナックを勝手に食べながらである。

「ちょっと三森さん、仕事しないんならレジ立たないでくださいよ」

「ああン?」

「……しかも、怖いっすよ」

「てめェ泣かしてやろうか、アア?」

 三森が生意気な口を利く後輩に殴りかかろうとする。

 が、カウンターを出たところで両手が塞がっている事に気付き、立ち尽くした。煙草と、ホットスナックを持ったまま。

 そんな三森を、一がじっと見つめる。

「……何だよ?」

「俺、もう怖がりませんから」

 一が言った。

 突然の一の発言、その意味を捉えられずに、三森が固まる。

「正直な話、あの日まではずっと怖かったんです。けど、もう大丈夫ですから。これからは普通にやって行こうと思います」

「ん? あ、ああ」

 ――何だこいつ? ソレが怖くなくなったって? ンなの知るかバカ。バカ。それより。

 ごほん、と咳払いして、

「そ、そっか。ま、良かったンじゃねえの? そ、それでさ、お前私に話す事あったろ」

「ええ」

 一が頷いた。

「何だよ」

「え、あ、すんません、今言いました」

「はあ!? 今のか? 今のが話か! 怖くなくなったって、それだけか!?」

 三森が煙草を床に捨て、串に刺さっていたから揚げを投げ捨てる。空いた両手で一の襟元を掴み上げた。

「それだけって、それだけで充分でしょ!」

「てンめえ、こないだから、あれだけもったいぶりやがって!」

「じゃあ三森さんは俺に何て言って欲しかったんですか!」

 ぱっと、三森が一から手を放す。咳払いをしながら、一から顔を背けた。

「ん、んん。ま、まあそうだな、とりあえずはそンだけで充分だよな」

「俺が言うのも何ですが、譲歩した方ですよ。今までの事はもう水に流しましょうよ、お互い。俺は怖くなくなったし、三森さんも、もう俺の事露骨に嫌わないでくださいよ」

 ああ、と三森が生返事。

「それじゃ俺店長に呼ばれてるんで」

「ん、おう」

 一がバックルームに入っていくのを見届ける三森。

「あれ?」

 ――俺が言うのも何ですが、譲歩した方ですよ。今までの事はもう水に流しましょうよ、お互い。俺は怖くなくなったし

「ん?」

 ――あの日まではずっと怖かったんです。けど、もう大丈夫ですから。これからは普通にやって行こうと思います

 三森が首を傾げる。

 ――あの日まではずっと怖かったんです。けど、もう大丈夫ですから。三森さんも、もう俺の事露骨に嫌わないでくださいよ

「ってオイ」



 一を呼んだ張本人は、バックルームの回転式の椅子にふんぞり返って、煙草を吹かせていた。バックルームに入ってきた一の存在を無視するように、パソコンのディスプレイを、もしくはその向こう側を遠い目で見つめている。

「店長、用がないんなら帰って良いですか?」

「駄目だ」と、店長が椅子を一の方へ回転させながら、にべも無く言った。

「じゃあ、早く用件言って下さいよ」

 面倒くさそうに一が口を開ける。

「一」

 何ですか、と一がぶっきら棒に答えた。

「おはようございますは?」

 喜色満面。

 一をからかえて、弄って楽しい。みたいな顔だった。

「……ざいます」

「結構。お前は私に雇われてる身分だからな、まずは私に敬意と最大限の親しみを込めて挨拶だ」

 それで、と一が促す。

「まずはお疲れ様と言っておこう。初陣にしては良くやった方だ」

「俺は、別に何もしてないですよ」

 短くなった煙草を持って、店長が視線をさ迷わせた。

「勤務外の初陣で生きて帰って来た。それだけでやった方だと思うがな。……そもそも、私はお前が行く事には最初から最後まで反対してたんだ。絶対こいつじゃ無理だ、すぐに死ぬと思ってな。一、お前は一般業務は出来るが、他の事は結構駄目っぽいしな」

「さいですか。後、さり気なく煙草を床に捨てないでくださいよ。誰が掃除すると思ってんですか、誰がいつも床を綺麗にしてると思ってんですか」

 悪びれず、

「こっちはお前らバイト一人につき、一時間の労働なんかで、千円近くも金払ってんだぞ。私の面倒ぐらい見ろ。何のためのコンビニバイトだ」

 店長が二本目の煙草に火を点けた。

「で。何の為に俺を呼んだんですか? 勝手に力貰って勤務外まがいの事をした俺に説教ですか? それとも俺に愛想尽かして首とか言うんじゃないでしょうね」

 かはは、と景気よく店長が笑う。

「私は愛想振りまくのが苦手だ。嫌いと言っても良い、いや、憎んですらいるかもしれんな。そんな事は動物園のパンダにでも任せておけば良い。第一にだ、お前なんかに媚売った覚えはないし、売るつもりも、男として見るつもりも好きになるつもりもないぞ」

「……じゃあ何すか? んな事言われたら、言った俺は結構恥ずかしいんですけど」

「勤務外になっても良いぞ。但し、あれは取り上げだ。私が責任を持って預かっておく」

 ロッカーの近くに立てかけられたビニール傘を店長が指差した。

 一はたっぷり迷ってから、

「別に俺はなりたくないんですけどね」

 と、弱弱しく声を発した。

「ん? そうか、それならそれで構わないな。むしろ願ったり叶ったりだ。余計な世話も面倒も迷惑も私は御免被るからな」

「話はそれだけですか?」

「ああ、そんなもんだな。とにかく、傘は使わせんぞ。分かったな? それと、床を掃除していってくれ。分かったな?」

「分かりましたよ」

 言って、一がバックルームから出て行こうとする。

「おい、分かったなら掃除していけ」

「傘の事は分かりました」

「ちっ、ああ、それと。奴らの事だがな」

 奴ら。

 誰の事だろう、と一は考えたが、店長が嫌そうに「奴ら」と呼ぶのはオンリーワンの本社の人間か、ソレの事ぐらいだったな、とすぐに思い当たった。

 つまり。

 話の流れから、アラクネ戦から考えて。

 一は黙ったまま、壁に背を預けた。

「お前らが病院に運ばれてすぐに帰ってったぞ。何処にかは知らんがな。知りたくもない。面も見たくないし、二度と会いたくないな。白い鳥が嫌いになったぞ」

「……あの人は何か言ってましたか?」

 店長は何かを思い出す素振りを見せたが、口から白い煙を吐き出しつつ、「知らん」と一言だけ答えた。さながら煙と一緒に何かを吐き出してしまったように。

「そうですか、少し残念です」

「何だ、女神様からお褒めの言葉でも頂きたかったのか? そりゃ残念だな、ああ、残念だ」

 意地悪く店長が笑った。

「けど、俺が病室で寝てた時、誰か来てたと思うんですよね。意識は無かったけど、直接頭ん中に響くような感じの声で。多分それが」

「三森じゃないのか?」

 一の言葉を遮るように店長が言う。

「あれ、三森さん俺の見舞いに来てくれてたんですか?」

「ああ。私は面倒だから行かないって言ったんだけどな」

「全く気付かなかったですね。もし気付いてたら、さっきお礼でも言っとけば良かったな。三森さんも、言ってくれれば良かったのに」

「あいつも中々面白いところがあるからな、お前が礼を言ったらもっと面白くなりそうなんだが」

 意味深に笑う店長。

 よく笑う人だ、と一は思った。

 よく怒る人でも、あるが、とも。

「……何の話してましたっけ?」

「三森は可愛いって話だ」

 店長が真面目な顔でそんな事を言う。

「は? ……あー、もう良いです。んじゃ俺帰りますね」

「おう。お疲れ」

「あれ、帰る時の挨拶は店長から言うんですか?」

 ん、と店長が固まった。

 そして、

「何の事だ?」

 と、一を出来の悪い末っ子を見るような、それは、まるで母親の、慈愛に満ちた瞳で店長が問いかける。

「いえ、お疲れ様です」

 一が店長を、遂にボケてしまった母親を見るような、それは、まるで長男の、ああこれからこいつの面倒見ないといけないのかという、自愛に満ちた瞳で淡々と返した。



 それまではさよなら、私の小さな勇者



「おい」

「うわっ、何すか三森さん」

 バックルームを出た一は、何故かそこに居た三森に呼び止められた。

「……怖がらないンじゃなかったっけ?」

「驚いたんですよ」と、一が心拍数を上げながら、ようやく口にする。

「それで、どうしました?」

「あ? あ、ああ。いや、どう言えば良いンだ、っけ。あー、その、な」

 三森はいやに歯切れが悪かった。

「俺にはいつも男らしくしろって言ってる癖に。三森さんも男らしくしたらどうですか」

「あ、ああ、そうだな。悪ぃ」

 しかも思考能力まで鈍っていた。

「さっきの話だけどよ」

 一が黙って首肯する。

「その、何て言うか、あれだ、あれだよ。私も、その、お前と普通にするからな」

 三森が、たどたどしくも、やっと言葉を繋いだ。繋げた。繋ぐ事が出来た。

 しかし、その言葉が届いたのかどうか。

「あ」

 と、一が呆然と固まる。

「なっ、何だよ! 文句でもあンのか!? 調子乗ってンじゃねえぞ!」


「あら、ジャパンにはまだこういうタイプのがいるのネ」


 高い声。

 高く高く朗々と、高く高く楽しげに、それでいて決して耳障りではない。

 鈴を軽く鳴らしたような、優しげな音色。


 三森が振り向いた。

 一は動けずにいた。


 純正の金色。

 声の主は、自身のブロンドヘアを惜しげもなく、手で見せ付けるように梳いた。紅いリボンで髪を二つに纏めている。金色に、そのリボンは良く栄えていた。つまり、ツインテールの少女(ちなみに、ツインテールとは、髪を左右の中央あるいはそれより高い位置で纏め、両肩に掛かる長さまで垂らした髪型の俗称である。怪獣の名前のような気もするし、正式名称はツーテールとも)。まるで出来の良い人形のようだった。肌は白く、真冬の雪ですら霞むほどのそれ。背丈は男性の中でも小柄な一より小さく、三森よりも僅かながら低い。それでいて、尊大で、自信に満ち溢れていて、身長以上のオーラが彼女の体から立ち上っているようだった。一と三森を見つめる瞳は只管に青く、空と、海を足して二で割ってから蒼を混ぜたような、透き通ったあお。

 既に顔までで金、白、青、赤と四色も使っていた。

 手にはテンガロンハットを持ち、長いスカート、爪先がやや尖っているウエスタンブーツ、ラメの入った派手なロングコート(コートの末端には穴が幾つも空いていた)を着こなすその姿は、何となくカウボーイと言うか、西部劇をイメージさせる格好だった。


「外人」


 三森が思わず口にした。

 その単語に、彼女の蒼い瞳がきらり、と輝く。

「失礼な人ね。レディとは呼べないわ。きったない色に染めてるくせに」

 と、三森を鼻で笑う。

 そして両手を肩の上で竦めて見せた。

「なっ、なっ、なめてンのかてめぇ! 良いぜ表に出ろよ! やってやるよ!」

「……You are japanese?」

「……何だと?」

「ユー アー ジャパニーズ?」

 ゆっくりと、一語一語区切るように、少女が英語らしき言葉を紡ぐ。

「ああ? そりゃどういう意味だ」

「あなたは、日本人ですか?」

 あどけない顔で、ツインテールの少女が言った。

「さっきの、本当に日本語? だとすれば、あなたの話し方は汚いワ」

「ガキだからって容赦しねえぞ、ああ?」

 どこからどう見てもいじめだった。

 但し、今優位に立っているのは三森でなく、背の低い外国の少女ではあるが。

「それよりも」

 と、少女が声のトーンを若干上げた。

 嬉しそうでもある声色。

「It’s been a long time」

 誰に向けられた言葉だったのか。

 分からないまま、少女は続ける。

「How have you been doing?」

「あ? お前何言ってんだ?」

「?」

 やがて、腑に落ちない表情を少女が浮かべた。

 そして、胸元に手を当て、何かを必死に探り当てるような、真剣な表情を見せる。

「Hmm」

 少女はすぐに嬉しそうな表情へ戻った。


 探し当てたのは、


「お兄ちゃん!」


 そんな言葉だった。


 三森が怪訝そうな顔を見せる。と言うか、引いていた。

 少女は、兄、と呼んだ男性に駆け寄っていく。

「えーと、確かそう、久しぶりね! で、合ってるよね?」

 その男性の袖口を掴んで、親しげに、上目遣いで話しかけた。

「……どういう意味だ」

 その男性、袖口を掴まれている男性、三森から軽蔑に近い眼差しを受けている男性。

 つまり、一。

 何も言えずに、何も答えられずに、ただただ、メドゥーサに魅入られた男のように固まり続けていた。

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