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嘘かもしれない。
真実かもしれない。
南駒台店が襲われたとしても、あの二人だけは無事かもしれない。
「一、大丈夫?」
「人の心配するくらいなら、どうしてさっき隠れたりしたんですか。っておい、舌出して笑うなや」
だが、今はどうする事も出来ない。次は自分たちの番なのだ。生き抜く為に、今は、今だけでも前を向くしかなかった。一はそう決意して、唇を噛み締める。
「大まかなやり方は以上だ。質問はあるか? ……ナナか。質問を受け付けよう」
「情報部の話から、現時点で敵は南駒台店に陣取っているのが確かだと分かりました。しかし、地図を見るに南から北までには二つのルートが用意されていると思うのですが」
「そうだな。南からまっすぐに向かってくる道と、その逆から回り込めるような道が隣接している。細かい道を考えると、相手がどこから来るのかは分からなくなるが、まあ、情報部を斥候に出すつもりだ。二つに絞っても問題はないだろう」
「敵の数が分からない以上、こちらの戦力を割くのはどうかと思われます」
ナナはちらりと、同僚の面々を見回した。
「それでも戦力は分ける。四班に分け、それぞれのルートに二班ずつを出勤させるつもりだ。残った二班とは適宜交替……糸原、話の途中だぞ」
「や、あのさ、分けるってマジで言ってんの? だってこっちは六人しかいないのよ? 四班に分けるとか正気の沙汰とは思えないんだけど。つーか! おかしい! 絶対おかしいって!」
「ああ、その事か」
店長はホワイトボードに貼られた地図をペンで叩いた。
「心配するな、援軍は呼んである」
「はっ、安心出来ないのよ。自慢じゃないけど、私も人遣いは荒い方なの。でも、はっきり言ってあんたのそれは私のより酷い。実際、いざ始まってみれば私らだけってのもありえない話じゃあない筈よ」
「マジで自慢になンねェし。……私もそいつと同じだ。つまりさ、私らはどこまで店長を信じりゃ良いんだよ? 助けが来るったって一人や二人じゃ話にならねーってのは分かる。具体的な数を出せよ。どこのどなたが何人来るンだって、今言ってくれ」
「……一々そんな面倒な事を言わないと駄目なのか? 駄目か。他店に声は掛けてある。私と、近畿支部からの要請だ。無視は出来まい。他の支部からの応援は期待出来ないだろうが、勤務外店員だけでも四十人前後は集まるだろう。掻き集めれば五十だ。それだけいればどうにかなるだろう」
正直なところ、一にはその数が多いのかも少ないのかも判断出来なかった。果たして、それだけの数が集まるのかどうか。集まったとして、本当に軍神を殺せるのかすらも。
「ルーキーを送ってくるんじゃないでしょうネ」
「それはありえるな。他の店も、いわばエース級の人材を放出するのは躊躇うだろう。少なくとも私は拒否する。人手を割いておいて、自分たちの街が狙われれば元も子もない」
「足手まとい増やされても仕方ないっつーの。ま、やったねしのちゃん、盾が増えたよ! とでも喜んどこ」
一は曖昧に頷き、立花を見遣った。彼女は竹刀袋をぎゅっと抱えて俯いている。朝早くに呼び出され、数も知れない、戦の神かもしれないモノが相手だと告げられたのだ。無理からぬ話だと、彼は自身を含め、ここに集められた者たちの境遇に同情する。
「ボォス、キンキ支部からの応援はどうなの? 戦闘部は?」
「戦闘部は出られん。こちらには技術部、医療部、情報部が来るそうだ。良かったな、バックアップは万全だぞ。お前らは何も気にせず力を奮って怪我をしろ」
「けどよう、そんだけ頭数揃えなきゃやばい相手なンか、マジで。今んとこは十人くらいなんだろ、向こうの数」
「ああ、情報部が確認出来たのはそれだけだ。だが、それ以上ないとも考えられる。奇襲を掛けたかと思えば、馬鹿正直に宣戦布告するような奴だから何とも言えんがな」
「いっそ無視しちゃえば?」
それは出来ないと、店長は首を横に振る。
「マルスの目的は戦う事にある。マルスは私に対して一日の猶予を与えはしたが、直情的な性質の持ち主だ。ここで我々が逃げ出せば、駒台は無茶苦茶にされるだろう。のみならず、避難した住民諸共、我々も皆殺しにされるだろうな」
「だったら、そいつらが篭ってる南の店にさ、今の内にミサイルでも核でも撃ち込んじゃえば良いんじゃない?」
「確実に殺せると言うのならミサイルくらいどうにかする。が、撃ち込んでも奴らが無事ならば、報復の矛先は我々だけに留まらない。少なくとも、今のところは大人しくしてくれると言うのだからな、こちらとしては素直にしておけば良い」
「フゥ、エイトトレジャー塞がりネ」
「ジェーン。八方な。八宝じゃなくて。……実際問題、どうなんですか。話を聞いたって相手の正体も、数も、一つだってはっきりしちゃいないんです」
一はそう言ってから、固くなっていた表情を緩める。
「そうだな。だが、今までと何が違う? ソレが出現した時点で我々に逃げ場はない。相手がやると言っている以上、受けて立つしかないんだ。逃げ出してとしても、今死ぬか、後で死ぬかの違いしかない」
「け、結局死んじゃうの?」
「勝算はある。私は勝てない戦いはしない主義だ。どう転んだとして勝てない戦いでも、やれと言われればやるしかない立場ではあるがな。おい、そんな顔をするなお前ら。今回に限っては、まあ勝てるだろう」
「アイマイね。でも、戦いってのはそんなものだし」
店長は胸ポケットから煙草を取り出し、それを指の間に挟んだ。
「戦闘開始時刻は午前二時頃。……半日以上はあるな」
「でもさ、それってマルスって人が言ってただけなんだよね? 向こうから先に仕掛けてきたらどうするの?」
「その時はその時で迎え撃つ」
「何の準備もしてねェのに、かよ?」
首肯し、店長は煙草に火を点ける。一たちは、彼女がここまで落ち着いていられる理由を推し量ろうとしたが、それはあまりにも無駄な行為なのだとすぐに気付いた。
「話は以上だ。戦いのやり方に関しては、そうだな、人が揃ってからでも充分だろう。二時間前には店に集まってもらえば良い。それまでは、お前らはやりたい事をやっておけ」
「……いつ死んでも、心残りがないようにですか?」
一は精一杯の皮肉を込めて言ったが、店長は表情一つ変えなかった。
「心残りなんてものはいつ死んだって思いつく。次に来る夜を最後にしないように頑張れ」
「他人事……」
「この人はいつだってそうでしょ」と、糸原は席を立ち、気持ち良さそうに四肢を伸ばす。
「じゃ、私はパチンコにでも行ってこようかしら」
「ああ、その前にじゃんけんだ」
全員の視線が店長に注がれた。当の彼女は涼しげな顔をしている。
「いつまでも堀にレジを打たせる訳にはいかないだろう。奴も奴で諸々の準備があるからな」
「ウェウェウェウェイ! ちょっと、こんな時にまでアタシたちを働かせるつもりなの?」
「お前は元々社員だろう。さ、じゃんけんだ。ああ、とりあえず一人だけで良いぞ」
話が済むと、店長は定位置である自分の椅子に座り、ゆっくりとした動作で、たっぷりと紫煙を吐き出した。残された者たちは立ち上がり、互いに顔を見合わせる。
「では、じゃんけんを開始しましょう」
「はああ? マジでやんの? 全員でばっくれちゃえば良いじゃん。私、絶対にヤだから」
「あ、ボクおなか痛くなってきたかもしれない。なんて、え、えへへ」
三森は無言で一を睨んでいた。彼は視線を逸らし、吹けない口笛を吹こうとしている。
「……? 皆様、じゃんけんのルールを既知ではないのですか? では、僭越ながらナナが」
「いや、そうじゃなくて。……分かった。俺はグーを出す」
「はじめ君!?」
「俺は、グーを、出す」
断言して、一は拳を握り締めた。三森は舌打ちし、諦めたかのように椅子に座り直す。
「三時間交替でいこう。皆、あまり遠くには行かないように。特に糸原さん」
「なんで乗り気なのよ、あんたは。これから死んじゃうかもしんないのに、馬鹿正直にバイトする事ないって。やり残した事あるでしょ? 食べたいものだってあるし、見たいアニメだってクリアしてないゲームだってあるし、今日は新台入れ替えだし、ジャンジャンバリバリしたい」
「このメンツで、話し合いで収まると思いますか?」
誰も何も言わなかった。言えなかったのである。
フロアに立っている糸原とジェーンに対して申し訳なく思いながらも、一はそそくさと帰り支度を始めていた。彼はコートに袖を通しながら溜め息を吐く。家に戻っても、やり残した事など思いつかない。それよりも、ヒルデたちの安否が気に掛かっていた。出来る事なら確かめたい。だが、彼女らの死を受け入れられる覚悟はなかった。
「あ、あの、はじめ君。途中まで一緒に帰らない?」
振り向くと、立花が涙目になっていた。一は少しだけ迷ってから口を開く。
「ん。ああ、そうだね。そうしようか」
「ホント? じゃあ、ちょっとだけ待っててね」
頷き、一は仮眠室に視線を遣った。室内のソファの一つを三森が陣取っている。彼女は一の視線に気がつくと、面倒くさそうに上半身だけを起き上がらせた。
「なンだよ。用もねェのに黙って突っ立ってんじゃねえよ」
「じゃあ、話でもしましょうか」
一は三森の対面側のソファに腰を下ろして、煙草に火を点ける。彼女もそれに倣うかのように煙草を取り出した。
「話とか。ンな面倒な事になってんのによ、何を話そうってンだ」
「気は紛れるじゃないですか。……三森さんは、逃げないんですね」
三森は困ったような顔を作り、頭に手を遣る。
「逃げるなンて考えもしなかっただけだ。どうせ、逃げ場なんかねェんだしよ。店長も言ってたじゃねえか。死期が早まるかどうかの違いだよ。後で死ぬなら、今死んだって変わりはねェ。お前こそ、喚き散して一番に逃げ出すかと思ったぜ」
「あなたがそうしていれば、俺も逃げてたかもしれませんね」
「……戦う理由ってのをさ、私に押しつけるンじゃねェよ。別に、お前が逃げたいんなら逃げても良いじゃんか。誰も責めやしねェよ。今回は、ま、いつもよりかはやべーっての分かるし」
「駄目ですか? 俺の理由がそれじゃあ、納得してくれないんですか?」
「重い」
一は言葉に詰まり、短く呻いた。
「圧し掛かられンのは嫌いだ。理由なんざ自分の為だって、その一つだけで良い。つーか、なくても構わないもんだ」
「支え合いましょうなんて寒い事を言うつもりはありませんけど、俺は約束を忘れた事はないんです」
「忘れたらぶっ殺すからな」
「だから、俺の盾はみんなの、あなたの為にあるんです」
「それがお前の理由かよ」
「駄目ですか?」
「重い」と、三森は笑いながら言う。彼女は灰皿に煙草を押しつけて寝転がった。
「ま、頑張ろうぜ。いつ死んだって良いけどよ、そう簡単にくれてやる訳にゃあいかねェよな」
二人は、天井に届き、姿を変えつつある紫煙を目で追いかけた。
「三森さん」
「あンだよ」
「今、ちょっと恥ずかしくなりましたよね」
「おう」
店を出た一と立花は、寒風に身を震わせた。
「な、何も、こんな寒い時に戦おうなんて思わないよね」
「夏よりマシじゃないかなー。ほら、汗でべたべたになりそうだし」
「ボクは夏の方が好きだけど? はじめ君は夏と冬、どっちが好きなの?」
「え?」
「ボク、おかしな事言った?」
一は咳払いしてから、誤魔化すように笑みを作る。
「俺は冬の方が好きだな」
「……ふうん、そっか。さっき、さ、三森さんとお話してたよね。楽しそうだった」
「そうかなあ。そうでもなかったと思うけど、もうちょっとしたら、何だかやばそうな戦いがあるんだし」
立花は立ち止まり、空を見上げた。
「はじめ君。なんか、静かだね。今朝は」
「街の人の避難が終わりかけてるんだと思う。昼過ぎになったら、俺たちしかいないんじゃないかな。まあ、残ってる人もいるとは思うけどね」
「どうして? だって、戦いになったら危ないよ。巻き込まれるかもしれない」
「そういう人は、諦めてるんだ。どうでも良いって思ってるのかもしれないし、俺たちが戦うのを見ようと思ってるのかもしれない」
一は立花につられて空を見る。彼女の目には、この街の空が、この街が、どのように映っているのかを思いながら。
「ボクたち、勝てるのかな」
どうだろう。一には分からなかった。
「相手は軍神だとか言ってたね。今までにも、魔女だとか、色々いたけど」
「……ねえ、はじめ君の知り合いに声を掛けたらどうかな」
思わず、一は立花を見つめてしまった。彼女は俯き、決して視線を合わせようとしない。
彼は考える。軍神とも呼ばれるソレが相手ならば、勤務外が何人いれば安全なのか。人程度のモノが、どの程度必要なのか。助けは多いに越した事はないのだと、一にも分かっている。
「それは、駄目だよ。今回は、ほら、勤務外だけでやるんだって店長も言ってたし、フリーランスと勤務外は仲が悪いってのが相場、らしいし」
「でっ、でもさ。ナコトちゃんとか、フリーランスの人たちって強いんでしょ? だったら……」
「気持ちは分かるけど、俺には言えないよ。『一緒に死のう』なんて」
「あ…………ごめん。ボク、嫌な奴だ。自分の事しか考えてない」
「俺もそうだよ。皆、そういう風に考えて当たり前なんだから」
立花は不安がっていた。無理からぬ事だと、一は息を吐く。日が暮れ、夜が濃くなれば戦いが始まる。南駒台店を壊滅に追い遣るようなモノたちが相手の戦いが。が、まだ彼には現実味が涌いていないのだ。正直なところ、何をすれば良いのか思いあぐねている。
「やれるさ。俺たちなら」
やらなきゃ、死ぬのだから。一はそう告げようとして、思い止まった。
「そ、だね。なんか、ごめんねはじめ君。あ、あの、ボク、家はこっちだから!」
「あっ……俺もそっちなんだけど」
走り去ろうとする立花の背を見ながら、一は歩くスピードを落とす。困ったな、弱ったな、誰かに助けて欲しい、なんて事を考えた。
「ああ、堀さン。お疲れ様」
「三森さんもお疲れ様です。……何だか機嫌が良さそうに見えますが」
「気のせいじゃねェ? じゃあ、またあとで」
バックルームに戻った堀は肩の骨を鳴らし、三森の背を見送った。彼は手近なパイプ椅子に腰を落ち着かせて、ゆっくりと、長い息を吐き出していく。
「三森は帰ったか。堀、支部はどうなんだ」
店長が手招きしている。
「援軍の件ですか」堀は声を潜め、やれやれと言った具合に立ち上がった。
「残念ですが、沙汰はありません。既に与えたものだけでやれと、それが支部の総意でしょう」
「与えられたものなど殆どないのだがな。他店に連絡を入れたのは私だぞ」
不満げに眉根を寄せると、店長はまずそうに紫煙を吐き出す。
「脱落者がいなかったのは幸いか。立花あたりは、逃げ出してしまうと思っていたんだがな」
「今はまだ分かりません。相手は南を潰した軍神です。規模が大き過ぎて、未だ夢の中にいるような心地なのかもしれませんからね。問題なのは、敵を前にした瞬間です」
「どうなるかは時間が経てば嫌でも分かる」
「それよりも、あなたが声を掛けた人たちについて、私はまだ何も聞いていませんよ?」
「ああ、そう言えばそうか」
援軍は嬉しい。それこそ素直に喜べる。だが、烏合の衆がやって来るくらいならいっそ援軍など必要ないのだ。勤務外とは言え人は人である。縁も所縁もない駒台で、どこまで戦ってくれるかに不安が残る。
「心配そうな顔だな。私の、昔の知り合いに声を掛けてある。腕もある。信用も、まあ出来るだろう。百パーセント安全なものなんてこの世にはないがな」
「昔の? ……いえ、何も言わないでおきましょう。準備は大方、整いつつありますね」
「用意出来るほどのものがないだけだ。ないない尽くしの状況だが、やるしかない。やってもらうしかない。もしも負ければ死ぬだけだから、簡単な話だな」
分かりやすい、と、堀は苦笑した。
時は止まらない。
いつだって流れ、動くものだ。太陽は周り、月は巡る。朝は昼になり、昼は夜になる。
「愚弟」
「ベローナ姉ちゃんか。なんだよ、寝てなくていーのか?」
オンリーワン南駒台店は、今やマルスと名乗った男と、その仲間たちの塒と化していた。その一味の筆頭であるマルスは、店の外に座り込み、空を見上げている。
「目が冴えててね。あんたこそ、今日は大将なんだ。いざって時に眠くて戦えませんって事にならないように」
返り血を受け、そのままにした髪の短い女はマルスの横に腰を下ろした。
「ぎゃはは、冗談きついぜ。始まっちまえば、終わるまでは止まりゃしねーよ、オレ様は。いいや、オレたちゃあ、そういう風に出来てんだからよ」
「違いない。……アレ、このままにしといて良いのかい? 何なら、私が殺しに行くけど?」
ああ、と。マルスは遠方にある電信柱、その上に立つ者を認める。オンリーワンの情報部だと、彼はとっくに気付いていて、その上で放置しているのだ。
「姉ちゃんはただ殺したいだけだろ。別に、あれくらいは構いやしねーさ。ハンデだよ、ハンデ。第一斥候みてーなもんならこっちだって使ってる」
「ヴィヴィアンだったっけ、あの婆さん」
「実は婆さんでも、クソガキでもねーんだけどな。そう、そいつに使い魔ってのを借りてる。よぉく目を凝らせば、使い魔の見てるもんがオレ様にも見えるようになるんだと……おっ、可愛い姉ちゃんがいるじゃねーか」
「便利だねえ、そりゃ」
ベローナは興味深そうにマルスの瞳を見つめる。彼はニヤニヤとした笑みを浮かべたままだった。
「いや、案外そうでも……おいおい、マジかよ。やってくれるじゃねーか」
「何か見えたのかい」
「向こう、人間どもが増え始めやがった。思ってたよか、集まってくれてんな」
「援軍か」
ベローナはつまらなさそうに顔をしかめるが、マルスは先程よりも笑みを深める。
「たまんねえぜ。ここの連中をぶっ殺した甲斐があったな。奴ら、ビビって仲間を集めたのか。ひっひ、そうこなきゃつまらねーもんなあ。楽しみが増えて、オレ様としちゃあ万々歳よ」
「ちょい待ちなよ。そいつら全部が勤務外だったら、私らの負担がでかくなる。もっとこう、楽してぶっ殺したいんだけど?」
「あー、安心して良いぜ。いや、心配しとけって感じかもしれねー。何せ、こっちも援軍は呼んでるからな。向こうが全部ヘボだったらオレ様たちの取り分が減るかもな、ぎゃはは」
援軍が来るとは聞いていない。ベローナは訝しげにマルスを見遣る。
「そろそろこっちに来るぜ。そいつも中々に良い女だからよ。……戦争ってもんには華がなくちゃあいけねえ。派手に、楽しくやりてーもんだ」
布団から起き上がり、体を伸ばす。骨が軋んで、一は気持ち良さそうにあくびをする。彼はこたつの卓に突っ伏す糸原を見て、安心したかのように目を細めた。
「二時間前です。糸原さん、起きてください」
「うーん。むにゃむにゃ、もう食べられないよー」
「うわ、むにゃむにゃとか言う奴、初めて見ました。思ってたより気色悪いですね」
「誰がっ」
あなたが。そう返して、一は流し台に向かう。
「何か飲みますか?」
「余は極上の美酒を所望する」
「はっ、ただちに」
一はグラスを手に、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出した。わざとらしいほどに丁寧な動作でもって中身の入ったグラスを糸原に渡すと、彼は頭を下げる。
「お持ちしました」
「うむ、くるしゅーない。……さて、寝るか」
「言うと思いました。行きますよ、みんな来てます」
「なーんか、やる気あるわよね、あんた」
「やらなきゃやられるだけですから」
「……南の、あいつらのことを気にしてる?」
一は空になったグラスを受け取り、流し台にそれを置く。
「ええ、まあ。でも、確かめる方法はないですし、それに」
「それに、何よ」
どちらにせよ、マルスと名乗った者を、その仲間を殺せばいい。一はそこまで考えて、口を噤む。
「正直、怖いですから。戦うのも、確かめるのも」
「……そ。ま、一理あるか。やんなきゃやられるなら、やんなきゃ損よね」
「思ったよりも集まりましたね」
「そうだな。さて、何人死ぬか」
北駒台店の前にパイプ椅子を置き、店長は煙草に火をつける。傍の堀はホワイトボードに、集まった勤務外たちの人数を書き始めた。
「……五十には届きませんか。いえ、充分でしょう。むしろ壮観とも言うべきです。ここまで死にたがりが揃うとは」
「いや、大方ボーナスを弾むとでも言われたはずだ。目の前に人参がぶら下がっていれば、当分はそいつにしか目がいかん」
深夜に差し掛かったが、勤務外同士で話す者もおり、他に音はない事から少々騒がしくもあった。
「よゥ、集まったもンだな、こりゃ」
「三森か。……どうだ? 期待には応えられたか?」
「そいつはこっからの話だぜ。何人まともにやれっかが気掛かりだ」
三森は周囲を見回した。駐車場にたむろする者、店内で所在なげにしている者、油断なく視線を定める者……かつてない光景に、彼女は幾ばくか興奮している様子である。
「何人か知ってンのがいやがるな。あのでけェの、前に四国で見たような気がする……」
「いや、今は東北の支店にいると聞いた。流れで店を渡り歩いているようだ」
「性格が悪いんでしょうか?」
「受け入れられているようではあるな、実力は備わっているらしい」
舌打ちし、三森はつまらなさそうに煙草を銜える。
「嫌な奴でも見つけたか?」
「……まァね。店長が呼んだのかよ」
「まあな。切り札はあるに越した事はない。なるべくなら、出したくない札だがな」
「津々浦々、私らンためにありがとなって頭でも下げてきてやろうか」
「いやあ、やめた方がいいと思いますよ。それよりも店長」
堀が眼鏡の位置を押し上げる。
「あなたの言う、信頼出来る人物とは? 今、この場に来ているんですか?」
「アフロの男がいるだろう? アレと、さっきから落ち着きのない、弓を持ったスタイルのいい奴だ。店の中で漫画を立ち読みしている男も使えるはずだ。後は、一人か二人といったところか」
「お知り合いですか」
「まあな」
「昔の、同僚ですかね」
「さてな」
「……? ま、なンでもいいけどよ。それよか、ウチの勤務外が来てねェぞ」
「一と糸原はそろそろ着く。ゴーウェストたちはバックルームにいる」
紫煙を吐き出し、店長は腕時計に目を落とした。
「情報部からは連絡がない、か。予定通りだな。向こうも約束は守るらしい」
「なンで奥に引っ込んでんだよ、あいつら。腰引けてんのかよつまんねェな」
「構わん。出る時に出ればそれでいい」
「舐められちまうぞ、そンなんじゃ。私は嫌だ。下に見られンのなんかごめんだ」
「いつになく気合が入ってるじゃないか。頼もしいぞ」