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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
マルス
250/328

足並み揃って



 ティモールの振るった剣が、一のアイギスを襲う。彼は両腕に力を込め、濁った瞳に敵意を込めて、ティモールを押し返した。

 バランスを崩した一へ、ティモールが追撃を試みるが、技術部がそれを防ぐ。数多の弾雨に晒され、ソレは死者の兵よりも後ろへ退き始めた。

「援軍はまだかよ!」

「畜生、次はでかぶつだ! アールピージーでも持ってこいっつーの、話にならないって!」

 死者の兵が、巨人の拳が一を狙う。彼はその全てを防ぎ、あるいは避ける事で生を繋げていた。気を抜けば一瞬間後には消えてなくなる命なのだ。一は胃がひりつくような感覚を覚えながら、四肢を懸命に動かしている。

「ほらほらよそ見ぃ! オレに斬られっちまえよてめえ!」

 背後から斬りかかるティモールをねめつけ、一はアイギスを振り回した。流れ弾に注意しつつ、彼は技術部の援護を存分に堪能している。

 一の気は逸っていた。先へ進むには、死者の兵も巨人も邪魔だが、それよりもティモールが厄介だった。逆に、彼さえどうにか出来れば進行は可能である。だから、一の体には余計な力が加わっていたのだ。

「嬲り甲斐があるってもんだよなあ!」

 ――――遊んでやがる!

 ティモールが本気になれば、自分は一秒かからず殺される。彼の剣を受け続ける一は、そう認識していた。自分では駄目なのだ。助けが来なければ、ここで――――!



「……どう言う事だよ、こりゃ」

 意気消沈する店長に、どう声を掛けるか思案していた藤原だが、彼の興味は別のモノに向き始めていた。

 立ち尽くしていた店長も、その光景をぼうっとした表情で見つめている。

 一人、また一人と立ち上がる勤務外が、幽鬼のように戦場へと向かい始めていた。各々が武器を取り、誰とも視線を合わせる事もなく、会話を交わす事もせず、己が意思でもって歩いているのだ。

 その光景が、店長には信じ難いものに映っている。彼女は常から思っていた。人とは、他者に命じられて、初めて動くモノなのだ、と。自分自身というものは、思うよりも脆弱で、薄弱なのである。他者の影響を受け、何気ない一言で揺れ動き、自分を貫いているようで、その実、そうではない。何者かの意志により、動いているに過ぎないのだ。


『くたばっちまえ』


 一の発言に間違いはない。マルスを討てねば、討たれるのはこちらなのだ。ここでソレを全滅させない限り、被害は広がっていく。だが、行動に移せるかどうかは別の話なのだ。

 逃げ帰り、戦意を失った勤務外たちを歩かせているのは、二ノ美屋の言葉ではない。一の言葉なのかもしれなかった。その事を考えると、店長の心は酷くささくれ立つ。……つまるところ、彼女は分かっていないのだ。人を動かすのは、報酬であったり、目的であったり、あるいは、巧みな他者の言葉である。理性的で、合理的な判断に基づき、人は動き、戦うのだ。が、時には生存へかける一縷の望みのみでも戦える。不条理な状況を覆す為に理性を破壊し、内から湧き上がる本能に任せれば、人は獣にもなれるのだ。

 一の言葉はきっかけでしかない。全てではないのだ。だが、残った勤務外はそのきっかけを待っていた。だからこそ、彼らは――――。



 誰よりも先に異変に気付いたのはティモールであった。彼は一から離れ、噛み殺しきれない笑みを周囲にぶちまける。高く、耳障りな笑い声と共になだれ込んだのは、

「おオオオオォォォオオオオオぉぉぁぁあああああああぁああっ!」

 棍棒を担いだ若い男である。彼は死者の兵どもを殴りつけ、遥か後方へと弾き飛ばした。

 次いで、大鎚を得物とした男が巨人の攻撃に合わせて、大きく振り被る。数メートルある肉塊が揺れ、その一撃を相殺された。

 巨人を追撃すべく疾走するのは、高井戸と、若い女の勤務外である。彼女らは短剣を構え、身を低くして死者の兵へと突っ込んだ。高く跳躍し、膝をつく巨人の薄皮を切りつけ、剥ぎ取る。

 突っ込んだ勤務外を援護する為に、多数の矢と飛礫が死者の軍勢に降り注いだ。

 声は重なり、大きくなる。それはまるで鬨の声であった。

「いけっ、いけっ」

 雄叫びを合図に、別の男たちが軍勢に挑む。死の河にも見える大量のソレを恐れている節はない。彼らは狂戦士のような形相で命を刈り取っていた。

「いけっ! いけっ!」

 ティモールが青笹の巨体に目を付ける。彼は剣を構えるが、横合いからの矢を防ぎきれず、肩に傷を負った。苛立つティモールに、本郷の斧が襲い掛かる。

「なんだよっ!?」

 本郷が斧を振るい、その隙を埋める為に黄金が矢を放つ。

 死者の軍勢は勤務外の勢いに圧され、進軍を阻まれていた。のみならず、ソレの数はじわりじわりと減り始めている。

「なんだよてめええらはあああああああ!?」

「いけえええええっ! ぶっ殺せ! ぶっ殺しまくれ!」

 殺せ。その声に答えるかのように、勤務外たちが力を振るう。力を振るえばソレの首が飛ぶ。ティモールは負けじと声を荒らげるが、徒労に終わった。何故なら、勤務外にとってティモールという存在は、死者の兵や、巨人と同一の存在なのである。

「……なんで、いきなり……?」

 しばし立ち尽くしていた一の肩を柿木が叩いた。彼女は錫杖に体重を支えてもらいながら、疲れた顔で笑む。

「私も驚いている。まあ、君が発破をかけたお陰だと言うつもりはないよ。ただね、私たちは上から物を言う人じゃあなくて、誰よりも先に、前に出る人となら一緒に戦えるんだ。勤務外にとって必要なのは、隣で戦ってくれる仲間なのかもしれない。違うかな?」

 にっ、と、柿木は歯を見せて笑った。

「さあて、私も戦うとしようか」

「いや、柿木さんは無理をしなくても」

 柿木が目を瞑ると、錫杖の先端が光を帯びる。彼女が軽くそれを振るえば、接近していた死者の兵は巨人に向かって吹き飛んでいった。

「……無理を。ええと」

「これくらいの力なら私にも残されているんだ。心配はいらないよ。その行為自体は有り難いがね」



「どおおおおなってんだああ、こりゃあ?」

 マルスが足踏みをしながら、前方を指差した。

「……お父様。そうおっしゃられても、私たちには何も分からないのですが」

「ハァァルちゃん! そうなんだよ! そうなんだよなあ、もう! ……勤務外どもが息を吹き返しやがった。最前線に送り込んだ雑魚どもといい感じに戦ってらあ。おまけに、ティモールの野郎も足止め喰らっちまってるってきたもんだ。どうすっかなあ」

 困り顔のマルスだが、近寄るベローナの表情は生き生きとしている。

「よしよし愚弟、お姉さまが助けてやろう」

「どうせ、姉ちゃんは暴れたいだけだろ。却下だ。姉ちゃんがいったらつまんねえよ」

「だったらどうするつもりだ!」

「いてえ!」

 一瞬で激昂したベローナはマルスの首元を掴み、彼に頭突きを喰らわせた。

「どうするつもりか言ってみろ!」

「戦争ってのはさあ、同じレベルじゃないと成り立たねえんだよ。剣には剣を。槍には槍を。オレ様たちがあんまし出張っちまうとよう、もう戦争なんて呼べなくなっちまう。そりゃーもう虐殺ってレベルのもんになっちまうんだよ。それってさ、つまんなくねえ?」

 ベローナはマルスから手を離し、彼のすぐ近くの地面に唾を吐き捨てる。

「もうちっと、この空気を楽しませてくれよ。それに、ティモールだってオレ様と同じだ。勤務外と戦いたくって仕方がねえってツラァしてやがった。が、あいつはちっと残念なトコがある」

「ふーん、残念、ねえ。それって何?」

「オレ様より、気が短いってところだ」



 喜びを感じていた。先刻まで感じていた、暗いそれではない。真っ当な、本心から来る喜びである。堀は喜悦を隠しきれないまま、店長の傍に立った。

「人間は、やはり駒ではないんですよ」

「……なんだ。お前まで私に説教するつもりか」

「ほう。一君のアレを、あなたは説教だと感じていたんですね」

 くつくつと、店長のお株を奪うかのような笑みを漏らすと、堀は戦場を見つめる。

「異形と対峙する勤務外である前に、彼らは人間なんですよ。店長、あなたはそれを少しばかり勘違いしていた。それだけの話です」

「そうだな。奴らは人間だ。が、次はない。やけくそに突っ込んでいったんだ。人間であるなら、次が欲しくなる」

「次とは?」

 店長は腕を組み、椅子に座り直す。

「奴らは貪欲だ。人ってのはそういうものだからな。無目的に戦い続ければガタがくる。勤務外は、新しい希望を欲しがるんだよ。いつになれば終わるのか、分からないまま戦うにはきついはずだ」

「希望、ですか。いやあ、そんなものがあるんですかね。あそこに」

「見つけるんだよ。じゃなきゃ、本当に立ち上がれなくなる」



 擬似神在月、縁。

 それがもたらしたのは、一時的なソレの殲滅だけではない。強烈な風と、光を生み出したのだ。駒台に居残った者ならば、目に入らないはずはない。



「……あれは」

「どうした一君。疲れ過ぎて幻覚でも見えたかね」

 軽口を叩く柿木が、死者の兵を薙ぎ倒す。

 一は目を凝らし、巨人を、その先を見据えていた。萎えかけた戦意が、再び、沸々と湧き始める。

「確かめたい事があるんです。俺は、もっと先に行きたい」

「……先とは言うがね。見たまえ、この敵の数を。巨人は暴れ回り、正体不明のソレが行く手を遮っているんだよ」

 ティモールは勤務外たちの攻撃を捌きながら攻撃に転じていた。本郷、黄金、青笹たちが仕留めようと躍起になるも、ティモールはその全てを受け流している。

「アレをやらない限り、我々に先などない。違うかね?」

 柿木の言葉は頭に入ってこなかった。一は自分の目を信じて、薄っすらとした笑みを浮かべる。

「来た。見えた。あいつだっ、やっぱり来やがったんだ」

 歩き出す一を阻むかのように、巨人が拳を振り下ろす。彼は視線を前方に据えたまま、その一撃を頭上にて受け止めた。



 ああ、やはり。

 驚きはしなかった。予想はしていたのである。そうだ。こんな、こんなどうしようもない戦場を、状況を、彼が見逃すはずはなくて、見逃されるはずもないのだと。

 見てしまったものは仕方ないなと、彼は――――彼女は思う。風に乗り、宙を駆けながらで手を振った。

 その瞬間、意識が消えかかった。耳元で轟音が鳴り、肉体を構成するのを忘却した。風が舞い、風が散り、四方に去った自らの意思を手繰り寄せるのに必死で、彼女は落ちた。



「シルフ――――ッ!」

「なっ、待ちたまえ!?」

 一が駆け出した。柿木は死者の兵を片付け、彼の背を追いかける。何事かを叫んだ一は、周囲に気を配らず、ただ走るのみだ。

「誰かっ、彼の援護を!」

「……やべえぞ、剣士が向かって……!」

 先んじて動いのはティモールである。彼は無防備な一の背中を狙ったが、

「てめえ、後ろにも目が!?」

「さっきからごちゃごちゃとよう!」

 振り向いた一がアイギスで払い除けた。

 一は視線を忙しなく動かし、ティモールと向かい合う。

「……マジに人間か? どうしてそこまで防げんだよ、ああ?」

「防ぐ気しかねえからだよ」

「そりゃどういう……おっとっとぉ!」

「ちっ、鋭いにゃあ」

 奇襲に失敗した高井戸はつまらなそうにティモールを見遣り、手の空いている本郷たちを手招きする。

「話なら柿木から聞いたよん。なんか君さ、見えてたらしいんだよね? で、そこに行きたいんだよね?」

 一は頷き、死者の兵を蹴り飛ばした。

「いいよ。行きなよ。このロン毛くんは私らがやるからさ。にゃーんて」

 高井戸、本郷、そして数人の勤務外がティモールを取り囲んでいた。一は難しい顔を浮かべ、会釈をする。

「お願いします」

「構わん。わがままを聞いていられるのも今の内だからな」

 言って、本郷は斧を素振りした。風圧が一の顔を撫で、彼は目を細める。

「って、コラ。オレを止めるだと? 人間風情が図に乗りくさって。ビビってりゃあいんだよ、てめえらはよう!」

「……小者にしか見えんな」

「言ったな爆発ヘアが!」

「貴様も言うか! 爆発と!」

 斬りかかるティモールを、本郷は斧を横薙ぎにする事で退かせる。高井戸らはすぐさま距離を詰め、時間差でティモールに襲い掛かる。が、短剣も、槍も、棍も避けられてしまっていた。

 ティモールは唾を吐き捨て、突きを放つ。狙われた若い女は尻餅をつき、必死になって攻撃を躱した。

「バイバイ娘さんっと!」

「ガラ空き!」

 剣を振り上げるティモールに、別の男が攻撃を仕掛ける。ソレは咄嗟に得物で防御し、その場から跳ねるようにして距離を取った。

「…………しつけえな、てめえら」

「もっと数呼べ。十人くらいでボコるぞ」

「らじゃー。おおい、こっちだ! 先にあのバケモン仕留めるぞ!」



「なあ、あいつを行かせて良かったのかよ?」

「……と言うか、私では追いつけないのだよ」

 肩で息をする柿木は、心底から辛そうに息を吐いた。

「一君が何をしたいのか、じきに分かるだろうし、私たちにとってもマイナスにはならないと思う。違うかね?」

「いや、しらねーけど」と、野太刀を構えた勤務外店員は答えた。

「いんじゃない? 少なからずさ、あの駒台の勤務外には借りがあるしな」

「借り、かね」

「だいたいのもんは踏み倒すがな、それでも、どうしようもなく返したいもんだってあるだろ? ソレなんかに舐められてたまるかってな。そういうもんを、俺たちは忘れてたんだ」

 野太刀が、巨人の腕を切りつけ、返す刀で死者の兵の頭部を切り飛ばした。勤務外の男は血ぶりをし、ティモールをねめつける。

「俺らにだってプライドがあんだ。あんな、冴えねえ学生みたいな奴に言われるまでもねえ」

「素晴らしい。素敵な考え方だ。ところで君、肩を貸してはくれんかね」



 久方ぶりに出会った彼女は、無様にも、地にその姿を縫いつけられていた。

「似合わねえな」

「……よう、ニンゲン」

 シルフは若い女の姿をしており、その表情は辛そうである。何せ、彼女の片腕はなくなっていたのだから。

「さっき、さ、あのでっかいのにやられちゃった」

「……痛いか?」

「んーん。痛くない。けど、すげーだるい。シルフ様史上最高にしんどい」

 一はしゃがみ込み、シルフの顔を覗き込む。彼女はくすぐったそうにした。

「風が、いう事を聞かないんだ。たぶん、この空気にあてられたんだと思う。ここ、やばいヤツがいるよな。そいつのせいだ」

「そう、か」

 頼み事を出来るような状態ではない。一は笑んだ。諦めたのである。

「体が、元通りになんないんだ」

 一は立ち上がり、周囲を見回す。死者の軍勢から離れた位置にいるが、安全圏ではないのだ。じっとしていられるのにも限度がある。

「分かった。シルフ、お前はここで……」

「で、どこに行きたいのさ?」

「……お前」

 シルフはにやりと、口元を歪めた。一の思惑など見透かしているとでも言い出しそうである。

「言えよ」

 一は迷い、戸惑い、答えに窮した。

「ひとっ飛びってわけにはいかないけど、シルフ様をバカにすんなよな。飛べはしないけど、跳べる。跳んでやるよ」

「いいのかよ、その、しんどいんだろ?」

「気なんて遣うなよ。シルフ様は風のせーれーなんだぜ。それに、知ってんだ。オマエは、風遣いの荒いヤツだって」

 柔らかな風が通り過ぎた。一の髪を、シルフの体を揺らしたそれは、そよそよと、どこかに行ってしまう。

「ひいいいいっ、はあああああ!」

「そっちに行ってる! 傘の勤務外!」

 静寂を掻き消したのは、ティモールの金切り声であった。



 死者の兵に囲まれ、ティモールの斬撃を受けたはずの一が、その姿を消していた。

 ティモールは首を傾げて、面倒臭そうに左右を見遣る。

「なるほど、それは、血相も変えてしまうというものだ」

 だが、勤務外たちには見えていた。唸りを上げる風の音。その音と共に舞い上がる者が。

 北駒台店の勤務外店員一は、得体の知れない女に抱きかかえられて、空にいる。誇りもしないで、まるで、そこにいるのが当たり前のような顔をしているのだ。

「飛んでやがるぞ!?」

「っていうかあの女の子誰なん?」

 ティモールはにいいと、口元をつり上げて、剣の切っ先を一に向けた。

「精霊持ちかよ。んなキトクな野郎は久しぶりに見ちまったぜ」

「キトクって言われてるぞニンゲン。もちろんいい意味なんだよな?」

「もちろん」

 一はアイギスの石突きを眼下のティモールに向ける。

「……風の? まさか、いや、そんなアホな。精霊って、ぶっちゃけソレだろ?」

「あの勤務外、ソレと仲良くやってるって事かよ?」

「……まあ、そういうのもいるんじゃねえ? ほら、世界広いし」

 動揺する者もいたが、殆どの勤務外はソレとの戦闘に気を取られて『どうでもいい』と思っていた。



 急降下する一に対して、ティモールが得物を構える。

「てっ、てめえ!」

 一はそのまま、あらぬ方向へ逃げていった。追いかけようとするティモールだが、左右から同時に攻撃を仕掛けられる。

「はっはあ! いいぞシルフっ、かき回せ!」

 一はぐるんぐるんとティモールの周囲を飛行し続け、彼の注意をそらしていた。そうして、苦戦している勤務外のもとに降り立ち、アイギスを用いて援護に回る。

「人間がよ! いい気になってんじゃ……」

 追いすがるティモールを無視して、一とシルフは中空に逃避する。ティモールが襲われるのを認めれば、頃合いを見計らって再び着地するのを繰り返していた。

「悔しかったら飛んでみやがれってんだ!」

「おい、あんましチョーシ乗んなよ。シルフ様めちゃめちゃ疲れてるって言ってんだろ」

「少しくらいいいだろ。今まで俺らが好き勝手やられてたんだし」

「でっかいのに気を遣ってるのはこっちなんだぞ! 叩き落すぞオマエ」

「ほーらお菓子だぞー」

「わーい!」

「遊んでんじゃねえぞっ、戦争やってんだろうがオレらはよ!」

「……戦争?」

 一はシルフの口に駄菓子を詰め込み、ティモールを見下ろす。

「まあたそれかよ。やりたきゃ勝手にやってろっつーの。お前の相手は俺じゃあねえんだ」

「……あ?」

「見えてねえのかよ? 分かってねえんだな、あんた。俺みたいなヘタレが調子こいてられんのはな、理由があるんだよ間抜けが」

 ティモールは一に狙いを定めていた。他の勤務外からは距離を取り、一だけを睨めつけている。

「わかんねえかな。俺の位置からだとさ、色々見えるんだよ。先に出てった薄情者がどうしてるのかも、てめえの仲間も、勤務外の皆も、いけすかねえ上司もな」

「だからなんだよ? 自慢じゃねえがオレの親父も目がいいんだぜ」

「本当に自慢になんねえ! ……つまり、さ、てめえがツケを払う時が来たって事だよ」

「…………ああ?」

 一はくつくつと笑い、声を上げて笑い、腹を抱えて大声を上げた。ティモールの怒声を掻き消すほどの爆笑であった。



 店長と堀が意味ありげな会話に興じている間にも、無線は引っ切りなしに応答を求めていた。手の空いた藤原が必死になって指示を飛ばしていたが、残念な事に彼は聖徳太子でも、その生まれ変わりでもない。

「おおおおおおい堀よう! 店長さんよう! ちっとは手伝ってくれや!」

 しかし、二人は戦場を見つめるばかりであった。

『司令部、司令部。こちらC地点。どうぞ』

「どうぞじゃねえ!」

『ソレの数は減少傾向にあり、しかし巨人は依然として健在です。どうぞ』

『先行した三森班、ソレに足止めを食らっています。司令部、どうぞ』

「だからさあ!」

『マルスに動きは見られません。オーバー』

『前線の勤務外が戦線を押し上げてるみたいだ。さっきから技術部が帰たそうにしてるけど、どうする?』

『死人の群れに紛れて、剣を持ったソレが出てきやがった。おまけに、駒台の勤務外が空を飛んでるけどいいのか、アレは』

『こちらD地点。死傷者未だ見られず。ただ、医療部に用意を願いたい。送れ』

『あ、なんか見えた。送れ』

『あー、避難勧告って終わってましたよね? どうぞ』

『B地点ですけど、車が走ってるのが見えました』

『…………こちらG地点。何やら面白そうな事になっているようだな』

「……駄目だ。追いつかねえ」

『誰か入り込んでません? 一般市民を巻き込んじゃやばいと思うんですが』

『車はどうするんだよ、送れよ』

『おい、なんかすげえ嫌な予感するんだけど。もしかして……』

『ほう、これは。なるほど、流石は一一だ。楽しませてくれる。やはり、こうでなくてはつまらんな』

『あ、やっぱり部外者入り込んでます。返事がないみたいなんで司令部に任せます』



「ナアアアアアアアアあめてんじゃねえぞおおおお!?」

 四方から迫り来る勤務外を、ティモールは気迫で押し返していた。彼の気勢によって意気を削がれ、高井戸を初めとした面々は手を出せないでいる。

「……にゃはは、あの傘坊主、やるだけやってくれちゃって。こっちに火が飛んじゃってるってば」

「ま、何にしろこいつをやんなきゃ後がつかえる。マルスにはまだお仲間がいらっしゃるんだろ?」

 放たれる矢を避け、飛礫を剣で弾き返し、近寄る者は蹴り技をもって追い返す。隙を目敏く見つけては勤務外に切りかかる。ティモールは死者の兵を壁にしつつ、巨人の体躯を盾にしながら立ち回っていた。そして、彼は中空の一を睨み続けている。

「……痺れるなあ」

 一は四方に目を配りつつ、時を待っていた。降りてこいと恫喝されるも、彼は意に介した様を見せない。

「いつまで逃げ回ってやがんだよ、てめえはあ!」

「おい、すげー怒ってんぞあいつ。無視してていいのか?」

 シルフは、片腕だけで一を支えている。が、彼女は辛そうな表情を見せなかった。

「馬鹿言え。まともにやり合える訳ねえだろ。どうにかこうにか生きてられんのはな、俺に勝つ気がないからなんだ」

「……? なんだよ、それ。じゃあオマエは、どうしてこんな事してるんだ?」

「月並みだけどな、じき分かる。……ほうら、お出ましだ」

 底意地の悪い笑みを浮かべると、一は勤務外たちの後方に降り立った。ティモールは高井戸、青笹たちに足止めされている。彼と、一の視線は、ついぞ交錯しなかった。一はもう、ティモールへの興味をなくしていたのである。

「それじゃあ皆さんお耳を拝借!」

 拍手を打ち、一が全員の注目を集めた。彼は左腕を掲げる。勤務外に配られた、腕章を何度も指差して。

「……なんだ、おい?」

「話聞いてる場合じゃねえぞお!」

「ソレからは距離を取り、少しの間だけ、左腕を上げててください!」

 武器を手にしている勤務外たちは、ぽかんと口を開けていた。敵を目の前にして、どうしてそのような事をしていられるか。彼らは皆、そう言わんばかりである。

「いいから言うとおりに! じゃないとついでに殺されちまいますよ! いいんですか!?」

「いや、誰に?」

「つーか、なんで殺されんの!?」



 駒台の一地点から生まれた大量の光輝は、その地に留まっていた者たちの目を引きつけ、彼らを、彼女らを誘き寄せた。

 光を目撃したのは一般人だけではない。

 ソレと関わりを持つ者は鼻が利く。誰よりも意地汚い野次馬根性を見せると共に、ここ一番の出所を見誤らないのだ。

 何よりも、彼らには借りがある。戦場に参ずるに足る理由が存在するのだ。

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