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24時間戦う人たち  作者: 竹内すくね
マルス
249/328

メッセンジャーフロム全世界



 発動したのは、奇跡だったのか。

 光に目を奪われ、風の音に耳を打たれた。

 意識を取り戻した時、眼前に迫っていたはずのソレは消え去り、しかし、本命であるマルスたちは残っている。そう判断した瞬間、三森の体は動き出していた。助けを、共に行こうと同調する者を待つ暇はなかった。

「……けど、てめェらが同じ事考えてるとはな」

「あら、ミツモリがアタシのコピーキャットをしたんでしょ?」

 先頭を行くジェーンが振り向き、小さく笑う。

「え? みんなボクについてきてくれたんじゃなかったの?」

「ご冗談を。そもそも、ナナだけでも充分だと判断します。これで、ようやく他者を気にせず、存分に力を発揮可能ですから」

 最後尾を走る糸原は、ふうと溜め息を吐いた。

「私は帰っちゃおうかなー。なんて」

「好きにしろよ。巻き込ンじまっても謝ンねェからな」

「そう言えば、ボスが何か言ってたわネ。戻ったら怒られるカモ」

「はっ、絶好チャンス見逃すほど馬鹿じゃないのよ。ちんたらちんたらっ、ぞろぞろぞろぞろっ、やってらんないっつーの!」

 小さく飛び、瓦礫を避け、倒壊する家屋をすり抜け、五人の勤務外は走り続ける。

「ふゆちゃん」

「あ?」

 並走する立花が不思議そうな顔をした。三森は何気なく、自らの頬に手を当てる。

「あンだよ」

「楽しい?」

「……なんで?」

「だって、笑ってるもん」



「ソレがいなくなった?」

「……勝ったの? もう、終わったの? 終わったんだよね」

「は、はは、なんだよ。あっけねえなあ、はは」

 班の再編どころではない。残った者からは一握りの戦意すら掻き消えている。弛緩しきり、安心しきり、糸がぷつんと切れてしまったのだ。

「馬鹿どもめ」

 店長の呟きは、ざわめきの中に消えてしまう。彼女は大人しくなった一を見て、煙草に火をつけた。

「堀、藤原。状況を整理しろ。動ける者を把握しろ」

「……状況?」

 黙り込んでいた一が店長をねめつける。

「何言ってんだ、あんたは。千載一遇じゃねえのかよ? 三森さんたちだけで何もかもやらせる気かよ。全員で突っ込むしかないんだ」

「全員で玉砕か? 馬鹿を言え。ここで立て直してマルスに挑む。その為に邪魔なソレを退かしたんだろうが」

「そんな暇があんのかよ? 戦おうなんて奴が、ここに残ってんのかよ?」

「黙れ。お前に何が分かる」

「話にならねえ」

 一は店長に背を向けるが、彼の前に堀が立ちはだかる。行かせはしないと、目だけで訴えていた。

「……一君。気持ちは分かりますが、一人だけで行って何が変わると言うんですか」

「だったら、立て直しとやらを早くしてくださいよ。結局、どうにもならないからじっと黙ってるんだ。違いますか?」

「考えているんだ。あいつらみたいに考えなしに動いてどうなる」

 ざわめきが大きくなる。怪我をした勤務外は医療部に抱えられ、逃げ出そうとする者は他の者に止められて、口論になる。無傷の者は自らの勝利と生存を、幻だとは気づかない。

「手をこまねいてるだけなんだ。それに、俺には分かる」

「一っ!」

「店長。あなたの声は、もう誰にも届きやしない」

「それでもお前を行かせはしない。ここで待て。いいな」

「待つ? ここで、何をっ。誰かが死ぬのを! 俺が死ぬのを! 待てってのかよ!? マルスが生きてるなら、俺がじっとしてても意味ないだろ。……店長、お願いです。俺は、盾なんだ。それしか出来ない。だったら、どうして盾が引きこもるんだよ。俺は皆の前に出なきゃいけないんです。じゃないと……!」

「聞き分けろ」

「そうかよ」

 アイギスを握り直した一は堀を見据える。彼は、自分以外の何もかもを敵に回しても構わないと、そう思っているに違いなかった。

「一君、仲間割れをしている場合じゃないんです」

「問答してる時でもないですよ」

「……おい、なんとかしろよ店長さんよ。こっちがこんなんしてたら、マジに、誰もついてこねえぞ」

 分かっているから、皆、死んでしまえばいい。店長は煙草を吐き捨てて、目に付くもの全てを呪った。



 仲間の息がある事を確かめ、マルスは安堵の息を吐いた。彼は、蹲るヘルヘイムの使者に声を掛けるものか迷う。

「ふ、ふふふふふふふふふ。やってくれたわね、勤務外。許さない。許さないわ……」

「……そりゃあいい。こっちにな、何人かの勤務外が来てんだ。オレ様が突っ込むから援護頼むわ」

「いいえ。私だけで充分よ。あなた、自分の立場を理解しなさいな。キングの出番はまだ先よ」

 ヘルヘイムの使者は歪んだ顔で地を睨んだ。彼女は両手をアスファルトに押しつける。淡い光がそこから漏れて、地面に大穴が開いていく。

「へえ、大盤振る舞いじゃねえかよ。いいのかヘルちゃん。借り物なんだろ?」

「返せばいいのよ。ここの人間ども全部を送ってやればお釣りが来るわっ」

 ぬうっと、死者の兵が穴から姿を覗かせる。一、十、百、千。ソレの数は際限なく増える。それだけでなく、穴からは巨人が現れていた。ヘルヘイムの使者は満足せず、前方を見据える。三森たち勤務外の姿を認めると、その地点に向けて手を翳した。



 三森たちを見て、彼女らを無謀だと、無能だと罵る者がいた。命知らずだと、恐れる者もいた。そして、手柄を取られたくないと焦る者もいた。

 勤務外としてやってきたからには、ソレを殺す必要がある。生き延び、時給を手にするだけでは割に合わないのだ。より多く殺し、よりよい報酬を得なければ、意味などない。

「……やりやがるじゃないか」

 死者の兵ともまともに戦えず、巨人からは背を向けた。ならば、マルスの首を挙げ、一獲千金を狙うしかない。そう判断した男は、得物を握り締めて駆け出した。制止の声を振り切り、三森らの後を追う。

 切らした息が妙に心地いい。疲労を覚えるも、目先の欲が体を誤魔化していた。風を切り、崩れた瓦礫を飛び越える。地上から淡い光が漏れ出たのが見えて、男は何かにぶつかった。苛立ちを覚えて方向転換を試みるも、

「お?」

 四方を囲まれていてはどうする事も出来なかった。



「増援を確認。ソレが先行した勤務外の前方、後方に出現しました」

「……ああ。見えている」

 黒い壁が現れて、視界を歪ませる。

「なんで……? 嘘だ。そんなのって……」

 倒したはずの死者が、消えたはずの巨人が、先よりも近く、多く出現した。夜を揺らし、闇を侵し、勤務外たちを獲物として捉えている。

 伸びた灰が独りでに落ちる。

 店長は周囲に目を配り、堀を呼び寄せた。

「状況を」

 堀は店長を見下ろす。わざわざ状況を確認し、整理する必要はないのだ。なぜならば、既に彼女はそれを理解している、はずである。自分と同じように店長も混乱しているのだろうと捉え、堀は口を開いた。

「……出雲店が進路上のソレを全滅させた後、三森さんたちが南駒台店へ進行。勤務外が一人、その後を追いましたが、ソレが再び出現しました。死者の軍勢と巨人が数体。更に、三森さんたちは死者の軍勢に挟まれています」

 三森たちは退くも進むも不可能である。かと言って援軍を出す事も出来ない。死者の兵と巨人をなぎ払わない限り、彼女らに合流するのは叶わないのだ。だが、混乱しきり、恐慌しきった勤務外たちが戦闘に復帰する可能性も低い。班を再編したところで新たな犠牲者を生み出すだけなのだ。

 ――――さあ、どうする?

 堀は暗い喜びを覚えていたが、その感情を押し殺し、店長に目を遣る。

「二つあったルートもあのザマだ。班を分ける必要はなくなった。本郷、黄金、青笹、高井戸か貞光あたりに使える者を選別させ、戦線を構築させる。それから、その間は技術部に弾幕を張らせるように伝えろ」

 悪手ではないが、好手でもない。しかして、堀は従うしかない。彼は店長に背を向けて、技術部の元へ走った。



 前を見る。背後を見遣る。死者の兵が得物を持ち、こちらを見ていた。四方からの視線に晒されても尚、三森の戦意が尽きる事はなかった。

 それは、三森に背を預ける者たちも同じである。糸原も、ジェーンも、立花も、ナナも、ここで諦めるつもりなどなく、死ぬつもりなど考えてもいないらしかった。

「サンドイッチね。具は私ら。食べるのはソレ。さてどうすんの?」

「さすがに、こいつら全部を相手にすンのはめんどいな」

「だったらストーリーはイージーね。前か、後ろか、どっちかのソレにだけ狙いを定めるってコトで」

 ジェーンはホルスターからリボルバーを抜く。彼女の動きに呼応して、立花が鞘から刀を解放する。

「どっちに行くかなんて聞かなくてもいいよね」

「正しく愚問、と言う奴です。人間の眼球が、何故ここについているのか。皆様にならその意味を問うまでもありませんね」

 炎が生まれる。糸が走る。撃鉄が起き、刀身がかちりと音を鳴らす。メイドが眼鏡の位置を押し上げて、拳を構えた。

「最初っからこうしてりゃよかったンだよな!」

 壁と化していた死者の兵が、炎に飲まれて影と化す。灰となり、塵となるソレを踏みつけながら、北駒台店の勤務外が前進を始めた。



「行くのかね?」

 堀がいなくなり、出て行く隙を窺っていた一だが、背後から声を掛けられる。振り向けば、そこには石見と、桜江に支えられてようやく立っているといった有様の柿木がいた。

 頷き、一は柿木の目を見つめる。

「君の行く手には数多のソレが立ち塞がっている。行けば戦う。戦えば死ぬ。それでも行くと?」

「……さっきの奴、すごかったですね」

 予想していなかった褒め言葉に、柿木は苦笑でしか返せなかった。

「あと百年待ってくれれば、もう一度だけどうにか出来るんだがね。……恨んでいるかな。私たちを」

「まさか。あなたたちがいなければ、俺たちはもっと早くに殺されてたかもしれない。ただ、相手が悪かっただけなんです」

「おい。行ってどうすんだよ? てめえ一人で、ソレをなんとか出来るわけねーだろうが」

「石見君だっけ。何だよ、心配してくれてんの?」

「俺ぁ、確かにあんたが嫌いだけどよ。何も、自分から死ぬこたあねえだろ。人間一人が出来る事なんて、たかが知れてんだ。ここで生き延びて、なんか別の手を打とうって考えるくらいは出来るだろ。少なくとも、俺だったらそうする」

 案外、強い奴だったのかと、一は石見を再評価する。彼は直情的に見えて、その実、自身の弱さを知り、弁えているのだ。

「一君。私はね」

 言いかけた柿木だが、彼女の声を遮るように銃声が鳴り響いた。

「は、はじまりました」

「ここの技術部だね。勤務外が戦線に戻る間、時間を稼ぐつもりなのだろう」

「技術部が……」

 一は、タロス戦で出会った人々を思い浮かべる。ナナの親とも呼べる者たちが、誰よりも前に出て、なけなしの勇気を振り絞って、暗闇の中、トリッガーを引いているのだ。

「だけど、誰がまた戦おうなんて」

「いや、つい先ほどにね、本郷とか言ったかな。数人の勤務外が人を集めていたよ。彼らにはまだ理由があるのだろう。戦う理由がね」

 戦う、理由。

 それが、自分にはまだあるのか。残っているのか。一は頭を振り、持っていたアイギスに目を落とす。理由ならここにあるじゃあないかと、彼は少しだけ嬉しくなった。

「む。すまない」

「え?」

 柿木が指差す方には、店長がいる。彼女は一を見つけるや否や、彼の方へと歩き始めていた。

「無駄話が過ぎたね。君の上司に見つかってしまったようだ」

「……いや、いいんです。あの人には、言いたい事が残ってましたから」



 ソレの召喚を終えたヘルヘイムの使者は流石に疲れたのだろう。その場に蹲り、長い息を吐き出した。マルスは彼女の肩を軽く叩き、起き上がってきた仲間たちを見回した。

「よーう。やっとお目覚めか、馬鹿息子に馬鹿娘に、アホな妹に姉ちゃんども」

「今、どうなってんだ?」

 首の骨を鳴らしつつ、ベローナが尋ねる。マルスは頷き、前方を指で示した。

「さっきのクソ眩しい光で駒ぁ消されちまったが、ヘルちゃんが頑張ってもっかい呼んできてくれた。その間、おめーらはぐっすり寝てたって訳だ。オッケー?」

「オーケーだよパパ。で、勤務外は?」

「殆どが引っ込んじまったが、五人だけこっちに向かってやがる。ま、雑魚が足止めしてくれてるみてーだがよ」

「……ちょっと、雑魚とか言わないでよ」

 立ち上がったハルモニアは腕を組み、つまらなさそうな顔を作る。

「振り出しに戻った、と言う事ですね」

「そうでもねえぜハルちゃん。言ったろ。勤務外は殆ど逃げちまってるって。んでもって、向こうのいけすかねえキングを守ってんのは技術部って連中だけだ。バカスカバカスカ撃ちまくってるだけで面白みには欠けるわな」

「こっちが勝ってるって事か?」

 マルスは満足げに首肯し、使い魔との視界を繋げた。

「ティモール、てめえが切り込め。好きにかき回して来い」

「いいのかよ? 俺が行ったら遊びじゃすまねえぞ」

「何でもいい。この展開は見飽きちまった。向こうをつつきゃあ、また違ったもんが見れるだろうし、見れなきゃそれでいい。オレ様たちも突っ込んで、ぶっ殺し回るだけよ」

 ティモールは凶暴な笑みを浮かべると、自らの得物をゆっくりと撫で回した。



 一と店長が相対し、彼らの周りには、座り込んだ勤務外たちや、医療部の者もいた。遠巻きにして見ているのは、店長が腹に据えかねた様子でいるからだ。

「……一、お前はもっと聞き分けがいい奴だと思っていたんだがな」

「止めますか?」

「当たり前だ。お前が行ってどうなると言うんだ? 見ろ、幾千、幾万の死兵を。巨人の一匹ですらお前には倒せない。死にに行くだけだと、どうして気付かない。どうして分からないんだ」

 そうかもしれない。否、実際に店長の言う通りの結果が一を待っているのだろう。

「ここで待っていてもマルスを引きずり出す事が出来ますか」

「ここで待っていれば、痺れを切らしたマルスが姿を見せるんだ」

「先に行った人たちはどうなりますか。生きて帰られるんですか?」

「はっきり言えば難しいだろうな。だが、私たちに命じられたのはマルスの殺害だ。犠牲は必要なんだよ、一」

「俺には必要のないものです。犠牲も、マルスの命も」

「ならば何が望みだ。一人の死人も出さずに勝利を得られるか? 違うだろう」

「逃げてたって何も変わらないんです」

 いつまで待てばマルスを殺せる。

 いつまで逃げればマルスを殺せる。

 ……待てば機会は巡るだろう。逃げれば命は助かるだろう。そう、誰かの命を犠牲にさえすれば。

「店長、あなたの言う勝利とか、そんなもの俺は欲しくもなんともない。そういうのは、あなたの部下だとか、駒に頼めばいい。俺は違う。俺はあんたの部下でも、駒でもない」

「何を……舐めるなよ一。お前一人だけいきがって何が出来る」

「少なくとも皆と一緒に死ねる。店長、あんたこそ俺を舐めるなよ。安っぽい命なんだ。生き長らえるつもりなんかな、最初っからねえんだよ」

「死ねんさ。お前は三森たちに辿り着くよりも前に、あそこで死ぬんだ。死者に阻まれ、巨人に嬲られて無意味に殺される。それが。それがっ、どうして分からん!?」

 一は答えず、煙草に火をつけた。

「にのまえっ!」

「……店長! それよりも指示をっ、本郷さんたちが待っています! 技術部も限界なんです!」

「口を挟むな。邪魔をするな堀」

「店長、あなたは……!」

 堀は一と店長を見比べて、歯を食い縛る。彼は諦め、本郷たちが待つ場所へと駆け出した。

「人が死にますね」

 銃声が響き渡っている。店のすぐ近くで戦闘が行われているのだ。……班は瓦解し、班長はいなくなり、各人の判断で戦闘が進められている。逃亡者も現れ、負傷者も増える。戦線は維持出来ず、後退を始めればやがて押し切られて、ソレが店になだれ込むだろう。

「誰のせいだと思っているんだ」

「さあ? それより、行ってもいいですか?」

「だから! お前一人では!」


「――――では私も行くとしようか」


「…………柿木……っ!」

「おやおや、恐ろしい目だ。しかしどうしたと言うのだね、二ノ美屋店長。私たち勤務外の仕事と言うのは、つまりはこれだ。違うかね? いったいぜんたい、何を怒っているのか」

 柿木は錫杖を手に、薄ら笑いを浮かべていた。

「さあ行こうじゃないか一君」

「いや、けど、あなたにはもう力がないんじゃ……」

「失敬な。確かに、さっきみたいな事は無理だがね、これでも出雲の勤務外だ。そこそこは期待したまえ。そこそこは」

 一は、ふらつく柿木に肩を貸し、店長から顔を背ける。

「一っ、行くな!」

 何もかもが、苛立ちの対象となっていた。

 一一は、腹に据えかねている。自分以外の全てが、敵に見えて仕方がない。邪魔をする店長も、矢面に立とうとしない者も、逃げ帰ってきた勤務外も、今も暴れ回るソレも、その後ろでせせら笑っているであろうマルスも、自分だけを置いていった三森たちも。何もかも!

「……なんだよ。なんなんだよあんたらはっ、さっきからさあ! ここで吠えてたって、ここで待ってたって何が出来るってんだ! 逃げ隠れしてたってなあ! いつかは殺されるんだ! マルスを誰かが殺してくれんのかよ!? 他人当てにしてどうしろってんだ! ここは確かに駒台で、あんたらよそ者の街じゃない。嫌だよなあ! やる気なんかねえもんなあ! そんなの誰だって知ってるよ! でも、でもさあ、次は自分の番かもしれないって、どうしてそう思えないんだ!?」

 戦意を失い、顔を伏せる勤務外たちを見回して、一は半ば八つ当たり気味に叫んだ。

「ここでマルスをやんなきゃ、次は自分たちの街がやられるんだぞ!」

「……一君、よしたまえ。今更なんだ。そんな事を言っても、誰も……」

「馬鹿かてめえらは。ノコノコここまで来ちまったんだ。どうせ、誰も生きて助からねえんだよ。今! ここで! マルスをぶっ殺さなきゃ、自分が死ぬんだ。じゃないと、次はあんたらの内の誰かの街にマルスが行くんだぞ! いいのかよ!?」

「一君!」

 うるさいと、一は柿木を振り払う。

「親兄弟が殺されるぞ! 友達も、好きな女の子も! 住んでる家も何もかも壊されちまうんだ! そうなっちまえ! てめえら全員なあ、ここでくたばれよ!」

 店長は呆れた風に息を吐き、一をねめつけた。

「一。勤務外を選んだのはな、自分たちだろう。勤務外なら、私の……」

「なんでだよ!? なんでそうなるんだ! 勤務外だって人間なんだって、それっくらい分かってくれよ!?」

「戦争なんだぞ」

「うるせえ! これはあんたの戦争なんかじゃない。俺の生き死には俺が決めるんだ!」

 好き放題叫んだ一は肩で息をし始めて、ゆっくりと足を動かした。



 一陣の風が吹く。それに紛れ込むかのように、剣を振るうモノがいた。

「おっ、おおおおおあああ!?」

「避けるとかやるじゃねえか!」

 銃弾を掻い潜り、三森と対峙したのは髪の長い、若い男の姿をしたソレである。ティモールと呼ばれ、マルスの指示を受けて、戦場にやってきた正真正銘の怪物であった。

 ティモールの姿を認めた勤務外たちは、前後から迫る死者の兵と、巨人を相手にしながらで疲弊している。

「……立花さん向きの相手ですね」

「えっ、ボクに振るの?」

 思わず、立花が刀の切っ先をティモールに向けてしまう。彼は楽しそうに口の端を歪ませてみせた。

「……怖いなあ」

 切りかかってきたティモールの剣を捌き、立花もまた彼の腹を狙う。身を低くしたティモールは彼女の両足を削ごうとするが、立花は涼しい顔でその斬撃を受け流した。

「もっとビビってくんないとさあ!」

「お前がマルスか!?」

「知るかボケが」

 突きを避けるべく、ティモールが身をよじる。立花はその場でぐるりと回転し、刀を振るった。彼は驚き、尻餅をつく形で攻撃を避ける。

「……マルス? いや、こんな簡単じゃないか」

「なっ、めんなよ! ……ってうおおおお!?」

 横合いから銃弾が飛んでくる。ティモールは頭を下げ、死者の兵の中に隠れてしまった。

「どうすンだ、追うか?」

「一対一ならなんとかなるよ。でも、大っきいのも相手にしながらだと……!」

 巨人の攻撃を躱しながら、立花はティモールの逃げた方を見据える。だが、死者の兵どもが彼女の意識をそらしていた。

「何なのよあいつは! 鬱陶しいったらないっつの!」

「皆様、前進あるのみです。アレは無視しましょう」

「バックからグサリといかれちゃうわヨ?」

 ジェーンが巨人に銃弾を撃ち込むが、ソレはびくともしない。勤務外たちはティモールの攻撃を防ぎつつ、前方のソレとの戦闘を続行していた。



 一の言っている事は間違いではない。感情に任せた発言ではあるが、マルスを仕留めない限り、駒台に続き、別の街が被害を受けるのは火を見るより明らかであった。

 しかし、一の言葉をきっかけに動くかどうかはまた別の問題なのである。勤務外たちも理解はしている。だが、戦闘に身を投じられるかと言えばそうではない。誰だって死にたくないのだ。

 柿木は、言い返せず、立ち上がるのもままならない勤務外たちを見つめる。彼らを非難するつもりはない。一の気持ちも分かるが、彼らの気持ちもまた理解出来るのだ。

「……よしかさん、マジに行くんすか。なんだってあんな奴を助けるような真似を」

 石見は出雲店に属する者の身を案じている。柿木とてその気持ちは嬉しく、ありがたく思っていた。

「彼を助けるつもりはないよ。ただね、ここで諦めたら、もう二度とは戦えないんだ。マルスとやらをどうにか出来る機会は、二度は巡らないのだからね」

 これだけの数の勤務外が集まるなど、そうはない。まして、今しかない。ここで全員が倒れれば……。柿木はふらつく体を引きずるようにしながら、前を向いた。

「私だって死にたくない。けれども、機を見誤るつもりもないんだ」

 自分だけではない。ここに集った者も分かっているはずなのだ。死を恐れるのなら、ソレに打ち克つのなら、立ち上がるのは今、この瞬間をおいて他にないのだと。



 銃声が聞こえる。叫び声が上がる。死者の兵の規則的な足音と、巨人の起こした地鳴りのような轟音が耳を侵す。漆黒色の中、蠢くモノがいる。月光を受けて鈍く煌めく死兵の得物が、甲高い音の後、ぽつぽつと明滅する火花と共に次々と折れ、暗がりに溶けていった。

 横一列に技術部が並んでいる。マルスとの戦い、その最前線に立つ者を認め、一の体は身震いを起こしていた。

 一歩ずつ、少しずつ歩を進める。強く握り過ぎた為か、アイギスを持つ手は既に麻痺しかかっていた。最後方で閉じこもり、引きこもっていた肉体が精神に訴えかける。『ここで逃げれば助かるぞ』と、『死にに行くつもりか』と。一の気持ちを揺さぶり、足を止めさせようとする。

 黙れ、と、一は内心で叫んだ。

 逃げるつもりはない。退くつもりもない。ただ、死ぬつもりだった。自分ひとりだけで逝くのは恐ろしく、とてつもなく嫌だったのだ。だからこそ、一は歩く。進む。前を向く。マルスを相手にするのだ。決して逃れられず、退く事すら許されない。許されているのは、死に場所を選び、誰と共に生を終えるか、それだけなのだ。



 一に気付いた技術部の人間が、彼を、信じられないといった表情で見つめる。何故。どうして。そう問うよりも先に、彼らに迫るモノがいた。

 長い髪を振り乱し、黒いコートを翻す、長剣を持った男である。――――三森たちから距離を取ったティモールであった。彼は死者の兵に紛れて、北駒台店前まで接近していたのである。

「マルスの仲間だっ、やれ! 撃て!」

「もう撃ってますってばあ!」

 十名の技術部が形成する弾幕だけでは、巨人はおろか死者の軍勢すら止められない。その上、ティモールという怪物が戦闘に参加したのだ。裏方の技術部は、既に退却の準備を始めている。だが、援軍の勤務外が姿を見せない。現れたのは、勤務外が一人だけなのだ。

「天津さんっ、これじゃあ殺されちまう! どうすりゃいいんですか!?」

 天津はトリッガーを引きながら、近づいてくる一から目を離せないでいる。彼ならばあるいは、と、天津はそう感じていた。

「あの勤務外、傘を……? ナナのマスターか!」

「でもあいつ一人だけじゃどうにも……」

「……現状維持だ技術部諸君! 行くな! でも退くな! ここが僕らの正念場っ、もう少しだけ時間を稼ぐぞ!」

 不平不満の声がそこここから上がる。天津は弾の装填を終えると、一に向かって手を振った。

 手を振り返した一のもとへ、ティモールが襲い掛かった。

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