BAD DREAMS
一がバックルームを辞して数分、オンリーワン北駒台店には電話が掛かってきていた。
『もっしもーし!? 聞いてるー!? 聞いてますよねー!? オレ様の声が聞こえてるよなあ? あれ? おっかしいなあ、おい。なあ、これってちゃんと繋がってる? ……繋がってるよな? っつー事はオレ様ガン無視されてるって事か。おい! っざっけんなよ!』
店長は受話器を握り締めたまま、事態の把握に努めようとした。
オンリーワン北駒台店のバックルームで件の少女が土下座をしているのと同時刻、オンリーワン南駒台店では開店に向けてのミーティングが始まろうとしていた。
北駒台店よりも恵まれた環境の南駒台店、そのバックルームには大勢の勤務外店員、一般の店員が集まっている。戦乙女、野獣、狂戦士を擁した南駒台店の勤務外店員は、総勢十二人。一般業務に従事する者が八名。まだ作られたばかりの、真っ白いフロアの殆どは木製の椅子によって覆われている。
「……ブリュンヒルデは?」
「負傷した戦乙女の見舞いに行くと……」
舌打ちし、着席する店員たちを見回しているのは、胸元の開いた、赤いビジネススーツを着た女である。彼女こそが南駒台店の店長、金屋だ。金屋は不機嫌そうに煙草に火を点け、真新しいバックルームを紫煙で満たす。彼女の容貌は整っていたが、常からの険のある言動が異性を遠ざけていた。
「放っておけば良いのよ。あんなの、もう使い物にならないんだから」
愛想笑いを浮かべる者さえいない。しんとした空気の中、金屋は独り、愉しそうに笑む。
「さ、て。オープンまで一週間を切りました。始まってからすぐ、円滑にお仕事が出来るように、今日は皆さんに自己紹介をしてもらいましょう。顔を合わせるのは、殆ど初めてよね? ……あら、勤務外がいっぱいいるからって怯えなくても良いのよ。こうしている内は、みいんな普通の人間にしか見えないんだし」
金屋が促すと、まずは勤務外店員、戦乙女の一員である若い女が立ち上がった。彼女は人好きのする笑みを浮かべ、ぎこちない雰囲気を幾らかは解消させた。続いて、三十代くらいの男が立ち上がる。
今日、この場にいた勤務外店員は十二名である。その内、戦乙女が四名。野獣が四名。狂戦士が四名。この場にいない戦乙女が、ジークフリートとシグルズの混ざり物によって負傷させられた、ルーと、彼女の見舞いに出掛けているヒルデとシルトの三名である。そして、一般の業務のみを行う店員が八名。ミーティングに参加出来なかった者が五名。オンリーワン南駒台店には勤務外、一般を合わせ、現時点で二十八名が在籍している。
「まだ緊張している人もいるけど、ま、良いでしょう。一週間後には嫌でも慣れるし、嫌でも慣れてもらうから」
そして、彼らを束ねる長、金屋。
「とりあえずの顔合わせも済んだところで、オープンに向けた心構えを」
そこまで言い掛けたところで、バックルームの扉が開かれた。だが、金屋は眉根を寄せる。遅れてきたヒルデたちにしては、所作が乱暴過ぎるのだ。何よりも、聞こえてきた足音の数が多過ぎる。
「おーおーおー、ここがオンリーワンかあ! かーっ、すげえ綺麗じゃねえか! オレ様たちのねぐらとは大違いだぜ、クソッ」
バックルームの出入り口に居座ったのは、アロハシャツを着て、派手なサングラスをつけた、見るからに軽薄そうな男である。体格の割に甲高い声が、金屋の神経に障った。
「仕方ありませんわ、お父様。こいつらがいるから、どんなに豪奢な館でもすぐに荒れ果ててしまいますもの」
灰色のパーカーを羽織り、大量のアクセサリーをつけた若い女が微笑む。
バックルームが突然の来訪者にざわつき、空気が凍てつき始めた。金屋は狂戦士の一人に目配せし、アロハシャツの男に問い掛ける。
「アルバイトの面接は締め切っているのだけど? それにしたって、NGね。あなたたちのような粗暴な輩、どこも雇っちゃくれないわ」
「あー? 雇う?」
アロハシャツの男は短い金髪を掻き毟り、その場にしゃがみ込んだ。まるで、逃げ道を封鎖しているかのようである。
「寝言抜かしてんじゃねえぞズベタが。てめえらは今日ここで、ぶっ殺し確定だかんよ。じゃ、そういう事で」
男が手を上げた。同時に、状況が動く。
訳が分からない。突如押し入った男たちの正体も、目的も。
だが、彼にとっては――――オンリーワン南駒台店、勤務外店員の男にとっては意味などない。彼はただ、金屋の指示に従い、己が本能に従い、目前の敵を滅すだけなのだ。
男は一瞬で状況を確認する。標的は八。男が四、女が四。アロハシャツの男を筆頭に、皆、軽薄そうな格好をしていた。誰も彼もがにやにやとした笑みを浮かべている。
バックルームは酷く狭い。大勢の人間が同じ空間にいるのだ。まともには動けず、戦いともなれば更に難しい。勤務外の男は、自分たちがいるスペースを抜け、商品の積まれた、倉庫になっている場所に陣取ろうとする。彼に続き、戦乙女、野獣、狂戦士の名を冠した者たちが椅子から立ち上がった。
恐らく、決着は一瞬でつく。先に攻撃を届かせ、命を刈り取った者が勝つ。生き残る。
「オオオオオオオオオオオオッッ!」
アロハシャツの男は、傍に控えていた者から鉄パイプを受け取った。
病院からの帰り道、シルトは溜め息を吐くのを堪えた。隣を歩くヒルデの面持ちも、どこか暗い。
戦乙女の勤務外、ルーの復帰は難しいと、シルトたちは医療部から聞かされた。
「……ミーティング、どうしますか」
シルトが足を止めると、ヒルデは彼女に倣うようにして立ち止まる。
「行かなきゃ、駄目だよ」
ルーの事が気になっているのだろう。それでも、ヒルデは感情を押し殺していた。病院に戻って、ルーの傍にいてやりたい。だが、自分たちがそうしたところで、彼女の容態は良くも悪くもならないのだと、そうも理解しているのだ。
「やっぱ、そうですよね」
シルトは、南駒台店が好きではない。金屋には、縁のないこの世界で、この国で拾ってもらった恩がある。しかし、彼女には誇りがない。ただ生きていく為だけにソレを殺し、オンリーワンの走狗と成り果てている。また、シルトは南駒台に属する勤務外にも良い感情を抱いていない。戦乙女、野獣、狂戦士。北欧神話の戦士の名を冠する彼らだが、その実、本物なのは自分たちだけなのだ。シルトには誇りがある。紛い物と一緒くたにされる事は我慢出来ない。
「いっそ、北駒台に移っちゃえば」
「シルト。あの人を裏切るのは駄目だよ」
「でもっ……あ、や、その、違うんです。すいませんでした」
風が冷たくて、同僚は戻って来ず、この先の事を考えて、シルトは泣きたくなった。きっと、自分はまたソレを殺すのだろう。金屋の指示に従い、何かに、誰かに殺されるまで、何かを、誰かを殺すのだろう。そうして、二度目の生を終えるのだ。
「…………気持ちは分かるよ」
「ヒルデ、さん?」
「急ごっか。あんまり遅いと、また怒られちゃう」
ヒルデはシルトに背を向け、ゆっくりとしたペースで歩き始める。
彼女がいる限り、南駒台店を裏切るような真似は決してすまいと、シルトは固く誓った。
真横にいた女の頭が弾け飛ぶ。バックルームには内容物が四方へと飛び散り、真新しかった壁に肉片がへばりつく。その光景を間近で見た男は気が触れたかのような声を上げた。
ひゅん、と、鉄パイプが風を切る。果実が弾けるようにして、人体の一部がひしゃげ、潰れ、崩れる。鉄臭さが室内にいる者の鼻を刺す。恐怖で震える者、怯えて固まる者、耐えられずに笑う者、
「ぎゃはっ、次はどいつだオイ?」
「お父様……本当に愉しそうですわね」
「ちょー、こっちに回ってこないんですけどー?」
微笑む者。
返り血を受けた侵入者は、倒れ、伏し、動かなくなった者たちを見てつまらなさそうに息を吐く。
「しっかしよう、これじゃあつまんねえな。あーあ、オレ様いち抜けたー」
アロハシャツの男が血溜まりの中に腰を下ろした。周囲にいる、彼の取り巻きらしき者たちはそれぞれの得物を握って、また笑う。
「おーおー震えちゃって。かーわいそうに」
彼らと対峙しているのは、戦乙女の二人と、南駒台店の長である金屋だ。彼女はいつの間にか、赤色のマフラーを握り締めている。固く結んだ唇が、先ほどから絶えず震えていた。金屋は背後を見遣る。肉片に塗れ、吐瀉物を前にへたり込む男女がいた。彼らは勤務外店員ではない。こと、この場においては『ただの』人間である。つまり、敵を喜ばせる餌でしかない。
「……先に仕掛けなさい。フォローするわ」
戦乙女の二人は頷いた。……絶望に程近い状況に置かれた彼女らだが、まだ終わった訳ではない。何故なら、金屋が残っているからだ。彼女の肩書きは伊達ではない。異端、異質、異常に立ち向かうオンリーワン、曲がりなりにもその店舗を任された者なのである。そして、二人の戦乙女は知っている。金屋の正体を。彼女の名前を。
――――フレイヤ。
金屋の正体は、北欧神話における女神の一柱である。美、愛、戦いを守護する偉大な母であり、女性の悪徳すらを内包した女神だ。異端、異質、異常に立ち向かえる者もまた、異端であり、異質であり、異常である。だからこそ、この場において正気でいられる。
「行きなさいっ」
「ぎゃは、来るらしいぜ。気ぃつけろよてめーら」
「って、おいおい良いのかよ?」
フレイヤ――――金屋の指示に従い、戦乙女が飛び出した。その手には武器が握られていない。彼女らが敵に対して空手で向かっていけるのは金屋の存在が大きい。二人は完全に信用していたのだ。自分たちの上司を、戦乙女を束ね、戦死者を分け合う者を。
「あら、美しい」
鷹が飛ぶ。
何の前触れもなく、バックルームの低い天井を目掛けるようにして猛禽が駆ける。バックルームの扉は開け放たれており、鷹は、そこを目指しているらしかった。
「何だこりゃあ?」
「鳥なんかいたかよ?」
「そ……うそ……」
侵入者たちは不思議そうにそれを見つめている。戦場において気を散らせる事は危険だが、誰よりもうろたえていたのは彼らではなく、南駒台店の戦乙女であった。彼女らの顔面は青くなり、体からは力が抜けている。
「そっ、置いてかないで! そんなのっ、そんなのって!」
「あ、隙あり」
侵入者の一人が腕を振る。剣に裂かれ、戦乙女の首が飛ぶ。その光景を見ていた一般の店員は悲鳴すら上げられなかった。
戦乙女を前にしても尚、アロハシャツの男は座り込んだままである。彼は鉄パイプで自身の肩を叩き、首の骨を鳴らした。
「置いてかないでって、何だそりゃ。聞いとけよおい。お前らな、そんなすぐ殺すなよ」
「親父に言われたくねえよ」
「親父じゃねえ、お父様、もしくはパパって呼べって言ってんだろーがどら息子が。まあ良いけどよ。とりあえず殺しとくけどよ」
アロハシャツの男は座ったままで鉄パイプを振った。軽い動作だったが、それだけで戦乙女の脛が後方に飛んだ。がくん、と、支えを失った彼女は崩れ落ちる。次いで、低くなった彼女の頭が、先に吹き飛んでいた脛と同じ方向の壁にべったりとこびりついた。勤務外の全滅などどうでも良いのか、侵入者たちの中にはあくびを漏らす者さえいる。
「っておい、さっきの女は? 一等良いのがいたろーが。ありゃ人間じゃねーぞ、エロ過ぎる」
「親父っ」侵入者の内、出入り口に最も近い男がバックルームを飛び出す。
「だから、親父じゃなくてよう」
「やべえ! 逃げられる! さっきの女だ!」
全員がバックルームから出ようとして、狭い出入り口で突っ掛かる。誰もが遠慮と言うものを知らない様子だった。
「退け馬鹿!」
「オレ様を通せっつーの!」
暗いフロアに影が動く。誰もいなかった筈のそこにはもう鷹などいない。外へと続く扉に手を掛けているのは、いつの間にか姿を消していた金屋だった。
「追っかけろ! 絶対に逃がすんじゃねーぞ足落としてもかまわねえから、ぜってー連れてこい! ぜってーヤっから! あんなのそうはいねえ、もったいねーかんな!」
アロハの男が叫び、彼に圧し掛かられていた女は顔をしかめる。
「お父様、下品」
「うるせえ、お前だって俺が下品だから生まれてきたんじゃねーか。俺がいなきゃお前はいない。言わば俺はお前の父であり母でもある」
アロハの男は自らの股間を指し、裏声で言った。
「『ハルちゃん、ハルちゃん、きみはねー、ここから生まれてきたんだよー』」
「やめんか」
「いってえ! 何しやがんだ姉ちゃんよう」
頭を叩かれたアロハの男はじたばたと暴れる。その重みと振動で、彼の下敷きになっている者たちは呻いていた。
「やる事あんでしょうが、色に狂ってんじゃないっつーの」
血に塗れた、背の高い女に急かされて、アロハの男は携帯電話を取り出した。
「ところでおや……じゃなくてパパ」
「なんだいどら息子のフーガくん」
フーガ、そう呼ばれた男はバックルームを見渡す。彼は大きめのサイズのTシャツの袖をぶらぶらとさせ、笑った。
「あそこに生き残ってんのはどうすんの?」
「あー」
バックルームにはまだ、一般の店員が残っている。彼らは身を寄せ合って震えていた。
「いつも通りだ。好きにやんな。オレ様はあの女を抱けりゃあそんで良い」
「へへー、良いの? そんじゃぼくちん、あの髪の長い子ー」
「なっ、そりゃ俺が目ぇつけてたんだ! 引っ込んでろヘタレが!」
下卑た視線を向けられ、バックルームの隅で蹲っていた少女は悲鳴を上げる。その行為すら、嗜虐者の興奮を煽るのだとも知らずに。
『返事がねーぞー、おーい? 耳遠いんかババア? なあ、おい?』
オンリーワン北駒台店、店長は耳を疑った。何がどうなれば、こうなるというのだ、と。
「何者だ、お前は」
『ああァ? えっらそうな口利いてんじゃねーぞクソアマ。言ってんだろ、てめーらのお仲間ちゃんはみーんなオレ様がぶっ殺してやったってな』
店長は、最初はいたずら電話だと思った。だが、今も聞こえてくる電話越しからの叫び声が、尋常ではない事態が起こっているのだと証明している。女の悲鳴が酷く耳に障る。……軽薄そうな男は告げた。南駒台店を壊滅させたと。情報部からの連絡は未だない。審議は確認出来ていない。店長は煙草を吸う事すら忘れ、ただ押し黙った。
『分かるか? 分かるよなあ? つまり次はてめーらの番だって話だ。知ってるぜ、バカにすんなよ。オンリーワンとか言ったよな? てめーら好き勝手やりやがって、アア? こっちの手駒どんだけ削るつもりだっつーの。ぶっ殺したんならぶっ殺されるのも覚悟してるよな?』
「……『円卓』か」
『おう、そうそう、せいかーい! オレ様ったら円卓のメンバー! プレゼントにすっげーセンスの良いもんやろうか? 人間の中身なんてなあ、中々見られるもんじゃねえぜ』
自らを『円卓』だと名乗った男はげらげらと笑い続ける。その声を聞きながら、店長は携帯電話の着信を確認した。相手が誰かなどと見なくても分かる。話を聞かなくても分かった。知らず、彼女の口元は歪んでいた。
「来るか、ゲスめ」
『誰がゲスだ! ざけやがってクソが。すぐにでもすっ飛んでよォ、てめーだきゃあぶっ殺さなきゃ気が済まねえぞ。……だけどよう、そういうのはオレ様の性に合ってねーんだよなあ。何せ久しぶりに楽しめそうな相手がいんだからよ』
「何をするつもりだ。いや、聞かなくても大体は分かるがな」
『そうか? それでも言うぜオンリーワン。オレ様の望みは一個だけだ。なあ、戦争しようぜ。断る理由はないよなあ? 仲間殺されてんだもんなあ。復讐したいだろうが、あ?』
仮に男の話が本当だとして、南駒台店の人間が皆殺しにされていたとして、店長は彼らを仲間だと思った事は、一度たりともない。そも、南駒台店はオープン前であり、彼女はそこの者たちと顔を合わせた事すら数える程度しかないのだ。しかし、理由ならある。人に仇名す存在を、ソレの存在を確認したのだ。ならば、戦わない理由はない。
「回りくどいな。我々に恨みがあるのなら何も言わずに襲えば良い。それこそ、南の連中を殺した時のようにな」
『てめー、まるで見てたみたいな言い方じゃねーか』
「見ずとも分かる。彼らは腐っても勤務外だ。相手が円卓だろうがなんだろうが、易々と殺される筈はない」
『あっそ。そうかよ。ムカつくな、てめーは。まあなんだって良いわ。オレァ別に殺したいわけじゃねーんだ。戦いてえのさ。それもちょうどいい相手とよ』
店長は目を細める。短くなった煙草に気付き、それを床に落とした。
『オレ様に戦争させてくれよ、なあ?』
「甘く見たな」
『そらそうだろが。てめーらは結局のところ人間止まりだ。ここでバラバラんなって転がってるのと変わりゃしねえ』
携帯電話が鳴り止まない。
『で、やってくれるんだろうな?』
「ああ。その申し出、ありがたく受けてやろうじゃないか。他ならぬ円卓のメンバーが我々に、殺してくれと頭を下げているんだ。歓迎するぞ」
『…………明日の夜、そうだな、今と同じくらいの時間で良いだろ? 今から二十四時間後だ。その時、ここでやる。この街でやる。オレ様たちは南駒台とやらをもらう。てめーらはそこを拠点として使えば良い』
構わないと返す。どうせ、こちらの条件を呑むような相手ではない。店長はそう判断した。
『言っとくがよ、ここでくたばってんのよか強いの連れてこいよ。それも大勢だ。そうでなきゃ戦いってのは締まりが悪くなっちまう。オレ様たちはそりゃ強いの何のって、まあ、知ってるよな?』
「確認しておくが、明日の夜に開戦だな。それまでは仕掛ける事はないだろうな」
『ああ、勿論だ。オレ様ったら気は長い方でな。てめーらこそくだんねえ真似すんじゃねえぞ。オレ様の楽しみを奪いやがった奴がどうなるか、思い知らせてやる』
「ああ、そうだ。最後にお前の名前を聞いておく」
『マルスだ。忘れんじゃねーぞ。てめーの名前は知りたくもねえ。じゃあな、また明日だクソバ――――』
店長は受話器を置き、新しい煙草に火を点けた。明日の夜、駒台で戦争が起きる。否、起こすのだ。マルスと名乗った男が、彼に答えた自分が戦争を起こす。人を殺す。死地に追い遣り、怨嗟を浴びる。人を集め、武器を揃え、策を練り、敵を知る。二十四時間で準備するには足りないだろうが、出来る事をやるしかない。ひとまず、彼女は紫煙に満たされる。椅子に深く腰掛けて、眼前に迫った死を甘美なものだと享受する。自らを騙し、これから、人を騙して動かすのだ。そう考えると、やはり笑いは止まらなかった。