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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
マルス
255/328

プロトラクト・カウントダウン



「なんだ?」

 藤原は溜め息を吐いた。彼は、店長へ情報部からの報告を伝えようとしたのだが、彼女は興味なさげに、面倒くさそうに振り向いたのである。

「連絡だ。色々あったし、色んな奴が好き勝手に暴れてるみたいだけどよ。あんたんとこの勤務外がマルスに追いついたらしい」

「ほう、そうか。それで、仕留めたのか?」

「……いや、逃げられた。と言うか、今も逃げてるし、こっちに向かってるみたいだぜ」

 恐らく、マルスの狙いはここだろう。追い詰められた彼は、こちらの頭を取りに来たに違いない。藤原は心配そうに店長を見るのだが、彼女は泰然としている。

「マルスの仲間は何人死んだ?」

「え、あ、ああ。二人だ。南の戦乙女が一人、オートマータが一人仕留めたらしい」

「二人か。まあ、上出来だな。……手負いの獣だ。そういった手合いの考える事は一つだよ。一発逆転を夢見て、マルスは必ずここへ来る」

「逃げないでいいのか?」

「死者の兵も巨人も消えつつ……いや、殺し切りつつあるんだ。我々が優勢なんだ。さて、逃げる必要がどこにある?」

 自信満々に言い切られて、藤原は少し苛立った。マルスを、一と三森が追跡している事は隠しておいてやろうと思い、彼は笑みを噛み殺す。

「それに、どうせ三森あたりがマルスを追っているだろう。だいたいだな、ここへ来るまでに勤務外やフリーランスが何人いると思っているんだ。軍神とはいえ、途中で力尽きて当然だろうが」

「つまんねえ女だな。それよりよう、さっきからF地点の報告が止まってる」

「何かあったのかもしれんな。だが、それを言うならどこもかしこも何かが起こっている。一々情報部を気にしている暇はないな」



 駆ける。駆ける。駆ける。

「はあ、はあっ、はあっ、クソっ、クソ! チクショウ、チクショウが!」

 マルスは息を切らしながら、瓦礫を踏みつけ、砕きながら疾走する。彼は泣き喚きたくなる気持ちを堪えて、必死に足を動かし続けていた。

 ティモールが殺された。

 ジャイアントを殺された。

 ヘルヘイムの使者は逃げ出した。

 チャリオットは破壊され、

「うおおおおおっ、クソっ、クソ! 殺してやる! ぶっ殺してやる!」

 ハルモニアは、自分を庇って殺された。

 今のような状況に陥ったのは、マルス自身がそれを招き寄せたせいである。勤務外を侮り、己の力を過信し、不測の事態を一切考慮せず……彼は、他ならぬ自分が待ち望んでいたはずの、『戦争』とやらを舐めたのだ。

 だが、それでもマルスは原因を他所に求めて、他者に見出した。追い詰められ、遂に牙を剥き出しにしたのである。もはや、今の彼を縛るものはない。目に付いた者をただ殺すだけだ。



 雷切が空を滑る。軌跡は弧を描き、空間ごと切り裂いた。

 立花と対峙するポノスは、彼女の一太刀を受ける事が出来ないでいる。彼女の斬撃は速過ぎて、目で追うのがやっとの有様だった。避けられても、防げない。

 戻りが速い。返しが速い。突きを出すのが速い。

「だらああああっ!」

 ポノスが苦し紛れに切り払おうとするも、立花はそれを予期していたのか、身を僅かに捩るだけで攻撃を回避する。

 立花は息を吐き、ポノスから距離を取る。……改めて観察するに、彼の格好は夜中に出歩く若者のそれと大差はないように思えた。髪を茶に染め、じゃらじゃらとしたアクセサリーで着飾り、大き目のサイズのシャツを着ている。有り体に言えばポノスという男は、彼女の目からはただの人間に見えていた。しかし、中身は人ではない。その皮を被った獣にも近しい存在なのだ。

「退いてもらうから」

「てめえが退いてろっ」

 剣を振り下ろす。立花はポノスの得物を刀で受け切り、力任せに押し退けた。彼女は一歩踏み込み、体勢を崩した彼の首を払おうとする。ポノスは頭を下げる事で突きを避け、無理矢理に剣を突き出した。捩れ切った状態からの攻撃が届くはずもなく、立花は再び剣を受けて押し返す。

 ポノスは後方にステップし、立花はその場で呼吸を整える。

「はっ、はははははは! 勤務外ってのがそんなに出来るとは思ってなかったぜ! やるじゃねえかよ女のくせによォ、気に入ったぜ。名乗れよ、なあ?」

「……九州退治屋……ううん、違う。ボクは」

 退治屋立花六代目。その肩書きも嘘ではない。だが、立花は、

「オンリーワン北駒台店、勤務外の立花真だっ」

 今の自分を、そうでありたいという今の自分を名乗った。



 銃弾を避け、閃く糸をかわし、ナナの拳を受け止める。

「なんつー女……」

 糸原は迫るベローナから距離を取り、彼女に対してドローミを放った。しかしベローナは糸よりも素早く動き、糸原を執拗に付け狙う。

 ダメージの残っているジェーンはナナに庇われながら、銃撃での援護に徹していた。ナナもまた弾数の少ないガトリングガンを乱射するが、ベローナには当たらない。

 ベローナが移動する度、彼女の足元にあるものは砕け散る。周囲の地面は穴だらけになり、その破片が散らばっていた。

「チャリオットをやったのはお前だな!?」

「何をっ」

 糸原に残された体力は少ない。ベローナの一撃すらも受けられないだろう。彼女の攻撃を喰らえば受け身も出来ずに地面を転がり、そこでおしまいである。

「南をやったのはあんたらじゃない!」

「殺してやる……っ」

 ドローミで結界を作りながら、糸原は逃げ続けていた。彼女を見かねて、ナナがベローナに対して接近戦を仕掛ける。ナナは袖を振り、ブレードを構えた。彼女の接近に気付いたベローナはだらりと舌を伸ばす。

「……ハルモニアをやった女か」

「次はあなたの番です」

「笑わせるんじゃないよ!」

 数の利を圧倒的な力でねじ伏せるベローナの様は、いつかの、赤い少女を思い起こさせる。糸原たちは僅かな恐怖と、それを上回る怒りを覚えていた。



「見つけたぜえっ」

「ニンゲン、後ろだ!」

 着地した瞬間を狙われたのだ。シルフは苛立たしげに風を操り、一の体を無理矢理反転させる。一は吐き気を堪えながらアイギスを広げて、急襲を防いだ。

「……風に追いつきやがった」

 信じられないといった表情で、一はアイギス越しに追跡者たちの姿を確認する。

 突撃槍を構えた女、長剣を二振り持つ男、空手の女の三人だった。一刻も早くマルスを追いたかったが、気軽に背を向けられる相手でもないと判断し、彼はここで戦うのを選ぶ。しかし、状況は酷く悪い。シルフは力を十全に使えず、自身もまた、先の乱用のせいでメドゥーサに助力を求められなかった。

「親父のところにはいかせねえぞ」

「あ? お前、よく見りゃあさっきの……」

 長剣を得物とする男、フーガが前に出る。一は後退りして呼吸を整える。……フーガは、ティモールと瓜二つだった。背丈も顔も服装も、何もかも同じである。一はそのせいで違和を覚えたのだ。

「何を抜かしてやがる、てめえ」

「いや、人違いだった。双子って訳だ。へえ」

「ぶっ殺すついでに兄貴の仇も討たせてもらう。この、フーガ様がな!」

「被ってんだよ。双子キャラは一組で充分だ!」

 フーガは剣を振り上げる。一はアイギスを構えながら前に出る。剣と盾が衝突し、お互いが歯を食い縛る。

 自分には何度も耐えられそうもない攻撃だ。そう判断した一は、自身の体に鞭を打つ。フーガと、男は自ら名乗った。ならば使う他にない。一はフーガの顔をねめつけ、朗々とした声を放った。

「止まれ」と、メドゥーサを発動させる。

「止まるかよ!」

「あれえ!?」

 アイギスは光らず、メドゥーサは何も答えない。気の抜けた一はフーガに弾かれてたたらを踏んだ。

「何やってんのさバカニンゲン!」

「てめえフーガってんじゃねえのかよ!?」

「ああ? ……ああ、そういう事か。親父も、たまにはまともな事を言うんだな」

 何をと、そう問う前に事態は動く。

「フーガ、任せるよ!」

「じゃあね馬鹿!」

「あっ、ちょいてめえら待ちやがれ!」

 静観していたディスコルディアとデュスノミアが、フーガを置いて駆け出した。一は咄嗟に追いかけようとするが、繰り出される長剣に邪魔をされ、彼女らを見送ってしまう。

「ちっ、仕方ねえ。遊びはおしまいだ。てめえはここで……」

「死にやがれ」

「ごおおおっ!?」

 フーガの背に火の玉が突き刺さった。彼は振り向き、自らの肉が焦げる臭いに咳き込む。同時に、

「てめェこら、誰に手ェ上げようとしてンだ。あァ?」

「……勤務外」

 三森は全身から青色の炎を立ち上らせている。

 一は安堵し、追いついた三森に向けて手を上げた。彼女もそれに答え、二人でフーガを挟み込む形を作る。

「おい。まだ二人いたろ。そいつらはどうした?」

「あ、先に行かれちゃいました」

「はあ? 使えねェなお前は。ちゃンと押さえてろよ」

「そっちだって、もっと早く追いついてくださいよ。煙草ばっか吸ってるから体力ないんじゃないんですか?」

「てめえらふざけんなっ、俺を挟んで喋ってんじゃねえよ!」



 マルスは石となったソレの間を走り抜けていた。彼は邪魔な石を叩き、砕きながら、強引に、道をまっすぐに進んでいく。

「……?」

 その途中で、マルスは妙な胸騒ぎを覚えた。咄嗟に背後を振り向くと、石像となった巨人の肩に、何者かが立っているのが見える。女だった。線の細い、ダークスーツを着た無表情の女である。彼は眉根を寄せ、彼女に声を掛けようとした。怪しいヤツだな、ぶち殺すぞと言うつもりだった。だが、女の姿はそこになかった。消えてしまったのである。少なくとも、マルスにはそうとしか思えなかった。

「見えていないようだな。軍神といえども、我々情報部に追いつくのは難しいという事か」

「……後ろかっ」

「いや、前だ」

 マルスは飛び退いた。振り向こうとするよりも早く、女が目の前に立っていたのである。

「てめえ、何だ? 勤務外か?」

「いや違う。言わなかったか? 私はオンリーワン近畿支部の情報部だ。春風麗といういい名前がある。……少し、貴様の邪魔をしに来ただけだ。あまり気にするな」

「邪魔ぁ? オレ様に殺されたいのかよ、ああん?」

 春風はマルスをじいっと見つめて、後方に目を遣る。

「貴様の狙いは北駒台店の店長だろうが、そうはいかない。私の屍を越えていけとは言わないが、恩を売っておきたい相手もいるのでな」

「だからなんだってんだよ!? ガタガタ抜かしてんじゃねえぞクソアマが。腰抜けるまで無茶苦茶にしてやってもいいんだぜ」

「……お前、本当に軍神か?」

 聞き返す間もなく、マルスは何者かが接近するのを察知した。彼は右方をねめつけて、拳を構える。しかし、襲撃者は背後から現れた。

 襲撃者はドレッドヘアをした情報部、氷室だ。彼はマルスの背に、加速をつけた蹴りを放とうとするが、ソレの威圧感に呑まれて立ち止まってしまう。

「使えん男だ」

「戦闘部じゃないんだぜ、俺は。だったらあんたがやりなよ、春風さんよう」

「まあいい。こいつは私に追いつけない。ここでしばらくの間は遊んでおくとしよう」

「一人でやっててくれ」と、氷室はこの場から立ち去ろうとする。

 春風はわざとらしい手つきで手帳を取り出し、淡々とした口調で場違いな事を言った。

「氷室。戦闘部の女と付き合っているらしいな」

「……てめえら、待ちやがれっ!」

 マルスが氷室を、春風を追いかけたが、情報部の足には到底敵わなかった。彼は、巨人の両肩に移動した二人を見上げるしか出来ない。

「付き合ってるけど、それが何? バラすって? は、そんなんみんな知ってるよ」

「医療部の女とも付き合っているらしいな。確か、三日前から。……バラしてもいいのなら、お言葉に甘えるとするか」

「待て。待て。今日帰ってきたばかりのあんたが、どうして三日前の事を知ってやがる。……言うなよ。絶対に言うなよ。殺されちまう……」

「ソースは明かせない。さあ氷室よ、選べ。ここで私に協力するなら、マルスには殺されるかもしれない。私に協力しなければ、お前は確実に殺されるだろう。脅迫するつもりはないが、私はお喋りな性格だと伝えておく」

 平坦な声で物騒な事を告げられてしまう。氷室は諦めて、肩を竦めて見せた。

「よし。しかし決断するのが遅かったようだな」

 春風は人差し指をすっと伸ばした。その先にはディスコルディア、ディスノミアがおり、彼女らはマルスを庇うようにして、彼の前に立つ。

「兄貴、何してんだよ。こんなところで遊ぶ為にハルは死んだのか?」

「黙ってろ馬鹿が。ちっと休憩してただけだっつーの」

 ディスコルディアにじっとりとした視線を向けられ、マルスは彼女から顔を逸らす。

 マルスはこの場から背を向けようとした。春風と氷室は巨人の肩から飛び降り、彼を追おうとするが、ディスコルディアが二人を阻む。

「デュスノミア、兄貴についてけ。ここは私が引き受けたから」

 言って、ディスコルディアは自らの得物を低い位置で構えた。彼女の武器は突撃槍と呼ばれるものである。その槍は円錐型をしており、大きな笠状の鍔がついていた。特徴的なのは長さである。三メートルを超える槍は、柄を含み、全体が鉄で作られていた。

「母さん、早く追いついてよね」

「あいよ」

 頷き、ディスコルディアは突撃槍を春風たちに向ける。マルスとデュスノミアは駆け出して、情報部の二人は彼らを追う事を諦めた。

「……さて、どうしたものか」

 春風は呟き、踵で地面を鳴らした。



 それを真正面に捉えてしまい、シルフはじっとりとした汗を額に浮かべた。

 嫌な予感がする。というよりも、もっと確信めいたモノだ。ここには、何か嫌なモノがいる。

「ここでてめえらと遊んでてもいいんだけどな」

 フーガは体を半身にし、一と三森を交互に見遣った。彼は寸暇迷って、一の方へと走り出す。彼はアイギスを突き出して、短く叫んだ。

「頼むシルフ!」

 長剣が盾を叩き、一はバランスを崩す。しかし、シルフは風を使い、彼の体勢を立て直す事をしなかった。出来なかったのだ。

 三森が幾つかの火球を投擲するも、その全てをフーガはかわす。彼女は右腕に炎をまとわせて彼を追いかけた。だが、フーガの足は早い。三森の脚力では追いつけそうになかった。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 シルフは口の中でぶつぶつと呟き、その表情は青褪めている。一は彼女の顔を心配そうに覗き込むが、シルフは首を緩々と振るだけだった。

「てめェ何やってンだ!? 早く追いかけねぇとまずいぞ!」

「……シルフ、いけそうか?」

 くそ、と舌打ち、毒づいた三森は一を置いて走り出す。

「どうしたってんだよ? なんだ? マジにやばいのか?」

「ち、違う。そういうんじゃない。あいつ、あいつが……」

「あいつ? マルスか? それともさっきのソレか?」

「違うっ、あいつだよ! どうして今まで分からなかったんだよっ、あの、真っ赤な女の事だよ!」



 死人の兵の数は目に見えて減っている。しかし、聖と灯の消耗も著しかった。楯列はここが潮時と判断し、同時に、一に対して申し訳ないとも思う。

「ここまでだね。皆、車に戻るんだ」

「ちょっと! 私たちならまだいけるわよっ、そうでしょ灯?」

「えーっと、私は、あの、そろそろ疲れて……ひっ、で、でも姉さんだって疲れてるじゃあないですか!」

 槐はボンネットの上から屋根へと飛び移り、周囲の状況を確認した。

 茨の鞭で下肢を薙がれて砕けるソレ。頭蓋を釘で貫かれて動きを止めるソレ。

「……一度前に出るんじゃ、衛。そっちが最も手薄に見える」

「分かったよ。さあ、二人とも車に乗るんだ。早田君を見習いたまえ。彼女はあんなにも大人しくして座っているじゃないか」

 助手席の早田は携帯電話を操作し、時折、にやにやとした笑みを浮かべている。彼女をちらりと見遣り、聖は興が削がれたのか、黙って後部座席へと向かった。

 楯列は運転席のドアを開けたが、視界の端に映ったものが気になって、そちらへと顔を向ける。

 短い金髪、派手なアロハシャツを着た男が尋常ならざる勢いで走っていた。

「む、なんじゃ、あやつは。勤務外か?」

「いや、どうだろう」

「しかし、何か、嫌な予感がするのう」

「……っ、そうか。それじゃあ」

 弾かれるようにして、楯列が後部座席のドアを開ける。中にいた聖と灯は訝しげに彼の顔を見つめた。

「どうやら、まだ逃げる訳にはいかないみたいだ」

「はあ? どういう事よお坊ちゃま」

「こっちに男が来ている。彼を見て、槐君は『嫌な予感がする』と言ったんだ。座敷童子の彼女が、だ」

 幸福の象徴である座敷童子が、良くないモノを感じ取ったに違いない。楯列は近づいてくる男から――――マルスから目を離せないでいた。



 どうしたものかと、マルスはほんの少しだけ思案する。前方には真っ赤なスポーツカーが停まっており、そこには何人かの人間もいる。彼らが勤務外なのか、それともただの人なのかの判断はつかないが、見逃してもいいものか、と、マルスは短く呻いた。

「お父さん」

「おう、ミアちゃん」

 マルスに追いついたデュスノミアは唇を尖らせる。

「その呼び方はどうかと思うんだけど」

「じゃあノミちゃんでいいか?」

「……前にいる人間は、私が殺しておくから。お父さんは先へ進んで」

 立ち止まり、マルスはデュスノミアの顔を覗き込んだ。彼女はくすぐったそうにして、彼を手で払う。

「いいのか?」

「それが母さんの望みだし、皆もきっとそう思ってるだろうから」

「末っ子ってのは一番良く出来てるんだなあ。……じゃあ、わりいけど頼むわ。アレをぶっ殺したらミアちゃんもオレ様んところに来るんだぞ」

 デュスノミアはこくりと頷き、マルスよりも先に駆け出した。

「うーん。マジにいい子じゃねえか。オレ様の子とは思えねえ。……あれ? 誰の子だっけか? ま、いっか」



 聖は眉根を寄せてソレを見据えた。そして、安堵の息を吐き出す。アロハシャツの男が通り過ぎていったのは不幸中の幸いと言えるだろう。何せ彼女は、『教会』に属していた時ですら、あんな化け物は見た事がなかったのだ。

「……聖姉さま」

「ええ、分かっているわ。お坊ちゃま、座敷童子。あんたたちは車にいてちょうだい」

 対峙するのは一人の女だ。否、女の姿をした怪物である。……デュスノミアは灰色のパーカー、ホットパンツに身を包み、キャラクター物のサンダルを履いていた。武器は何も持っていない。彼女は空手で挑もうとしているのだ。

 それでも充分脅威と言える。素手に自信があるのだろうから、懐に入り込まれる訳にはいかない。しかし、距離を取れば楯列たちが狙われてしまう。

「厄介な相手ね。けれど、自動人形よりはマシかしら」

 言って、聖は聖釘を指の間に挟んだ。灯はピラトで地面を叩き、目前の敵を威嚇する。一方のデュスノミアは構える事もなく、だらりとした姿勢で二人のシスターを捉えていた。

「じゃ、今から殺すけど。あんたたちは勤務外? それともフリーランスって奴? 一応さ、確認しときたいんだよね」

 聖と灯は顔を見合わせて、

「どちらでもないわ。シスターでシスター。それが私たち」

 声を揃える。

「シスター? あ、双子。ウチにもいた、あんたたちみたいのが」

「あっ、そう。二対一でやる気満々なのは、結構」

「では、いきます」

 灯はピラトでデュスノミアを狙った。が、彼女は鞭を殴り返し、一歩近づく。聖は聖釘を二本放つが、デュスノミアはその釘をも拳で打ち払った。

 危険だ。しかし、退却は選べない。金で雇われ、座敷童子に囲われているような身なのである。ならば、雇い主が『引け』というまで戦うしかない。……聖は舌打ちし、服の中から聖骸布を取り出した。

「マンディリオンが効く相手だといいんだけどっ」

 生者の精気を奪う能力を秘めた聖骸布、マンディリオンがデュスノミアに絡み付こうとするが、

「追いついたァ!」

「……フーガ」

 両手に長剣を握った男が現れる。彼は聖骸布を斬りつけるが、聖なる遺物はびくともしない。聖はそれを引き戻し、新たな敵を睨み据えた。

 まずい、と、聖は唇を噛み締める。全身を、焦燥感と恐怖が塗り潰そうとしているのだと感じた。

「フーガ。先にいって」

「あ? いいのかよ? こいつら殺して、二人で親父と合流すりゃあ……」

「先には、別の勤務外もいるから」

「……分かった。ぜってえ追いつけよ。死ぬんじゃねえぞ」

 フーガは聖たちをねめつけた後、マルスと合流すべく走りだす。聖が彼を邪魔する事はなかった。

「ん、じゃ、続けよっか」

「……余裕たっぷりね」



「はっはっはぁ! いいぃぃねぇええ、こう、斬り合うってのはさァ! 楽しいったらねえっ、てめえもそうだろう!? なあっ!」

 ポノスの得物は、何の変哲もない、ただの長剣だ。しかし、彼自身の尋常ならざる身体能力が加わる事により、凡庸な剣力は化け物じみたモノへと昇華されている。

「おらっ、おらっ、おらっ! どうしたどうしたお嬢さんよ!?」

 剣筋は荒い。体捌きも雑なものだ。しかし速い。突きも、切り上げも、払いも、切り下ろしも、全てが一流のそれである。ポノスには組み立てというものがなかった。来た攻撃をかわし、時に防ぐだけだ。行き当たりばったりな攻防を可能としているのは、彼の反射神経によるものである。

 隙を見せれば一気呵成に斬りかかり、少しでも危ないと判断したなら即座に逃げる。立花は息を吐き、呼気を整えた。

「……まるで」

「ひゃっ、ひゃっひゃっ!」

 ――――子供の遊びみたいだ。

「ひゃ……っ!?」

 ロジックに欠けたやり取りには慣れている。言葉を解さないモノとの殺し合いには長けている。

 立花は目を細め、刀を正眼に構えた。彼女は右足を前に踏み出して、地を擦るように刀を振り上げる。ポノスは後退してそれをかわした。立花は更に前へと踏み込む。彼女は刀を完全には戻さず、半端な位置から、ポノスの頭蓋を目掛けて振り下ろした。まるで、落雷のような速度だった。常人なら理解出来ぬ間に頭部を真っ二つに裂かれていただろう。だが、ポノスはその攻撃に反応し、対応したのである。彼は剣の腹を頭上に構えて、振り下ろしを防ごうとしたのだ。

「…………がっ…………?」

 防ごうとしたのだ(・・・・・・・・)

 刀は、そこになかった。

 雷切の刀身はポノスの首を貫いている。彼は何が起こったのか、理解出来ず、反応出来ず、対応出来ず、ただ血を吐くだけだった。彼に見えたのは、稲妻のような軌跡だけだ。それだけが、網膜に焼き付いて、呪いのように離れない。

 ……立花の振り下ろしはフェイクである。だが、渾身の一撃を偽物だと見抜ける者はいない。彼女は刀を振り下ろし切る前に無理矢理停止させ、素早く戻し、全身全霊をもって突きを放ったのである。防御を一切考えず、命を顧みない捨て身の一撃だ。しかし、立花はポノスの力量を数合の攻防で見極めており、これで殺せると確信していたのである。彼女にとっては賭けですらなかった。放てば必ず殺せると思っていたのだ。

「お、おォ……」

 ポノスの手が宙を掻く。立花は雷切を引き抜き、彼に背を向ける。噴き上がる鮮血を無視して、彼女は糸原たちに目を遣った。

「みんな……」

 先に行け。

 一を頼む。

 ここは任せろ。

 糸原たちは、仲間は、確かに目でそう言っていた。立花は彼女らに感謝しつつ、鞘に刀を納めて駆け出した。

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