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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
マルス
253/328

きみのもとへ



 無茶苦茶にもほどがある。

 なんて女だ。本当に血が通っているのか。

 店長に追い出されるような形で前進する勤務外たちは、フリーランスは、灰色の獣は、口々に彼女を罵った。

「……やはり、二ノ美屋は二ノ美屋のままだな」

 本郷の言葉に、青笹が頷く。

「にゃはは、相変わらずムカつく上から目線だよね。でも、何故だか逆らえないんだけど」

「ニノさんはニノさんだあ、これからもずっとな」

 高井戸、黄金も感慨深げに首肯した。

「そう言えば、貞光は?」

「あ」と、誰かが声を漏らす。本郷は眼鏡を掛けた女を捜したが、どこにも見当たらなかった。

「逃げたな。まあいい。……それよりも、まさかこんな事になるとはな」

「あー。フリーランスに、なんか、ソレもいるなあ。一致団結って訳じゃあないけど、よくもまあ集まったもんだあ」

 だが、勤務外を呼び寄せたのはともかく、それ以外の者を集めたのは店長ではない。その事は、本郷たちも分かっている。

「『神社』と『貴族主義』か」

「『図書館』もいたような気がする。にゃは、あとワンコも」

「風の精霊に、退治屋まで来てたもんなあ。鎌を持ってたのは、南駒台店の戦乙女だと思うし」

「……スポーツカーと、さっきの歌も、もしかしたら」

 青笹が遠慮がちに口を開いた。

 ならば、彼らが来た理由とは何だ? 何故戦う。何故集まる。何故、どうして? ……勤務外たちは思惟に耽るが、すぐに頭を切り替える。前方に、ソレが見えたのだ。

「凝りもせず死者の兵。飽きもせずでかいの。……いい加減に疲れるな」

「マルスってのはごり押しが好きらしい。嫌われそうな性格してやがんなあ」



 中空にいた一からは見えていた。地面が淡い光を発し、そこから、また新たなソレが出現する場面を。彼の顔に焦燥の色が浮かぶ。倒しても倒しても、殺しても殺してもソレは涌き続ける。本当に、この戦いに終わりなどあるのだろうかと不安にもなる。だが、止まる事はしない。何もしないまま殺されるのはごめんだった。

「最後だ」

 チアキの歌が聞こえている。彼女の思いが、一の気持ちを動かしていた。

「降りるぞ、ニンゲン」

 風を待つ。その間だけ耐えればいい。死ななければ、それでいい。一は大きく頷き、アイギスを広げた。

「行くぞっ!」



 ヘルヘイムの使者は片膝をつき、短い呼吸を繰り返していた。魔力の使い過ぎである。借り物の死者を呼び出し、死体から巨人を創り続けてきたが、限界が近くなっていた。

「あと、もう一度くらいかしら……」

 勤務外たちの実力は予想通りのものだった。しかし、彼らがその力を最大限発揮出来るとは思っていなかったのである。召喚した死者は呼び出した端から殺されていき、フリーランスたちのせいで、巨人ですら大した足止めにはならなかった。それでも、否、だからこそ、力を使う必要がある。死者の群れが、巨人が、ただの壁にしかならなくとも、それがある限りは勤務外たちの足が止まるのだ。

 崩れかけた戦線は、新たに加わったソレどもにより膠着の様相を呈している。こちらに向かっているのは、少数の勤務外だけだった。

 来られるものなら来てみろと、ヘルヘイムの使者はいやらしく口の端をつり上げた。



 帰ってくるなり、これだ。

 折角の良い気分が台無しである。女は息を吐き、電信柱の上で腕を組んだ。

「この街は呪われているらしいな」

 女は、駒台という街が好きではない。この地に良い思い出がないからだ。それでも、自身が生まれ、育ってきた場所なのである。好き嫌いの問題ではない。駒台を住み良い街にする為に、やるべき事がある。

 彼女が、『長い休暇』から戻ってきたのには理由があった。一つは、近畿支部から呼び出された事である。マルスというソレが現れ、大規模な戦闘が始まるとの報告を聞き、名残惜しくも地球の裏側から押っ取り刀で駆けつけた。もう一つは、

「さて、お姉ちゃんが遊んでやるとするか」

 彼に、飛び切りの笑顔を見せ付けてやる為だった。



 着地した瞬間、一は手近にいたソレをアイギスで殴りつけた。巨人の姿は見えないが、直に追ってくるだろう。死者の兵から距離を取りたかったが、どこもかしこもソレだらけで、彼は常に四方を囲まれていた。

 シルフは一の体から伝わる震えを感じ取り、ぐっと目を瞑る。……一も、逃げ出したいのだ。彼はいつだって怯え、竦み、それでも尚立ち上がり、立ち向かおうとする。一もまた、他の勤務外と同じように、フリーランスと同じように、壊れているのだ。恐怖を、より強い感情で塗り潰し、自らの意思を誤魔化して、得物を握っている。そうせざるをえないのだ。そうしないと、彼は戦えなかったのである。

「……がんばれ」

 呟きは衝突音に掻き消された。

「がんばれ、シルフ様がついててやるからな」

 一はソレの攻撃を受け止めて、力を込めて押し返す。

「堪えるな、こういうのは」

 息が切れる。一は多少の距離を、僅かな時間を稼ごうとして足を動かした。その時、背筋に怖気が走った。彼は弾かれるようにして振り向いたが、そこには死者の兵しか見えない。杞憂だったかと息を吐いた瞬間、


「こちらG地点、一一を発見した」


「なっ……!?」

 耳元に息を吹き掛けられた。そう認識した途端、一の体が浮遊感に包まれる。彼に抱きついていたシルフでさえも反応出来ず、抗えない速度だった。

 何者かに腕を引かれている。ソレとの距離が広がり、自身の体は空へと飛び出していく。一は慌てたが、彼を空へと引きずり込もうとしている者は、酷く落ち着き払っていた。

 折れそうなほど長い手足。腰まで届いた髪の毛は飾り気もなく垂れ下がっている。そして、『彼女』は、ダークスーツに身を包んでいた。

「なっ、なんだよ!? なんだコイツ!? どうしてニンゲンが飛んでるのさっ」

「お前は……」

 ふっ、と、女は鼻で笑う。

「私を誰だと思っている。私は、オンリーワン近畿支部情報部二課実働所属、ひゃる風麗だぞ?」

 一は女の――――春風麗の横顔を認めて、見蕩れてしまう。彼女は、こんな風に笑うのかと、思わず目を見開いた。

「……春風麗だぞ?」

 自分が春風に抱えられているのだと気付き、我に返った一は嫌そうな顔を浮かべる。彼女は、飛翔の名を冠する靴、タラリアを使っているのだとも気付いた。

「……よう、久しぶりだな、ひゃる風」

「うるさい、忘れろ。アレを言うのは久しぶりだったんだ」

「へっへっへ、噛んでんじゃん。いや、あんな長台詞、いつか絶対やらかすと思ってたけどな」

 春風は顔を背け、電信柱の頂点に両足を揃え、再び宙にその身を躍らせる。

「それよりも、駒台はとんでもない事になっているな。これだけの数のソレ、早々に見られるものではない」

「見たいと思った事なんかねえよ。それより、頼む。三森さんたちのところまで連れてってくれ」

「もとよりそのつもりだ。……私は、冬に会うつもりはないがな」

「あ?」

「風の精霊、時間は充分に稼いだな?」

 じっと見つめられ、シルフは思わず頷いてしまった。春風は口の中で何事かを呟く。

「なあ、ところでお前は何をしに来たんだよ」

「一一、貴様の顔を見に来ただけだ。そして、私の顔を見せに来ただけだ」

「はあ? ……って、おい、おい、手。手を離すんじゃねえぞ?」

「いや、ここまでだ」

 春風は一の体から手を離し、

「ではな」

 彼の尻を蹴っ飛ばした。

 一の視界が明滅し、激痛によって自らの意思とは関係なく、声が漏れる。

「ぐああああ……く、クソアマがァ! シルフっ、シルフ! 助けてっ、助けて!」

「もう、うるさいって。分かってるから」

 充分に距離は稼ぎ、助走も得た。シルフは中空で一を抱き止め、自身の足元に風を収束させる。次の瞬間には爆発していたそれは、強烈な加速を生んだ。

 一は背後に目を遣る。春風は電信柱の上にしゃがみ込み、ひらひらと手を振っていた。

「春風ぇぇぇぇっ! おかえりぃぃぃぃいいいって、うあ、酔う、酔うから速く跳び過ぎないでええっ!?」



 ――――また増えやがった。

 三森は舌打ちし、巨人の腕を掴み、熱を送る。ソレの肉が溶け、燃え落ちるのを見届ける事なく、彼女は次のソレに視線を移した。

「前が見えないっ、ちょっと誰でもいいからさっさとどうにかしなさいよ!」

 糸原が喚いている。彼女にはドローミを張り巡らせる暇すら与えられていなかった。

 立花は髪を振り乱し、目前の敵を斬り続けている。ナナは無言のまま、巨人の拳を弾き、ソレの群れの中へと飛び込んでいった。

 気力で持たせていたはずの戦いが、徐々にその勢いを失い始めている。

 

 ……ここまでか?

 三森は自身に問い掛ける。


 ここで死んでもいいのか?

 三森は自身に問い掛ける。


 諦めを選び取りそうになった瞬間、ジェーンが声を漏らした。彼女は呆然とした表情で空を見上げている。つられて、三森も首を巡らせた。

 傘が、浮いていた。

 広げられた数本の傘が、自分たちの上でクラゲのように漂っている。柔らかな風が吹くと、傘は意志を持っているかのように散らばり始めた。

「傘……って事は」

「アレは、私がマスターにお渡しした……!」

 期待感に満ちた瞳で糸原が顔を上げる。顔面を蒼白にしていた立花の頬にも朱が差し込んでいた。

 三森はポケットに手を突っ込み、煙草を口に銜える。彼女の顔もどうしようもなく歪んでいて、彼女自身はその事実に気がついていなかった。



 自分勝手な人たちだ。

 そう思い、同時に、同属嫌悪と言い換えてもいいな、と、一は思い直した。

 彼の見下ろす先には巨人が六、ソレが数千。比較する方が馬鹿らしくて、一は口元を歪める。

「やっと、追いついた」

「ニンゲンっ、こっからはどうすんのさ?」

 シルフに急かされ、一は胸に手を遣った。……ここにいる。ここに、彼女がいるのだ。ならば、すべき事は一つである。


 ――――頼む。


 頭の中で反芻する。彼女と自分は対等だ。頭を下げる必要はない。共に戦い、隣に並ぶモノなのだ。今までも、いつだって、これからも。

 だから――――。



 割れる。割れる。世界が音を立ててひび割れていく。

 崩れる。崩れる。世界が唸りを上げ崩れ落ちていく。


『主』と、声が聞こえた。自分の内から響く、儚げな声。


 揺れる。揺れる。世界が世界を揺らしていく。

 壊れる。壊れる。世界が世界を壊して、いく。


『私の主、可愛い主』あの日も聞いた、あの声。


 光る。光る。世界が光に満ち満ちていく。

 生まれる。生まれる。世界が新しく生まれ変わっていく。


 一の意志を受け、彼のパートナーが答える。

 アイギスが、発動する。

 彼女が答える。蛇姫が微笑む。

 耳鳴りと頭痛。一は目を瞑り、それらを甘受した。

 アイギスを握っている腕から力が抜け落ちていく。頭から、何か大切なものが零れ落ちていく。それでもいいと、一は思った。

 瞼の奥に白い光が迸る。世界が白に染まっていく。塗り替えられる世界が二つに割れていく。

 白い世界の中、一はまた、彼女を見た。

 そしてまた一つ、一は己の世界を理解する。

「わがままを聞いて欲しい」

『名前を、呼んで?』

「……メドゥーサ、力を。止めて欲しい奴らがいるんだ。でも俺は、そいつらの名前を知らない。そいつらの事を何も知らない。知りたいとも思わない」

『約束を破るの?』

 女神との契約を、制約を反故にするのか。メドゥーサの問いを、一は笑って返した。

「いいじゃねえかよ、そんな奴。俺はお前を裏切らない。それだけだよ」

『そう』と、蛇姫は艶然と笑む。見る者を虜にし、石と化す、凄絶なそれでもあった。



 ――――還ってきたのか。

 一は頭を振り、放ったアイギスを見遣った。そこから放たれていた輝きが弱くなりつつある。白い光は周囲の闇と同化するように消えていき、

「出血大サービスって奴だ」

 やがて掻き消えた。

 夜が強まり、闇が濃くなる。次の瞬間、アイギスの表面に目が映り込んだ。メドゥーサの瞳である。人外の化生がこちら側の世界を羨ましげに覗き込んでいるのだ。

 何を言えば彼女に届くのか、何をすれば彼女が応えてくれるのか。今の一には全て分かっている。彼が思うだけで、メドゥーサの瞳がぐるりと回る。彼女が標的を見定める。主の敵を射竦める。

 一は息を思い切り吸い込み、

「開けええええぇぇぇ――――ッ!」

 一息に吐き出した。

 血液が逆流するような感覚を受け、一の全身から力が抜ける。

 宙に浮いていた全てのアイギスから光輝が放たれ、その光がソレらを包み込んだ。抗う術はない。降り注ぐ蛇姫の瞬きは、行為が終了した時点で効力を発揮する。絶対の力が捕捉した対象を全て制止させ、強制的に停止させるのだ。メドゥーサに睨まれたモノの時は刻むのを止める。……即ち、石化である。

 シルフは脱力した一を地上へ運び、彼の顔を認めてぎょっとした。一の鼻からは血が流れている。勢い良く、止まらないのだ。

「おっ、おい……オマエ」

 一は首を振り、鼻に手を当てる。血液は口腔すら満たし、彼をむせ返らせる。咳が止まらなくて、彼は苦しそうに涙を流した。



 誰よりも早く一に駆け寄ったジェーンは、一の胸に顔を埋める。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん……」

「ジェーン、待って。血が」

「いいのっ、そんなの別に!」

 ぐりぐりと顔を押し付けられて、一は困ったような笑みを見せた。そこで涙目の立花とも目が合い、彼は視線をどこに逃がそうかと思案する。

「マスター、これをお使いください」

「ありがとう」と、一はナナからハンカチを受け取り、鼻に当てた。だが、花柄のそれは大量の血液を吸い込み、すぐに使い物にならなくなる。

「ごめん。汚しちまったな」

「……マスター。あの、横になってください。私の膝をお貸しします」

「いい。ジェーンが泣き止むまではこのままで」

 一たちを見ながら、糸原は疲弊しきった様子でその場に腰を下ろした。その傍に、三森がしゃがみ込む。

「……信じられっか、今の」

「自分の目で見たものだけ信じる主義なのよ、私。だから信じる。つーか、これが嘘ならとっくに死んでるし」

 言って、糸原はソレを……ソレだったモノたちを見遣った。

 暴れ回っていた巨人も、千を超える死者の兵も石と化している。時を止められ、ソレらはもう二度と動かないだろう。静まり返った今となっては、風の音すらうるさく感じられた。

「一がやったのね。けど、まだ全部終わった訳じゃあない。ほら、後ろの方のソレはまだ動いてる」

「あァ。だけどよ」

 三森は前方を指差す。石と化したソレどもの隙間から、南駒台店が見えていた。

「ゴールまでの道が開けたじゃねェか。行くンなら今しかねぇ……けど、あいつを捨ててくのもアレだしな」

「そもそも、誰も賛成しないわよ。勿論私も」

 大儀そうに立ち上がると、糸原はゆっくりと一のもとへと歩いていく。一人取り残された三森は、つまらなさそうに一を見遣る。彼と目が合い、彼女は思わず視線を逸らしてしまった。



 情報部の男は腕を組み、低く唸った。

 報告しなくてはならないだろう。何せ、先まで好き放題に動いていたソレどもの大部分が石と化したのである。その偉業を、否、『異』業を成し遂げたのはオンリーワン北駒台店の勤務外、アイギスの元使われ手、一一である事に間違いはなかった。だが、俄かには信じられない。百年溜め込み、その身に宿った神の力を使い果たすのならまだしも、一の負ったリスクは出血程度のものである。それだけで、状況を一変させた。

「いよいよバケモンだな」

 男は無線を持っていたが、報告する気はとうに失せている。北駒台店の長は、情報部が何も言わなくても、ある程度の情報なら入手し、状況を理解しているのだ。時には、自分たちよりも早く何かを掴んでいる事もある。

「……しかも、疫病神までいやがる」

 舌打ちし、男は無線をしまいこんだ。今夜、ここにいる情報部は六人きりのはずだった。しかし、いつの間にか一人増えていたのである。どうやら、疫病神に無線を奪われた役立たずが混じっていたらしい。

 疫病神。

 死神に魅入られた女。

 オンリーワン近畿支部情報部二課実働所属。

 つまり、春風麗だ。彼女が駒台に戻ってきたのである。男は眉根を寄せて、周囲を見遣った。春風の姿は確認出来なかった。……彼女は疫病神だが、情報部でも有能と呼んで差し支えない人材でもある。だからこそ、春風は情報部に居残っていられたのだ。しかし、彼女はどうにも、好奇心が強過ぎるきらいがあった。興味を持ったモノに対して、実際に行動に移すのも早かった。時には、職務を投げ出す事もあったのである。

「漣か」春風にはお目付け役というよりも、監視役をつけていた。漣と言う男である。尤も、彼は死神に殺されてしまったが。そして、漣がいなくなった事で春風を止められる者はいなくなった。

「厄介な女に惚れてたんだな、あいつは……おうおう、何ともまあ。そんな顔で笑うかね」

 逝った漣に同情すると同時に、男は楽しげに口元を歪める。情報部の同僚、氷室をからかう春風の姿が見えたのだ。彼女は実に楽しそうで、生き生きとしていた。



 壁がなくなった。ヘルヘイムの使者が呼び出したソレどもは殺されていない。消えてもいない。確かに、そこにいる。すぐ目の前にも。だが、動かないのだ。ソレらはもう、石と成り果てて未来永劫そのままなのだ。

 マルスは歯噛みする。もはや、ヴィヴィアンから借り受けた使い魔に頼るまでもない。眼前には、ソレが石と化した光景が広がっているのだから。

「押してたはずなんだけどよ」

 呟き、マルスはどうするものかと腕を組む。何もしなければ、勤務外は直にここまで辿り着くだろう。彼らを迎え撃つのもいい。自分が戦場に出て戦闘を行えば、苦もなく終わるはずなのだ。しかし、待ち望んでいた『戦争』もそこで終わってしまう。あとは、一方的な虐殺が続くだけなのだ。マルスにとっては非常に退屈で、味気ないモノが待ち受けるのみである。

「残念だったな、ヘルちゃん」

「……殆ど全滅よ。可愛い肉塊も、借りてた死人も打ち止め。さあ、どうするのかしら軍神さん?」

 ヘルヘイムの使者の発言には皮肉がたっぷりと込められていた。

「最前線に送った死人どもはまだ残ってんな。それによ」

「ええ、まだ何体か残してるわ。後詰として」

 ちらりと背後に視線を遣れば、体育座りの巨人たちがそこにいる。南駒台店の死体も、巨人に姿を変えさせられ、殆どがなくなっていた。残っているのは地面に付着し、既に乾いた血液のみである。

「もう一回くらいは呼べるんだろ?」

「人遣いが荒いわね、あなた」

 言って、使者は微笑んだ。彼女もまた、腹に据えかねている。自身が産み出したモノが悉く破壊され、殺されたのだ。勤務外たちを、敵対した者たちを生かしては帰せないという強い思いを抱いている。

「決まりだ。おいてめえら、ヘルちゃんが呼んだら、死人どもと一緒になって突っ込むぞ。まずは一番近い勤務外をぶっ殺して、そのまま見つけた奴を片端からぶっ殺す。いいよな?」

 じろりと見回せば、マルスの同胞は瞳をぎらつかせた。好戦的な笑みを浮かべたモノたちは、各々の得物をその手に握る。

「残ったでかいのも、後詰めとして全部使い切るからよ。これで後腐れナシだな、チクショウ」

 最後の戦争だ。マルスは大笑し、その声は長く轟いた。



 これがアイギス。

 これがメドゥーサ。

 彼が『館』を打ち壊そうとし、彼の仲間が魔女を殺した。

「とんでもない人を敵に回そうとしているんですね」

 傍らの姫が、何でもなさそうに口を開く。

「あたしらとやり合った時は、ここまでのもんじゃなかったはずさね。成長してるんだ、あの、勤務外の坊やは」

「……成長。ですか」

 ランダは憎憎しげに、石化したソレどもを見つめた。

 神楯、アイギス。蛇姫、メドゥーサ。何よりも、一一は女神に目を付けられたのである。与えられた力は易々とは行使出来ないはずで、軽々しく乱発も出来ないはずだ。しかし、一度力が発動すれば、この世の理を易々と捻じ曲げ、軽々と飛び越える。それは魔術で、魔法に近しいモノなのだ。

「人が持つにしちゃあ危な過ぎる」

「ただの人ではないんでしょう? だって、ヴィヴィアンさんも……」

 一を危険視しているのは、恐らく自分だけではないだろう。あるいは、彼は既に女神よりも厄介なモノに目を付けられているのかもしれない。一がアイギスを取り上げられ、メドゥーサに見放された時、その反動は計り知れないものになるだろうと、ランダは思った。

 この先、一は必ず、人を、ソレを、自分以外の全てを敵に回す。それだけの力を、彼は手にしているのだから。



「凄まじいものだと、わたしは見ます」

「うん。私もそう思う」

 風が頬を撫で、過ぎ去っていく。

「ねえ、ガーゴイルさん」

「なんでしょう」

「私、重くないですか?」

「いいえ、まるで綿のようではないですか」

「そっ、そうかな? ありがとね」

 ガーゴイルの背に乗っているのは、青髭に操られ、一たちを襲った少女であった。彼女は月明かりから逃れるようにして、小さく身を捩る。

 少女の眼下にはソレがいた。固められ、二度と動かなくなった死人どもである。

「あの人、こんなにすごかったんだ」

 菓子パンを手渡し、女の背に隠れ、そして、自分に笑顔で手を振った一を思い出して、少女の胸がじくりと疼いた。……自分は怪物だ。だが、彼もまたそうなのかもしれない。少女は俯き、目頭を押える。

 少女は一のすすめに従い、駒台山の洋館に向かい、そこでガーゴイルと出会った。行く当てのない彼女は、館の屋根上で悪魔のような姿をしたソレと、他愛ない話をしていたのである。

 そして、見た。

 眩い光が、駒台の街から放たれるのを。

 暇を持て余していた少女とガーゴイルは、その光の正体を確かめる為に山から下りて……飛んできたのだ。

「一さんだけではなく、この街でソレに関わった人たちがいるのだと、わたしは見ます」

「勤務外に、フリーランス……」

 光の正体は確かめられなかったが、駒台で大規模な戦いが起こっているのだとは分かった。少女は青髭の言葉を思い浮かべる。きっと、これこそが彼が恐れていた『戦い』なのだ、と。

 数多のソレが足音を立て、多数の勤務外がその音を止めるべく、戦っている。誰かを守る為に。何かを得る為に。自分の意志を貫き、通す為に武器を持っているのだ。自分とは違う。操られて拳を振るい、子供じみた八つ当たりで誰かを傷つけた。誇りなどない。意思もない。目的もない。

「私とは、違う」

「そうですね」と、傍観者は呟いた。

 ガーゴイルは少女を気にした様子もなく、続ける。

「あなたは他の人とは違うのだと見ます。……わたしはこの街が好きです。この街で生きる人も好きなのです。実は、失礼ながら、あなたの事は見知っていました。色々と見ていましたから」

「そう、なの?」

「そうなのです。あなたが一さんたちを襲ったのも、青髭という男に使われていたのも、また、あなた自身が葛藤しているのも」

 全て見られていた。だが、悪い気はしなかった。少女は仕方なさそうに息を吐き、ガーゴイルの背を撫でる。

「迷っているのですね。……あなたには力があります。それは、他の人にはないものなのでしょう。その力をどうするかはあなたの自由です。もっと、ヒトと言うのは自由に生きるべきなのだと見ますね」

「力」

 呟き、少女は拳を握り込んだ。

 自分に、何が出来る?

 自分は何がしたいのだ?

 暴君と呼ばれ、恐れられた自分に、何が。少女は今一度、街を見下ろした。この街で、力を振るった。罪のない者を傷つけた。きっと、この先どれだけの善行を積もうが、罰を受けようが、自身に課せられた罪が消える事はないのだろう。

「偽善だ。偽善なんだ」

 この街で生きていけるのかどうかは分からない。

 だが、ここで生きていこうとする者たちはいるのだ。確かに、そこにいる。

「こんなのはっ、私のわがままなんだ!」

 悪魔の背の上で、月に向かって吠えた。

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